再生車いすをアジアに送る活動

中学校全学年・総合的な学習の時間
大阪市立東住吉中学校 大下 雅則
キーワード 中学校,総合的な学習の時間,ボランティア,バリアフリー,国際理解


インターネット利用の意図
 すべての人にとって暮らしやすい社会を考えていくきっかけに車いすを教材とし,生徒たちが実際の体験を通して感じ,そこからバリアフリー社会について考えていく。そして,生徒たちが肌で直接感じたことを,インターネットで発信することによって,中学生の素直な意見や考え方を世の中に理解してもらい,そして,それが少なからず社会の変化に影響を与えることにもなるのではないだろうか。
 “Act locally, Think globally”という視点で,生徒が地域に根ざして体験学習をおこない,それを,マルチメディア機器を利用してまとめ,また,インターネットを利用して発信していくというふうに,コンピュータやインターネットを使うことが主の目的ではなく,コンピュータやインターネットを手段の一つとして位置づけて利用していこうと考えた。


1 ねらい
 社会において高齢化社会が年々進んできている,人に喜びを与えることの喜びや社会貢献をすることの意義を,体験を通して学習していくことをねらいとしこのコースの学習を設定した。
(1) アジア・アフリカの人に再生車いすを送ることを通して,学校における活動が,直接社会とつながり,生徒たちに「やればできる」という自信を持たせていきたい。
(2) 「障害」者の方々との交流を通して,生活や思いにふれ,そして,強くたくましい“生き方を感じていくことによって,共に生きることの大切さを感じさせたい。
(3) アジアの「障害」者との交流を通し,生徒たちにとってより身近にアジアの人々の生活を知り,また,それぞれの国の,「障害」者のおかれている現状を考えることによって。福祉のことを考えていきたい。
(4) インターネットなどを利用することにより,学習を通して感じたこと・考えたことなどを社会に発信し,またさまざまな考え方をemailなどを通して学校外の人から受信し,学習につないでいきたい。

2 「車いす修理再生」の学習
(1) 学習の概要

(2) 学習流れ

 

学習活動

ポイント

授業の目標と流れについて考えよう

生徒と共に話し合って考えていく・車いすの絵を描いてみる

車いすの構造を知ろう
車いすの乗り降りの仕方・車いす介助の仕方について体験しよう

構造や各部の名称と働きを学習する・車いす介助の仕方を学習する(段差・スロープ・階段等実際に校内で練習しながらおこなう)

車いす体験をしよう

学校近郊のコースを決める・2人1組で車いすに乗る体験と介助の体験をする・感想を出し合う

アジア(タイ)の「障害」者の現状を知っていこう

国連アジア,太平洋障害者の10年について知る・日本,アメリカ,タイの「障害」者の現状を知る・「障害」者のとらえ方について話し合う

古い車いすを修理していこう

グループごとに車いすを分解する・部品の点検をする・さびを落とす・組立てる・調整をする

車いす生活をしている人に点検してもらおう

「障害」者より聞き取りをする・それぞれが修理した車いすの試乗点検をしてもらう・ボランティア活動をしている人からも聞き取りをする

私たちの街の車いすマップをつくろう

調査内容についての話し合いをする・再生車いすの試乗も兼ねて,公共施設の調査体験学習をする・駅員さんへのインタビューをする・記録をする

アジアへ車いすを発送しよう

アジアの送り先について知る・送り先へメッセージを書く・車いすの種類わけ及び大きさや重量の測定をする・1台ずつ明記して車いすを梱包する

調査したことをまとめていこう

コンピュータを利用して調査のまとめをする・インターネットを利用して発信していく・発信内容について発表し合う

10

南アフリカへ車いすを送ろう

車いす以外にもおもちゃ,文房具等を同時にあつめる・校内へ趣旨を提示し協力依頼をする・南アフリカのアパルトヘイトについての学習をする

11

南アフリカの現状やアパルトヘイトについての聞き取りをしよう

南アフリカの人権運動について考える・南アフリカ出身の方より聞き取りをする

12

まとめ

学習をふりかえりそれぞれの「生き方」について考える・感想をまとめる

上の学習の流れは次の3つの項目に分けることができる

・社会環境としてのバリアフリー社会に関する学習
・車いすの構造の学習及び分解修理
・車いす体験及び調査とまとめ

3 車いすの修理
 車いす工場にある,廃棄車いすをもらってきた。そして,この車いすをもとに構造の学習をおこない,そして分解→整備→組み立て調整をおこなっていった。実際には約20台の廃棄車いすから,部品を取る,パンク修理やタイヤ交換,錆おとしなどをしながら9台の車いすを再生させることができた。再生した車いすの点検をしていただくために。車いす生活をしておられる方に来ていただき。生徒たちが修理した車いすの点検を通して交流をおこなっていった。

