5.キッズメールの課題

 このような評価者から出された要望を受けて,ワーキンググループで検討した結果,次回の改訂する際には,

などが重要ではないかという意見が出された。

 また,「今回のメーラは,肢体不自由+中軽度の知的障害児を主な対象として開発したものである。評価者から出た意見をすべて採り入れてしまうと,プログラムそのものが重くなってしまって,逆に使えなくなるという危険性もある。従って,使用する対象を絞ったものを何本か別に用意するか,ソフトのインストールの段階で,使用者の必要な機能だけ絞り込めばいいのではないか」というような意見も出された。

 以下,ここでは,入力環境の改善に絞って,もう少し具体的に検討することにする。

 4.2.2で記述したように,キッズメールでは,「先生用」のプログラムで,入力方法を,マウス入力だけでなくステップスキャン・オートスキャンから選択し,オートスキャンの時間についても子どもの実態に応じて設定可能にしてある。また,テンキー(1〜5の数字キー)でも選択可能となっている。しかしながら,評価事例の項で述べたように,今回試用した多数の事例では,マウス入力を採用したケースが多かった。

 これは,スキャン入力が確実にできるためには,一つないし二つのスイッチをタイミング良く押し希望する絵などを順序よく並べるという,それ相応の知的能力が要求されるので,今回対象とした,肢体不自由+中軽度の知的障害児には,スキャン入力は少し難しいと判断された場合が多かったからということと,準備期間も含めて評価期間が短かったため,テンキーによる直接選択方式が評価者に対してあまり知られていなかったという事に起因していると思われる。

 さらに,実際に試用する中で分かったことは,スキャン入力の場合には,画面が変わった段階でマウス・ポインタが最初の位置に戻った方が使いやすいという理由でキッズメールの仕様もそのように設定してあったのだが,マウスで選択する子どもの場合,かえってそれが使いにくい状態を生むという皮肉な結果を生むことになった。従って,入力環境の設定に関しては,「マウス入力バージョンとスキャン入力バージョンの二種類用意するという方法と,先生の設定画面で,スキャン方式の他にマウスで選択する方式も選べるようにし,その場合は,マウス・ポインタがもとに戻らないような仕様に変更する」という二つの解決策が考えられる。

 以上,ここでは入力方法について具体的に考察してみたが,この他,如何に分かりやすく情報を提示するか,指導者への配慮といった事柄についても,障害児教育の現場では,子どもの実態の多様性から,ソフトの設計段階で予想した状態と大きく異なる事態が多く起こり得る。

 キッズメールを,本当に児童生徒が使いやすいものにするためには,今後も実際の教育現場での試用を続け,それを受けて,きめ細かな改訂作業をを繰り返し続けていく必要がある。

6 今後期待される遠隔コミュニケーション支援のあり方

6.1 コミュニケーションについての考え方

 コミュニケーションを「自分の意思を相手に伝えること」とすると,遠隔コミュニケーションとは「遠くに離れている人に自分の意思を伝えること」となる。これは単に話をしているという状態を指すのではなく,自分が考えていること,思っていることを相手にきちんと伝えることができるということを指している。単に話をしていても自分が考えていることが相手に伝わっていなかったり,間違って伝わっている場合には,うまくコミュニケーションがとれているとは言えない。知的に障害を持っている場合には,言語によるコミュニケーションが一般には苦手であり,また他の障害と重複して知的障害を持つ者が多いことから,障害者のコミュニケーションを考えるときには,このことは大きな問題となってくる。

 現在の遠隔コミュニケーションの手段は電話が一般的であり,音声言語によるものである。またファックスについてもよく利用されており,聴覚障害者にとってはなくてはならないものとなっている。しかし今後はインターネットの普及により,電子メールなどネットワークを利用したコミュニケーションがより発達してくることが予想される。これは障害を持つ子どもたちにとって,新しいコミュニケーション形態の可能性を示すものである。コミュニケーション手段の多様化が進むと,コミュニケーションをとることが比較的苦手な子どもたちは,個々の実態に応じた手段を選択する幅が広がることになるからである。一言に障害といってもその状態には幅があり,ある障害の状態に対して1つの方法を確保したとしても,他の大部分の障害についてもそのまま適用することは難しい場合が多い。そのため,多くの手段や方法が確保されている必要があるが,ネットワークを利用したコミュニケーションは,その選択の幅を広げるものとして有望であるといえよう。

