チャレンジテレビ
-「新米先生のためのかず・ことばプロジェクト」編-

障害児学校・学級の授業
滋賀大学教育学部附属養護学校 松村斉
キーワード 障害児学校,授業実践,データベース,動画


知的障害児教育におけるインターネット利用
 
障害児学校・学級において,一人ひとりの子どもはそれぞれ発達や障害の程度が違い,子ども一人ひとりに応じた形で学習計画が立てられ指導が行われる。学習指導要領では学年ごとの細かい指導内容は設定されておらず,おおまかな指導領域と個に応じた指導が示唆されているにとどまっている。年間指導計画もおおまかなものであり,入学してきた児童・生徒の実態に応じて立案・修正しながら指導が行われる。学年ごとの教科書があるわけではなく,担当した教師が学習に合った教材を選んで指導を行っている。また,指導要領に「生徒の障害の状態や特性等に即した教材・教具を創意工夫し」と述べられているように教材・教具の工夫も重要なポイントとなっている。
 しかし,実際のところ,日夜教材・教具の工夫に努力が続けられているわけではない。各学校・学級・担任においてある程度,定番的な教材に落ち着き,日々の指導が行われている事実も否めない。さらなる発展を望むには他校の多くの教材指導を知るために公開授業や研究会に出かけたり,出版物をひもといたりしなければならない。しかし,出版物では授業の雰囲気など微妙なニュアンスを知ることは難しく,頻繁に校外に出て生の授業を見ることも勤務上困難である。そこで,整備されつつある情報通信ネットワークを利用した授業実践の共有化が期待されるのである。


1 背景
(1) 滋賀大学教育学部附属養護学校と「チャレンジキッズ」
 
本校では平成8年度より,障害のある児童・生徒のインターネットを利用した教育実践研究を行ってきた。児童・生徒がネットワークを自由に使える環境を整え,全国の二十数校の共同研究校とともに,障害のある児童・生徒のためのインターネット利用環境(イントラネット)を構築し,ネットワーク上での児童生徒たちの新しい学びを研究してきた。それが障害児学校・学級ネットワーク「チャレンジキッズ」である。
 「チャレンジキッズ」は「イントラネット」によりある程度範囲を限定した学びの共同体である。その「学びの共同体」を子どもたちがイメージできる範囲からを広げていこうと考えた。「学び」の環境でありまた支援者でもある「チャレンジキッズ」では以下の4点に留意をして運営をしてきた。
(a) 具体的であること
 子どもたちがイメージできる範囲を大幅に越えないように配慮した。インターネット上の「学びの共同体」では直接会う機会が少なく,お互いイメージが持ちにくいものである。そこで顔写真やスナップ写真,絵などを貼り付けることでイメージが持ちやすいように配慮した。

(b) 日常的であること
 子どもたちの日常的な活動をベースに交流を行うよう配慮した。小学校においては合同学習や学習発表の練習,高等部においては印刷作業学習など子どもたちが共通の話題としてイメージしやすい内容を中心に運営を行ってきた。またイベントのための交流ではなく,交流の結実としてのイベントでありたいと考えた。修学旅行の事前事後の取り組みは単なるイベントではなく「学びの共同体」をより親密なものにする,ある種の「オフ会」と位置付け,そこから新たな交流が始まることを期待した。
(c) 自主的であること
 私たちは子どもたちがすすんで参加できる環境を工夫した。子どもたちの要求に応じ「会議室」を新設・改変していくことで,子どもたちが「自分たちのネットワークであること」が意識され,より自主的な参加が行われた。場合によって入院先や療養中の家庭からもアクセスできるようにし,子どもの「参加したい」という気持ちを大切にした。

(d) 継続的であること
 私たちは散発のイベントによって盛り上げるのではなく,日常的な取り組みの継続を大切にしてきた。そのため教室やフリースペースにパソコンを設置し,自由にアクセスできるように配慮した。子どもたちは休み時間や放課後に時間を見つけ継続的に利用している。高等部現場実習前の「しばらく留守にします」というメッセージが,子どもたちの去りがたい思いを語ってる。
 その中でこれまでの教育環境では見ることができなかった自ら学ぼうとする姿勢を実践研究の中で見ることができた。

