言語習得を可能にする多量コミュニケーション学習環境

高等学校2年生・英語
三重県立川越高等学校 近藤 泰城
Jacob Togo
三重大学教育学部    下村 勉
キーワード インターネット,マルチメディア,言語習得,コミュニカティブ


インターネット利用の意図
 言語習得とは,体系的に言語を知識として学習するのと異なり,実際にコミュニケーションの中で経験することにより,半ば無意識に言語を使えるようになっていくことである。子供が母国語を獲得していく過程がよい例である。しかし,そのためには,目的とする言語に触れる膨大な時間が必要である。昨年度の実践を下敷きに,より多量の英語によるコミュニケーションを生徒に体験させることによって英語がコミュニケーションツールであることの認識にとどまらず,その能力の向上を実現できるような実践を行いたい。
ほぼ全ての場面でインターネットを利用しているため,インターネット利用を表す「インターネット利用場面」の符号は省略しました。


1 対象生徒,科目,コンピューター環境等の紹介
 川越高等学校は,創立14年めの普通科,英語科と二つの学科を持つ比較的新しい学校である。この実践は,英語科二年生の外国事情,LLという二つの授業の中で,個々の生徒が週に2時間パソコン室に訪れるというものである。英語科の生徒はもともと英語に対する動機付けは高く,また一年次から,ALTによるティームティーチングの授業などが行われ,リスニング力などもある。テーマを与えると,高度ではないが,自ら英作文をしようする力を持っている。実際のコミュニケーションという場面を与えることによって,より一層の英語力の向上が期待できる。パソコンは残念ながら,ウインドウズ3.1のインターネット接続不可のパソコンが二十数台,昨年のCEC自主企画,今年のEスクエア,その他で導入したウインドウズ98搭載の端末が7台ある。昨年以前に比べたら格段の進歩であるが,制約があまりに多すぎる。一人一台の環境をぜひとも生徒に与えたい。

2 昨年度の実践のまとめ
 98年4月より,ミシガン州アダムス高校と交流を開始。まず,テキスト(文字)のみによる自己紹介,短いエッセイ,それらに対するコメントなどをやりとりする。二学期には双方の特徴的な文化(日本側は日本の伝統的な品物,行事。アメリカ側は,高校生のファッションなど)を,画像を一枚と文章という形で紹介しあった。その後,静止画像と音声を組み合わせプレゼンテーションを作成し,電子メールとして送信できる☆ウイズボイスマルチというソフトウエアを導入した。生徒が興味を持って取り組み,英語学習の動機付けを高めるという当初の目的は達したと考える。

3 今年度の実践
 今年度は,動機付けにとどまらず,実際に英語のコミュニケーション能力が高まるように,交流を増やしたいと考えた。しかし,現実には,昨年よりも交流量は減ってしまった。生徒自身は比較できないので,今年の実践に満足してくれているようであるが,筆者にとっては,失敗という感が否めない。しかし,同時に,改善すべき点がよく見えた面もある。今回は,そういった点を中心に記述し,同様の実践を考えておられる方々の一助となればと願って,実践報告をしたい。昨年同様,オリエンテーションの後に,自己紹介を書かせ始めた。ウインドウズ,アクセサリーの「メモ帳」のみの使用であるが,当初はこれにも,指導の時間が必要であった。
(1) "American Heritage" ☆ウイズボイスマルチメッセージの到着
 99年4月7日,交流相手のアダムス高校から,生徒それぞれの家族の民族的ルーツを紹介する☆ウイズボイスマルチの作品が到着し始めた。前回のアダムス高校による作品は,読む速度,アクセントの点でリスニングが大変難しかったため,次回はテキスト(読まれた台本)を添付してくれるようにお願いしたが,その通りになっていて,今から考えると非常に優れた異文化理解の教材であった。また,アダムス高校の生徒たちは,年度末が近づき,授業の総仕上げのようなつもりでこの作品を作ったのであろう。結論から言うと,結局これらの作品に対して,十分なフィードバックが出来なかった。これが今年度の最も大きな失敗であるような気がする。テキストがついているにしろ,当時の本校生には,荷が重く,また「まずは自己紹介を終えて」というところに固執してしまったため,交流,相互援助という視点が軽んじられてしまった。思いきって,作品を数名の生徒に割り当て,読ませてコメントを書かせ,送信するべきだったと後悔している。このアダムス高校の作品を授業で利用することをためらった,もう一つの理由は,☆ウイズボイスマルチによる作品を見ることができる端末の不足である。この時点では,昨年度の自主企画の援助で購入した2台しかウインドウズが作動する端末がなかった。リスニングには,生徒が個々のペースで作業が続けられるように,一人一台が理想である。当時はそれとはかけ離れた状況であった(現在は,Eスクエアプロジェクトなどの援助で5台が増え,3人に一台,ウインドウズ98マシンが利用できる状態になった。)。いずれにせよ,この作品を利用できなかったのは,大変残念である。


