インターネット利用で豊かな心を伝え広げ合う電子絵本協同編集会議室の設計と運用研究
〜総合的な学習「オオサンショウウオ保護啓発プロジェクト」を通して〜

 

中学校第1学年・総合的な学習の時間
岡山大学教育学部附属中学校 藤本 義博

キーワード 
中学校,総合的な学習の時間,インターネット,ネットミーティング,環境,交流,協同学習,絵本,異年齢,異校種,異地域,特別天然記念物,絶滅危惧種,貢献・寄与


インターネット利用の意図
 子供たちをとりまく環境は,携帯電話やインターネット等の通信系マルチメディアの技術発展に伴い,情報化社会のめざましい変革を続けている。こうした中で,子供達は氾濫する情報に流されて被害者となったり,誹謗・中傷等の電子メールを無感覚に送りつける加害者となるなど,情報化社会の歪みが日に日に増していることが懸念される。そこで,めざましい発展を続ける情報機器が心を伝え,心を広げる重要な道具であることを実感できる体験を十分に積ませながら,よりよいインターネット利用の仕方を学ばせたいと考えている。

 
1 単元名 「オオサンショウウオ保護の心を伝える絵本を作ろう」
(1)これまでの研究の経過
 国の特別天然記念物オオサンショウウオは,昭和2年に岡山県の北部が特別天然記念物生息保護区として文化庁より指定され保護されてきたにも拘わらず,この40年ほどで急激に減少し平成7年には環境庁より絶滅危惧種に指定された。そこで本校では,平成11年7月よりEスクエアプロジェクトの研究助成を受けて,オオサンショウウオ保護啓発のための小学生向け視聴覚教材開発を行う学習に取り組んだ。この学習の中で生徒は,オオサンショウウオの生態や生息環境について,岡山県教育庁文化課編集の「オオサンショウウオ緊急報告」等の文献やインターネット,NHK番組で調べたり,生息指定地となっている岡山県北部の町村に実態調査を目的に生徒とともに出かけたり,岡山大学の動物学研究者に取材したりした。さらに,川の環境学習を行っている小学校や,オオサンショウウオ生息指定地内の小学校との交流学習を平成11年7月より開始した。この交流学習では,インターネットの電子メールやテレビ電話会議を通して,それぞれの学校近くの川の生き物についての情報交換やオオサンショウウオ保護を訴える看板作りを行ったりと,環境交流学習のネットワークが整ってきた。一方,保護教材開発の過程で,交流を行った小学生から得た反応や評価が,教材の見直しや修正を促す成果もあったが,小学生は中学生から一方的に学ぶだけという関係でしかなかったことが反省としてあがった。
図1 電子絵本協同編集会議室
(2) 本年度のねらい
 オオサンショウウオ保護啓発を促す電子絵本を,インターネット上に仮想の編集会議室を設置して共同作業を行う。インターネット上での電子絵本編集作業行程は,メーリングリスト活用による編集方針会議と役割分担の後,協同で編集・校正していく。本研究の目的は,この仮想編集会議室にメッセージングソフトを導入して,マネージャー(WindowsNTサーバー機)にアップした原稿のサイトにアクセスしている小学生や中学生どうしがチャット画面で会議を行えたり,また,原稿ファイルの転送,回収を行うことのできるリモートコミュニケーションの構築等を試行錯誤しながら,ネット上での編集・校正作業に適した設計と運用方法を明らかにすることである。さらに,オオサンショウウオの生態や生活環境の文献検索および河川における実態調査の方法を身につけたり,生徒が現実の環境問題に対峙することにより切実感のある自らの課題作りや主体的・創造的な学び方を修得させることにある。また,異年齢・異地域間の環境交流学習を設計し,年齢や地域による認識の違いや人と自然との共生の考えや価値観の違いに気づき,自然や社会事象に対する見方,考え方を深めたり,インターネット利用による協同作業が豊かな心を伝え合い,広げ合うことを実感して適切な情報理解を行うことを目的とする。
(3)電子絵本編集会議室参加者および研究協力者
本校生徒:総合的な学習の時間プロジェクト学習「オオサンショウウオ保護啓発プロジェクト」第1学年26名
協力校:岡山大学教育学部附属小学校3年生は組36名,
    岡山大学教育学部附属幼稚園児35名
吉岡 勉 附属小学校教諭,総合的な学習の時間開発委員委員長,小中の連携,児童の環境学習,交流学習指導
平松 茂 岡山県情報教育センター指導主事,プロジェクト学習の指導助言
上島孝久 岡山大学教育学部教授,動物学者の立場からの指導助言
(4)実施環境
 仮想編集会議室にマイクロソフト社のネットミーティングを導入して,マネージャー(WindowsNTサーバー機)に,アップした原稿のサイトにアクセスしている学校の子供たちどうしがチャット画面で会議を行えたり,電子ボードで図を示しあったり,さらにファイル転送を利用して,マネージャーとエージェント(各学校の端末)間で原稿ファイルの転送,回収を行うことのできる環境を整える。
マネージャー機:WindowsNTサーバー,CPU(PentiumV800MHz),メモリ(256Mバイト)
エージェント機:CPU(PentiumV733MHz),メモリ(128Mバイト),キャプチャーボード(アルファデータAD-KP302)
ネット環境:128kbps,10BASE-T
 
