高校生のネットワーク・コミュニティ形成プロジェクト
−自律的広域学習環境の構築を目指して−

高等学校・総合学習/課外学習/他
北海道旭川凌雲高等学校  奥村 稔
okumura@ryoun.ed.jp
キーワード ネットワーク,コミュニティ,地域,学校間交流,自律性,生涯学習,総合学習


インターネット利用の意図
 インターネットの教育利用は,一般にはその利用基盤が各地で整えられ,実証実験から実用実践の段階へと移りつつある。そこでは,生きるために必要な基礎基本となる知識の習得はもとより,自ら学ぶ態度や生涯に渡って学びつづけることへの動機付けがなされることが望ましい。そのためには,学校の枠組みの中だけで学習が完結するのではなく,社会との結び付きの中で学習を実感として捉えていくことが必要である。本プロジェクトは,こうした目標実現のため,自律的学習環境を創り上げようとするものである。
 全国の高校生が自らの学びたいという意欲からインターネット上に集いあい,テーマを設定し,インターネットテクノロジーを用いて学習環境を作り上げる。生徒たちが学びやすいと思われる環境を,生徒たち自身が工夫して作っていくのである。
 このプロジェクトは,インターネットの良さを手っ取り早く学習の成果に結び付けるようなものではないが,生徒たちが自発的に学習や課題解決に向けて行動を起こそうとするとき,必ずやその行動基盤としての役割を果たすであろう。そのような学習環境を提供するためにはどのような構造で環境作りをすれば良いのか,その時に生徒や教師はどのような態度で臨めば良いのか。社会が今求めている教育の基本的な姿を,このプロジェクトのもとに垣間見ることができる。


1 実践内容

1.1 プロジェクトの基本構造
 本プロジェクトでは,これまで3期に渡って実践を継続してきたが,次頁の図は第3期におけるものである。以下に,プロジェクトの構成要素や概念について説明する。

(1) 地域分散プロジェクト
 全体の活性化を図るために基本的に地域展開を重視する。例えば本校では「旭川マルチメディアマップ・プロジェクト」を展開している。市内にあるマルチメディア関連の企業や組織を取材するのである。取材先とのアポイントメント,事前学習,現地取材などを生徒が行い,記事としてまとめたことを取材先にフィードバックして妥当性を検証する。そういった過程の中で学んだことや経験したことや取材した内容をWebで広く社会に公開する。学校から離れて一般の社会や社会人と交流を持つことで,社会参画の意識を持ったり,学ぶことへの動機を獲得したりする。また,情報社会の中での高校生の立場を認識し,主体的に生きていくための方向性を認識する。
 これらの活動は,全国各地で同じように活動している高校生とインターネットを通して共有され,互いの視野を広め,これらの繋がりを学習や交流の基盤となるよう育てられる。また,活動の成果はWebという形で蓄積され次世代に引き継がれていくので,それを基盤とした教育活動のさらなる展開が期待される。学校が社会への認識を深め,社会からも学校が理解されるという,相互にとって望ましい関係もここから発展していくであろう。
 地域でプロジェクトが展開されるためには,生徒に「自律の種」を蒔き,その活動を支援して行くための教師が身近にいることの意味も大きい。実際に顔をつき合わせ,対話を重ねながら力を合わせて事を行うことは,これからインターネットが本格的に教育に活かされるためには,まさしく本質的な意味を持つのである。
(2) 分散プロジェクトの統合
 (地域)分散プロジェクトは,Webやネットワーク・ニュースによって自律的学習環境として統合される。当初のWebは,ネットワーク・ニュースのアーカイバとして活用されることになろうが,本来はプロジェクトの顔としての機能や,実践が「協調・蓄積・継承」されていくための仕組みとして大きな役割を果す。
 分散プロジェクトの統合は静的なものであってはいけない。高校生が自らの行動を世の中に向かって発信して行くための動的な活動も必要である。そのための役割を,自律的発信構造としてネットワーク・ニュースが担う。それは教育関係者のみならず,一般の人々もが購読するものであって欲しい。さらに不特定多数の人に購読されのではなく,購読の意思に支えられた信頼感を互いに持てるような関係を維持していきたい。このような双方向的に互いの存在を意識しながらコミュニケーションを図れるような構造が,生徒が社会との一体感を持ち,社会の一員として学ぼうとする動機付けを支える。
(3) 実際に会っての交流
 どのように構造的に優れた交流体制ができようとも,実際に顔を会わせて行なわれるコミュニケーションに勝るものはない。インターネット上で行なわれた交流を実感のあるものにするために,内容を発展させ深化させるために,さらにその後の交流を活性化させるためにもぜひ実現したいものである。
 プロジェクトの一環として開催される『高校生の集い』は,自律的学習環境の実現に向けての参加者の共通認識を形成し,具体的アクションプランを練ることを目的としている。日程やテーマの設定といった事前準備から集いの運営までのすべてを,生徒たちが行う。