                     図1 アダムス高校生徒の民族的ルーツに関する作品

(2) プロムやサマージャブ紹介のWEBページ
 5月上旬,アダムス高校から,プロム(アメリカの卒業式後のダンスパーティー)やサマージャブ(夏休みのアルバイト)紹介のWEBページ作成したというメールが届き始めた。デザインもよく出来たWEBページで生徒も楽しむことが出来た。ここでも,もう少し,フィードバックをしておきたかったが,十分に出来なかった。しかし,本校の期末テストには,このWEBページを利用し,プロムなどに関する情報の収集,編集,レポート作成という,教科「情報」や「総合的な学習の時間」などに関連づけることができるような取り組みができた。


        
2 アダムス高校生徒によるプロム紹介のWebページ

(3) 川越高校を紹介するWEBページの作成
 昨年度,☆ウイズボイスマルチで紹介した,川越高校の様子を今回は,WEBページで紹介することにした。生徒たちは二人一組で,校内をデジタルカメラを持って取材して回り,紹介文を作成し,ウインドウズ98標準添付の☆FRONTPAGE EXPRESSで作成した。写真の挿入やフォントの大きさ,色,背景の色などを簡単に変えられることに生徒は,たいへんうれしそうであった。この作品には,全員にではないが,アダムス高校の生徒がコメントを書いてくれた。また,昨年度まで,これらの作品は評価の対象にしなかったが,今年は,これを評価の一部に加えた。

 
      図3 本校生徒の学校紹介 ALTを紹介

(4) 男女の役割の違いに関するエッセイ 
 今年度のテーマは,「多量のコミュニケーション」ということであったが,二学期初頭の段階では,コミュニケーション量は,むしろ昨年より少ない現状であった。昨年度ほど,アダムス高校と歩調が合っていなかったのが主な原因である。そこで,互いに驚きの伴うような,議論を沸騰させるようなテーマをということで,「男女の社会や家庭における役割の違い」というテーマを設定し,エッセイを書かせた。この面では,日米で大きな違いがあると考えたからである。本校生徒は,例えば以下のようなエッセイを作成した。
 In Japan, generally speaking women do housewark. Housework are, for example,cooking,washing, cleaning home,taking out the trash,going to buy grocery and so on. And men work outside. Working outside is very busy. So men are tired with the work,they do not work at home. Recently ,the women who work outside have been increasing. So men and women should share housework equally. In Japan we have the old traditions so we think that we want to change it. Please tell us your opinion about this matter.
 「家事は女性,男性は外で働く。変化はあるが,古い伝統がある。」というようなことが書かれている。筆者は,これを読んだアダムス高校の生徒たちは,「信じられない」というようなコメントを多数送ってきてくれるものと期待していた。ところが実際に届いたものは,以下のように,
 Greetings, this is Andy Magadanz and Andy Burke at Adams High School. In the United States men and women (husbands and wives) generally have jobs to keep the household running. The men normally a full time job to make enough income for the family to survive on. Women commonly have lower paying part time job but don't work as much as their husbands. Women also take the responsibility of the cooking, cleaning, shopping, and children if there are any. In many cases the husband will attempt to help the women with their jobs plus the have their own. The men do things at the house like; take out the trash, cut the grass, clearing the driveway of snow during the winter, and making everything in the housework properly.
 「男性は外で働き,家計を支え,女性は家事」といったコメントが多かったらしく,本校の生徒たちは,返事を書くように指示しても,「あんまり差がないから,書けない」と不満を漏らしているものが多かった。もちろん,中には,
 The American society is different from many countries in the world today. American society nowadays balances the roles of men and women alike. Women have manly of the same opportunities as men do. Many women have jobs. Married couples share household chores and childcare duties. However, women in America didn't always have these freedoms.
のように,アメリカ社会では,男女平等が徹底しているというようなコメントもあった。いずれにせよ,筆者の目論見は大きく外れてしまった。生徒から話題について意見を求めたり,こういった実践をしている方々が,よいテーマを共有しあうなどの取り組みが必要だと感じた。
(5) 日本の文化を紹介する☆ウイズボイスマルチによる作品作成
 上記の「男女の役割分担エッセイ」の返事を待つ,あるいは,グループによる進捗度の差を補うために,導入した課題であったが,生徒も積極的に取り組み,よい作品ができた。日本文化の中の面白いものを紹介するもので,まず,昨年度のWEBページによる日本文化の紹介,☆ウイズボイスマルチによる川越高校の紹介などを見せて,イメージを持たせ,各グループにテーマを選ばせた。テーマが重ならないように調整をした。受け取る方にしてみれば,同じものの紹介がたくさんあるより,多種多様なものを見る方が楽しいと思われたからである。ただ,こうするとグループ間で不公平があるような気もして,なかなか難しい問題である。

