著作権および情報倫理教育用 Webシュミレーション教材の作成と実践

執筆者:三宅健次・芳賀高洋
kuri@jr.chiba-u.ac.jp,jtaka@jr.chiba-u.ac.jp
千葉大学教育学部附属中学校技術科

キーワード 中学校,中1,中2,中3,情報教育,情報とコンピュータ,情報倫理,著作権,Web教材


企画の目的・意図
 インターネットの利用が日常化する中で,学校教育がその進展のすさまじさに対応できなくなってきている。複雑化する著作権への対応や,ネットワークを要する上で気づきにくい危険な落とし穴(影の部分といわれている点)を交通安全教育のようなイメージで学習する教材,および教育実践が必要であると考え企画した。


1 実践概要
1.1 単元
 新しい学習指導要領への対応も見通して,情報教育(情報とコンピュータ)年間30時間において,総合的に取り扱うこととした。対象は中学校1年生としたい(実際には2年生)

1.2 ねらい
 ソフトウェアの操作などリテラシに関する内容は極力省き,今回の企画での教材を積極的に利用する。インターネット時代の著作権のあり方や,危険な点,自分が被害者にならないために何を考えるべきかを学習し,インターネットを上手に,有効に,楽しく利用するために必要な条件を学習する。

1.3 目標
 著作権等に注意してWebを作成し,インターネットサーバにて一人一人情報の発信をおこなう。

1.4 利用場面
 単元において,電子メールの導入およびWWWの導入また,Webを作成する前のオリエンテーションにおいて,今回作成した教材を使用する。

1.5 これまでのインターネットの利用と現状での利用環境
 1クラス43名で,授業時には1人1台のインターネットを利用できるパソコンがある。インターネットには大学を経由して,専用線接続をしている。今回作成した教材は,いつでも利用可能である。また,自宅から閲覧することも可能としている。
 当校は平成6年度から情報教育の授業でインターネットを取り扱っている。当時インターネットの利用環境はなかったため,大学まで生徒を引率し,技術・家庭科の情報基礎領域の中で8時間程度,インターネットを体験させる授業をおこなっていた。
 平成9年度,校舎の建替えがあり,高速のLAN設備,UNIXサーバ,NTサーバ,生徒用パソコン43台を導入した。同時に,ATMという高速データ通信設備によって大学とネットワークを接続した。インターネットは大学を経由して利用するため,高速の対外接続環境が利用できる。
 環境が整ってから,本格的にインターネットを活用することになった。今では情報教育だけではなく,各教科や総合的な学習「共生」の時間,生徒会,PTA同好会,クラブ活動など,あらゆる学校活動で積極的に利用している。

2 指導計画
2.1 カリキュラム概要

 情報教育は,技術・家庭科でおこなうが,現在は,2年生にて,年間30時間,1週間に2時間授業を1回,計15回おこなう。
 この授業をインターネットも含めたネットワークを利用する上でのオリエンテーションと考え,これを受けた2年生,3年生には,全員にネットワークIDおよびパスワード,電子メールアドレス(電子メールを自由に利用できる権限),Webページを公開する権限を持たせている。1年生は,コンピュータの利用時には,Webページの閲覧とワープロ等ソフトウェアの利用のbみである。電子メールについては,総合的な学習で利用するなど特殊な事情を除いては利用させていない。
 当校の技術・家庭科情報基礎領域のカリキュラムの概要を表1に示す。

表1 情報教育のカリキュラム

単元

時間

目標

導入1

(2)

●ユーザID,パスワードの取り扱い
●環境設定とパソコンとネットの使用マナー
○IDやパスワードの自己管理
○パソコンの使用マナーを把握し,ルールを守る
○環境設定をおこなう

導入2

(4)

●ソフトウェアの紹介
●ファイルの概念やファイルの保存とプリントアウト
○パソコン操作,ネットワーク操作を知る
○ソフトウェアの概要を知る
○ファイル操作,プリントアウトの方法を知る

電子メール

(6)

●送信と受信
●個人情報の取り扱い
●他人のプライバシーについて
●メールでの発言について
○メールソフトの基本操作を把握する
○SPAMメールなどの対応,いたずら,チェーンメールなどについて検討する
○個人情報の取り扱いなどについて検討する
○メールバトルやその他問題事例について検討する

WWW

(6)

