養護学校におけるインターネット活用の試み

高等部重複障害学級・文化祭
山口県立豊浦養護学校 松本孝幸 原田祐紀
キーワード 養護学校,高等部,インターネット,電子メール,文化祭,民族衣装


インターネット利用の意図
 養護学校の生徒たちは,知的・精神的な障害や言語障害,身体的な障害がある生徒たちばかりである。このような生徒の実態の中で,いかにインターネットを扱った題材で活動できるのか。これは,養護学校においては大変重要な課題である。なぜなら重度の障害がある生徒にとっては,インターネットを自由に使いこなすことは,それ自体として大変困難なことだからである。
 そこで,本年度の文化祭のステージ発表において,「民族衣装ファッションショー」を企画し,そこでインターネットを使って学習したことを,同時に発表する形を取ってみることにした。この形なら,障害がある生徒が中心になりながら,同時に無理のない形で,インターネットの要素も取り入れられると考えたのである。


1 本校の現状
 山口県立豊浦養護学校は,山口県下で唯一の病弱養護学校で,小学部,中学部,高等部の3学部が設けられている。高等部は平成9年度に新設され,今年度初めて3学年がそろったという,スタートしたばかりの若い学部である。高等部には単一障害学級(1コース)と重複障害学級(2コース)の2つのコースが並立しており,教育課程もそれぞれの実態にあわせた2種類のカリキュラムが行われている。

2 本校におけるコンピュータおよびインターネット設備
 平成10年度にコンピュータ教室を設置,同時に校内LANを整備した。
 コンピュータ教室
 生徒用コンピュータ PowerMac G3 233 15"モニタ 7台
 教師用コンピュータ PowerMac G3 266 17"モニタ 1台
 サーバコンピュータ PowerMac G3 Server     1台
 その他,教室や寄宿舎,病棟にも児童生徒が自由に使えるコンピュータが設置してある。すべてのコンピュータは校内LANに接続されており,インターネットにも接続できる。また,職員室にもLANを整備しており,教職員は学校のコンピュータだけでなく,机上の自分のコンピュータからもインターネットに接続できる。
 インターネットにはISDN回線によるダイアルアップで接続している。ダイアルアップルータを通してインターネットに接続しているが,インターネットへのアクセスが集中すると回線速度が遅くなってしまうこと,さらにインターネットの使用頻度も高く,ダイアルアップのための電話代がかさむのが大きな問題となっている。

3 企画原案成立までの経緯
(1) ファッションショーのねらい

 一口に「インターネットを活用したもの」と言っても,たとえば普通高校なら,単純に「インターネット(Eメール)による各国の高校との国際交流」などの活用の方法がすぐに思いつくのであろうが,養護学校にいる知的な障害がある生徒たちにとって,これはとても困難なことなのである。本校においても,インターネットを使っているのは,主に,軽度な障害の生徒たちである。そういう意味では,まだまだインターネットは,知的な障害がある者にとっては,難しいものだ,と言わざるをえない。しかしそれでは,養護学校の生徒たちがインターネットに関わることはほとんど不可能だ,ということになってしまう。教師としては,重い障害がある生徒たちでも参加できるような授業や活動の可能性を,絶えず模索する必要があるはずである。
 そこにおいて,私たちが考えたのは「どこに重点を置くか」という点であった。すなわち,コンピュータやインターネットはあくまでも脇役であり,生徒たちの自主的な活動こそが主役であり,コンピューターはそれをサポートする立場にまわるべきものだ,と考えたのである。
 これらの諸条件を検討していく中で,「文化祭のステージ発表を組み合わせた形としてのインターネットの取り組み」ということが考えられてきたのである。その結果,「世界の民族衣装ファッションショ」というステージ発表が企画された。
 つまり,生徒たちがモデルとなり,各国の民族衣装を実際に着て,インターネットで調べた,それぞれの国の簡単なあいさつの言葉や民族のこと,歴史などについて発表したり,その国にちなんだアトラクションをしたりするわけである。もちろん,BGMなどもその国にちなんだ音楽を流すことができる。また,民族衣装ならば,抽象的な国の説明にならず,視覚的に国のイメージと結びつけることができるので,養護学校の生徒たちにも理解がしやすくなる。

