インターネットを用いた音楽交流
中学校音楽の新しいスタイルを求めて

中学校3年・音楽
帝塚山学院泉ヶ丘中学校
音楽 米田 俊二  英語 和泉 爾
apricot-i@msc.biglobe.ne.jp(和泉)
http://www.tezukayamaizm-hs.sakai.osaka.jp.
キーワード 中学校,3年,音楽,MIDI,XG,作曲,インターネット,学校間交流


作曲指導へのコンピュータ導入の意義
 本校ではこれまで,音楽の授業において歌唱や器楽演奏と合わせて,作曲指導を行ってきた。しかし実際の指導場面ではさまざまな問題点があり,うまく運営してこられたとは言えない。生徒が紙の上に鉛筆で音符を記入するやり方はそれ自体生徒にかなりの根気を要求するし,仮に楽譜ができ上がったとして,それを見て頭の中で曲としてイメージできるような能力を持ち合わせている生徒はほとんどいない。だからといって,楽譜を元に何か楽器で演奏しても,その演奏が本当に楽譜通りなのかは定かでない。生徒だけではお互いの作品の鑑賞すらできず,結局は担当教員が歌うか,ピアノで演奏するかしなければならない。こんな状況で作曲指導の授業がスムーズに行くとはとうてい考えられない。
 ところが,そんな状況の中でコンピュータというツールがあればどうなるだろう。実際の生徒の作業は以下のようになる。生徒はコンピュータの電源を入れ,作曲用ソフトを立ち上げる。画面に表示された楽譜にマウスで音符を置いていく。まちがって入力しても,消しゴムでゴシゴシ消す必要などなく,マウス操作ひとつで
OKである。全部楽譜を仕上げなくても,記入できた部分だけでもその場ですぐに演奏させて聞くことができ,必要であれば,その部分だけ修正したり,続きを作っていったりして仕上げる。その際,演奏させる楽器は600音色以上の中から選ぶことができ,テンポも自由に変更できる。極端な話,人間の能力をはるかに越えるような技術を要する楽譜でも,コンピュータは正確に演奏してくれる。
 何よりも生徒をひきつけたのは,入力した楽譜をすぐ再現できるという点である。自分で容易に確かめられるし,となりの席の友達にも聞いてもらえる。生徒は自分の曲を人に聞いてもらいたいと思うし,友達の曲もどんどん聞きたいと思うようになる。演奏が何の苦労もなしに,その場ですぐに行えるからである。コンピュータひとつで,授業は一気に活性化してくるのである。


1 本校のネットワーク環境
 まず、本校のコンピュータ使用環境について述べておく。外部とは128Kbpsの専用回線でインターネット接続されており、内部においては複数のサーバを元に、各教科室や図書館、PCL教室などにそれぞれ複数のクライアントが設置されている。生徒が授業で利用するPCL教室には、生徒専用50台、教員用1台が置かれ、従来のLL教室の機能ももっている。生徒用クライアントと教員用クライアントは一つのネットワークを形成しており、お互いのコンピュータ間でデータのやりとりができる。今回のプロジェクトに参加した中学3年生は、1年生のときから基本的なコンピュータ操作(ファイルのオープンや保存、コピーなどのファイル操作を含む)をある程度学習してきているため、自分のデータを教員用コンピュータに保存することができる。したがって、教員が集められたデータの中から曲を選べば、すぐ再生でき、生徒全体に聞かせることができる(生徒各自がデータ入力しているときはそれぞれヘッドフォンで音を聞いている)。

2 MIDI音源の選定
 前述のごとく、本校は生徒1人につき1台のコンピュータが利用できるという点で、かなり恵まれた環境であると言えるが、このようなシステムが導入されてすでに2年以上も経っているため、音楽の授業でコンピュータを利用するにあたり、いかにしてMIDI機器を使用可能にするかがまず問題となった。ワープロや表計算などのビジネス・ソフトを使うだけならば、支障なかったのであるが、MIDI演奏となるとそうはいかない。Windows98がインストールされた今のパソコンなら、たいてい外部MIDI音源を増設しなくてもMIDI演奏が行えたのだが、本校の生徒用クライアントはCPUがPentium200MhzのWindows95マシンなのである。当時のコンピュータのサウンド・カードは機械音がピコピコ鳴る程度のものでしかなかった。音楽の授業のためだけに、コンピュータ50台を買い換えるわけにもいかない。そこで、CECから得た補助金40万円を有効利用するため、サウンド・カードを自分たちで交換するという手段をとった(最近よく利用されるソフト・シンセサイザはCPUが非力であるため、検討の対象にはとうてい入りえなかった)。担当教員がパソコンを自作した経験があったのと、本校には中・高合わせて10数名のコンピュータ部員がいるので、彼らの手を借りることにした。その中には個人でパソコンを組み立てたことのある者もいたし、経験のない者でも元々コンピュータに関心のある部員であるから、彼らは喜んでパーツ交換に協力してくれた。当初は担当教員が1人で50台すべてのサウンド・カードを交換しなければならないかと覚悟していたのだが、彼らのおかげで4,5日で50台すべてのパーツ交換を終えることができた。実際の作業は、まずドライバでコンピュータのケースを開け、元々ついているサウンド・カードをケーブルとともにはずし、新しいものと交換する。その後、添付されているCD-ROMを使い、ドライバのインストールをし、動作の確認をする。日本橋のパーツ・ショップで購入したサウンド・カードは1枚わずか2,500円であった。これで数万円もする外部MIDI音源とほぼ同等のMIDIサウンドを味わうことができる(厳密には音質上、差はあるが、普通に聞くぶんにはほとんど違いはわからない)。このサウンド・カードにはYAMAHAのXG音源のチップが搭載されており、676音色も利用できる。音楽の授業で生徒が使うには十分すぎるくらいの代物である。コンピュータ部員にとっても、コンピュータの内部を見て、パーツ交換するという作業は、日頃行っているコンピュータ操作とは別の角度からコンピュータに接する機会をもてたという意味でいい経験になったと思う。そして自分たちの手でそういうことができたという達成感こそが何よりも彼らの財産となったようだ。