1.2 発展的概要

(1) 自律性を養うためには(第1期)
 第1期の実践においては,メーリングリストにおいて社会性のある意見の交換が行なわれたり,生徒個々のつながりを促されたりなどした。しかし,多様な生徒の自主性を引き出すことができたものの,生徒の自律性に任せるあまり,学習として意味のある形での意見交換や学習交流までは到達することができなかった。生徒の自律性は環境を与えれば自然発生的に生れるのではないか,というあまりにも甘い仮説はあっさりと否定された。
 また,ネットワークで繋がっているとはいえ,事情の異なる各学校を長い期間に渡って活発に結び付けることはなかなか難しいという問題点も指摘された。
 一方,オフラインミーティング『ネットワーク・リーダーズ・キャンプ』では,多くの専門家をオブザーバに迎えてネットワークと高校生に関する討論などが行われた。生徒の発言は想像以上に充実した内容であり,動機と場面を与えることができれば,生徒たちの可能性は驚くほど発揮されることが確認された。
(2) アクティビティ強化のために(第2期)
 第1期での反省は,「生徒の自律の種を蒔くのはやはり教師である」「参加校が同一のテーマで活動することは,学校事情からいって難しい」という2点であった。そこで第2期では,学校や地域の特殊性を考慮し,地域で独自なプロジェクト(地域分散プロジェクト)を立ち上げ,それらを全国の参加校で情報交換し共有するものとした。これならば自律の種蒔きをするゴンベイさん(教師)は,自分の学校の生徒をきちんと把握し,プロジェクトを協力に推進することが容易になる。
生徒たち自身が地域との関連を考え,企画し行動する経過をメールのやり取りで「共有」しあう。そしてその実践成果をWeb上に公開することで互いに評価し,生徒たち自身が次の活動の参考にする。それらを「蓄積」することで次世代へ学習資産として「継承」し,さらに望ましい学習環境として充実していくことが期待される。(広域統合)
さらに,これらの活動をWeb上で不特定に対して公開することに加え,意欲を喚起するためにも特定できる購読者に対して情報を発信していこうと,電子メールによる情報発信も行われる(ネットワーク・ニュース)。
 オフライン・ミーティング『高校生の集い』での生徒の手による運営は洗練され,特に会場校の施設や生徒の技術的な支援は素晴らしく,参加者はテクノロジーの恩恵をかみしめていた。この集いでは,広域統合の部分をどのように実現していくかについての討論もあったのだが,プロジェクトを推進する教師の側の思惑(電子メール中心)と,生徒たちが考えるもの(Webでの公開があれば良い)とにずれが生じ,この段階では生徒たちの考えを尊重することになった。
 集いを終えての広域統合に関しては,Web編集が思うようにいかずに最終的には頓挫してしまった。これには,「Webを共同作業で作成すること」「地域分散プロジェクトのコンテンツ収集」「ネットワーク・ニュース担当への負担」など種々の要因が絡み合い,広域における協調作業の難しさを学んだ。
(3) 持続性のある活動のために(第3期)
 広域統合をどのように実現するか,具体的には,ネットワークニュースをどのように作り上げるかが第3期のテーマである。このことが軌道に乗れば,必然的に地域分散プロジェクトが日常的に生徒たちの意識に定着し,活動の活性化にもつながるはずである。
 『高校生の集い』では,地域分散プロジェクトのプレゼンテーションやテーマ集約後の分科会を経て,統一テーマとして生徒会交流を取り上げて討論するなどした。集いの流れの中で取り上げられたそのテーマを担当する学校の生徒は,夜遅くまで討論の準備にあたるなど,自分たちで物事を創り上げることに対する喜びが一杯に溢れていた。また,討論に参加したどの生徒も,主体的に自分の考えまとめ真剣に発言していた。
 ネットワークニュースに関しては,この集いの最重要テーマとして認識されていた。作成までの具体的な作業フローや,負担が偏らないような作業分担を考え,集いが幕を下ろすまでに第1号を発行しようということになった。内容的には各地域分散プロジェクトの紹介的なものだが,プレゼンテーションで用いたデータを使い回したり,改めて書き起こしたりと作業のやりようは様々であるが,真剣に取り組む生徒たちの姿に感動を覚えずにはいられなかった。
 滑り込みでの完成となった99年8月号は,高校生のネットワーク・コミュニティのためのドメイン名(nextage.ne.jp)を持つ以下のサイトに置かれている。