 と同時に,新たなコミュニケーション障害が起こり,障害者にとって不利な状況が生まれないように,障害者にとってのネットワークを利用したコミュニケーションの方法について模索していく必要がある。このときに,障害者だけの閉じられた方法を考えていくのではなく,一般的な利用形態,手段を使いながら障害者の利用についても考えていくことが重要である。それは,ともすれば障害者は特別扱いされ,障害を持っていない側から「自分たちとは関係がない世界だ」ととらえられがちになるからである。しかし現実には同じ世界で生きているのであり,相互にコミュニケーションを図っていく必要がある。障害者対健常者という図式をなくすためにも,同じネットワーク上でコミュニケーションを図ることができるように考えていくことが重要であり,障害者に対する配慮を求めていく必要がある。

 現在のネットワーク上でのコミュニケーション手段としては,電子メールが中心となっている。障害者の利用を考えると現在では知的障害者が利用できるメーラについてはほとんど見られない。このため早急に障害者が利用できるメーラの開発が望まれているが,その他のコミュニケーション手段についても模索していく必要がある。

6.2 電子メールについて

 電子メールについては,パソコン通信が全盛の時代から使われており,現在では携帯電話やPHSからも利用できるようになっている。パソコン通信でのメールは,その閉じられたネットワーク内での利用であったが,各社メールの相互乗り入れが始まり,現在はインターネットメールとして利用されている。また携帯・PHSのメール機能についても各社独自仕様のメールからインターネットメールへと主流が移っていく状勢である。このことは,必ずしもメールを利用するためにパソコンを必要とするものではないことを示している。

 今後はパソコンによるインターネットの利用から,他の手段を使っての利用が考えられている。テレビを使ったブラウジングやPDAなどの専用端末を使ったメールの利用などは,すでに現実に行われている。メールの利用ということであれば,障害者が利用できるメール端末というものも今後開発されてくることは考えられるであろう。視覚障害や肢体不自由については機器の操作性が問題になることが多く,そのために操作性に配慮した機器の開発として,メール端末は一つの手段となり得る。

 知的障害については,言語によるコミュニケーションについて配慮する必要があることは述べたが,今後は言語によらないコミュニケーションについても模索していく必要があろう。その一つとして,シンボルを使ったコミュニケーションが考えられる。知的障害の場合,抽象的な文字の理解よりも,より具体的なシンボル(絵,図)を使った理解の方が優れており,シンボルコミュニケーションの有効性については明らかにされてきている。シンボルを選択して自分が伝えたいことを示した後,送り先を指定するだけで相手にそのシンボルが送られるようなシステムについては今後開発を検討していくことが必要であるが,このようなシステムについては必ずしもパソコンだけとは限らない。選択肢として,パソコンのソフトによる提供,専用端末の開発,WEBでの提供,またそれらの組合せなどが考えられる。

 最近ではメールアカウントをフリーで提供しているところがあるが,それらはPOPを使ったメールサービスを行うよりもWEBを使ったメールについてサービスを行っているところが多くみられる。メーラではなくブラウザを使ってのメールの利用ということになるが,使用するソフトが1つでよいという反面,速度の問題やそれに付随して料金の問題,また既に受け取っているメールを読むためにも接続する必要があること等の問題があげられる。今後,回線速度の高速化や低料金化,無線化などが進めば,データを手元に保管しておく必要が薄れてくるため,これらWEBでのメールサービスの利用が増えていくことが予想される。

 これらWEBメールの利用についても,シンボルを使ったメールサービスが考えられる。利点としては,データをWEB上に持つため端末の能力を要求しないこと,個々のニーズに対してはプロファイルを設定することで対応できることが予想されること,機器の操作性については端末の仕様にゆだねられるため幅広い障害に対応可能なこと,などが挙げられよう。WEBメールへの入り口を複数用意することで,個々の障害状況に応じたインターフェイスへの対応が考えられる。(図6.1にWEBのインターフェイス概念を示す。)