WWWの情報と技術的特徴
●情報発信について
●著作権,個人情報について
○WWWの閲覧,情報検索の仕方を知る
○情報収集及び情報発信する上で注意すること
○Web情報の判断について
○著作権や個人情報について

インターネットの概要

(2)

○インターネットの大まかな概要を知る

課題

(8)

●情報発信の実践
○情報発信する上での留意点に気をつけ,ホームページを作成する

まとめ

(2)

●生活とコンピュータ
●製品カタログの見方
●自宅でのインターネット利用
○家庭生活でのパソコン利用方法を知る

 

2.2 カリキュラムのポイント
 導入では,ネットワークIDとパスワードの発行,その自己管理についての授業をおこなう。パスワードは,生徒自身に決定させる。英単語辞書にのっていないこと,数字や記号をふくめること,人には教えないこと,メモはしない,声にださないなど,パスワードは,銀行のキャッシュカードの暗証番号と同等に重要であることを知らせる。
 ソフトウェアの操作練習は,簡単に紹介をおこなう程度で極力省く。
 カリキュラムの中心は,今回の教材に関る電子メールとWWWの実践である。キーボード入力練習も,将来は小学生時代にすでに身につけるものとし,電子メールをやり取りする中で覚えていくことにしている。電子メールの授業でも,操作方法は簡単にすませ,可能な限り,メールを送信,受信の体験を多くとる。またクラスに限定したメーリングリストも積極的に利用させる。WWWについては,閲覧の機会は多いため,検索エンジンの使い分け,上手な利用法について簡単にふれて,今回の教材を用いた学習に主眼においている。
 最終的な目標として,著作権や個人情報について学んだことが生かせているか,楽しく上手に情報を公開ができているかの確認として,Webページを全員作成,公開し,情報発信の実践をおこなう。

3 教材の作成および教材利用の実際
3.1 電子メール
 授業は,1)フォーストメール(メールの楽しさを知る),2)一般的な電子メールマナーやエチケット,3)SPAM,詐欺等悪質なメールの検討,4)信用できるかどうか判断の難しいメールの検討,5)メールを受け取ったときの判断と対応 の単元でそれぞれ学習する。今回作成した教材は,以下のようなものである(一部抜粋)。
教材

3.2 生徒に配信するメール教材例
問題を含んだメール
 ここでは資料に示すメール(全部で5通)をクラスのメーリングリスト上に流し,問題のあるメールはどれなのか,問題があるとしたらどこが問題なのかを考えさせ,討論形式で授業を進めている。一見してすぐに問題ありと判断できるものと,慎重に対処しないと危険な落とし穴にはまってしまう可能性があり判断に困ってしまうようなものとを取り混ぜている。

(a) チェーンメール的な内容  不幸の手紙的なもので,他の人にメールを送信することを要求しているメールである。これは比較的判断しやすい。この例意外にも,一見困った人を助けるようなメールで内容的に問題がなくても,一般的によくないとされるチェーンメールであったりすることもあるので回答を確認するときには注意を促す。

こんにちは。私は世紀末研究会に所属する17歳の高校生です。
このメールを受け取って3日以内に,このメールと同じものを友達
3人に出さないと,あなたに不幸が訪れます。だれに出したかを必
ず私まで教えて下さい。さようなら。

(b) デマ情報の疑いのあるメール  資料にある内容であるが,もし本当であればうれしい話である。ただし,このようなメールを受け取ったら疑ってかかる姿勢が大切である。むやみに信用して個人情報を提供したり,お金を振り込んだりする前に必ず違うルートから情報の信憑性を確認することが大切であることを確認する。

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(c) いたずらメール  他人になりすまし,人の名前を使って,友達の噂話などを流しているメールである。おかしいなと思ったら,必ず発信もとを確認する姿勢が必要であることを確認する。

(d) 巧みに個人情報を聞き出すメール  これは,一見,環境問題について取り組んでおり,関心があるの人は署名に協力したいところである。これも(b) のようにむやみに信用して署名として個人情報を提供してしまうと,大変危険である。署名をする前に必ず違うルートから情報の信憑性を確認し,信頼できる場合には自己責任のもとに協力していくことが大切であるとまとめる。また,個人情報を提供するとどんな問題が発生する可能性があるのか考えさせる。

