学校における非対称マルチホームインターネット接続の実証実験

東金女子高等学校
西牧武彦 川島郷志 高橋邦夫
itc@cgh.ed.jp
http://www.cgh.ed.jp/
キーワード 非対称マルチホーム接続,衛星接続


企画の目的・意図

 学校でのインターネット利用において,比較的安価に利用可能なインターネット接続形態のうち,どのようなインターネット接続の形態が適切であるかは重要な課題のひとつである。

 現在の初等中等教育学校におけるインターネット接続では,1Mbps以上の接続環境はコストが高価なため普及段階になく,64kbpsまたは128kbpsの接続が中心である。この程度の回線容量では,端末数が多い場合には学校内部から外部インターネットへの通信アクセスにだけでも不充分であるが,インターネットの一般普及により外部からのWeb参照などが多数発生することになったため,時間帯によって回線容量が逼迫して授業等での利用に重大な支障をきたしている。

 この回線コストは学校が,ひいては個々の生徒の家庭が負担しているのであり,学校外からの利用により校内からの利用ができなくなる事は受益者負担の原則に反する状況である。一方,公教育を担う学校としての公共性から,WWWによる情報発信など,受容しうる程度の公益的事業運営はなされるべきである。

 つまり,教育用通信コストに関して充分な公的資金援助もなく生徒の家庭が大部分のコスト負担をしている現状(特に私立学校の場合)である以上,公益的趣旨で学校が提供している外部からの通信利用は本来制限すべきであるが,他方学校としての公共性から一定限度までの外部通信を認めたいという要求もある。こうした葛藤は,本校ばかりではなく,インターネット利用者の増加につれて早晩他校(公立学校を含む)でも発生しうる問題であり,今後インターネットの教育利用普及の障害となることが予想される。

 この状況を改善するには,回線容量の増強が必要であるが,光ファイバ通信回線に代表される対称型高速回線は運用コストが高価であり,公的補助措置がない限り現実的ではない。次善の策として,上り回線の容量は細いままで下り回線の容量を太く増強する,非対称マルチホーム接続が現実的な解決策となる可能性が高い。

 これは,外部からの利用に多用される上り側回線と内部からの利用に多用される下り側回線の容量を非対称にし,内部から外部へのアクセスを受益者(生徒)負担の限度内で太く増強する一方,外部からのアクセスには公共的機関としてコスト負担し得る限度程度でリソース提供を行うものである。具体的には,専用線による常時接続(上り下り対称)とともに衛星回線による従量接続(上り下り非対称)を組み合せること(非対称マルチホーム接続)で実装可能である。

 本企画は,このような非対称マルチホーム接続を学校で利用する際の効果的な設備・運用方法について研究発表を行い,今後他校でも同様の手法が必要になることに備えてモデル事例研究とノウハウ開発を実証的に行うことを目的とする。


1.実践内容

 外部一般から学校へのWeb等へのアクセスについては既存の上下対称型常時接続回線を経由し,学校内から外部Web等へのアクセスについては上下非対称の高容量衛星通信回線を経由するように経路制御を行った。これにより,教育目的の達成のために内部から外部への利用を行う際に必要な通信回線容量を確保しつつ,外部から内部Web情報の利用についても支障がない範囲内で可能とすることで公益的目的も満足することができるかどうかを検証した。実際に運用しながら,最適な運用方法についても検討した。

1.1 接続形態(非対称マルチホーム接続)

(1)マルチホーム回線の内容

○専用線接続 128kbpsディジタル専用線 使用料32,000円/月(OCNエコノミー)

衛星受信端末設定画面

○衛星接続
・地上系(上り):ダイヤルアップ
 使用料 2800円/100時間
    (OCNダイヤルアクセスロング)
 通信費 8000円/100時間(Eレート)
・衛星系(下り):Megawave (最大1Mbps)
 使用料 3980円/月
 衛星接続小計 14,780円/100時間

(2)接続形態

 専用線接続は,LANからルータ・ファイヤウォールを介して接続。

 衛星接続は,モデム・衛星受信装置を装備した衛星受信端末をLANから共有。衛星接続を使用する場合,ダイヤルアップ回線による地上系上り回線で送信要求を衛星回線プロバイダのセンターに送り,衛星系下り回線で配信されるデータを受信する。

 LAN内の各端末は,LAN用のファイルサーバに装備したProxy Cacheサーバを介してインターネット接続(Web利用)を行う。

 Proxy Cacheサーバは,親Proxyを複数指定して多段接続が可能なSquidを使用し,専用線系のファイヤーウォールと,衛星系の衛星受信端末とのマルチホームを,それぞれのトラフィック負荷に応じて自動選択する機能を利用した。


