電子メールを活用したドイツとの協同的学習
−中学校2年生 総合的な学習の時間−

                       大阪教育大学教育学部附属平野中学校
                                社会科 井寄芳春
iyori@cc.osaka-kyoiku.ac.jp
http://hirachu.cc.osaka-kyoiku.ac.jp
キーワード  中学校,総合的な学習の時間,電子メール,学校間交流,コミュニケーション能力,異文化理解


総合的な学習における電子メール利用の意図
 本校では平成4〜6年度に文部省の研究開発指定を受けた。その内容は,中学生の段階に即した新しい選択履修のあり方について実践的に研究するものである。「選択履修」の領域で個性の尊重と自己教育力の育成をどのように図るかが主なねらいである。
 当初は教師が教科の観点から講座を開き,生徒に選択させていたが生徒の主体的な学習能力はなかなか養われない。そこで,生徒の興味・関心を最大限に生かした学習システムを構築しようと考えた。時間的制約,空間(場所)的制約,人員的制約の三つをできる限りボーダレス化し,開かれた学習の場をつくり,生徒一人ひとりの学びを支援・指導していこうと試みたのである。このような指導の蓄積を経て,本校の総合的な学習「JOIN」(以下,JOINと略す)として確立していったのである。
 ところが,実践を続けていくうちに新たな課題が生じてきた。確かに,生徒は自らテーマを設定し,意欲的,主体的に探究的,創造的に活動を展開している。しかし,個人の枠組みの中に埋没しているのではないかという疑問が出てきたのである。これでは学びが孤立化し,個人の息抜きや趣味の段階に終始してしまう。個人・自己の学びを他者との共同の中で意味や価値あるものとして立ち上げさせていくことこそが総合的な学習の時間のダイナミズムである。学習体験や学習活動のプロセスにおいて,個人の学びと社会,真の他者をつなぐための確かなしかけとしくみが要請されるのである。できる限り,多様で異質な他者と出会わせ,学びを交流し,共同して問題を探り,解決への展望を提起させることがこの学習・指導の中核にこなければならないと考える。
 このような観点からも,総合的な学習の時間における電子メールでの共同的学習は重要な意味を持つ。自分たちとは異なる文化に属する人々とのコミュニケーションは,自己の視野を拡大させるとともに,想像力をはたらかせて物事を総合的に考える力量を育てる。またグローバルな諸問題に関して多様な視点と立場から解決への糸口と道筋を吟味する力を蓄える。このような能力や態度が総合的な学習がめざす「生きる」を支えるものであると考える。


1 ドイツ・E メール・プロジェクト
(
1) ねらい
 今回の実践では,大阪教育大学・社会科教育学講座の木下百合子教授,同じく社会科教育学講座の学生・河村尚彦氏(4回生)の全面的な協力を得て,本校16名(女子5名・男子11名)の生徒(中学2年生)とドイツ・ザクセン州(ライプチヒ)のブロックハウス・ギムナジウム(校長Mr.H.Otto)の生徒24名(第9クラス・女子14名・男子10名 13歳〜15歳)による電子メールの交換(使用言語は英語)を行った。ねらいとしては次の3点である。
 ・自分たちとは異なる文化から積極的に学び,交流を深めようとする意志を培う。
 ・共同的に問題を探究し,共に考え,解決する能力や態度を養う。
 ・異文化間のコミュニケーションを通して多様な視点と価値について理解させる。
 本校の生徒はJOINにおいて多様なテーマを設定して活動している(2・3年−93種類のテーマがある)。今回参加した16名の生徒も,例えば「日本の歴史と城」「産業廃水の処理」「ミミズによる土壌環境調査」等さまざまである。もちろん「ドイツの人と電子メールを通して友達になる」「電子メールを通してドイツの文化を理解する」等のテーマで取り組んでいる生徒もある。指導を受けている教師は,社会科,英語科,理科というようにバラエティーに富んでいる。従来,それぞれのグループが別々の場所で探究活動を実施することになるが,今回の「ドイツ・E メール・プロジェクト」では,それぞれの活動とは別に電子メールを使ったコミュニケーションを活動プランに組み込み,共同して学習を展開することを希望した16名の生徒が中心になっている。
(2) 指導目標
 ・1学期の活動
……相互の文化について理解する
 最初はクイズを通して,おたがいの生活を知り合うことから始める。ドイツについてのイメージやブロックハウス・ギムナジウムの生徒に聞いてみたいことなどをアンケート調査を実施したり,図書館やWWW などでドイツに関する情報を検索させたりするなど,ドイツに対する興味を持たせ,理解を深めさせるように配慮する。
この段階では,電子メールでのやりとりは教師間で実施する。
 ・2学期の活動
……相互の関心の所在を探る
 ビデオレターや写真を通して相互の文化(国・地域・学校)について紹介しあう。電子メールのやりとりは教師間から生徒間に移行させる。16名の生徒にメールアカウントを発行し,個人間でのメールのやりとりができる環境を整える。
 ・3学期の活動
……問題を焦点化し互いの考えを交流する
 例えば環境に関する問題について相互に見解や情報を交換する。本校ではJOINでの探究内容に即した質問項目をつくり,答えてもらうことを通して,問題の広がりや政策,考え方の違いについてなど総合的な理解を促す。
(3)コンピュータの利用環境
 PCルーム(中・高共同利用)にネットワークに接続しているコンピュータを配置している。JOINの時間や中・高の教科で利用している。その他,技術準備室,理科準備室などの特別教室にネットワークに接続されたコンピュータを配置している。
  PCルーム:NEC PC 9821NX   42台
  メールサーバ:iMail Server for Windows NT Server(メールサーバ・アプリケーション・ソフトウェア)

