重複障害学級におけるインターネットを中心とした
情報機器の利用実践
中学部第1学年 養護・訓練
富山県立高志養護学校 教諭 野尻 智之
キーワード 中学部,養護・訓練,インターネット,教材作成,入力機器
インターネット利用の意図
重度の障害を併せ有する児童生徒にとって,コミュニケーションの手段や自分の力での活動は限られる。そのため,画像や絵カードといった教材教具を用いたり,トーキングエイドのようなコミュニケーションを補助する教具を活用することになるが,障害が児童生徒によってそれぞれ異なるため,児童生徒に合った教材を用意することは難しい。
このような児童生徒にとってコンピュータは有効な教材となる可能性を持っているが,従来の入力装置や市販のソフトウェアを用いた環境では,ほとんどの児童生徒は利用することができない。そこでインターネットを利用し,教材の素材を集めてHTMLを利用すれば個々の児童生徒に合った教材作成が容易にできる。
インターネットの教材作成の容易な面を利用して,重度重複障害児童生徒を対象とした教材を作成し,残存能力の活用を目指して実践活動を行う。それにより重度重複障害児童生徒にとっての活用しやすいインターネット環境の在り方を考える。
1 いろいろな画像を動かそう
(1) ねらい
対象生徒は肢体不自由と重度の知的障害・聴覚障害等を併せ持ち,意思の伝達や上・下肢の運動も難しい。しかし,視覚への刺激には敏感で,特に自分の顔写真を見て楽しむことができる。そこで視覚への刺激をきっかけに上・下肢の随意運動を引き出したいと考えた。実物の写真を用いるのではなく,デジタルカメラで取った画像を,インターネットで取り込んだ素材で加工することで本生徒の興味を引き出すとともに,HTMLを使えば簡単なスイッチ操作で画面を切り替えるなどの操作の入った教材を手軽に作成できる。この画面の変化による快の刺激から,スイッチを押して切り替えることを理解させ,ボタンを押すという随意運動を引き出したい。
(2)
指導目標
本生徒の理解に合わせて,以下の3段階の活動を通して指導していく。
(a) コンピュータ室になれる
コンピュータ室の中の雰囲気になれる。コンピュータを使ってデジタルカメラで撮った自分の画像を見て,「コンピュータとはおもしろいもの」ということを理解する。
(b) 画像を加工して楽しむ
ただ画像を見るだけでなく加工する過程を見て楽しむことができる。自分の画像だけでなく身近な人の画像も加工して楽しむことができる。
(c) 自分で動かして楽しむ
加工した画像を使った教材ソフトを楽しむとともに,自分で入力機器を使って楽しむことができる。
これらの活動を通して,最終的には上・下肢の随意運動を引き出し運動能力の向上を図る。
(3) 利用場面
次のような場面でコンピュータ及びインターネットを利用する。
(a) デジタルカメラの画像を見る
校内を回って撮ってきた生徒自身や教師の画像をブラウザから見る。本生徒は緊張が強く余り知らない部屋に入っただけで全身の緊張が強まってしまう。そこで本生徒の喜ぶものを見せることで緊張をゆるめるとともに,「コンピュータ室はおもしろいものを見られるところ」ということを理解させる。
(b) インターネットから入手した素材を使って画像を加工する
デジタルカメラで撮った画像を加工する。そのためにインターネットを利用してフリーの素材集から本生徒の喜ぶものを選び,画像に組み込んでいく。インターネット上の多くの画像を見て楽しみを引き出していく。また本生徒はただ写真を見るだけでなく,画面の変化も楽しめることから,加工前の画像が瞬時に加工後の画像に変わるのを見せることでより楽しみを広げる。
(c) 加工した画像を使った教材を利用する
加工した画像を利用した教材を用いて楽しむ。教材はHTMLで作成し,シングルクリックのみで操作できるように設定する。入力用のボタンを押せば画面が変化することを理解させ,ボタンを押して画像を変化させて楽しむ。また,ここから上・下肢の随意運動を引き出していく。
(4) 利用環境
(a) 利用機種 Dell Optiplex Gn+ 1台
(b) 周辺機器 マウスムーバ,バディボタン,デジタルカメラ カシオQV-5500SX等
コンパクトフラッシュカードリーダ,MOドライブ
(c) 稼働環境 コンピュータ室 FMV DESKPOWER(メールサーバ) 1台
