インターネットを活用した特殊教育諸学校間の数学共同学習

聾学校高等部2,3年・数学
宮城県立ろう学校 中村 好則
キーワード 聾学校高等部,数学,インターネット,メーリングリスト,共同学習


インターネット利用の意図
 聾学校の生徒は,聴覚に障害がありコミュニケーションに困難が伴う。そのため,生徒同士あるいは生徒と教師の豊かなコミュニケーションを通した指導を行うには工夫と配慮が必要である。しかし,教科指導においては,複雑なコミュニケーションをあまり必要としない教師主導による知識伝達式の授業になりがちである。また,多くの聾学校では,在籍生徒数が減少傾向にある。実際,本校高等部では,1学級の定員が8名であるのに,平成11年度の1学級の在籍数は平均3.8人である。このように1学級の在籍数が少なく,固定化された学習集団では,個に対応できるという利点もあるが,競争心や向上心が育ちにくく,ものの見方・考え方が一元化し,固定化しやすい。そのため,思考の多様性が生まれず,深まった学習が成立しにくいという状況がある。
 近年,聾学校においても,コンピュータや情報通信ネットワークの環境が整備され,それらを活用した指導の効果が期待できる。そこで,それらの諸機能を活用し,在籍生徒数の減少による問題の解決や豊かなコミュニケーションを通した指導を支援するために,同じような問題を抱える他の特殊教育諸学校との共同学習を計画した。共同学習は,メーリングリストを設定し,電子メールでの意見交換による学習活動を中心に行う。自分の考えを文章に表現し相手に伝えることや,自分の考え方を他の生徒の考え方と比較することで,自分の考え方のよさや誤りを認識し,生徒が主体的に学習できることを意図して計画された(図1)。また,共同学習のホームページを作成し,各学校での検討や共同学習での意見交換を促進するために活用した。


1 指導目標
共同学習は,図2のように聾学校(高等部2,3年),肢体不自由養護学校(高等部1〜3年),病弱養護学校(高等部1年)の3校で実施した。各校とも,1学級の在籍数が少なく,本校と同様な問題を抱えていた。
 共同学習の実施科目は,高等学校「数学I」(各校とも3単位)である。第3回国際数学・理科教育調査−第2段階調査−(TIMSS-R,1999)の国内調査中間報告では,52%の生徒が数学を「嫌い」または「大嫌い」と答えている。しかも,前回(TIMSS,1995)の47%よりも5ポイント上昇しており,数学は嫌いな科目の1つと考えている生徒が増加傾向にある。このことは特殊教育諸学校でも同様である。実際,共同学習に参加した3校の生徒27人に実施したアンケート調査では,数学が「嫌い」または「大嫌い」と答えた生徒は15人(51.9%),数学は「不得意である」または「あまり得意ではない」と答えた生徒は16人(59.3%)であった。また,数学は,答えは1つしかなく,その答えを出してしまえば終わりであるという意識をもっており,固定化されたものと考えている。このことが,数学が嫌いな原因の1つになっているものと思われる。そこで,数学は,答えや解法などは多様に考えることができることや,その考え方の多様性やよさを,電子メールによる意見交換を通して認識させたいと考えた。そうすることで,数学の楽しさや有用性などを理解し,少しでも数学が好きになれるのではないかと考えた。
 そこで,この数学共同学習の指導目標を,(1)いろいろな考え(解法や問題)を考え,それを表現し相手に伝えることができることと,(2)自分の考え(解法や問題)と他の生徒の考えを比較し,自分の考え方のよさや誤りに気づくこと(自己評価)ができることとした。

2 指導計画
 聾学校,肢体不自由養護学校,病弱養護学校の高等部では,高等学校に準じた教育が行われている。しかし,障害の程度や種類の多様化とともに習熟度の差も大きく,生徒によっては小学校や中学校の内容を学習している場合もある。そこで,共同学習は,高等学校の内容で指導が行なわれているクラス用(kazu1-ML)と,それ以外のクラス用(kazu2-ML)の2つメーリングリストを設定した。また,共同学習の進め方や内容の検討を目的に,教師用のメーリングリスト(kazu0-ML)を設定した。参加状況は,表1の通りである。肢体不自由養護学校のkazu2のクラス以外は,2から4名のクラスで小さな学習集団である。共同学習では,kazu1が10名,kazu2が17名で学習集団を構成することができた。また,それぞれのメーリングリストには,各学校の指導者も参加し,生徒の意見交換を支援することとした。