2 学習の展開

 

指 導 内 容

指導上の留意点










・クイズと自己紹介
・ブロックハウス・ギムナジウムと附属平野中学校の生徒が自分たちのライフスタイルや文化についてクイズを出し合う。最初は楽しいクイズ形式で実施する。
・自分の特技や趣味についての簡単な自己紹介を行う。 


・例えば「学校では何を着なければならないか」「もっとも有名なスポーツは何か」など身近で日常的なテーマを主体とした質問を交換するようにする。
・クイズの解答には簡単な解説をつけるようにする。
・英語の翻訳には時間がかかるため,大学生,英語科の教師の協力を得るようにする。












・個人的な質問と社会問題の交換
 「ドイツのエネルギー問題」や「ライプチヒ周辺の川」,「ドイツにおける自然保護」等について,具体的な事実の説明を読む。また次のような質問に答える。
 「なぜ日本人はクジラを食べるのか」
 「日本人はイヌやネコを食べると聞いたがどうしてか」
 「みなさんは1日,何をしているのか」など


・この段階ではJOINの自己課題に関する質問項目がまだできていない。ブロックハウス・ギムナジウムから届くメールに対する返事を考えることが中心になる。
・できるだけ速く返事を返すことを原則とする。ドイツと日本の生徒の英語の語学力の差を埋めるため,英語科の教師と大学生がメールの仲介となる。




10



・写真・ビデオを通した交流
 ブロックハウス・ギムナジウムから贈られた学校や地域(ライプチヒ)の写真やコメントでの紹介,個人の成績表のコピー,また学校の様子を紹介したビデオを視聴する。


・自分たちが交流している相手の学校の様子や人物を写真やビデオを通してふれるさせることを通して,メールだけではうかがい知ることのできない雰囲気や文化の違いについて把握させる。





11





12


 


・クリスマスパッケージとビデオレターづくり
 本校の紹介,日本の伝統的な行事,大阪の地域紹介等多様なテーマについて写真を集め,英文コメントを添えて送る。併せて学校の行事等を紹介しビデオを編集しクリスマスパッケージとしてブロックハウス・ギムナジウムに送り届ける。
・メールアカウントの発行と個人間の交流
 クリスマスパッケージ等の紹介や説明について,またブロックハウス・ギムナジウムから届いた質問について,教師を介さず個人のアドレスから発信する。


・写真は文化祭にも展示し,全校生徒に紹介する。後に,この展示風景は写真に撮って相手校に送ることになる。
・自分たちで中学生活(部活動やJOIN)の取り組みの様子,伝統的な日本の衣装やおせち料理などについて写真に応じた紹介文を書かせる。

・英文のメールについては,例えば『そのまま使える英文レター実例集』(林 俊一著 日本文芸社)や『すぐ書ける英文手紙の書き方と模範文例集』(清 水雄次郎著 新星出版社)を生徒に貸し与え,多様な文例を参考にさせ英文を作らせる。 














・JOINの内容についての質問・依頼と報交換
 JOINでの探究内容について,「ドイツ(ライプチヒ)ではこの問題はどうなっているか」「このことがらについてドイツ(ライプチヒ)での情報を提供してほしい」
・学習の成果の発表
 全校生徒にJOINの学習成果を発表させる。
・アンケート
 


・JOINの探究成果をまとめさせるとともに,テーマや探究過程に即した形での質問や依頼項目を作らせ,ブロックハウス・ギムナジウムの教師と生徒に送る。
・この活動を通してドイツに対する意識の変化や学んだこと,視点の変化など記述させる。
・今回のプロジェクトに対する生徒のアンケートをもとにして,来年度の内容を検討する。
 

 