図6.1 WEBのインターフェイス

6.3 ネットワーク上での利用環境の提供について

 今まではパソコンやネットワークを利用するための手段の確保に主眼がおかれていた向きもあるが,今後は利用する環境をいかに提供していくかが重要なものとなってくる。結局,道具としてのソフトを用意することだけではなく,その使い方を学習する場が提供されないと,その後の利用までには至らないからである。

 これまでメールによるコミュニケーションについて述べてきたが,メールは基本的には1対1の手段である。しかし現在の障害者を取り巻くネットワークに関する状況では,今までネットワークを利用したことがない,または回りに使っている人がいない,といったことが多く見受けられる。障害を持っている人の場合,社会参加の機会が少なく友人とのつきあいも狭いことが予想され,メールを使うとしても,送る相手がいないという状況に陥ってしまうことがある。そのような場合には,メールボランティアとして話し相手を見つけることも一つではあるが,1対1から1対複数へのコミュニケーションを図っていくことが大切ではないだろうか。またそのようなコミュニケーションの場を設定することで,利用についての学習を進めていくことができるであろうし,また利用についてのフォローをネット上で行っていくことも可能であろう。その方法としては,メールを使ったメーリングリストの利用や,掲示板の利用などが考えられる。

 メーリングリストは,複数の人が投稿したメールが配信されることで成立しているコミュニティであるが,学校の教育活動としてメーリングリストを利用して他の人たちとのコミュニケーションを図っていくことは,卒業後のネットワーク社会でのコミュニケーションの学習という意味合いも持っている。また掲示板などの利用なども考えられるが,その場合,一般に掲示板は公開されていることが多いので,パスワードが必要な会員制の掲示板を利用するなど,生徒のプライバシーに配慮したものを用意する必要がある。これは,まだ今の社会が障害を持っているということを公開することが,本人の不利益となる可能性があるということを否定できないからである。学校教育として行うためには,これらプライバシーの問題を軽視することはできない。場合によっては,First Classのような電子会議システムを利用することも考えられよう。

 ただ,どのような活用の場を作っていくにしろ,そのコミュニティが障害を持っている子どもたちにとって使いやすいものであるだけでなく,やってみよう,参加しよう,とやる気を起こさせるような雰囲気を持っていることが大切なことではないだろうか。ある意味では,操作性よりも重要視されてもよいのではないかと思う。障害を持っているがゆえに,子どもたちは失敗の経験を積んできていることが多く,また失敗することに不安な気持ちを持っていることが多い。ともすれば,また失敗するのではないかという気持ちは,新しいことにチャレンジすることをためらわせてしまう。そのような気持ちを持っている子どもたちが受容されるような雰囲気作りが大切で,その中で多くの人と接することで,いろんなことを学習できるようなコミュニティに育てていくことが必要である。それはまた,障害の有無に関わらずネット上で活動する場を提供する上で一番求められていることではないだろうか。

 このことを実現するためには,そのコミュニティの維持を図っていくメンバーが,どのような意図を持ち雰囲気をねらっていくのか,つねに考えていく姿勢を持っていることが大切であり,また子どもたちが自由にのびのびと参加することができる雰囲気を持ったコミュニティは,その雰囲気や活動を維持するためにたくさんの意見の交換や,子どもたちの活動を支えるための話し合いなどがなされる必要がある。その手段としてもネットが活躍するであろう。

 ある養護学校の生徒で,障害の状態が進行したため音声によるコミュニケーションがとれなくなった生徒がおり,その生徒に対して病院から1点スイッチでの入力が可能なパソコンが貸し出された。しかしこのパソコンは本人にとって使いやすくなかったようで,使われることはほとんどなかった。保護者が学校に相談にこられた時に,スイッチは本人にあわせて作ること,パソコンのセッティングをするために自宅に訪問することを伝え,ほぼ同じ構成の機材ではあるが,親指で操作できるスイッチを製作しパソコンにはインターネット接続の設定をして持ち込んだ。ベッド上からよく見えるようにモニターを配置しスイッチというインターフェイスを工夫するだけで本人はさわろうとする気持ちがでてきたようで,それからしばらくはパソコンをよく使うようになった。しかしホームページをみたり日記などを書いたりすることは,長くは続かなかった。