 共同学習は,図3のように指導計画を立てた。まず,学習の進め方や内容について,各学校の指導者が事前指導を行う。次に,(ステップ1)共通問題の提示と解法・解答の考察,(ステップ2)解法・解答の検討と分類,(ステップ3)問題つくりと問題の検討・分類・解答の3つのステップで学習活動が行われる。最後に,感想や意見などをまとめる事後指導とアンケート調査を実施する。指導時間は,事前指導が2時間,ステップ1が2時間,ステップ2が5時間,ステップ3が4時間,事後指導が2時間の合計15時間である。各学校の行事や数学の進度などを考慮しながら,7月から12月の間に各学校のペースにあわせて実施した。



3 学習の展開
3.1 事前指導(2/15時間)
 各学校の指導者によって,共同学習の進め方や内容について説明が行われた。(1)それぞれの数学の時間を利用して,問題や解法・解答を考え,その結果をメーリングリストを通して相手校に伝えること,(2)相手校からのメールをもとに各自または各校で検討を行うこと,(3)共同学習に当てる時間は,各学校の普段の授業の進み方や相手校からのメールの状況を考えながら,2週間(3〜5時間)に1時間位を当てることなどを確認した。また,電子メールを使用するのは,初めてである生徒も多いので,送受信の練習を兼ねて,互いに自己紹介や学校紹介をすることからはじめた。

事前指導と並行して,指導者間でも共同学習を進めるにあたっての配慮事項などについて検討が行われた。(1)生徒の障害の程度や種類によっては,入力に時間を必要とする場合もあるため,時間の確保などの配慮をすること,(2)学校の行事などによって,各学校の進度に違いが出てきた場合には,電子メールを利用して連絡調整を行うことなどを確認した(教師用メーリングリストkazu0-MLは,9月から設定した)。

3.2 ステップ1(2/15時間)
 メーリングリストごとに共通問題が電子メールによって伝えられ,各自で共通問題の解答を考え,それを電子メールで送る段階である。共通問題は,各校の指導者で検討され,いろいろな解法や解答を考えることができ,習熟度に差があっても自分なりの解答ができる問題が選ばれた。その結果,kazu1では「a+b=7となる数a,bを求めよ。」を,kazu2では「( )+( )=7となる( )にあてはまる数を求めよ。」が共通問題として提示された。まずは,各自でその解答を考え,その結果を電子メールで伝える。次に,相手からの電子メールを見て,自分の解答を検討し,自分の解答に修正がある場合は修正し,その理由とともに電子メールで伝える。

3.3 ステップ2(5/15時間)
 ステップ1で投稿された解答や意見について,各校ごとに検討し,同じような解答を分類する段階である。解答として正しいかどうかをクラスで検討し,もし疑問点や誤りがある場合はその理由をつけて電子メールで伝える。次に,投稿された解答を分類し,その結果を電子メールで伝える。kazu1では,次の4種類の解答が予想される。(1)a,bを自然数で考えると,(a,b)=(1,6),(2,5),(3,4),(4,3),(5,2),(6,1)の6種類である。(2)a,bを非負の整数で考えると,(1)の解に(0,7),(7,0)が加わり,8種類である。(3)a,bを整数で考えると,tを整数とすると(a,b)=(t,7-t)となり解は無限にある。(4)a,bを実数で考えると,tを実数とすると(a,b)=(t,7-t)となり解は無限にある。最後に,自分の考えた解答がどの分類にはいるのかを確認する。また,ここでの検討の結果は,図4のようにホームページにまとめ,クラスでの検討のときに活用する。このホームページは,宮城県学習情報ネットワーク(SWAN)接続校のみが閲覧できるイントラネット上で公開する。

3.4 ステップ3(4/15時間)
 共通問題と似たような問題を作り,それをメールで伝える活動を行う段階である。問題は,(1)数値を変えた問題(例,a+b=20),(2)演算を変えた問題(例,a×b=7),(3)文字やカッコの数を変えた問題(例 a+b+c=7),(4)数値,文字数,演算など複数の項目を変えた問題(例,a+b-c=5)など,多くの問題が考えられる。 投稿された問題については,問題として成立するかどうかをクラスで検討し,もし問題として正しくない場合はその理由やどのように修正したらよいかなどを電子メールで伝える。 また,それらの問題についても,同じような観点で作られた問題を分類して,電子メールで伝える(図5)。 これらもホームページに整理し,他の生徒の考えと比較しやすいように配慮する。その後,生徒が作った問題の中から,みんなで解いてみたい問題をメールによる投票で3問を選び解答する。

3.5 事後指導(2/15時間)
 事後指導では,各校ごとに,今までの学習で出た疑問や質問,感想や意見を各校ごとに話し合い,自分の意見とともにその結果を電子メールで伝える。また,共同学習のまとめとして,メーリングリストを利用して,アンケート調査を実施する。その結果については,ホームページに集計結果をまとめ,各校に伝える。

