ネットワークを利用した海底からのリアルタイム遠隔共同学習
−みんなで潜ろう三陸海岸−

みんなで潜ろう三陸海岸実行チーム
安倍冨士男 盛岡白百合学園中学高等学校
キーワード フィールド学習,リアルタイム,ライブ授業,双方向授業,遠隔学習


企画の目的・意図
 岩手県には景勝地として有名な陸中海岸国立公園があり,その沿岸と沖合は世界三大漁場の一つに数えられる。子供たちがこうした世界に誇る郷土の自然環境を理解し,その大切さを学ぶことは人間形成の上も環境教育の視点においても重要であると考えられる。
 子供たちが自然に親しみ理解する最も確実な方法は,実際に自然環境の中に身を置き,自ら活動することであるが,必ずしも現在の学校教育の中では様々な制約(時間的,空間的,制度的)のために十分に行われているとは言い難い。しかも身近な野原や川というフィールドならまだしも,海底の環境学習の場合には興味があっても皆が近寄って(潜って)観察できる訳ではない。こうしたケースでは従来,図鑑やビデオなどの画像データなどを第一義的なデータとして学習を行ってきた。
 今回は,最新のマルチメディア通信技術を用いることによって,上記の時間的・空間的な制約を超えて「生きている海」を体験できる臨場感ある双方向コミュニケーションが可能な学習機会を創出し,子供たちの知的探求心を養うことを第一の目的とした。
 また世界に誇る素晴らしい三陸の海を持つふるさと岩手に生まれ育ったことを誇りに思う郷土愛を高めることを第二の目的とした。
 第三の目的としては,「海・山・空・川・都会」のうち最も条件の過酷な海底からの双方向授業が成功すれば,原理的にはどのフィールドでも応用できるというシステムの有効性を明らかにする事とした。



1 みんなで潜ろう三陸海岸
(1) ねらい
(a) 子供たちが興味があっても実体験しにくいフィールドから,インターネットを用いて遠隔授業を実施し学習の効果を高める。
(b)
北国の海を一緒に探索し,郷土の自然の豊かさについて理解を深める。
(c)
インターネットのようなメディアが,海底授業のような場合にどこまで有効か実証実験を行う。
(2) 授業のイメージとインターネット利用
 教師(筆者)が海中に潜り,各学校の先生方と子供たち約120名と共に素晴らしい三陸海岸の自然・海・生き物について一緒に学習する。海底からは教室にインターネット経由で映像と音声が送信され,教室からは子供たちの質問が岸壁に設置されたPC上のチャット画面に展開される。さらに質問は陸上中継者の音声によって海底まで水中電話で伝達され,子供達の質問と教師の回答がリアルタイムでやり取りされる。海底にいる教師は子供達の手となり足となって,三陸の海底探検を一緒に行う。また蓄積された質問と回答などの文字情報,海底での授業の様子,海中生物の動画クリップなどは,事後に総合教育センター内の学習サーバに蓄積され県内の学習データベースとする。
 参加校の募集については,最初に筆者の勤務する学園の小学校に協力を依頼し,残り4校の推薦を「先進的教育ネットワーク参加校」(文部省・郵政省)の中からという条件で岩手県教育委員会に依頼した。水沢市内の3校はCATVを使ったネットワーク校であり,松園養護と白百合小は衛星を使ったネットワーク校である。ただし計画の段階ではまだどの学校にも「先進的教育ネットワーク」の敷設がされておらず,海底授業の1ヶ月前のネットワーク開通予定であった。
 次のような学習場面でコンピュータやネットワークを活用する。
(a)
事前準備におけるメールの活用
三陸海岸についての知りたいことを事前に参加校教師が取りまとめて海底授業者へメールで質問の集約を行う。参加校教師同士・サポート隊などの連絡調整にはメーリングリストをたち上げる。
(a)
リアルプレイヤーサーバによる海底映像の教室への送信
海底にいる教師(以後,海底教師)の授業の様子(動画と音声)を「先進的教育ネットワーク」の高速回線(衛星1.5M)を利用して教室に送る。結果的に通信衛星を二つ使うことになったので,海底の映像は,片道14kmの道のりを経て教室に届くことになった。
(b)
チャットサーバによる質問共有
教室にいる子供達の質問や意見をチャット画面を利用して,参加校児童全員と参加校教師及び海底教師が共有。

