Web上における数学科共同学習の展開III

中学校第1学年・数学
千葉県袖ケ浦市立長浦中学校 永井 正洋
キーワード Web,CSILE,共同学習,知識構築,数学的コミュニケーション


インターネット利用の意図
 1998年の夏から,Web上における協調的な数学学習をテーマに実践的研究に取り組んでいる。昨年度は長浦中学校生徒と千葉大学学生との間で実験的に共同学習をおこなった。この成果を踏まえ1999年6,7月に長浦中学校生徒と新たに神戸大学発達科学部附属住吉中学校生徒との間で共同学習を展開した。本稿では主にその実践に関して述べる。
 ネットワーク上での共同学習の有用性や意義は基本的に遠隔の地にいる他者と学習活動を展開する中で知識を協調的に創造できることである。特に社会科や理科では教材に地域差が存在することがあるが,インターネットを利用すればそれらが顕在化した学習を比較的,容易に構築できる。しかしながら,数学科となるとその教科の特性から見ても,地域差や非客観性が表出することは余りなく,ネットワークを用いて共同学習することの必要性が何であるかを明確にしなければならないだろう。また,本研究でのインターネット利用の意図はその中で示されると考える。
 ここで,数学科においてもネットワークを用いて協調的な学習を進める良さは以下のようであると捉えている。
・1つの数学的な内容に関して教室内で考えさせる時と比べ,格段に多い人数で考えることになるから,多面的に課題を捉え問題解決のきっかけとなるアイデアを生みだしやすい。
・学習や思考の過程を正確かつ,容易に記録として残すことができ,子ども達の反省的思考を促進することができる。
・1授業単位時間に拘束されることなく,いつでも共同学習に参加することができ,通常の授業の枠を越えることができる。
・異年齢の学習への参加者と協調的に課題に取り組むことができ,問題解決の方略や学習の進め方などメタ認知的な学習をすることができる。
  これらの良さがあるから数学学習でもインターネットを用いる必要性や価値があると考える。また,利用の意図もこれらを実践の中で実現していくことにある。
 そのためにWeb上でのいわゆる「掲示板」をサーバに設置し,それをデータベースとして共同学習をおこなった。このような形態の共同学習は近年,種々の実践がおこなわれているが,よく知られているデータベースにはカナダのオンタリオ教育研究所の提供する CSILE(Computer-Supported Intentional Learning Environment)がある。本研究ではこの共同学習支援環境を先行研究として位置付け検討を重ね取り組みを進めている。


1 数学なぜなぜ大辞典
 正の数・負の数について疑問点や分からないところをインターネット上で討論しよう。
(1) ねらい
 生徒はこれまで正の数・負の数の学習をおこなってきた。基礎的な知識や技能は比較的身に付いてきたが,それは表面的であったり応用のきかないものであったりする。したがって,今一度,既習の学習内容を振り返り,理解の十分でなかったり更に深め発展させていきたい箇所をインターネット上で討論していく。そして,その中で数学的なコミュニケーション能力や協調的に他者と知識を創造していく態度や数学観を培っていく。
(2) 指導目標
(a) データベース上に疑問なところや分からないことを書いたり,他の生徒のコメントを見て自分なりの意見や考えを書き込んでいくことを通して,
 ・自ら学ぶことの楽しさや共に知ることの喜びを感得させる。
 ・数学的な知識とは他者と共に創りあげていくものだという態度を育てる。
(b) 討論の記録を見ることにより,思考の過程を振り返らせる中で合理的な問題解決の方法や進め方に気づかせる。
(3) 利用場面
 今回,共同学習をおこなった2校のおよその指導計画は以下のようになる。
 長浦中学校(2時間)
 (a) 課題の設定(Web)→(b) 課題の追求・解決(Web)
 住吉中学校(4時間)
 (a) 課題の発見→(b) 課題の設定(Web)→(c) 課題の追求・解決(Web)→(d) レポート作成
 上記の通り,両校はそれぞれの指導計画に基づき授業をおこなっており,Webコラボレーションは「課題の設定」の時間と「課題の追求・解決」の時間におこなわれた。指導時間数も設定したが,初めての試みだっただけに試行錯誤の部分も多く,長浦中側では計5時間インターネットを用いた授業をおこなったクラスもあった。次に学習活動の流れであるが,両校で若干の違いはあるものの,まず,生徒が数学学習で疑問に思ったり発展させて考えたいことなどをデータベースに書き込む。そして,それに対して他の生徒が自分の意見や考えを書き込んでいき討論を進めていくスタイルをとっている。 
(4) 利用環境(長浦中側のみ) 
 (a) インターネット接続  ISDN+ダイアルアップルータ(生徒用端末20台接続)
 (b) 生徒用端末      NEC PC9821xn(OSはWindows3.1 ブラウザはNetscape3.0)
 (c) データベース     千葉大学教育学部数学教室越川研究室内インターネットサーバ「Topo」に昨年度 と同じ簡易型データベースを設置した。フリーソフトの「WebNote Clip 3.5(フレンドリーラボ社製)」である。このデータベースはテキストの書き込みはもと より,図や写真などもアップロードできるWeb上で稼働する「掲示板」である。図1,2はデータベースの各画面である。

