地域社会と連携したインターネット技術研修
-地域の情報化推進コーディネータ養成を目指して-
愛媛県立新居浜工業高等学校 宇佐美東男
Eーmail usami@ehime-net.ed.jp
キーワード 高度情報通信社会,情報化推進コーディネータ,インターネット教育利用
研修,研修カリキュラム,ネットワークパソコン,情報化の進め方
インターネット利用の意図
初等・中等教育のすべてにインターネットが導入されようとしている。国による予算化が進められているが,地方においては,導入される施設・設備を有効に活用できる人材や,そのノウハウがほとんど蓄積されていない。このため地域社会を対象に「インターネット技術研修」を企画した。本校のこれまでの教育利用に関する研究や経験を基に,特に学校教育の情報化に特化した研修会を実施することした。
★プロローグ
世界は高度情報通信社会へと猛烈な勢いで突き進んでいる。まさしく現代の産業革命の始まりである。アメリカを中心とした情報革命は瞬く間に世界の先進諸国を巻き込み,政治・経済・文化・教育といったあらゆる分野が変革という嵐に遭遇している。この嵐は人類にとって数百年に1度あるかないかの大きな出来事だとする観方もある。このような状況の下,我が国も遅ればせながら各界から追いつけ追い越せのかけ声も強くなりつつある。
最近では,eビジネスをはじめとするインターネットを中心とした,さまざまな分野での情報化が動き始めた。その一つにバーチャル・エージェンシーと呼ばれる政府機関が国の情報化プロジェクトをスタートさせている。これは総理大臣直轄の各省庁を横断して構成するプロジェクトチームであり,タスクフォースである。
プロジェクトは「電子政府の実現」と「教育の情報化」を施策の柱として掲げている。
この中で「教育の情報化」は我々に直接関係する分野である。そこでは2005年までに,初等・中等教育の学校すべてに校内LANを構築し,すべての教室でインターネットや校内LANが利用できる情報コンセントを設置する提言がなされている。あと5年である。しかし,アメリカでは2000年までにK12(小・中・高)のすべての教室に情報コンセントが設置される計画が着々と進み,完成が間近い。ここには実に5年の差が存在する。
これからの世界は,好むと好まざるに関わりなく,あらゆる分野が高度情報通信社会へと移行して行く訳だが,将来この差が経済力や文化的事象など様々な分野において大きな影響をもたらしはしないかと心配もある。
我が国もこの施策を前倒し,早期に教育の情報化を実現してもらいたいものである。しかし,せっかくの施設・設備等のハード面の充実も,それを使いこなして教育効果を上げることのできる人材を確保すること,すなわちソフト面の対策も合わせて進めなくては,効果の薄いものになる。そのため現職教育(2001年までにすべての教員にコンピュータ操作スキルを養成する計画も掲げている)の充実や大学の教員養成課程での情報リテラシーを獲得するための養成プログラムの開始も提言されてはいる。だが,これを着実に実施することはもちろんだが,各分野の情報化は国際間の競争の時代に突入したと見られる。したがってこの計画を積極的に前倒し,各分野において即応できる体制を作る必要があると思われる。またこれに関連して,急速な情報化による情報弱者の創出をできるだけ押さえることや,必要なフォローも重要施策として,忘れてはならないことである。
今,我々にできることは限られているが,ここ数年間インターネット教育利用に関わってきた経験を生かし,少しは社会に還元できないかという思いから,地域社会を対象とした「情報化推進コーディネータ養成」を目指したインターネット研修会を計画した。
研修会はいくつかの分野に渡って実施しされたが,全体を通して教育の情報化を推進するためのリーダ養成研修会と位置づけることができる。日常的な校内の情報化を推進する役割はもちろんだが,教育の情報化に関して長期的な視野に立った企画・立案にも対応できる人材養成をねらって実施したものでもある。ここではその中の一つである「インターネット教育利用」研修会について概要を紹介しよう。
1 実践内容
(1) 研修対象と実施時期
研修対象者は教職員の部として,市内(愛媛県新居浜市:人口約13万人)の小中学校27校の教職員と市教育委員会職員,県立高校23校事務職員及び若干名の本校職員である。また,一般市民の部として生徒の保護者を中心とした地域社会の方々が参加した。
教職員の部は,受講者総数約150人の先生方を5グループに分けて実施された。それぞれのグループは,3日間コース2グループ,1日間コース3グループに分かれ9日間の研修にチャレンジした。各コースのカリキュラムのねらいは基本的に同じであるが,研修項目についての深度や演習の程度が異なっている。研修時間は午前中に講義・実技が行われ,午後はリファレンスを伴った自由実習とした。また,一般市民の部は,約15名が参加し夜間の2日間実施された。 各研修は,学校設備の空いている夏・冬の長期休暇中を利用した。
(2) 「インターネット教育利用」研修内容