1 XG音源チップ搭載のサウンド・カード

3 シーケンサ・ソフトの選定
 さて次に検討に入ったのが、MIDIデータを演奏させる作曲ソフトである。いわゆるシーケンサ・ソフトと呼ばれるのものであるが、大手メーカーから出ているソフトは1本、2, 3万円もし、到底50本分も購入できない。安価にすませるならやはり、各ホームページ上に公開されているフリー・ソフト、シェアウェア・ソフトであろう。ソフト選定の際、一番重視したのは、楽譜入力ができるかどうかである。シーケンサ・ソフトには、主に3つの入力方法がある。まず、コンピュータ画面上に楽譜が表示され、音符をマウスで貼りつけていく楽譜入力。次に、外部機器として接続したMIDIキーボード(コンピュータのキーボードのことではなく、ピアノやオルガンなどの鍵盤のこと)を弾き、その演奏をコンピュータ側でMIDIデータに変換するリアルタイム入力。最後に、プロによく使われている数値入力。これは例えば、8分音符のドを入力するのに、音程は60、長さは480というように楽譜上の情報を数値に置き直して入力する方法である。慣れれば非常に早く入力できるが、数字にいちいち変換するのが生徒にはわずらわしいであろうから、多少入力に時間がかかるとしても、とっつきやすくて日頃見慣れている音符入力がベストと判断した。そして生徒の中にはピアノやエレクトーンなどを習っている者もいるであろうから、そういった生徒のために、リアルタイム入力もできればさらに良いという条件でソフトを探した。そうこうするうちに、Music Studio Standardというソフトを見つけた。1本2,000円と市販ソフトの10分の1くらいの値段で、こちらが考えていた2つの条件を満たしており、さらには画面上に鍵盤が表示され、各鍵盤をマウスでクリックすればその音程が選べるというスグレモノであった(図2はMusic Studio Standardの起動画面。ソフトウェア・キーボードを表示させたところ)。値段の方はこれでもかなり安かったのだが、作者と何度かメールのやりとりをし、教員使用分を含め一度に51ライセンスの購入となるため、若干の配慮もしていただいた。この場を借りてお礼を言わせていただきたい。

2 Music Studio Standardの起動画面


4  他のハード機器の購入および取り扱い
 本校が採用したMusic Studio Standardは,リアルタイム入力にも対応しているので,生徒用としてMIDIキーボードを4台,さらに教員用としてシンセサイザを1台購入した。
 いくらコンピュータで作曲指導するとはいえ,ふだんの音楽の授業におけるピアノに相当するシンセサイザが
1台くらいはあった方が,音楽の担当教員が生徒たちの前で演奏しながら指導できるのでやはり便利である。このシンセサイザのアウト端子をミキサーにつなぎ,教員用コンピュータのサウンド・カードのヘッドフォン端子からもケーブルを出して,同じミキサーにつなぎ,コンピュータの演奏とともに教員の生演奏が聞けるようにしている(このミキサーは行事用としてすでに学校で購入していたものを流用している)。

 作曲指導
 さて実際の作曲指導であるが,作曲に入る前に生徒がシーケンサ・ソフトの扱いに慣れなければならない。Music Studio Standardの楽譜入力画面が図3である。