3 成果と課題
 アンケート(プロジェクトに参加した16名に対するもの・無記名)によるとドイツに対するイメージは「工業が発展している」「自動車が有名」「ビール作りがさかん」「環境問題に対する取り組みが進んでいる」などの項目をあげている生徒があった。教科書や新聞記事,テレビの報道などから得た断片的な知識がほとんどだと言えるだろう。
 けれども,電子メールを利用した交流が進み,同年代の生徒の声や顔写真,学校生活のが状況が届きあうことによって,国家や民族という固定された枠組みから同時代に生きる者同士としての共感が生まれてきたようである。例えば,「ミレニアム」を商業的に利用することに対してどう考えるか,など共同して考えることができるテーマが交換されている。
 このように異文化を越えた意見や見解の交流が進むことによって,相互の文化を理解するだけでなく,多様な視点や立場を学ぶ場が形成される。当初は,漠然とした偏見や先入観があるが,それらを相対化し,おたがいに学ぶ者,問題を探り合う者として認め合う基礎ができつつあるように感じる。
 今回,特に個人の顔写真や実物の成績表など文章のメールだけではない,多様なモノを介在した交流を促した。このようなモノの交換はコミュニケーションを一気に加速させる働きをしたものと考える。日本の生徒たちは,本校の何をどう紹介すべきか,日本の伝統についてドイツ人に何を知ってもらいたいかなど,仲間と相談しながら写真と文章をデザインし,工夫してレポートを創作することになる。このような経験が自文化を理解する素地となるに相違ない。
 このプロジェクトは始まったばかりであるし,3学期の活動や最終的なアンケート内容に関しても,このレポートに書き切れていない。また,本校でもメールアカウントを発行している生徒はこのプロジェクトに参加した16名だけである。具体的な成果と呼べるものは少ないと言わざるを得ない。けれども,このプロジェクトの成果や相互に交流している様子を日常的に校内展示しており,さまざまな生徒(あるいは教師)に関心の輪は広まってきている。さらに来年度は全校生徒にメールアカウントを発行し,必修教科,選択教科,JOINで積極的に利用していきたいと考えている。その際,今回のプロジェクトの成果は大いに参考になるものと考える。
 以下,具体的な課題点についてふれてみたい。
 ・生徒が自由に使えるコンピュータが少なく,メールアカウントの発行に時間がかかったため,個人間の交流にいたるまでに時間がかかった。計画的な利用を促すとともに,昼休みや放課後に自由に使える環境をつくることが要請される。
 ・ドイツではクラス単位で実施していたが,本校ではクラスに関係なく,希望する生徒の参加によってメンバーを構成した。そのためか,教師のかかわりに関して「温度差」があったことは否めない。おたがいに具体的にどのような学習やカリキュラムの中で電子メールを活用するのかなどの相互理解が必要である。
 ・どちらの母語でもない「英語」を使うことは,異文化のコミュニケーションにとって対等の立場に立つことにもなり,有効であると感じた。また生きた英語を身に付ける上でも効果がある。しかし,語学力の差が歴然とあることがわかり,当初は教師や大学生に頼りきることが多かった。このような差を解消していくために「文例集」は大いに役立つ。つまり基本的な文章の定形をきちんとなぞることにより,適切な英文レターをつくることができるのである。このプロジェクトを通して,クラスの人数(40冊)をそろえ,生徒に自由に貸し与えて利用させたい。
 ・ブロックハウス・ギムナジウムでは,このプロジェクトを「Japan Project 」と呼び,「日本人とメールを交換すること」そのものに重点を置いて取り組んだ。けれども,本校ではJOINの一環として(つまり一つのオプションとして)取り組んだものである。このような目標に対する違いが相互のコミュニケーションに対して微妙なズレを生じさせたのではないかと推察される。一方では,このようなズレがあることが豊かなコミュニケーションを促進する契機にもなると思われるが,先に触れたようにある程度の合意を最初に作っておくことは必要条件であると言えよう。
 ・本校生徒の16名のメンバー相互の交流機会が乏しかったように感じる。日常は,それぞれのメンバーがそれぞれのテーマに基づいて活動しており,月に数回程度,集まるだけで,メンバー間の自由なディスカッションの機会が十分に保障されなかったのではないかと思われる。相手校とのコミュニケーションと自校でのコミュニケーションをリンクさせ相互に活性化させるための手立てが必要である。

ワンポイントアドバイス
・生徒にメールアカウントを発行する場合には,倫理的な側面も踏まえ,使用するにあたってのルール,メールの扱い方など十分なレクチャーが必要となる。最初は少人数から始めてはどうだろうか。また生徒任せにせず,教師が仲介役,促進者となることが大切である。例えばドイツと日本では学期が始まる時期や長期休業の期間も異なる。このような学校の生活習慣の違いをきちんと教え,生徒の長期的な学習プランに組み込ませておくことが重要である。
・電子メールでの共同学習は続けること,即応することが大切であるが,時には電子メール以外での方法(実物や写真,映像の交換)によって変化をもたせ,単調にならないように配慮することが肝要である。