(2) 「ショ形式」のねらい
 「ショ形式」にしたことにも意味がある。養護学校でステージ発表をしようとすると,どうしても,動ける生徒,セリフのしゃべれる生徒ばかりが主役になり,重い障害がある生徒はとかく脇役になってしまいがちになる。しかし,実際には,重い障害の生徒たちこそ主役にしてやりたいし,そこまでできなくても,みんななるべく同じ程度には舞台に出してやりたい,同じように目立たせてやりたい,というのが,教師としての望みなのである。そのためには,「劇」という形よりは,みんなが同じくらい主役になれる「ショ形式」の方が適している,と考えたのである。
 「ファッションショ」の形式ならば,ステージで動いたり活動したりするのは生徒たちであり,障害の重い生徒たちでもステージの中心にいることができる。どんな生徒も,主役ができるのではないかと考えたわけである。しかもその中でインターネットで調べたことも,十分に活用できるはずである。養護学校の生徒たちにも可能であり,養護学校の特殊性も活かしながら,同時にインターネットの要素(世界同時性)も入れられるのではないかと考えた。
 この形式ならば,文化祭の舞台発表とインターネットの要素とを,同時に交錯させながら,その上で,重い障害がある養護学校の生徒たちが,そのまま全員で主役となり,舞台の上に立ち,かつ動きながら,ステージ発表をする,ということが可能ではないかと考えられた。

4 実践の経過
 文化祭の舞台を実際に計画していくにあたって,私たちがコンピュータ関係でやったのは,以下のようなことである。
(1)
インターネットの利用による各国の情報集め(地図・言語・文化・習慣・音楽・衣装の由,等々)は教員たちで行った。そして各国の情報を基にして,脚本を作った。
 脚本作りに当たっては,インターネットの資料を基にしながらも,全員の生徒たちが舞台の上で,何らかの活動ができるように考えた。また,一言ずつでもしゃべれるように,脚本のセリフを,なるべく簡略化したものになるように配慮した。中には,大きな声でセリフを言える,ということ自体が,それだけで画期的であるというような生徒もいるからである。
 もちろん,この過程は普通高校ならば生徒たちが十分こなすことができるし,とても良い学習機会になるはずのものである。現に教師たちは数多くのWebサイトを検索し,情報収集する中で,大変勉強になるところが多かった。それぞれの国民性や日本との考え方や風習の違いなども,大変意外な点もあり,多々参考になった。
 また,それぞれの国のあいさつも調べて,生徒たちのセリフの中に入れることができた。中には,実際にあいさつの音声が聞けるWebサイトもあり,インターネットの持つマルチメディアの特性(従来の辞典や本だけでは得られない,音声や動画等)に,大きな関心を持った。

(2) 民族衣装の調達にもインターネットを利用した。民族衣装の貸し出しをしているところをWebサイト上でいくつか見つけることができたが,コンタクトを取った(Eメールの利用)のは「鶴見国際交流の会」であった。結局「国際交流の会」のイベントと日程が重なってしまい,たくさんの衣装が借りられずに,周囲の知人から集めてきた民族衣装を中心に行うことになってしまったが,もっと事前に準備できるゆとりがあれば,インターネットを使うことによって,もっといろいろな衣装が調達できたと思われた。
 基本的に調達できた衣装は,以下のとおりである。
  韓国(チマ・チョゴリ)
  中国(白族・サニ族)
    (人民服・警官のチョッキ)
    (広西省)
  ミャンマー(ロンジー)
  ベトナム(アオザイ)
  インド(サリー)
 そして,民族衣装の紹介だけでは寂しいので,同時に,各国ごとのアトラクションを用意し,生徒の得意な歌あり,ダンスあり,中国のカンフー風の演技あり,インドニシキヘビと生徒の扮するキャラクターとの決闘あり,で,とても賑やかで楽しい舞台となった。