Optiplex Gn+ 3台,PC-9821V13 1台,Macintosホームページerforma5220 1台,
PowerMacintosh4420/200 1台,Macintosh LCIII
(d) 利用ソフト ネットスケープナビゲータ3.01
2 指導計画
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※重度の障害を有する生徒の指導に当たっては長期にわたる繰り返しが必要なため,指導計画の番号は時間数を表しておらず,ただ段階を示すものである。
図1 下肢による入力場面 図2 上肢による入力場面
3 利用場面
(1) 目標
インターネットのホームページを見て楽しむことができる。素材となる画像を見て楽しむことができる。自分の好きな画像を表情で伝えることができる。
(2) 展開
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図1 ダウンロードした画像を見る 図2 インターネットを利用
4 実践を終えて
現在,養護学校でもインターネットを導入し,授業に役立てている学校が多くなってきた。富山県でも多くの学校がインターネットやコンピュータを活用している。しかし,その実践のほとんどが,障害の軽度な生徒を対象としたものであり,重度重複障害を有する生徒が利用する例はほとんどみられなかった。養護学校での利用のほとんどは,外に出ていく機会の少ない生徒がコミュニケーションの手段として使用する,もしくは他の養護学校,普通学校との交流に用いるというケースが多い。
しかし,障害の重い生徒であっても入力機器などを改善し,利用環境を整備することで,インターネットやコンピュータが大変重要な役割を果たしてくれるのではないかと考えた。
直接インターネットを利用したり,ブラウジングすることはできなくても,介助者とともに画像を見て楽しんだり,刺激を受けたり,今回のような残存能力の訓練的な利用法も考えることができた。
本生徒は4月の段階では,コンピュータ室に入るだけでも緊張し,ほとんど教室にいることができなかった。それが画像と組み合わせた利用法を用いることで,部屋に対する緊張が抜け,画像を楽しむことができるようになった。初めのうちはコンピュータがどのような機械なのか理解できなかったようだが,繰り返すに従って,コンピュータを自分や教師の写真を見る道具と理解できたようだった。また,入力機器を用いた当初は,なかなか画像の変化とスイッチの関係が理解できなかったが,スイッチを自分の車いすに固定し,腕に力を入れる度に画面を変化させていくと,不確実ながらもスイッチを触ると腕に力を入れるようになってきた。動かしやすい下肢の場合には,敏感すぎて適切なときに力を入れるということは難しかったが,大きな動きを引き出すことはできた。
このような直接的な効果以外に,障害者にとって大切な余暇の利用法という点でも保護者と連携をとることができた。この生徒の保護者はコンピュータ利用に理解があり,この取り組みに対して,家庭での協力を得ることができた。自宅にコンピュータを置き,デジタルカメラでの映像を家庭でも本生徒に楽しませてもらった。これによって,本生徒のコンピュータ室やコンピュータに対する緊張が緩和されたと考えられる。今後,将来の余暇の楽しみとして,保護者が介助しながら自分で入力機器を操作してホームページを楽しめたらという計画も保護者とともに考えていたところであった。
しかしながら残念なことには,本生徒は年度末に事故のため急逝した。今後,上・下肢の訓練以外にも,いろいろな取り組みをしていきたいと思っていた矢先のことだった。結局,今回の研究はこの時点で終了せざるを得ないことになったが,本生徒との取り組みは重度重複障害を有する生徒のインターネット活用に重要な成果と課題を与えてくれたと思う。個々の生徒の実態が多様になれば,コンピュータを利用できる環境が大きく異なることから,本研究をそのまま当てはめていくことはできないが,さらに多くの生徒が利用できる環境を研究して,重度重複障害を有する生徒たちに生かしていきたい。
ワンポイントアドバイス |
参考文献
こころリソースブック(こころリソースブック編集会)
入力機器について参考を得たところ
アップルディスアビリティセンター,TREE WEAR
利用したURLなど
WAKU WAKU LAND(http://www2e.biglobe.ne.jp/~waku2/)