知的障害児のためのインターネットを活用した総合的な学習の実践

養護学校 中学部,高等部・総合的な学習
山口大学教育学部附属養護学校 舛谷 晃
masuya@po.cc.yamaguchi-u.ac.jp
キーワード 養護学校,総合的な学習,インターネット,電子掲示板システム


インターネット利用の意図
 障害児教育では,生活に密着した総合的な学習を設定し,生活する力を養う事が必要である。知的障害のある児童生徒の思考傾向は,直接的であり抽象的な文字や数字をイメージ化する事が困難な場合が多い。そこで知的障害児を対象とした総合的な学習を行う際にインターネットを主体とした情報教育的な手法を活用する手順を明らかにした。
 その総合的な学習のまとめ学習として動画や音声,文字を組み合わせたデジタルコンテンツを作成し情報発信を行い,他の養護学校・障害児学級の児童生徒間で共有した。総合的な学習のまとめ学習としてマルチメディアを活用した学校間交流を行った。


1 障害児教育と総合的な学習

 障害児教育では将来社会で必要な実践力を身につける事ができるように生活の中で実際に体験する事で学習が成立している。日常生活の実際に即した学習を繰り返し行う事で身辺自立,社会自立を目指している。このように実際に体験する事で学んでいくという学習は総合的な学習のその物であると言える。言語や数量の基礎的な学習をふまえて,コミュニケーション力や人との関わり方等を総合的に活用する事で実際の社会の中で生きた使える力となるように,積極的に校外に出て社会と関わる過程の中から学習を深めていく必要がある。

2 総合的な学習での情報教育の活用
 総合的な学習の目的は,「問題解決能力の育成」と「学び方や考え方を身につけ,解決に取り組む態度を育てる」の二つにまとめる事ができると考える。知的障害のある生徒の総合的な学習で取り扱う内容は>数,言葉,社会,生活を総合した学習で,金銭の取り扱いや買い物,公共機関の利用,交通機関の利用等が主な学習内容であった。
 知的障害のある生徒の総合的な学習の流れを(a) 問題提起・話し合い (b) 調べる (c) 実地学習 (d) まとめの4つの段階に設定した。(図-1)知的に障害がある場合は問題提起に関する力が弱いように思われるが,この学習の流れを繰り返す事によって,問題解決能力を養い,学習の仕方や学び方のパターンを身につける事が可能となると考える。この学習の流れの中で,情報教育を活用している場面は,「(b) 調べる」と「(d) まとめ」の二つである。

 まず,「(b) 調べる」の段階で情報教育的な手法を活用する利点は,インターネットのホームページで公開されている様々な情報を検索する事で,問題解決の為の手段の一つとする事が可能である。総合的な学習で生徒の興味関心の高い事がらの中から疑問点を見つけ,調べ学習を行う時の手段として情報教育的な手法を活用していけると考える。
 次に「(d) まとめ」の段階では,コンピュータのネットワーク上で自分の意見を表現する事で,相手に分かりやすく伝える工夫をする事。また様々な友達の意見を読み,その考え方に触れる事ができる点である。相手に分かりやすく文章を書くためには,まず読んでくれる相手がいる事が必要である。そのため,まず学校の中での校内ネットワーク(LAN)を使って,1台のパソコンを電子掲示板システムに仕立てて,そのパソコンに自分が経験した事を作文し絵やデジタルカメラによる写真を添え,校内で公開している。それを校内の先生方や児童生徒が自由に好きな時間に閲覧する事が可能である。それに対して返事や意見を書く事も可能である。総合的な学習,ことば,かず,クラブの時間に児童生徒,先生が自由に閲覧し返事を書き込んでいる。さらに,この取り組みを学校間に広げた物が,インターネットを介した学校間交流である。現在本校では,県内の養護学校と学校間交流が可能である電子掲示板のシステムの運用を行っている。ここでは,遠く離れた地域の養護学校,障害児学級の友達と,それぞれの学校の学園祭の事,運動会の事,職場実習の事などをインターネットで繋がれた電子掲示板システム上でお互いに報告し合っている。全国的な養護学校・障害児学級の電子掲示板では,滋賀大学教育学部附属養護学校を中心に運営しているチャレンジキッズがある。このように,文章や絵や写真を組み合わせた分かりやすい表現をする事で総合的な学習のまとめとして情報教育を活用している。