(c) Video On Demand(VOD)による学習内容のデータベース化
海底学習終了後には,動画による海底生物のビデオデータベース化,授業中の対話の様子などを県立総合教育センター内のVODサーバに蓄積し,データの再利用を図る。
(3) 利用環境(主なもの)
【ネットワーク環境】
(a)
移動衛星通信車両(384k/bps NTT災害対策車 三陸の岸壁から札幌地上局まで)
(b)
先進的教育NW(衛星1.5M/bps 岩手県立総合教育センター東京三鷹盛岡2校)
(c)
臨時ISDN回線(5校分・岸壁との連絡用・臨時サーバセンターで使用)
(d)
星インターネットMegaWave(5校分の回線バックアップ用)
(e)
海底・岸壁間では,音声・画像の送受信は有線ケーブルを使用
【サーバ・クライアント環境】
参加校では既存LANコンピュータと液晶プロジェクターを用意。他に,デジタルカメラ6台,ノートパソコン5台,サーバ5台,シスコルータ2台,ISDN用ルータ10台など。

2 指導計画
(1) 日時:平成11年9月28日(水)午後2時から3時までの約50分間
(2)
場所:岩手県三陸町綾里漁港 (盛岡白百合学園中学高等学校 教諭 安倍冨士男)
(3)
対象(学年,教科等):
小学校中高学年(4,5,6年生) 理科・社会科・総合的な学習
(具体的な参加校名については,参加校・支援団体の項を参照)
その他にネットを通じて一般参加を呼びかけ映像の配信とメールでの意見聴取を行った。一般向けについてはセキュリティー及び授業の進行を考えてチャット画面を除外した。