4 成果と課題
 各校のメールの送信数は,表2の通りである。病弱養護学校は,学校の都合で9月からの参加となった。学校行事や数学Iの進度なども見て,共同学習の時間に当てたが,夏休みのある8月以外はほぼ定期的に電子メールのやり取りが行えわれた。生徒の電子メール送信数は,少ない生徒で5通,多い生徒で16通である(生徒1人平均6.4通)。

表2 メーリングリストへの投稿数

教師(3校)聾学校(生徒)
ML 101112 ML101112
kazu0   10821 443kazu0          
kazu111 513314 kazu1404668 28
kazu220 314313kazu292446631
合計311810281070 合計132810121459
 
肢体不自由養護学校病弱養護学校(生徒)
ML101112ML101112
kazu0        kazu0       
kazu130 346521kazu1  371516
kazu2150159101059kazu2  363618
合計1801813161580合計  61341134

(kazu0は教師用,kazu1は学年対応用,kazu2は下学年対応用のメーリングリストである。)

 ステップ1での電子メールの内容を見ると,多くの生徒は,自分の考えが明確ではなく,また,十分に自分の考え(解答)を表現できていない。例えば,kazu1でのある生徒の電子メールでは「0+7=7,1+6=7,2+5=7,3+4=7,4+3=7,5+2=7,6+1=7・・・etc。いろいろあるはずです。」とあり,a,bをどのような数で考えているのか明確ではない。もし,a,bを非負の整数で考えた場合は,7+0=7が足りないでだけであるが,「いろいろあるはず」と述べている。a,bを整数や実数で考えている場合は,解は無限にあるが,他にどのよう解があるのか相手には分からない。また,解答の表現に関しても,あてはまる式を書いただけで,aとbの値がいくらであるかを答えていない。このように,最初のメールのほとんどは,あてはまる式を書いただけのものや問題の条件を満たす一部の解を答えただけのものであった。
 ステップ2では,ステップ1での相手校からの電子メールをもとに検討が行われ,自分の考え方(解答)の明確化や修正が行われた。たとえば,先の生徒のステップ2での電子メールでは「問題1の解答です。a=0の場合bは7,a=1の場合bは6,(途中省略),a=7の場合bは0,a=-1の場合bは8,a=-2の場合bは9,(途中省略),a=-10の場合bは17。以下際限なくつづく。」と解答が改められた。ここでも「a,bを整数にする」とは述べてはいないが,aを順番に変え解が無数に考えられることを伝えている。表現も式ではなくaとbの値を答えている。また,その他に解はないのかを検討する中で,a,bを実数で考えると,小数の解もあることを見つけ電子メールで伝えられた。このように,他の生徒からの電子メールが,自分の解を再検討する機会となったものと思われる。ステップ3の問題つくりについても,他の生徒とは違った問題を作ろうと,意欲的に学習が進められた。
 ホームページは,投稿された解答や問題を比較し,クラスでの検討を支援するように作成された。解答や問題の投稿者と投稿日も掲載された。これにより,生徒は自分の解答や作った問題があるかどうかを確認したり,他の生徒がどんな解答や問題を作ったかなどを楽しみながらホームページを見ることができた。また,何度も電子メールを開かなくとも,クラスでホームページの画面を共有しながら検討を行うことができた。
 最後に,アンケートを行った結果,「全くそう思う」または「だいたいそう思う」と解答した生徒の割合が高い項目を示す。(1)共同学習は楽しかった(85.2%,24人),(2)いろいろな考えができた(66.7%,18人),(3)クラス内で十分に話し合いをした(51.9%,14人)である。多くの生徒は興味・関心を持って取り組めたものと思われる。また,自分でいろいろと考え,それをもとにクラス内で検討が行われたことが分かる。
 今回は,共通問題を数学Iの単元ではないところから設定した。しかし,普段の授業との繋がりを考えると,数学Iの問題から共通問題を設定し,数学Iのカリキュラムの中で共同学習を行うほうがより効果的だったと考える。また,テレビ会議やチャットなども活用した共同学習についても検討することが課題である。

ワンポイントアドバイス
 生徒は,電子メールでのやり取りをとても楽しみにしながら実践を行った。初めは,ただ解答を電子メールに打つだけの生徒が多かったが,メールでのやり取りを重ねる中で,次第に電子メールを送る相手を意識し,分かりやすい文章を書くようになった。メーリングリストの中で,数学の問題や解答だけでなくメールの書き方や操作法やマナーなども学習できた。また,メーリングリストで生徒の意見がでないとき,クラスでの指導のほかに,教師側から質問や意見などをメーリングリストに投稿し生徒の意見を促すことが必要である。

参加・協力校
 宮城県立船岡養護学校,宮城県立西多賀養護学校

引用・参考文献
 竹内芳男,沢田利夫編著(1983)問題から問題へ,東洋館
 水越敏行,佐伯胖(1996)変わるメディアと教育のありかた,ミネルブァ書房