2 成果

ネットワーク・リーダーズ・キャンプおよび高校生の集い開催一覧表
 期日場所
第1期 1996年2月24〜25日 情報基盤センター/他
URL http://mickey.ryoun.ed.jp/jiritsu/report/JiritsuIndex.html
第2期 1998年11月21〜23日

愛知県滝高等学校
メディア・コミュニケーション・センター

URL http://www.schoolnet.or.jp/schoolnet/jiritsu/jiritsu.html
第3期 1999年8月2〜6日稚内北星短期大学
URL http://www.nextage.ne.jp/

 このプロジェクトの成果をまずあげるとすれば,これまで順を追って述べてきた経過から理解できるように,次々と課題を克服してきたその「克服の過程」そのものである。このプロジェクトは,略して「自律のプロジェクト」と呼ばれている。本来この自律は,生徒たちの自律性を育てようというものであるが,実践の中でいつも問われるのは教師の側の自律性であった。日常の学校業務が忙しい中でのプロジェクト。これは本来の教育に一歩でも近づきたいと願う教師の一つの実践なのであるが,精神的にも肉体的にも負担は大きい。通常の学校業務の忙しさとプロジェクト推進という目標の間で,いつも自分を見失うまいと,毎日「自律の踏絵」を踏んでいるようなものである。本プロジェクトに参加している仲間の教師に対し,頭の下がる思いである。
 3期に渡る実践を経て,数字として効果を示すことはできないものの,この自律的学習環境が生徒たちに多大な影響力を持つことが実証されてきたように実感している。またプロジェクトの構造の有効性も同様である。このプロジェクトは現在,全国の高等学校が参加して展開されているが,特に全国的な展開でなくても,地域の学校を巻き込んで行うことも可能である。その場合,オフラインミーティングを行うことは断然容易であるし,できれば頻繁に行うことが理想的だ。顔を突き合わせて討論ができることは,生徒のいろいろな面での殻を突き破ることに繋がる。インターネットはあくまでも手段を提供する環境であり,大切なことは現実のコミュニケーションを基本とすることである。

3 課題
 協調作業を妨げる要因として,まず世代交代の難しさが挙げられる。それは基本的には地域分散プロジェクト運用の問題であるが,これらを広域統合しようとすると協調作業に支障が出る。各学校でのプロジェクト参加生徒が多数であり,生徒数の学年間のバランスがとれていれば良いのだが,簡単にはいかない。
他の要因として,学校間のスケジュールの差異がある。学校行事の都合でコンピュータが使えないということもあれば,ネットワーク運用上時間的に余裕がなく,電子メールの呼び掛けにすぐ反応ができないということもある。自分の発言に反応がないということは,生徒に限らず精神的に消耗することであるから,その場合の各学校の状況を把握できていることは重要である。
 生徒たちに絶大なインパクトを与える『高校生の集い』であるが,そういつも開催することはできない。そこでそのような効果をプロジェクトに少しでも注ぎ込むために,ビデオ会議の効果的な運用が必要であろう。
 ビデオ会議の開催するタイミング,生徒たちの負担,会議の運用形態など考えることは数多くあるが,これらも実践の中で生徒たちと一緒に考えていくことであろう。
 近々,今期2度目のオフライン・ミーティングを計画している。「ネットワーク・ニュースの確実な運用段階への移行」「Webの実際的な運用方法の検討」など,ますます目標は厳しい。しかし,これまでの生徒の成長がどのような形で実を結んでくれるか,楽しみもまた大きなミーティングである。