生徒の感想より…
 『車いすについて前より詳しくわかったと思う。私たちが修理した車いすの点検もしてもらい,あとどこを調整したら良いかアドバイスをしてもらいました。一生懸命話をしてくれて本当にありがとうございました。』

『僕は前に車いすで生活したことがある,その時は何をするのにも誰かと一緒じゃないとできなかったので,すごくめんどくさかった。電動車いすなどいろいろな車いすについて教えてもらいとてもうれしかった。自分で体験したり話を聞いたりして車いすのことをいっぱい知りたいと思いました。しゃべるのがすごくしんどそうだったけど一生懸命話してくれた,真剣に聞いていったらよくわかった。きてもらってとてもよかったと思います。』

 実際に車いすで生活している方からの交流を通し,より身近に,「障害」者の視点で街を見ていく感性を生徒たちに育てていくことができた。また,車いすの送り先であるタイの「障害」者の現状を,ビデオで学習したり,聞き取りをしたりしていき。車いすは平均月収の>3〜4倍もすること,「障害」者が,どこに住んでいるのかもはっきりわからないこと。「障害」者が家に閉じこもりっきりであること。「障害」者同士の連絡もなかなか取れないこと。「障害」者が互いに連携して社会に訴えていくことすら難しい現状があること。そのためにぜひ車いすが必要であるということを知っていった。

4 駅の調査活動とまとめ
 1999年8月22日,車いす再生の活動に参加している中高生により,「中高生で考えるバリアフリーのつどい」を,大阪南港のATCエイジレスセンターでおこなった。12校,80人の中高生が集まり,「女性の目で大阪を考える会」の方から大阪市営地下鉄のバリアフリー度の調査についての話を聞いた後,グループごとに南港周辺の1つの駅を担当し,自分たちで修理した車いすを用いて調査活動をおこなっていった。

 駅の周辺のアクセス・駅入り口から改札まで・改札からホームまで・そして電車の乗車と分け,実際に駅員さんにインタビューしたり,車いすで切符を買って,電車に乗ったりして,調査活動をおこなった。調査データを収集した後,調査結果の画像をコンピュータで処理し,また,ワープロで感想を書いたりしてまとめていった。自分たちの調査の成果をインターネットで情報を発信していくという目的を持ったために,1人1人が自分の分担を責任持って仕上げていくことができた。そして,完成したホームページをもって,もう一度それぞれの駅にいき発信していく了解を得にいった。駅の対応が調査した時よりも,より丁寧な対応になったり,また,一部を訂正するように依頼があったり。生徒たちはこの時にはじめて,インターネットによる情報発信の重大性を感じたようである。

撮影した写真データを駅前の電話ボックスから,インターネットで本部に送る。


車いすでは電話BOXに入れなかった


券売機で切符を買う


改札口

(調査とまとめ,感想より抜粋)
地下鉄弁天町駅 改札口・エスカレータ,券売機など少しずつ設備は整ってきているようであったが,車いすの人が快適に利用するにはまだまださびしい限りである。改札に行くのにも前もって電話して駅員さんに迎えにきてもらうしかない。電話番号を知らなければ改札にもいけないし,駅の入り口まで行っても駅員さんに連絡の取りようがない。施設としてはまだまだ考えていかなければならないところがあるが,だからこそ,駅員さんやお客さんなど周りの人の,ちょっとした心遣いがより大切だと思った。