(3) インターネットで収集したそれぞれの国や民族衣装に関する情報(地図・国旗・首都・あいさつの言葉,等々)を,文字(衣装の説明のセリフなど)と各国の画像をおりまぜてプレゼンテーション(ソフト,パワーポイント)を作成した。プレゼンテーションはプロジェクタからステージのスクリーンに投影して,生徒の舞台発表の背景として利用した。

(4) また,海外の日本人学校にもEメール(Eメールの利用)で呼びかけ,交流を求め,韓国の日本人学校などから,返信のメールが届いたりした。

5 反省とまとめ
(1) 舞台の出来としては,満足のいくものであった。生徒たちには申し訳のないことであったが,本番まで十分な練習時間が確保できなかった。また,病弱の養護学校であるために,生徒たちも休みがちで,全員そろっての練習も,なかなかできなかった。当日の本番前も,生徒たちはみんな緊張しており,どうなることかと思っていたが,それにもかかわらず,いざ本番となると生徒たちは今までに一度も見せたことがないくらい良い演技をすることができた。担当者として,驚き,感銘を受けた。

(2) この過程を通して,生徒たちのいろいろな知らない面や,普段見えなかった面が発見できた。やはり実際にやってみないとわからないことがあるものだと痛感した。それは,とても貴重な体験になった。

(3) 生徒たちは,民族衣装を着ることを,とても喜んでいた。民族衣装は,その国々の文化や生活習慣が織り込まれたものであり,また,それぞれの国ごとに味わいのある,とてもきれいなものばかりであった。生徒たちには,大変難しく,勇気のいることであったと思うが,生徒たちはすんなりと練習に入ることができ,とても熱心に練習することができた。また,民族衣装を着ることなど,これからも滅多にないだろうから,着ている写真をたくさん記念に残した。

(4) (3)で述べたように,日々の練習の場面や,ステージの本番後などは,民族衣装のままで,生徒たちの記念写真をデジタルカメラで撮影した。それを校内LANにのせ,校内のコンピューターで,誰でもが自由に閲覧できるようにした。教員たちも,その写真で「学級だより」などを作り,保護者との話題が共有できた。

(5) ただ,準備の時間的なゆとりがなかったために,情報収集や衣装の調達,海外の日本人学校とのEメールなどがあわただしくなってしまった感は否めない。もっと計画的にやれていれば,もっと良いものが作れたかもしれない。

(6) 今回は実現できなかったが,単一障害学級との合同ステージ発表も実現可能であるように思われた。インターネットでの情報収集などは,単一障害学級の生徒たちなら,可能なことである。生徒たちが自分で調べれば,とても良い勉強にもなり,コンピューターに親しみ,世界同時性の感覚の体験もできる,等々,貴重な得るものがあったと思われる。また,同時に,重複障害学級の生徒たちと単一障害学級の生徒たちが,それぞれの長所短所を補い合い,助け合いながら,集団で,ひとつのステージを作り上げていく,ということが可能であったかもしれない。それが実現できていたならば,二つのコースが並立されている病弱養護学校としての本校の特色が,とても良く現れたステージ発表になったはずだと思われる。

(7) インターネットは,情報収集において,大変役に立った。言葉によるものだけでなく,映像や音による情報が,学校にいながら,しかも素早く調べることができるということは,大変画期的なことだと思えた。実際には,同じくらいの情報を調べようと思ったら,図書館などを走り回って,何時間も調べなければならないだろう。また,電子メールも,情報交換において,大変役に立った。もちろん,その情報を,それ以後どう使い,いかに活用するかは,こちら側の問題になってくるわけだが。