研修は「高度情報通信社会と教育の在り方」を総合テーマに,概ね以下の項目を研修するカリキュラムとした。
「高度情報通信社会の捉え方」,「教育の情報化と進め方」,「インターネットの教育利用」,「情報倫理」,「有害情報の問題と対策」,「個人情報保護の問題と対策」,「インターネットの仕組みとサービスの種類」,「基本ソフトとアプリケーションの操作方法」,「インターネットサービスの利用方法」,「教材の作り方」,「ネットワークの構築」,「パソコンの仕組みと組立」,「ソフトウェアのインストール」などかなり幅広い分野の研修が行なわれた。また一般市民対象の部は教育利用の部分を圧縮し,インターネットビジネスなど一般的利用方法を中心に研修が行われた。
(a) 研修用教材の作成
ア テキストの作成
研修用テキストとして,A4版約80ページのものを自作した。
講義用テキスト約40ページ,実技用テキスト約40ページ,また,補助テキストとしてインターネット上の関連情報も教材利用した。
イ ネットワークWeb教材の開発
ネットワークパソコン組み立て研修用のマルチメディア教材の開発
動画教材(ムービーとWeb)と関連情報のリンク集を作成
ウ ネットワークパソコンの組立キットの準備
ハードウェア及びソフトウェアを選定購入し,ネットワーク構築について研修
・ハードウェア(5セット)
ケース,電源ユニット,マザーボード,CPU,HDD,LANカード,DVD,FDD,キーボード,マウス,ディスプレイ,各種ケーブルなど
・ソフトウェア
Linux,Windows98,インターネット・アプリケーションソフトなど
(b) 講師陣の構成
講師陣は本校教員と地域社会の専門家にもご協力をいただき,さらには情報リテラシーの高い若干名の生徒たちにも手伝っていただいた。それぞれのコースを10名程度の講師陣で担当し,1グループ当たりの受講者数は35名前後である。
(c) 研修室の環境
研修室の環境は,受講者1人に対して1台のLAN接続されたパソコン(インターネット用クライアントの機能もある)と,指導者からの教材提示用ディスプレイを利用することができる。このシステムは指導者から個別にネットワークを通して指導を受けることもできる。また各研修者に個人アカウント(1年間有効)および公開ホームページ用ディスクスペース(1人20Mバイトまで学校ホームページ作成用として1年間利用可能)が提供された。この環境の提供は研修後の自己研鑽に活用することができる。
(d) 研修の効果と反省
研修終了に合わせてアンケートを行った。受講者からはそれぞれ充実した研修であったという意見と共に,時間が少なかったという意見も多くだされた。また,資料教材が多すぎるのではとの意見もあり,今後の研修会に反映しなければならない意見である。
今回の研修会の特徴は,一般のインターネット技術研修会ではなく,参加者に教職員が多いことから,「ネットワークの教育利用」に特化した内容であり,特に力が注がれたところは「情報倫理」の問題やマルチメディア・コンテンツを利用した新しい視聴覚教材の作成方法(教材データベースの構築),ネットワークパコンの組み立て等であった。
(e) 研修の2次的効果
この研修会は地域社会との交流のきっかけとなることや,小中学校の方々の本校に対する理解が少しでも深まることも期待して進められた。
(f) カリキュラムについて
以下に3日間コースの研修項目と主な内容について簡単に紹介する。
<カリキュラム概要:抜粋>
ア 高度情報通信社会の捉え方
社会について原始社会から現代社会までを,狩猟・採取社会,農耕社会,工業化社会,高度情報通信社会に分類し,各社会の特徴や生産と消費,科学技術の発展について社会史的観点から把握し,それを通して高度情報通信社会を理解する。
a 人類の歴史と文化
コミュニケーション手段の変遷など
b 科学技術の進歩と産業の推移
科学技術史と新産業の創出など
c コンピュータシステムの歴史と未来
ノイマン型コンピュータの発明と未来のコンピュータ
d 高度情報化社会の到来
生産中心の工業化時代からコンピュータネットワークの時代へ
e コンピュータ及び通信システムの発達
コンピュータや通信方式の標準化や発展について
f インターネット時代
インターネットがもたらす社会的影響
g 新しい時代の規範「情報モラル」の必要性
社会の脆弱性を理解し,健全に維持・発展させるための「情報モラル」,法制
イ 教育の情報化
これからの高度情報通信社会を維持・発展させるに必要な素養を子どもたちに与えることは教育に対する強い社会的ニーズである。海外の状況と我が国の現実を比較,今後どのように情報化を進めるか,また,そのための環境作りについて理解する。
a 社会の情報化と教育の情報化
社会実態と学校教育のギャップ,学校教育に対する社会的ニーズについて
b 我が国の現状と海外の取組
我が国の計画,アメリカ,シンガポールの例でケーススタディ
c 教師の情報スキルと現職教育
教師の役割変化とスキルアップの方法(研修の在り方)
d 情報インフラの構築
セキュリティの高い校内インフラ,拡張性のあるインフラ構築