3 Music Studio Standardの楽譜入力画面

 まず,マウスで音符の長さを指定した後,譜面上の音階部分をクリックすれば終わりである。これをくりかえし行えば,楽譜が完成する。訂正したければ,その音符を選択して,マウスで上下すれば音程が変わるし,消去したければ音符選択の後,デリート・キーを押す。自分の入力したデータがすぐその場で確認,再生できるため,生徒たちは目を輝かせながら,入力に取り組む。はじめ,ピアノで演奏した曲をギターの音色に変えて聞いてみる。西洋の楽器だけでなく,和楽器,たとえば琴や尺八で演奏させてみる。テンポを早くしてみたり,オクターブを低くしてみる。当然今,聞いた曲を友達に聞いてほしくなる。お互いの個性が曲に表れる。中には訳のわからない曲もあるが,まあ,それも良しとしよう。何より,生徒たちの喜々として取り組む姿が,今までの準備段階での苦労を忘れさせてくれる。
 こうして,入力に慣れてきた生徒たちも,各自が勝手にやっているだけでは単なる遊びに終わってしまう。本来われわれの目指すのは作曲指導であるから,実際,本当に自分の思い通りに楽譜が入力をできるかどうかを試すため,写譜をさせることにした。生徒になじみがあり,かつそれなりに生徒の関心をひくものは何かと考え,
CMでおなじみ,坂本龍一のBTTBを扱うことにした。毎日と言っていいくらい生徒が聞いているメロディーであるから,生徒たちも飽きることなく入力に取り組む。オリジナルはピアノ演奏であるが,音色をパイプオルガンやシタールなどに変えてその変化を楽しむ者も出てくる。何とか無事全員が入力を終了したところで,いよいよ各自の作曲に取りかかることにした。
 ある程度の作曲理論を教えてはいるものの,音楽的素養のある者とそうでない者とで理解度に極端な差があったので,とりあえず誰もが作曲にとりかかりやすいように,テーマを「大和サウンド」というものに決め,各自に作曲させた。つまり,いわゆる「四七抜き音階」(この音階をマイナーにすれば,演歌になる)を採用し,長調で言うとファとシの音は使わないようにした。この条件だけでも,音符を適当に並べていけば,それなりに大和風サウンドに聞こえる。

4 四七抜き音階

 生徒たちは厳密に理論がわかっているわけではないが,作曲した部分だけ再生してみて,自分でおかしいなと感じたところを修正していく。2音をはずしさえすれば,後はすべて本人の感覚によって作曲ができていく。そういう過程の中で,それなりに個性が出てくるから,おもしろい。まとまりを重視する者や強烈なインパクトを与えようと工夫する者,細かい部分は気にせず,どんどん先へ先へと進める者。理論に対する理解度に差はあっても,各自がそれぞれの感性だけに基づいて作曲ができて,それがすぐ形になるから,生徒たちも楽しいし,指導している側もうれしい。

6 反省と今後の展望
 今回のプロジェクトの目標は,コンピュータを利用して生徒が作った曲をやりとりし,国内や海外の学校と交流することであったのだが,実際の作曲までの準備段階(機器の設置やソフトへの習熟など)で時間がかかったため,実質3ヶ月という期限の中で他校と交流するまでには至らなかった。また2000120日現在,本校のwebサーバが稼働しなくなっており,生徒の作品を本校のホームページ上で公開することもできていない。今後はサーバの復旧に努め,ホームページ上での公開(MIDIファイルやMP3ファイルとして)を急ぐとともに,交流校を見つけ,英語の授業とも関連(例えば英語によるEメールのやりとりを通じて)を持たせて,作品を鑑賞し合えたらと思う。また作曲指導の中身においては,今回「大和サウンド」ということに的をしぼったため,比較的どれも似通った作品になってしまった。今後はそれにかぎらず,幅広い曲想・曲風で生徒に取り組ませたい。いくつかの問題点を残したものの,生徒たちのあの目の輝きを見れば,また次のステップに向かって努力しようという意欲が湧いてくるのであった。

ワンポイントアドバイス

 今回のプロジェクトで、まず感じたことは「全てのことを1人で背負う必要はない」ということであった。準備段階における指導は和泉が、実際の作曲指導は米田が担当したが、特に準備段階においては、コンピュータ部の生徒たちの力がなければこのプロジェクトもここまで進まなかったであろうと思う。教師が何でも一方的に指導するのではなく、生徒と教師が協力し合いながら行う形こそ、これからの教育のあり方であろう。

 もう1点は、教師の工夫次第で生徒の関心を引くことができるということである。従来の指導方法では円滑に進まなかった作曲指導が、コンピュータという新しいツールのおかげで、ほぼ全ての生徒にやる気をおこさせることができた。むしろ、生徒たちが先へ先へ進みたがるので、こちらの指導が追いつかないということも多々あった。そういう意味で、教員は自らの研究・研鑽を怠ってはいけないのだと言える。

 

参考文献

山崎マキコ著 「作ってみたいの!DOS/Vマシン」アスキー, 1999

内田勝利著 「5万円で組み立てるインターネット対応パソコン」IDGコミュニケーションズ, 1999