4 これからに向けて
 現状のプロジェクト構造の中でさらに実践を確かなものにするためには,先に挙げた課題を克服することが必要である。各学校のスケジュールをWeb掲示板によって共有したり,ビデオ会議システムを取り入れたりすることには,すぐにでも取り組むことができる。
 世代交代の問題は,担当する教師の「自律の種蒔き」をする力量にもよるのだろうが,一本釣りで興味関心のある生徒を巻き込むのにも限界がある。そこでこの自律的学習環境の構造を,総合学習の仕組みに重ね合わせてみよう。詳細を論ずることは本稿の任ではないが,学校でのカリキュラムの中に取り込まれた場合には,この問題に関してはある程度解消できるものと考える。「協調−蓄積−継承」のキーワードで語ることができる本プロジェクトは,総合学習と親和性が高いと言えるだろう。
 現状の枠組みの中での議論ばかりでは発展性がない。本プロジェクトの次の段階として考えられる構造にも触れる。
 学校の枠組みから開放されるとしても,プロジェクトの内側ばかりを眺めていては,また自らの構造に束縛されてしまう。真に開放的な構造を目指せば,地域分散プロジェクトの中に地域の人々を巻き込む(地域開放分散プロジェクト)ことで,生涯に渡った学習をサポートする学習環境に,もっと近づけるのではないだろうか。
 地域の人々と共有できるような学習テーマにはどのようなものがあるか,そして,互いに有意義な関係を築くためにはどのような活動を行えば良いのかなど,解決すべき課題は山積みである。しかし,地域を活性化し,生き生きと暮らせる環境を創造することも,学習環境を構築するにあたっては重要なことである。それには何よりも人材の育成である。高校を卒業したからといってプロジェクトを離れるのではなく,人材的にも地域において「共有−蓄積−継承」されるような構造が必要とされている。
そのときに必要されるのは,自律の種を蒔くゴンベイさんの,種の性格を見る暖かい眼と育む深い愛情なのだろう。ますます教師の力量が問われることになる。

ワンポイントアドバイス
 「地域分散プロジェクト広域統合」において,地域をグループに,広域を学級に置き換えると授業における実践の構造となる。また,地域を学級に,広域を学校に置き換えると学校を挙げてのプロジェクトを推進するエンジンとなる。このように,それぞれの置き換えによって,地域的に適当な規模でのプロジェクトを展開することができる。つまり,本プロジェクトの構造は,フラクタル(自己相似型)のように,実践を展開する規模に応じた活用が可能なのである。

参加校
 北海道地区
 北海道中標津高等学校/北海道南茅部高等学校/北海道旭川凌雲高等学校/北海道 東川養護学校
 東海地区
 名古屋女子大学高等学校/名古屋市立西陵商業高校/愛知県立中村高校/愛知淑徳高校/愛知県滝高等学校
 沖縄地区
 沖縄県立美里高校/沖縄県立西原高校/沖縄県立沖縄工業高校

参考文献
 ラインゴールド(1995)『バーチャルコミュニティ』三田出版会
 三宅なほみ(1997)『インターネットの子どもたち』岩波書店
 中村悦二・小門裕幸(1995)『マルチメディアが教育を変える』日刊工業新聞社
 金子郁容(1999)『コミュニティ・ソリューション』岩波書店
 市川伸一・伊東裕司(1996)『認知心理学を知る』ブレーン出版
 佐々木正人(1994)『アフォーダンス』岩波書店

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