インターネット接続構成図


1.2 非対称マルチホーム接続の効果検証

(1)マルチホームの耐障害性

 校内の端末からのインターネットのWebアクセスにはProxyサーバを経由するようにし,Proxyサーバにおいて,上位(親)Proxyとして専用線系のファイヤーウォール上のProxyと,衛星系の衛星受信端末とを自動的に選択してアクセスするよう設定した。

 専用線系のルータ―ファイヤーウォール間のケーブルを外して専用線系の回線障害をシミュレートしたところ,衛星系からの受信が動作し,通信の途絶は回避された。

 衛星受信端末をOFFにして衛星系の回線障害をシミュレートしたところ,専用線系からの受信が動作し,通信の途絶は回避された。

 これにより,マルチホーム接続による耐障害性の効果が実証できた。

(2)通信速度の改善効果

 専用線回線の場合,OCNエコノミーでは128kbpsを上限とする回線速度であるが,本校の回線においては,実効速度として,おおむね50kbps〜80kbps(昼間)であった。

 衛星回線の場合,下りデータの受信はワンテンポ遅れるものの,通信速度の上限は,業者設定の最高値1Mbpsのところ,実効値はおおむね350kbps〜700kbps(昼間)であった。

 今回実験に用いた環境は,比較的廉価に使える月100時間以内固定料金のサービスの利用を想定したため,衛星回線の利用は,同時アクセスが多発する昼間の授業時間帯に限定することとし,それ以外の時間帯は,衛星受信端末の機能を停止して運用することとした。

 マルチホーム接続中は,当初設定ではProxy Cacheサーバのハードディスクに蓄えられたキャッシュドデータ,専用線回線,衛星回線の順に利用され,衛星回線利用の頻度は低く,実効速度の向上効果は期待されたほどではなかった。これは,衛星回線の特性として,1stデータの到着は遅れるが,後続の全データの到着は速いということによるものと思われた。すなわち,Proxy Cacheサーバが上位(親)Proxyを自動選定する際に,1stデータの到着速度で判別しているものと考え,Proxy Cacheサーバが選定する親Proxyの優先順位を調整したところ,衛星系の利用が優先される状態を作ることができ,衛星回線の高速性にみあう通信アクセス実効速度の向上がみられた。


2.成果と課題

2.1 マルチホーム接続の有用性

 通常,初等中等教育学校では,単一の回線でインターネットに接続している。インターネット接続の通信速度はその回線に依存し,万一回線に何らかの理由で支障が生じるとインターネットの利用が不可能となる。その場合,学校においては,予定した授業の実施ができなくなる,電子メールを利用した諸連絡・伝達事項が不通となるなど不都合が多い。今後,教育の情報化により,一般教科でもインターネット利用が増加することを考えると,現在の単一回線接続の形態では不安が増すばかりという状況も想定される。

 また,学校が災害時の非難連絡場所となっているケースが多く,学校へのインターネット導入にあたっても,阪神淡路大震災において着目された災害時のインターネット情報交換の有用性が期待されている。このような中で,単一の回線にライフラインを依存した状態は耐障害性が低く,今後災害対策を本格的に検討する際の障害となると予想される。

 これに対して,2以上の回線をインターネット接続に用いることをマルチホーム接続という。マルチホーム接続では,1つの回線に支障が生じたり,通信量が超過して回線容量が不足した場合などに,代替の回線でインターネット接続を補って継続することができ,上述の課題の解決策として期待できる。

 本実験で使用した回線は,専用線接続と衛星接続の2系統である。Webアクセスについて検証を行ったところ,いずれか一方の回線または回線接続機器に不具合があっても,Proxyサーバ内部での自動的な回線切り替え処理によりもう一方の回線接続を使用してインターネット接続を継続でき,耐障害性を装備することができた。

 Web以外のインターネットアクセスについては,電子ニュースは同様にマルチホームの構築が容易であるが,電子メールにおいてメールサーバが校内にある場合などは,DNSサーバの実装に依存する。障害時のバックアップとなるDNSサーバを校外におくなど,本格的な耐障害性を実装するためにはISPなど外部との連係調整が必要となるため,今回は試すことができなかった。

2.2 非対称接続の有用性

 学校のインターネット接続のコスト上の課題として,情報発信と情報受信との通信量の非対称性がある。情報発信の少ない学校では,もっぱら児童生徒教職員が学校内部から学校外部へアクセスするための情報受信のための通信量が多い。インターネット接続のための通信料金は学校において負担しているため,この場合は,利用にみあった料金負担をしているものとみなすことができる。これに対して,情報発信の多い学校では,外部一般から学校のWWWサーバ等へのアクセスが多く,内部から外部にアクセスする情報受信のための通信量だけでなく,外部から学校にアクセスするための通信量をもまかなうために,学校が費用負担をしていることとなる。通信量の増大により授業等での利用に支障が出ると,学校では回線容量の増設を行って対応することになるが,通常のインターネット接続回線は,上り(学校→外)下り(外→学校)で同じ通信容量を共用する対称型の接続であるため,回線増速のための料金負担は,同時に外部からのアクセスも高速化し,結果的に外部からの通信量も増すため,期待される費用対効果を生みにくい。