2 「新米先生のためのかず・ことばプロジェクト」
 「新米先生のためのかず・ことばプロジェクト」は前述のインターネット上の学びの共同体「チャレンジキッズ」と授業実践の共有化を合わせたプロジェクトである。残念ながら,パソコンやネットワーク環境は若い子どもたちの方が修得も早く,活用度も高い。学校の情報化にとまどいを見せているのは教師の方かもしれない。そこで,目的を「教材・教具を創意工夫した授業の共有化」とし,その舞台としてネットワークを設定したのである。呼びかけ文(略)
 「新米先生のためのかず・ことばプロジェクト」はこの呼びかけから始まった。はじめ「チャレンジキッズ」サーバにデータを集めるようにしたところ,参加各校から
50程の自作教材実践が寄せられた。「チャレンジキッズ」はFirstClassサーバに設置されており,専用クライアントだけではなくWeb上からもアクセスはできるが,その数が増えてくるとデータが羅列されようになり見にくくなってくる。そこで,データベースサーバーを別に設置し,それをWebベースで公開するようにした。これで様々な授業実践が目的に応じて検索提示できるようになった。

 同時に試行としてデジタルムービの発信も行うことにした。前述の「授業の雰囲気やニュアンス」を伝えるためである。データベースサーバとは別にストリーミングサーバーを置き,数十秒から数分の短いムービが見られるようにした。
 教材が示されその指導がわかると,「自分も使ってみたい」と思うのは自然な要求である。「新米先生のためのかず・ことばプロジェクト」を通して教材の貸借も行われ,様々な学校で授業が行われるようになった。中には普通車では運べないような大きな教材もあり,トラックを使って輸送して授業が行われることもあった。
 それまで,機器の使い方が中心であった情報教育のイメージが「授業をつくるために」というより目的的なものに変わってきたことも特筆できる。教師が情報機器を「日常の道具」としてとられられるようになることは,学校教育において情報機器が不可欠なものとして位置づいたと考えてよいだろう。
 また,授業のデジタルムービは児童生徒にとってもよい刺激になった。他校の学習の様子を見ることでネットワークの向こうの友人に思いをはせ,それがまたネットワークを理解する糸口になりうると考えられるのである。

3 問題点と今後の課題
 
技術上の問題点としてインターネットセキュリティの強化があげられる。FirstClassもビデオストリーミングも固有のポートを使用する。ファイヤウォールが強化され許可されたデータプロトコル以外受信を阻止するように設定されている場合,「チャレンジキッズ」にアクセスすることができないことになる。現実問題として数県は専用クライアントではアクセスすることができず,使い勝手の悪いWebブラウザでアクセスすることになる。それではFirstClass本来の使いやすさが発揮されないのである。
 ビデオストリーミングもファイヤウォールに引っ掛かることが多く,MIME形式で送信した方がトラブルは少ない。ただ,全部のファイルを転送してしまわないと見られないのが難点である。本校はT1接続であるが,アクセスしてくる学校の多くが一般公衆回線を使用しており,その速度の遅さに悩まされている。アメリカのように学校はT1接続が標準とされるとありがたい。同時に,教育に使いうるポートは開ける方向で管理されることが望まれる。何でもかんでも閉ざしてしまえば問題が起きないというものではないのである。むしろ,高性能の車は販売して制限速度を設けるように,ポートは開けるがそのアタックに対して厳罰を処するような形でネットワーク資産を共同利用できる形が望ましいのではないかと考えられる。
 「新米先生のためのかず・ことばプロジェクト」は授業の様子を紹介する関係上どうしても児童・生徒のプライバシーに関わる情報を発信する。障害児の授業を仕組む上で子どもの実態を明らかにすることは不可欠である。そのため,各子どもの発達・学習状況や課題等個人情報に関わるものもデータに加わることがありうる。そこで,「新米先生のためのかず・ことばプロジェクト」ではイントラネットの形態をとり,情報の共有は情報モラルが守れる教員を対象としている。情報基盤が整備され,全国規模のガイドラインが設定されるまでしばらくはこの形で続けたいと考えている。

ワンポイントアドバイス
 インターネットが急速に普及し,コンピュータそのものが児童・生徒たちにとってもより身近になってきた。「新米せんせい」も全国のすぐれた実践や記録等が「かず・ことば」限定ではあるが,テキストや映像で瞬時に自分のデスク上のコンピュータから閲覧できるようになった。その閲覧された実践・記録が明日の授業に徐々にではあるが活かされてきている。とはいえ,われわれ教員側から見て,まだまだハードルが高く,その利用は一部の教員によるものも少なくない。また,利用方法も前述の機器の利用にその重点が置かれ,コンテンツをうまく授業に応用するといった試みまでには行きついていない。われわれ教員がそれらのハードルを克服するためには,双方の歩みよりはもちろんのことではあるが,キーボード操作が重視される情報教育からすべての教員が解放され,テレビゲームのような誰もが簡単にその中味を自由に利用でき,その価値を自らが実感できる環境と時間と研修が必要ではないだろうかと考えている。