3 具体的な活動内容
 本企画の総合的な学習の対象学習者は,養護学校高等部2,3年生5名であった。週1回,水曜日の1校時より6校時までを設定し,終日を使った活動が可能である。3回の水曜日を1単位として,1回目の水曜日に図1の「(a) 問題提起・話し合い」「(b) 調べる」を,2回目の水曜日に「(c) 実地」を,3回目の水曜日に「(d) まとめ」を行った。総合的な学習として取り上げた内容は(a) 山口県立博物館,(b) 宿泊学習,(c) 山口県交通安全学習館,(d) 山口市リサイクルプラザ(e) 目的を持った貯金等であった。
 「(a) 問題提起・話し合い」では,知的障害を持っているため,ある程度の教師に提案が必要であったが,一度経験した事は学習者から解決方法を提案できる場面も出てきた。ここでも繰り返し指導を行う事の重要性を考えさせられた。ただ繰り返すのではなく,生徒が自ら考えられるような状況を少しづつ増やしていく事が重要であった。
 「(b) 調べる」の段階では,生徒達は今までの経験からペーパメディアを使った調べ学習を行っていた。その経験からすぐに電話帳で住所を調べるという手段を提案した。しかし,電話番号帳は職業別の電話番号帳では調べたい場所や施設のジャンルが何に該当するかが困難で,知的障害のある生徒にとって自分で見つけられない場合が多かった。また,五十音別の電話番号帳はで,調べたい場所や施設の正式名称があらかじめ分かっていないと調べる事ができない等の問題点があげられた。(図-2)それに比べインターネットのホームページの検索エンジンによる検索では,調べたい場所や施設の大まかなキーワードを入力する事で目的の情報に行き着く事ができた。しかし,全ての施設がホームページを開設しているわけではなく,該当するページが無い場合もあった。また検索する範囲が全国規模であるため,該当する物が膨大な数にのぼる事があり,自分たちが生活している地域に限定して検索をかける必要があった。(図-3)目的のホームページでは,大抵どこでも写真やイラストで建物の内外の説明,周囲の地図,業務内容が紹介されていた。また,文字によるメニューをクリックすると画像やさらに詳しい説明とリンクしている事も多く。難しい言葉をクリックすると画像や文字で更に説明がされている事をすぐに理解する事ができた。このようにホームページによる情報の検索は写真やイラストで説明が分かりやすく知的障害のある生徒にとってイメージする事の助けになった。その他この段階では,時刻表や住宅地図を使って,見学先の名称,見学先の住所,電話番号,見学先で調べたい事,見学先への交通機関,昼食代を含めた必要経費を学習した。また,電話での見学先の訪問依頼や交通機関の料金の問い合わせを行った。

 「(c) 実地学習」では,デジタルスチルカメラ,ビデオカメラによる記録をとった。デジタルスチルカメラでの記録は,生徒にデジタルカメラを持たせて生徒の視点でも撮影させた。生徒の判断で何を撮影するかは,経験を重ねる事で,後のまとめ学習で使用する事を意識して撮影できるようになってきた。(図-4)

 「(d) まとめ」では,まずその総合的な学習で撮影した写真やビデオを見る事から始めた。小・中学部などの初期の段階では,まず教師が1枚の写真を提示し,その1枚の写真を手がかりにどの様な活動を行ったかを単語で発表させた。またその時どの様に感じたかを画像を見ながら口頭で発表させた。そして,五十音表示の代替キーボードを使ってその単語を入力した。さらに数枚のデジタル画像をランダムに提示し経験した順番に並び変えさせた後に順序よく発表させた。この場合に「はじめに」「次に」「それから」といった,言葉から始まるように表現させるようにし,経験した事の順序性の意識を持たせるように心がけた。高等部段階で,言語のみでその時の様子を想起する事が可能な場合は,学習者が一番心に残った事をワープロにて作文を行わせた。校外学習の手順を順番に分かりやすく表現した電子掲示板への書き込みもできるようになってきた。さらにその作文に適した画像を,教師や生徒が撮影した画像の中から自分で選んで,作文に添付した。このようにデジタル画像を活用する場合にも学習者の認知的な発達段階に応じた活用の仕方が重要であった。(図-5)また,総合的な学習でお世話になった方へ礼状を書く活動を行った。これらの画像を添付した作文を,電子掲示板に掲示する事で情報を共有した。(図-6)

 

 知的障害のある生徒にとって,このような調べ学習を行い,実際に実地学習を経験する事は,抽象的な物の理解が難しいとされている学習者達にとって,電話帳の文字のみでは具体的なイメージを持ちにくいが,ホームページの写真やイラストでイメージを膨らませて実施学習に出かける事ができた。また,電話帳の文字による住所は抽象的な記号であり,ホームページでは,より具体的な写真やイラストと記号を重ね合わせてイメージ化する事ができた。さらに実際に実地学習で自分の目で確かめた実物が同じ物であるという学習を行う事で抽象的なものから具体的な物への繋がりを学ぶ事ができると考える。