 この場合,限られた予算を児童生徒の教育のために執行する学校としては,外部からの情報アクセスには一定量の許容をしたいものの,まず優先して児童生徒が学習に用いる通信量のほうに大きな通信容量を割り当てたい。そのためには,外部からのアクセスが多い上りの通信量を一定限度に制限しつつ,学校から外部へのアクセスが多い下りの通信量を最大限確保するという,非対称型の接続が好適であるものと思われる。衛星インターネット接続はこの非対称性を持っており,上りを低容量の地上回線,下りを衛星からの大容量回線で通信する制御を行っている。

 今回の実験では,外部からのWWWアクセスは,ディジタル専用線接続の回線を経由し,衛星系の回線を使用しないようにした。このため,外部からのアクセスは,専用線接続の許容量である128kbpsを上限とすることとなった。これに対し,校内から外部へのアクセスには,上限128kbpsの専用線接続に加えて衛星インターネット接続回線も使用して増速を行った。月100時間の固定料金適用時間限度以内であれば,4〜7倍の通信速度に対して,専用線接続の1/2という廉価なコストであるため,費用対効果が高いものといえる。

 以上から,外部一般から学校へのWeb等へのアクセスについては既存の上下対称型常時接続回線を経由し,学校内から外部Web等へのアクセスについては上下非対称の高容量衛生通信回線を経由するように経路制御を行ことにより,教育目的の達成のために内部から外部への利用を行う際に必要な通信回線容量を確保しつつ,外部から内部Web情報の利用についても支障がない範囲内で可能として公益的目的も満足することができることが実証できた。

2.3 課題

 一定の条件内では衛星インターネット接続の費用対効果が高いことを示したが,実は,本企画に関係して衛星インターネット接続について調査している中で,衛星インターネット接続には,ジレンマとも呼べる課題があることがわかった。それは,衛星のトランスポンダ1本の容量が30Mbps程度であるため,常時1Mbitの通信を行う企業や学校のようなユーザばかりであれば30ほどで満杯になってしまうことである。そのため,衛星インターネットでは,個人ユーザを主な利用者に想定し,端末1台で1契約の利用を想定して料金設定を行っている。個人ユーザであれば通信量が少ないため,数十〜数百倍のユーザ数を受け入れることができ,契約数と使用料総額を多数見込むことができる。地上系の上り通信をダイヤルアップ回線に限定し,専用線接続による上り発信を不能と設定していることからも,家庭ユーザを主対象に考えているものと思われる。

 つまり,学校での利用に好適な非対称インターネット接続形態でしかも安価な衛星インターネットは,衛星回線インフラが未整備で高価な現状では,学校等で複数端末が利用すればするほど採算が悪くなりコストが上昇するため,同じ料金を支払う一般のユーザに迷惑をかけることにもなる。電話回線など地上系の回線が,利用量が増えるほど利益が増える収益構造であることに対して,利用契約数は増えて欲しいが利用量の増加はおさえたいというジレンマがある。逆に,公的な費用負担で学校向けの衛星トランスポンダを多数整備するなどインフラ整備が実現すれば,衛星回線利用のコストダウンが図れ,本格的な衛星利用拡大の可能性もあり,卵(需要)が先か鶏(供給)が先かという状態が現状のようである。

 現在の衛星回線は,大容量光ファイバ回線のように,多数のユーザが個別に別個のデータ通信を行うために共同利用する目的には適さないが,1つのコンテンツを多数のユーザが同時に受信する「放送」のような形態のデータ通信には好適である。50MBのデータを,10000人に送る際の通信料は,地上系の回線であれば膨大なものとなるが,衛星回線1本で数秒の内に全員に送ることができる。この特性を活用すれば,全国の教育センターに配置したProxyサーバに対して同じコンテンツを配信して蓄積し,近隣の複数の学校がオンデマンドで利用するというような形態では,総体としての通信コストは安価に押さえるため衛星回線の利用が好適であるといえよう。学校を中心とした衛星回線の普及拡大には,このような特性を生かした利用形態の整備も前提となるものと思われる。


ワンポイントアドバイス

 インターネット接続方式の選択には,校内需要の程度も予測した上で費用と効果(通信速度)を比較して導入することが望ましい。限られた予算内では過剰設備は適切ではないが,逆に需要を喚起して設備をフルに活用することでも過剰状態は解消可能であることも念頭において,導入するシステムの仕様を検討するとよい。