千葉大附属中の生徒の皆さんへ。 私は長崎県の諫早湾を守る会で活動
するボランティアグループの一員です。今,諫早湾を守るための署名活
動を行っています。。ちょっとのお時間で簡単に私たちの活動を支援で
きます。私たちの活動に協力して下さる方々の署名を持って環境庁に提
案する予定です。このメールにあなたのお名前,ご住所,電子メールア
ドレス,電話番号を書き込んで,返信して下さい。諫早の貴重な自然を
守るために,ぜひお願いいたします。

(e) マナーの悪いメール  内容が具体的でないためにどのように回答してよいのかわからなかったり,基本的なマナーを守っていないのでもらったときに不快に感じるようなメールである。これは問題に巻き込まれるというのではなく,自分がメールを出すときに注意を促すものである。

3.2 WWW
教材 WWWの授業では,WWWの大まかな仕組みに触れつつ,海外の情報を見ても国際電話料金が取られるわけではない,とか,企業,学校,研究所などあらゆる人の情報を無料でみられる,などの特徴とともに,その楽しさ,有効性を体験させることが導入となる。たとえば,生徒1人に3つのテーマ「○○県の小学校の校長先生を探そう」とか,「明日の千葉県の天気を調べてみよう」とか,「○○に旅行することを前提に,周辺の地図,歴史,交通,宿泊場所を探し出そう」などを与えて,目的にあった,検索システムを使い分ける実践をおこなう。
 こういった導入を経て,電子メールと同じように,詐欺の情報,デマ,著作権違反などのWebについて検討する実践をおこなう。  しかし,WWWにおける情報倫理といっても,猥褻なWebページが表示された場合どうするか,など,電子メールの授業からの流れがつくりにくい。そこで,電子メールとセットの教材を考案した。それが,以下のようなシュミレーション教材である。
URL: シュミレーション教材:http://tech.jr.chiba-u.ac.jp/RINRI/ad.html
 おいしい情報が書かれたメールを生徒に配信する。このメールにまずはどんな危険な落とし穴があるのか,という点検討させる。たとえば「会員登録を無料」で,とか,有名人の写真をプレゼントなどは,いかにもいかさまのようで生徒も気づきやすい。しかし,このメールでもっとも危険なのは,「このような情報を今後受け取りたくないならば,○○まで連絡を下さい」という点である。これによりメールアドレスの収集をしているのではないか,など生徒から意見がでれば,授業は成功である。しかし,たいがい,有名人の名前や「18禁」などという怪しげな表記に目がいくようで,なかなか生徒からおもしろい解答や考えがでることはない。
 このメールをもとにしてWWWのページへと授業を展開する。メールに表記されているURLを見れば,「プレイスポット」のページが閲覧できる。
 このページは,単に猥褻ページに注意してください,といっているわけではない。このようなページには,ユーザが意識しない間に海外に電話を掛けてしまうような仕掛け(実際にはプログラムをダウンロードする)が仕組まれたり,サンプルを餌に,悪質な商売でだまそうという仕掛けがされていることに気をつけてほしい,という点を生徒に知ってほしいのである。

3.3 情報の発信
教材 電子メールは基本的には個人間の情報交換である。やはり公開し,情報発信をおこなう訓練もしなければいけない。特に著作権の保護,個人情報の保護,情報を発信する上でのモラルと表現の自由とのバランスを具体的に見てとれる教材を開発・実践する必要がある。この実践も,電子メールを利用する。仮想「千葉弥生」という中学2年生の生徒が,Webを作成し,公開し,それを,他の友達などに紹介,宣伝する,という設定のメールである。(メール)
 これは,実際に生徒に,課題のWebページを作成した後に,課題提出カードとして,送らせるものを,アレンジしたものである。このメールの問題点について話し合うことをきっかけに,自分たちがWebページを作成する上で,注意したいことを考えていく。
URL:シュミレーション教材(情報の発信)http://tech.jr.chiba-u.ac.jp/~97jrb45/
★利用にはパスワードが必要です。パスワードを知りたい場合には執筆者までご連絡ください。
 この教材でのポイントは,1)画像の著作権を無視していること,2)CD音楽を配信していること,3)ファングラブなどの申込みなどが気軽にできること,4)プロフィールが詳ししぐること,5)人のプライベートの暴露,悪口,6)デマの掲載,7)信憑性の無い情報へのリンク,として,それぞれ具体的に強調した。
 インターネット,特にWebページでの著作権や肖像権の取り扱いというのは,非常にわかりずらく大人でさえ迷うこともある。できるだけ具体的な教材をしめすべきである。
 ここにはあと2カ所のこちらで用意したWebサイトに通じるリンクがある。一つはWebチャットへのリンク,もうひとつは,信憑性のないページへのリンクである。
 Webチャットは,顔が見えない交流の象徴のようなものであり,いわゆる「チャット荒らし」である加害者に子どもが多い。ウィルスをばらまく,とか,他のコンピュータに不正侵入してクラッキングを図るというレベルの加害ではないのかもしれないが,人の心を直接傷つけるという意味では,ウィルスをばらまくより悪質とも言える。高度な技術も必要ない。校内で十分に訓練し,注意を促すべきである。
 リンクは,信憑性のない情報へ,「驚きの事実」といってリンクをはり,紹介している点を問題としている。この教材は,新潟県の城西中学校藤田氏がアイディアをだし,我々がアレンジした教材である。信憑性のない情報をあたかも事実として自分が伝えることの意味について討論をする。
 このように情報を公開し,発信する上では,革新的に犯罪紛いのことをおこなう点よりも,知らないうちに加害者になる,そして,情報を公開する,ということは責任があり,責任があるという自覚が必要である,ということについて重点的に考えさせたい。