(8) また,学校という場において活用される限りは,あくまでも中心となるのは生徒たちの活動であり,インターネットなどの技術はその補助の役割となるべきものである。とりわけ,養護学校においては,「はじめにインターネットありき」「はじめにコンピュータありき」ではなく,「はじめに生徒の実態ありき」という立場を貫くべきである。インターネットやコンピュータでできることが先にあって,そこに生徒たちをあてはめていくのではなく,生徒たちの実態において,コンピュータやインターネットを使うことで何ができるのか,から考えていく,という視点が大切になると思われる。

(9) しかし,本校に限った問題ではないであろうが,来年度以降インターネットの通信費の確保が現段階では不可能な状態である。またコンピュータの台数も,それほど十分とは言えない。また学校からの情報発信として本校のサーバをWebサーバとして使いたいところであるが,地域的な問題で常時接続の形がとれないため,十分な情報発信ができない状態であり,とてもインターネットの快適な状況にあるとは言い難い。

ワンポイントアドバイス
 参考までに,準備の手順と練習の手順を紹介しておく。手順としては,衣装の調達をすることが一番最初である。国名が決まらないと,すべてが先に進めない。(民族衣装は,インターネットでもかなりヒットするので,うまく活用すれば多様な民族衣装を調達できるかもしれない)準備できる国名が決まってから,インターネットで情報収集を始める。情報収集をしてからでないと,脚本を書くことが出来ない。ここまで準備段階として,事前に完成させておく必要がある。この段階の後に初めて,具体的な練習をスタートさせることができるので,なるべく早く準備しておおく必要がある。
 脚本ができたら,各国ごとに生徒と担当教員を分担し,各国ごとにそれぞれ練習をして,その後,全体で通し練習をすると,効率的である。
 情報収集を生徒にやらせたり,国の紹介の内容やアトラクションやプレゼンテーションなどは,それぞれ工夫次第で,いろんな可能性が出てくると思う。

 

利用したURLなど(一部)
「外務省ホームページ」 http://www.mofa.go.jp/mofaj/
「東京旗商工業協同組合」 http://www.flag.or.jp/
「世界のあいさつ」 http://www.ryucom.ne.jp/users/jr6tpd/language.htm
「雲南省情報」 http://www.infoeddy.ne.jp/~kaorun/jouhou.html
「ASIA PHOTO TOUR」 http://www.teleway.ne.jp/~teppei/index.htm
「中国少数民族サニ族」 http://www.gulf.or.jp/~houki/essay/zatubunn/i-zoku.html
「世界の民族」 http://village.infoweb.ne.jp/~fwgg7123/race.html
「雲南(麗江.石林)旅行」 http://www.page.sannet.ne.jp/matukawa/unnan.htm
「エーヤーワディのほとり」 http://www.ayeyarwady.com/
「ミャンマー」 http://home.att.ne.jp/yellow/ali/lost/burfas.htm
「神秘の国・ミャンマー観光ガイド」 http://www.tabicom.com/myanmar/
「ビルマの生活」 http://member.nifty.ne.jp/biruma/living1.htm
「アオザイ」 http://www.nifty.ne.jp/forum/fworld/dunia/d_9710/aozai/
「MekongAgency」 http://village.infoweb.ne.jp/~fwka1715/index.htm
「Welcome to Indea」 http://www.indotour.or.jp/menu0.htm
「大韓民国大使館」 http://embassy.kcom.ne.jp/korea/index-j.htm
「世界の街角で」 http://www.perinet.co.jp/tousai/9810/matill.htm
「ベトナム友好協会」 http://www.jin.ne.jp/vietnam/
「ベトナムウォッチャー」 http://www.ccat.co.jp/vn/index.html
「ビルマへの手紙」 http://member.nifty.ne.jp/biruma/
「サリーと文化」 http://www.jr.chiba-u.ac.jp/~96jra27/indwia_bunka.html