4 今後の課題
(1) 課題の設定の難しさ
 「男女の役割の違い」での生徒の不評は,ショックであったが,学ぶことが多かった。生徒の中には,童話を書いて送りたいという生徒もいた。生徒の希望をとることも必要だと感じた。上記のように,先行の実践でよかったテーマのデータベースなどがあるとよいと思った。
(2) コミュニケーションの量の確保
 (1)とも関連するが,週に50分2限を使うことができるが,それでも時間は充分とは言えない。昼休み,放課後などに生徒が自主的にやってきて,メールを書くというような状況を作りたい。そのためには,交流校との親近感をもう少し高めることが必要であろう。また,生徒が自由に端末を利用できる体制作りも必要である。
(3) 教室内でのフィードバック
 これまでの実践の中で,欠けていた部分があると最近気がついている。それは,本校の生徒同士で,作品を相互に鑑賞,評価する時間がないということである。時間がないことも理由ではあるが,大画面で見せるプロジェクター設備,あるいは,画面転送などの設備がないことも原因である。「話す」活動をより多く実現するためにも,プレゼンテーションに関わるソフト・ハード両面も充実が待たれる。
(4) 評価の問題
 評価の大部分は,学期末に生徒に書かせるレポートの点数であった。公平を期すため,筆者と,いっしょに授業をしているALT(外国語指導助手)がそれぞれの基準で,別々に採点し,その平均をとるという方法をとった。二学期末のレポートを例にとると,35点満点のテストで,評価の差が最も大きかったのは,8点(1名)であった。以下,7点(2名),6点(4名),5点(7名),4点(14名),3点(14名),2点(10名),1点(18名),0点(14名)で,二人の教員の評価の差は,生徒一人あたり,2.7点程度であった。この差を大きいと考えるか小さいと考えるか筆者は判断がつかない。次に掲げる三つのグラフを比較するとやはり,複数名の教員による評価が生徒にとって公平であるようである。何故なら,二人の評価の平均のグラフは,個々の評価のグラフに比較して,より正規分布に近いからである。これらは,体操,フィギアスケートなどの審判が複数であることからも明らかであるが,生徒の自発的,個性的な業績を評価していかなくてはならない今後の教育を考えると,複数の教員が一人の生徒の作品を評価する労を厭わない姿勢も必要ではないかと思われる。

         図4 学年末レポートの評価度数分布

ワンポイントアドバイス
 「計画的」か「臨機応変」か,これが難しい。交流と議論というのは,計画通りには行かないものである。学期制のずれ,定期試験などの行事の時期などで,交流が停滞することが多い。かなりしっかり打ち合わせをするか(これは無理だと思う。),目的をしっかり心に刻み,瞬間瞬間により適切な判断を心がけることではないだろうか。

 

利用したURLなど
 
生徒の作品を見ることができるページ   http://www.tcp-ip.or.jp/~yasuki/mpec-workshop.htm