 生徒の作成しているWebページ:http://www.jr.chiba-u.ac.jp/seito.html

4 今後の課題
(1)教材の収集
現段階では教材がまだまだ不足している。今後はより多くの事例を蓄積し教材化していきたい。また,情報倫理教育で取り上げる教材はできるだけ具体的,現実的である方が望ましい。そこで,ネットワーク上で問題になった事象についてはできるだけ多く集め,それをかみ砕いて教材に使っていきたい。

(2)情報倫理教育の定着
授業では分かっていてもいざ,具体的に問題となる場面に遭遇すると適切な対処ができない場合がまだ多い。繰り返し指導していくことと,授業での扱い方について今後さらに検討し,修正していきたい。

(3)総合的な学習の時間との関連
現在は総合的な学習の時間では情報倫理的な内容については扱っていない。来年度,時間が取れるようになったら教科の目標との関連を図りながら取り組んでいきたい。

(4)小中高の中での連携
情報倫理教育は中学校の段階だけで行えば良いというものではない。高校では情報教育が必修になってきており,情報倫理に関する内容も行うようになってくるであろう。小学校でもそのような内容についてはうたわれているが,必修ではないので学校間での格差が出てしまう。今後,小中高の連携を図り,それぞれの段階でどの程度身につけさせれば良いかを検討していく必要がある。

(5)道徳教育との関連
情報倫理教育は行為の倫理であるが,そのベースには道徳的な姿勢が問われることになる。小中学校に位置づけられている道徳教育との関連についても今後は検討していく必要がある。

(6)情報倫理教育の捉え方
初等中等教育段階では情報倫理について,まだ,しっかりとした定義づけがされていない。今後さらに検討し,本校なりの定義を考えていきたい。

なお,今回,この教材を応用して,開隆堂出版社から出版される,中学校技術・家庭科「情報とコンピュータ」向け教材の「マイノート」を執筆しているので,参照されたい。

ワンポイントアドバイス
 内容にもよるが,現状のインターネットもふくめた情報化社会の劇的な変化に対応するためには,好ましくない情報をカットするという,フィルタリングの対処だけでは不充分であると考える。可能なかぎり現実社会でおこっている題材を選んで,シュミレーションでもかまわないので,できるだけリアルな形で問題点を明確に学習させる必要があるだろう。

 

参考および備考
[1]'99『インターネットと教育』フォーラム実践報告集
 http://forum.k12.gr.jp/
[2]開隆堂「マイノート 情報とコンピュータ」
 8〜16(32ページ分)への執筆参加
 http://www.kairyudo.co.jp/mynote/


使用したURL
[1]情報倫理教育について http://tech.jr.chiba-u.ac.jp/rinri.html
[2]情報倫理教育教材 http://tec.jr.chiba-u.ac.jp/RINRI/
[3]98年年間授業計画 http://tech.jr.chiba-u.ac.jp/keikaku98.html
[4]99年1学期期末試験 http://tech.jr.chiba-u.ac.jp/kimatu99-1.html
[5]生徒のWebページ  http://www.jr.chiba-u.ac.jp/seito.html