         図1 共同学習データベース

         図2 討論の様子

2 指導計画(長浦中側)

指導計画(2/2)

留 意 点

(a)  課題の設定
 データベースの操作に慣れると共に,正の数・負の数の学習で疑問な点や分からない所を書き込む。
 ★インターネットの利用

・データベースの基本となる使い方を説明し操作させる。
・書き込むノートは事前に教師が見て助言する。
・他の人に分かるように,簡潔で正しい数学的表現になるように留意させる。

(b)  課題の追求・解決
 他の人の書き込みを見て,自分の意見や考えを書き問題を解決していく。
 ★インターネットの利用

・既に書き込まれたノートをよく読み,今,話題となっていることや討論の経緯を的確に捉えるようにさせる。
・他者の考えを知り,自分の考えと比較をする中で数学的な見方・考え方を伸ばす。

3 学習の展開(本時2/2)
(1) 本時の目標
・共に調べたり考えたりすることによって,数学な知識を創っていくことに興味・関心をもって取り組むことができる。
・書き込みをする際に,数学的な見方・考え方に基づき適切な表現をすることができる。

学 習 活 動

支援上の留意点

備 考

・パソコンを立ち上げブラウザからインターネットに接続する。
・長浦中学校→数学科教材研究の ページ→Web数学科共同学習H11とホームページをたどっていく。
・ユーザIDとパスワードを入力する。
・共同学習のページでタイトル一覧表示を選択し,これまでの学習の進度などを確認する
・自分の関心のある話題について調べたり,考えたりする。
○なぜマイナスとマイナスのかけ算は答がプラスになるの?
○プラスやマイナスの数は日常でどんなとき使われるのか,必要なのか。
・新しい疑問や意見があれば書き込む。
○かけられる数を1ずつ減らしてみる。
 −2×1=−2
 −2×0=0
 どんどん数が2ずつ増えていく。
 すると,−2×(−2)は4になることがわかる。
○マイナスの数は温度計や天気予報で使われると思う。
・授業を振り返る意味で,今一度タイトル一覧表示などで討論の様子を見る。

・はじめは長浦中学校のホームページにつながるので,それ以降間違いのないようにさせる。
・入力時に間違えないよう留意させる。
・ボタン操作でデータベースの前ページなどを閲覧できるので操作について再度確認しておく。
・前時の学習内容を振り返る中で,何について討論するか決めるが,新しく問題を提起してもよい。
・相手の質問に対して正答だけを書いて終わりという形になりがちなので自分なりの意見,考えやその理由なども加えて表現するように指導する。
・討論の筋をよく把握してから意見等を投稿させる。
・投稿者は名前を明記する。
・適切でない表現や誠意を欠く投稿があれば注意を促す。
・自分の考えや他の生徒の考えを見直し,修正・発展等を行う。
・他の生徒の意見や考えから学ぶ。
・議論することによりできあがった数学的知識を皆で認め合い,新しく学んだこととして教師と共に確認する。

Netscape

ユーザID
パスワード

データベース
(タイトル一覧表示)
 

ネット検索や既習事項の活用
 

データベース
(書き込みフォーム)
 

データベース
(タイトル一覧表示)

オフラインでまとめをする

4 実践を終えて
 今回の共同学習では書き込まれた総ノート数は421を数えたが,これらの中には意味の通じないものや,内容的に重複している書き込みが含まれている。また,若干ではあるが,ノートの送信に失敗し2度,3度と同じものを送ってしまっている場合もある。それらを整理整頓し,おこなわれた討論のテーマ*1の一部が表1である*2。全般的に生徒は意欲的にこの共同学習に取り組むことができた。質問も生徒の視線からの素朴で率直なものが多く,目を輝かせワイワイと楽しそうにコンピュータに向かっていた。他の人の書いたノートをよく読んでから自分の意見や考えを書き込むように話をしたが,書き込む授業が後になったクラスほど,前時までの書き込みが多く蓄積されており,全部のノートを閲覧できていなかった。