e 教育利用分野の開発手法
教育活動の中で情報化が可能な分野の抽出と利用システムの開発
f ネットワーキングの日常化
情報収集と教材開発,情報交換を通してインターネット利用の普遍化を進める。
g インターネット導入と諸問題
有害情報のフィルタリング,個人情報保護に関する考え方と対処方法
ウ インターネットの教育利用
コンピュータやインターネットの仕組みを理解し,教育実践例を分析し,教育利用に必要な要素を理解する。
a コンピュータとLANの仕組み
ハードウェア,ソフトウェア(OS,アプリケーション,言語など),ネットワーク機材と工事
b ネットワーク・パソコンの組立
各種パーツの機能,組み立て手順,ソフトウェアのインストール,オープンアーキテクチャー,ネットワーク接続
c インターネットの仕組みと各種サービス
TCP/IP,クライアント/サーバ方式
d 教育実践例の紹介と分析
小・中・高校の事例,リクルート活動
e 学習活動での利用と留意点
総合的な学習の時間,休憩時間,放課後等の利用における留意点
f ネットワーク・コンピュータの操作
クライアントOSの操作,校内LANの操作,データベースの利用
g インターネット・サービスの利用方法
WWW,電子メール,Netnews,FTP,TELNET,テレビ会議システム
h 情報倫理教育の進め方
脆弱社会に対するセキュリティの階層化(物理的,法律,マナー,道徳)
「情報モラル教育」のカリキュラム開発と実施
エ 新しい教育システムの開発
これまで学校教育の現場には存在しなかった新しい教育システムについて理解し,教育改革を進める上で,有効なツールであることを理解する。
a マルチメディア教材データベース
教材リンク集,教材データベースの構築と利用方法
b マルチメディア教材の開発
Web教材の作り方,javascriptの利用,動画・音声キャプチャ
c 知的CAIシステムについて
CAIシステム,インターネット時代の教育方法
d インターネット学習空間の構築
Web学習空間の構築,リタイヤマンパワーの活用
e インテリジェントスクールについて
地域社会と学校,学校開放
f 新しいコミュニケーションの方法
モバイルインターネット,テレビ会議の活用
オ ケーススタディー:情報化の具体的な進め方(愛媛県立新居浜工業高等学校)
社会の情報化の実態,国の方針,地方自治体の計画,学校の現状などを考慮し,校内でリーダシップを執れる人材養成の方法や,外部組織との渉外に関するノウハウ,情報化のための校内組織について研修する。
a 現状分析
職員の意識調査と対策,情報インフラの現状と利用状況の把握
b 推進組織の設置と企画・立案
情報化の企画・立案,情報化に対する評価システムの確立
c 校内の環境整備校内情報インフラの設計と構築,現行情報システムとの整合性,ネットディ実施
d 現職教育
職員の情報スキルの把握,年間研修計画の立案実施(全校研修会を年間12回実施)
e 教育利用分野の開発
他校事例研究,独自開発
f 環境整備の拡大
校内LANから自治体WAN・エクストラネットへ,情報化長期計画の策定
g 教育コンテンツの整備
Web教材の開発と利用,教育リンク集の開発
h 他教育機関・施設との連携
教育コンテンツの共同開発・共同利用,情報交換
i 地域情報ボランティアとの連携
ネットディの活用や地域産業との連携
j ガイドラインの作成
運用管理組織の設置,利用ルールの作成
k 学校危機管理マニュアルの作成
インターネットセキュリティ対策と危機管理マニュアル作成
全体として講義約40%,実技約60%の割合で研修を行った。
2 実践を終えて-エピローグ-
我が校では,インターネットやイントラネットなど校内LANを利用できる環境が作られて,既に6年が経過しようとしている。これまでの経験で教育へのネットワーク導入は計り知れないメリットを享受することもできるが,反面,大変危険な部分も合わせ持っていることを体験を通して知ることができた。この対策も導入の条件として忘れてはならないことである。
今,生徒や教職員は日々にネットワークを利用し,世界に広がる情報の大海原に出帆している。これは冒険であると共に,価値ある未知の世界を発見するチャンスでもある。
現在の産業革命とも位置づけられる情報革命の波は,ますます大きくなり,あらゆる事象に影響を及ぼし,人の価値観をも変えようとしている。教育の世界ではともすれば変革の波に乗りきることができず,翻弄されるのみに終始する場合もあるかも知れない。しかし,それは許されない時代であろう。情報化社会での学校教育の在り方を明確にし,着実に未来を背負う子どもたちを育成しなくてはならない。
我々は当面,ハード・ソフト共に彼らがネットワークを安心して利用できる環境づくりに力を注ぎ,自らも研鑽し,新しい教育の方法や分野を開拓し,教師の新たな役割を明確にしなければならない時機と思われる。この点において,今回の研修は意義あるものであったと確信している。
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