5 学習の成果と今後の課題
(1) アジア・アフリカの人に再生した車いすを送ろうとすることを通して,学校における活動が,直接社会とつながり,生徒たちに「やればできる」という(自己効力感)を持たせ。そのことが,意欲・関心・態度の高まりへとつながっていった。
(2) 「障害」者との交流を通して,その生活や思いにふれ,そして,強くたくましい“生き方を感じていくことによって,共に生きることの大切さを考えていくことができた。
(3) 生徒たちにとってより身近にアジアの人々の生活を知り,また,それぞれの国の,「障害」者のおかれている現状を考えることができた。
(4) マルチメディア機器を活用して,まとめから発信へつなげていく中で,生徒たちは自分たちの活動を,学校外の人たちに訴えていくことができた。そして社会から評価を受けていくことによってより意欲興味関心を引き出していくことになり,生徒たち自身が自分たちの学習活動に対して自信を持つことにもつながっていった。
(5) 車いすの操作や車いすの構造,車いすの介助のしかたなど教師自身にとってもはじめての事が多く,それぞれに十分な知識理解のない状態で生徒に支援をしなくてはならないことがあった。今後教師むけの研修も考えていく必要がある。
(6) 校内での交流の場面を設定する際,職員室や校長室に行けない,1階でスペースのとれる教室が限られているなど,学校の施設として車いす生活者に対応できていない部分が数多くあった。
(7) この学習では人権活動をしている「障害」者の協力が生徒にとって非常に大きな意味を持つが,「障害」者との交流を設定していくときに,教師個人のネットワークに頼らざるを得なかった。今後人材バンク的な組織化が必要である。
(8) 廃棄車いす,再生車いすの輸送費用が保障されていない。(約10台の車いすを運ぶためにはトラックが必要である。学校で車いす体験を計画しても,その輸送費は保障されていない)
(9) まとめや発表を効果的にすることができるよう,マルチメディア機器の利用に慣れるための時間の確保がむずかしかった。
 これらの成果と課題を今後の授業に生かしていくこととする。

6 おわりに
 今年度の学習では,生徒達が車いすでフィールドワークをおこなった後,調査結果をマルチメディア機器などを利用してまとめ,活動の様子,生徒の作成したリポートをホームページとして情報発信した。学習の成果そのものを,インターネットを利用する人々に見て貰えることや,ボランティア活動をしている人などからもe-mailを通して問い合わせがあったり,生徒たちの活動が新聞に取り上げられたりして,自分たちの学習が学校内で終わることがないという事実に生徒たちは驚きと喜びを感じていた。
 12月に120台の車いすをタイ,ベトナムに送ることができた。昨年までは,送り先であるアジアの「障害」者からの「車いすに乗っている写真」のみであった(多くが学校へ行っていないため,字が書けない人が多く手紙での交流もむずかしい状況がある)。
 今年度,この活動にかかわった15校数百名の生徒から代表で15人の生徒が3月にタイに行くことになった。代表団が,車いすを受け取った人達と交流し,その様子を日本に残った生徒達に伝えていくため,インターネット会議を現在企画中である。
 実際に授業で,がんばった学校の生徒の皆さん。また,アジアに再生車いすをおくる活動を共に取り組んでくださった,「おおさか行動する障害者応援センター」の方々,廃棄車いすを寄贈してくださった川村義肢株式会社の方々,実際に再生した車いすを送ってくださる朝日厚生文化事業団や南アフリカ出身のトーマス・C・カンサさん,そしてATCエイジレスセンターの方々や約15校の学校の生徒や先生。この学習では,多くの人たちの支えがあった。この成果をまた来年度の生徒たちに伝えながらバリアフリー社会を目指して共に学習していきたい。

ワンポイントアドバイス
 学習過程で,人に優しいものづくりの視点でインターネットを利用して調べ学習をおこない,ものづくりの考え方を学習した。
 こころWEB(http://www.jeida.or.jp/document/kokoroweb/main/index.html)には,バリアフリー製品の情報が多く出ている。また,ボランティア活動として,駅を調査したホームページなども多くある。その方達と連絡を取りあいながらすすめていくと,調査活動もおこないやすいであろう。

引用文献・参考文献
 ・木谷宜弘・大橋謙策編 学校における福祉教育実践II 1986.10 光生館
 ・A・バンデューラ著 原野広太郎監訳 社会的学習理論 1979.3 金子書房
 ・大津和子 『グローバルな総合教育の教材開発』 明治図書
 ・堀 正嗣 「障害者問題学習と教材開発の基本的視点」『人権教育研究No.8』1997.1解放教育別冊 明治図書pp.27-30
 ・『国連人権教育の10年(1995ー2005)』 1995.8 社団法人 部落解放研究所
 ・長尾彰夫 『総合学習としての人権教育』 1997.10 明治図書
 ・八代英太 冨安芳和編 『ADA法の衝撃』 1991.12 学苑社