 彼がまたパソコンを使い始めたのは,滋賀大学附属養護学校が中心となって活動しているチャレンジキッズ(注1)に参加するようになってからである。チャレンジキッズは前述のFirst Classを使ってインターネット上に構築された会議システムで,全国の養護学校や特殊学級の児童生徒が参加しているコミュニティである。ここに参加している子どもたちの発言は支持的なものであり,失敗をおそれることなく参加できる雰囲気を持っていた。彼は自分の障害を気にすることなく,また参加に対しても強制されることなく,自分のスタンスで気持ちよく参加することができた。特に多く発言をしたわけではないが,会議室での会話を楽しんでみていたようである。

 本人のやる気を引き出すためには,スイッチなどインターフェイスの操作性だったり,ソフトの操作上の仕様としての使いやすさや親しみやすさだったり,活動の場として提供された環境が持つ雰囲気だったり,いろいろな要因がある。このケースは,操作環境を整えることでやる気がでてきたがそれだけでは不十分で,ネット上で主体的に参加することができる場を得たことで意欲が続いたことを示す典型的な例だといえよう。

注1 佐藤尚武,成田滋,吉田昌義 編

   教室からのインターネットと挑戦者たち−チャレンジキッズによる出合い・学び−

   北大路書房 1999年 ISBN4-7628-2133-0

7.研究のまとめと今後の課題

 本稿で述べられたように,試作されたキッズメールは,多くの学校で好意を持って受け止められた。

 コミュニケーションを広げる指導は,今回研究に協力いただいた各先生方もその重要性を認めていた。しかし,現在一般的になっているメーラソフトは,知的な障害や運動機能の障害を併せもつ子どもたちにとっては使い勝手の上で問題が多く,適切な指導の方策がなかったため,今回の研究の主旨や試作メールソフトが歓迎されたものと考えられる。こうして,我々の取り組んできた仮説と理念は多くの先生方から支持されたと言うことができよう。

 しかし実際に試用した限りにおいては,その個々の対象児の特性や担当した先生方の指導の意図が多様であるため,さまざまな課題や要望も寄せられた。こうした貴重な意見は,本ソフトウェアが今後より洗練され,各学校での活用に供されるようになるために大いに役立つと考えられる。

 もとより本ソフトウェアは,可能な限り機能を絞って簡便な操作にし,操作の関連理解や運動機能に障害のある子どもたちにも利用できるように,機能を精選して制作されている。したがって,あまり多様な機能を要求しては,本来の簡便性が崩れてしまうといったジレンマがある。子どもたちにとっての使い勝手をよくする意図で付加されたいくつかの機能や配慮は,逆に操作性を悪くしたり,子どもによってはかえって操作する意図を混乱させることも分かった。ただし,それらは一般化できるものではなく,対象児個々の特性によるものと考えられる。重複障害といっても実態は多様であり,その支援方策も単一のもので類型化することができないと言うのも,以前の研究で確認されていたが,まさしく実証研究によって確認されたと言ってよい。

各学校の先生方から機能の付加の要望が出てきたと言うことから考えられるのは,本ソフトウェアがいかにシンプルな操作を目指したかといった,コンセプトを明確に説明する必要もあったということである。しかし,実際に学校現場で利用する際には,多様なニーズも想定されることから,取り入れることが可能な機能はモジュールのようにして組み合わせ,シンプルながらもカスタマイズできる機能も検討する必要があると考えられる。

 こうした一連の研究でまた明らかになってきたことは,知的な障害や運動機能に障害のある子どもたちにとって,ネットワークを活用したコミュニケーションはやはり大きな意義をもっていると期待されているということであった。これまで適切な方策やツールがないためにできずにいた,こうした一連の学習が今後展開されるにあたって,今回試作されたソフトウェアが一つの契機となり,多くの研究や実践がなされることを期待する。

 おわりに,今回の実践研究において積極的に協力いただいた各学校の先生方と生徒諸君に深く感謝する。


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