4 企画のスケジュール
1)1学期の総合的な学習のまとめとデジタルコンテンツの作成(撮影したVTR,写真,児童生徒のまとめの文章をパソコンに取り込みデジタル化する)<平成11年7月22日より8月31日まで>
2)総合的な学習のまとめのデジタルコンテンツをイントラネットとして,校内ネットワーク内で公開(校内の教師,児童生徒による利用)<平成11年9月1日より11月30日まで>
3)児童生徒による電子掲示板システムへの入力,閲覧<平成11年10月1日より11月30日まで>
4) 他の養護学校との電子掲示板システムの閲覧,入力による交流(インターネットでの電子掲示板システムによる情報発信)<平成11年10月1日より12月31日まで>
5) まとめ(障害のある児童生徒用電子掲示板システムの構築,イントラネットとしての活用方法等)<平成12年1月8日より1月18日まで>

5 実践を終えて<考察及び今後の課題>
 ●児童生徒は,1枚の絵や,動画からその時経験した事を思い出して文字化しやすかった。特に自閉症の児童生徒は,言葉でイメージする事が困難であるために絵や動画は想起のための具体的な手段となり文章を作成する上で無くてはならない助けとなる事が期待された。さらに,電子掲示板にて友達が閲覧する事を意識して,他人に分かりやすい文章を書く工夫を行う事が出来るようになった。この学習を進めて,学習のまとめの文章と画像を電子掲示板にて公開する場合に,読み手に分かり易く伝える工夫をする事で,読み手を意識した文章の書き方を含めた情報の提示の方法を学ぶ事ができた。
 ●まとめ学習ではデジタルカメラによる画像が効果的であった。デジタルカメラによる1枚の画像は,教師の100の言葉よりも,その時の状況や気持ちを即座に思い出す事が可能である。また教員にとって,デジタル写真は目的の画像を瞬時に提示できるという利点もある。この様に視覚に訴える方法は,知的障害のある生徒にとって有効である。
 ●児童生徒の文章や写真は校外学習のまとめとして学習発表の時に液晶プロジェクタに接続し大勢の前で文字や写真によるプレゼンテーションを行う事で発表の機会を設けた。今後の課題として,分かり易く人に伝える事を学ぶ場にする事が可能であった。
 ●総合的な学習と情報教育を融合するあたって以下の事に留意した。インターネットを最初から使用するのではなく,従来のペーパメディア(電話帳,地図,時刻表等)と同じく情報を得るための手段の一つとしてこれらの情報機器を活用する事が大切であると考える。生徒達は具体的な活動を経験を繰り返す事によって生活する力となっている。障害のある生徒にとっての総合的な学習の最終目標は,生活に役立つ知恵を身につける事であると考える。その意味では最初は具体的なペーパメディアで調べる事,そしてインターネットでも同じ物があるという経験を経て,実際に見学してみる事が重要である。これらの過程で生徒は,ペーパメディアやインターネット上の情報と現実の施設の同一性に気づき,これらのメディア上で抽象的な情報と現実との共通性を実体験する事が大切であると考える。
 ●今後の課題,総合的な学習は生徒の興味関心から始まり自ら調べる力を身に付け,ひいては生きる力へと高めていく事にその目的がある。そこで,総合的な学習に情報教育を活用して行くためには,総合的な学習の実施後のまとめ学習に活用してきた。それをさらに進めるためには,総合的な学習を立案企画する時の生徒の興味の状況,問題解決の過程をもデジタルコンテンツにまとめたいと考える。その方法を今後考えていきたい。
 最後に,知的障害児の総合的な学習で情報教育を活用し,生徒の生きる力となる事を願っている。

ワンポイントアドバイス
情報教育を総合的な学習に活かす指導では,総合的な学習の全般的に情報教育を活用しがちである。しかし,情報教育の利点を活かして,部分的に活用する方が実際的である。情報教育でコンピュータやインターネットを活用する利点は,その道具としての使用にあると思う。対象学習者の認知発達の段階に応じて,具体物での操作活動やコンピュータ画面上での情報を使い分ける事も重要である。コンピュータやインターネットを他ではかえられない道具として活用してこそ総合的な学習の中で活きてくると実感した。

参考文献
 舛谷 晃(1999):知的障害者のための地域に根ざした学校間イントラネットの活用,教育現場のインターネット利用-平成10年度「新100校プロジェクト」実地報告集-.620-31625.財団法人コンピュータ教育開発センター.
 佐藤尚武・成田 滋・吉田昌義 編(1999):教室からのインターネットと挑戦者たち チャレンジキッズによる出会い・学び,北大路書房

利用した URLなど
 この企画のホームページ:http://ro1.fuyou.yamaguchi-u.ac.jp/
 山口大学教育学部附属養護学校のホームページ:http://www.fuyou.yamaguchi-u.ac.jp/
 山口市リサイクルプラザインターネットホームページ:http://www.urban.ne.jp/home/ymgplaza/