表1

・なぜ負の数×負の数=正の数となるのか
 ・0で割った答えは何?
 ・なぜ負の数があるのか,誰が作ったのか,なくなったらどうなるか
 ・(−32)と(−3)2の違い
 ・魔法陣の解き方について
 ・プラスやマイナスの数は日常でどんなとき使われるのか,必要なのか
 ・0はどうして正の数でも負の数でもないのか,誰が発見したのか
 ・自然数と正の数の違いは何か

 次に今回の共同学習に際しては,事前調査をおこなっていたが以下はその質問項目である。

1.学習したことに疑問を持つことがありますか。
2.1.であると答えた生徒のみ答えてください。
   その疑問は解決していますか。
3.どのように疑問を解決していますか。(自由記述)
4.数学を通してどんな力を付けたいと考えていますか。(自由記述)
5.数学は日常生活や社会に役立っていると思いますか。

 項目1の調査からは,学習したことに何の疑問も持たない生徒が多いことと,そう答えた生徒の割合が長浦中学校の方が多いことが示された[図3]。また,項目2からは疑問をそのままにしてしまう者も少なからずいることが分かる[図4]。これらからは受動的な学習姿勢や発展性や意欲の面で今一歩な学習の蓄積が想像できる。また,項目3の質問の結果では「親や先生に聞く」が一番多く権威のある者に頼ろうとする姿勢がうかがえる。項目4の質問に対しては「計算力」と答える者が両校とも最も多く,思考したり表現したりする力の重視が必要なことを示唆している。  
 さて,今回の共同学習を通して生徒の変容は見られただろうか。通算5回,Web上での共同学習を実施した長浦中学校の1クラスで事前調査と同じ内容で事後調査をおこない比較をしてみた。その結果,項目1では「疑問を持つことがある」と答えた生徒が増加した[図5]。また,項目3で「友達に聞く」が9人から19人に増えると共に,項目4では「考える力」を身に付けたいと答えた生徒が3人から10人に増えた。これらからは今回の共同学習がポジティブな影響を与えたのではないかと考える。しかしながら,実施期間も短く,他の因子の影響も皆無ではないから,今後,注意深く追跡していきたい。

図3 1.疑問を持つことがあるか

図4 2.その疑問は解決しているか

図5 1.疑問を持つことがあるか(事前・事後)

ワンポイントアドバイス
 現在,インターネット上での共同学習環境には大きく分けて2種類ある。1つはTV会議システムやインターネットホンに代表される同期的な学習環境である。もう1つは今回,実践した掲示板やEメールなどの非同期的な学習環境である。前者の同期的な環境による共同学習もインフラの整備に伴い,以前と比べ身近なものになりつつあるが,コストや準備・運用の面での課題も多い。それに比べ今回の掲示版型のデータベースはWebに接続できれば,利用可能であり手軽さと安価であることから,現段階で最も実用性と有用性のある学習環境ではないかと考える。
 今回,用いたデータベースは前述したようにフリーソフト(WebNote Clip 3.5フレンドリーラボ社製)を用いている。CSILEのような高機能ではないが,簡単な討論なら十分にできるシステムである。最近ではこの他にも,共同学習に使えそうな掲示板が多く作製されているから,色々と試してみることも良いだろう。

引用・参考文献
 [1]永井正洋,『Web上における共同学習の展開』(教育現場のインターネット利用〔平成10年度新100校プロジェクト実施報告集〕 428-433,1999)
 [2]永井正洋,岡部恭幸,越川浩明,高橋正『Web上における数学科共同学習の展開W:2校間でのCSILE型データベース使用を通しての一考察』(第32回数学教育論文発表会論文集137-142,1999)
 [3]Masahiro NAGAI, Yasuyuki OKABE, Junichiro NAGATA, Hiroaki KOSHIKAWA, Tadashi TAKAHASHI, Kanji AKAHORI, "A Design of the Environment Supporting Mathematics Collaboration on The Distribution Network" A Paper to submit for TSG6(Distance Learning in Mathematics Education), ICME9.

利用したURLなど
○ オンタリオ教育研究所『CSILEホームページ』(http://csile.oise.on.ca/)
○ 千葉県袖ケ浦市立長浦中学校『数学科教材研究のページ』(http://www.cep.chiba-u.ac.jp/HAKKEN/NAGAURA/math_room/math.html)

  このページに関わる研究には,平成9年度千葉県教育研究奨励費・平成10,11年度文部省科学研究費補助金(奨励研究B 課題番号10913006,11913005)が交付されている。


*1討論のきっかけとなる最初の質問のことである。
*2ほぼ質問が出現した順である。応答が10個以上と比較的多かったテーマのみ。