3 学習の展開
 構想こそ4年前に計画したが,実際の準備に入ったのは平成11年の4月からである。平成10年度までは北上川の学習に取り組んでいたからである。以下に主な事項を記す。
4月 ネットワークの基本設計を行う。現存のネットワークを利用しチャットサーバなどはCu-See-Meのリフレクターを稼働させることを想定(第1次設計)。
5月 「先進的教育ネットワーク」が発表され岩手県は1.5Mの高速衛星回線の使用地域となる。従ってこれを利用する方向で検討(第2次設計)。IWATEUNUNTT環境共同ネットワークプロジェクトと支援体制についての具体的な話に入る。週に1〜2回のペースで打ち合わせ。
6月 朝日海洋開発において潜水機材の打ち合わせ。海岸の現地では臨時ISDN回線不足のためNTTの災害対策用パラボラアンテナ搭載衛星車両(384k/bps)を使用することに決定。海上保安庁,漁協,警察,地方振興局に連絡調整と利用の許可申請書提出。
7月 三陸海岸の下見調査。場所を三陸町綾里に決定。必要機材の洗い出し。ネットワークの再設計(第3次設計)。参加校決定。水沢の3校が先進的教育ネットワークの機器調達の遅れから本番までに先進的教育ネットワーク導入が無理と判明する。第1回目の潜水テストを2日間現地で行い,音声・映像の海底から地上までの導通システム確認。子供達が見る基本となるホームページのたち上げ。
8月 水沢の3校は臨時ISDN回線の方向で動き出す(第4次設計)。授業指導案の作成。バックアップ回線として水沢3校はMegaWaveによる1Mを確保,盛岡の2校は臨時ISDN回線を確保(最終設計)。海洋科学技術センターより仏製の最新型潜水ヘルメットを,日本シスコシステムズよりネットワーク機器の支援を得る。
9月6日 参加校の先生方との最初のミーティング。MLの立ち上げ。
 10日 県庁にてプレスリリース。新聞紙上で報道。(絶対に後には引けなくなった。)
 14日 海底教師,松園養護と白百合小学校を訪問(子供たちと顔合わせ)。先進的教育ネットワークの利用許可がおりる。ただし20日の全国規模の開通式までストリーミングデータを乗せる許可が出ない。そのため盛岡の参加校では20日までテスト不能。
 16日 海底教師,真城小と常磐小を訪問し子供たちと顔合わせ授業を行う。
 17日 先進的教育ネットワークの試験稼働(松園養護と白百合小)まだ開通せず。
20,21日 現地での潜水とネットワーク総合試験。この日よりRealPlayerやチャット,ウェッブ等のサーバ群と臨時ISDNは本番まで稼働状態に入る。8〜9月は週に2回から3回のミーティングが,毎夜のミーティング・作業となる。各学校の受信状況のほか,教室のレイアウト,画面に映し出せるような機械の手配,チューニングを行う。この日,郵政大臣出席の「先進的教育ネットワーク」の開通セレモニー(於東京)のため岩手と東京のサーバ群にデータを流すことが不能。実際にストリーミングデータを流してテスト可能だったのは22日から。
25日 参加校の先生に配布する最終指導案とシナリオ作成。
26日 白百合でPCに画面がRGB転送できない問題が未だ解決できず。先進的教育ネットワーク安定稼働せず。
27日 現地チームは早朝より三陸町へ向けてトラック2台に機材を満載して移動開始。到着後に機器の組み上げを行う。
28日(前日)白百合と松園養護がようやく動画が見られるようになる。チャットも通る。新聞で知った三陸沿岸の5つの小学校が急遽,授業を変更してチャット画面なしのまま参加することになる。
29日 (本番)早朝あやうくアワビ密漁で県条例違反となるところ。午後2時本番開始。
【授業で取り扱った主な生物と題材】
アワビ:三陸海岸特産のアワビは世界的に有名で江戸時代には長崎から中国へ輸出されていた。今回はアワビのゆっくりとした移動の様子を観察した。
ウニ:岩手は本州一の漁獲高。裏返して口を観察。割って魚が食べに来るところを紹介。
ホヤ:生きているホヤは吸水管と排水管を使っていることを紹介。脅かすと固くなる。
アメフラシ:脅かすと紫色の液体を出すことを観察。
タコ:海底教師にからみつき格闘となる。スミを吐いて逃げていく様子や猫に似た目を観察。保護色に変化することを確認。
ヒトデ:いろいろな形を観察。また色の多様性に注目。裏返して起きあがることを観察。
ナマコ:泳ぐかどうか水中に放り投げてみる。ナマコにも顔があることを紹介し観察。
海藻:水深によって海藻の種が,緑色茶色赤色と棲み分けていることを紹介。
重い石を持ち上げる:水中では重い石でも軽々と持ち上げられること。
水中での宙返り:陸上ではできないが水中なら可能な事を例示。(子供達に反響大)
その他:沈没船探し。三陸海岸は海底もリアス式かどうか一緒に調べる。

4 成果と課題
 詳細な授業内容の報告とアンケートの分析は紙面の都合上割愛するが,参加した子供たちのアンケートからは,どこの学校においても海への理解が深まった様子が伺えた。共通した意見として以下のようなものが抽出できる。「地元の海がこんなにきれいだと思わなかった。」「まるで自分も潜っているような感じだった。潜ってみたくなった。」「アメフラシが紫色の液を出すのにはびっくりした。」「先生とタコの格闘が迫力があった。」「タコが墨をはいて逃げていくところ。」「先生の(リクエストに応えて)宙返りしたところがおもしろかった。」「今まで見たこともない生物がいた。」「海の底がどうなっているのかわかった。」「海の色が青ではないことがわかった。」「その場で自分たちで考えた質問がインターネットに出してもらえるところがうれしかった。」
 逆に不満だった点は,共通して「先生の声が聞き取りにくかった。」「先生の声がほとんど聞こえない。」という意見であった。これは参加校の先生も同じ意見であった。動画の品質の高さに比べ,海底教師の声は陸上までは聞こえても水中前面マスク内に取り付けたマイクがこもって参加校に到達するまでにかなり劣化しほとんど聞き取れない声になっていた。これは大きな反省点であった。
 参加校の先生方の意見は,実験的な取り組みながらも未来を感じさせる授業であったと,概ね好評であった。ただ連絡や調整がMLで行われた結果,一部の学校の先生とはうまくコミュニケーションを取れないまま本番を迎えることになり「インターネットを使った効果的な授業の良さを感じることができなかった。手段が目的になっていた。」という厳しい意見も寄せられた。
 また保護者は授業を実際に参観したわけではないが,事前に家庭用パンフレットを学校を通じて配布してもらっており,家に帰った子供たちから授業の様子を聞いてアンケートに記入してもらった。その中の一例を紹介すると,「とてもいいと思いました。ニュースでも見ましたし子供から話しを聞いてとても感動している様子でした。」「とても楽しそうに話してくれました。内容の充実度,主旨がうまく子供に伝わっていることが感じられました。」「インターネットでは滅多に行けそうもない場所や,ふれることのできそうもない物が見られるという,こんなインターネットの使い方もあるのに驚きました。これから学校の授業も変わっていくのでしょうね。」「何回もやって下さい。」「我が家では子供が初のインターネット体験者となり,家族に自慢げに話す子供の姿が印象的でした。」など予想をはるかに越えた好評を得た。また授業前後の3時間で一般向けホームページのアクセス数が7800件ほどあり,15%は海外からであった。
 以上のことから,数多くの反省点すべき点もあったが,当初掲げた3つのねらいは,ほぼ達成できたと考えている。

ワンポイントアドバイス
1
どんなことでも前例のない事をするときには,非難は必ずあると思って臨むとよい。
2
支援団体が多いと交渉には相当なエネルギーを使うのでそれなりの覚悟が必要。
3
報道機関に事前発表すると「退路」が断たれるのでいいかも知れない。
4
子供達がびっくりする様子を考えていると,かなりの困難も乗り越えることができる。


参加校と協力支援団体
参加校関係
 水沢市立姉体小学校(4年生24名 阿部朝子先生 佐藤利康先生)
 水沢市立真城小学校(4年生31名 石川正広先生 乾一樹先生)
 水沢市立常磐小学校(6年生31名 最上啓先生)
 岩手県立松園養護学校(6年生11名 佐々木秀市先生 千葉伸武先生)
 私立盛岡白百合学園小学校(4年生22名 小井戸敦子先生 小野寺俊博先生)
岩手県・国連大学・NTT環境共同ネットワークプロジェクト関係
 岩手県生活環境部・国連大学高等研究所・NTT先端技術総合研究所
岩手環境教育世話会関係
 岩手県立総合教育センター 情報処理教育室
 岩手県立大学ソフトウエア情報学部 情報システム構築学講座
 盛岡白百合学園
岩手県関係
 岩手県林業水産部
 岩手県大船渡地方振興局水産部
 綾里漁業共同組合
NTT
グループ関係
 NTT東日本岩手支店(法人営業部・災害対策室)
 NTT東日本東北研究開発センター
 NTTテレコムエンジニアリング東北盛岡支店
 NTTアドバンステクノロジー コンテンツビジネスセンター
 NTTコミュニケーションズ ソルーション事業部Tサテライトコミュニケーションズ システム技術部
日本シスコシステムズ
財団法人 海洋科学技術センター
朝日
 NTTデータ東北支社 公共システム部
 NT海洋開発
参考文献
「フィールド学習」理論と方法 野上智行・岸本浩 明治図書
社会科教育 No.478 特集「ホントに必要な体験学習セレクト31」 明治図書
日本動物百科 魚類 平凡社
水の生物 学研
海辺の生物 松久保晃作 小学館
岩手百科事典 岩手放送