2 電子絵本編集会議室の構想と研究授業
図2 電子絵本の例
(1) 指導の考え方
 電子絵本編集会議室の目的は,オオサンショウウオ保護啓発にあるが,その目的を達成する過程で,オオサンショウウオの生態や生活環境の文献および実態調査の方法を身につけさせたり,小学生と協同で絵本の制作,編集を行う中で絵本の評価を得ながらよりよいものを創造する能力態度を育成する。この絵本の制作・編集の際にはインターネットのネット−ミーティングを活用しながら進めたい。
(2) 生徒の実態
 本校の総合的な学習の時間の取り組みは,平成12年度第1学年から始まった。本プロジェクトを履修した26名の生徒は,動物や植物が好きで,地球環境問題に危機感を覚え,自然環境とその問題に対する取り組みに高い使命感を持っている。しかし,自分の考えを他の人に伝えたり,意見を聞いたり,話し合ったりというコミュニケーションに関しては消極的である。そこで,オオサンショウウオの保護啓発のための幼児用・小学生用絵本を制作する過程で,電子メールやネットミーティングなどのオンラインでの交流や直接学校を訪問しあったりして可能な限り交流学習を行いながら,コミュニケーションの重要性を見いだし,オオサンショウウオ保護のために積極的に交流しようとする生徒を育成したい。
(3)指導計画
活動段階
(時間)
学習活動とインターネットの関わり
 
@目的設定
(2)
 
第1次「オオサンショウウオを知ろう」
 文献,インターネット,ビデオ,NHK放送教材で調べたり,研究者から直接お話を伺って国の特別天然記念物オオサンショウウオについて知る。
@計画
(2)
 
第2次「絵本制作の計画をたてよう」
 興味や問題意識をもって具体的な絵本のテーマ(絵本で伝えたい内容と心・気持ち)を作る。
B探究活動
(4)



 
第3次「保護啓発のための資料を集めよう」
 自らの絵本のテーマにそって,対象年齢を設定し,わかりやすく興味をもてる表現のあり方を市販の絵本等から学び取る。文献,インターネット,ビデオ,NHK放送教材で調べたり,研究者の方に取材したり,野外調査を行ってオオサンショウウオや絵本作りに関係していることについてさらに深める。
C表現活動
交流活動
(12〜)
 
第4次「小学生と交流学習を行いながら絵本を作ろう」
 川についての環境学習を行っている学校とインターネットの電子メールで交流学習を行いながら,インターネット上に設置した仮想の編集会議室を活用して,協同で電子絵本を制作していく。
D交流活動
貢献・寄与
(6)


 
第5次「完成した絵本を送ろう,ホームページで保護をよびかけよう」
 協同で創作した電子絵本を保護区の学校へ送ったり,Webページで保護をよびかけたりする。1年間の電子絵本創作の体験を一人一人研究レポートにまとめたり,完成した電子絵本を教育委員会や教育センターの視聴覚ライブラリーに登録していただいて環境学習を行う学校に還元したり,放送局や新聞社等のメディアを利用して社会一般にも保護を呼びかける。

図3 ネットミーティングのようす 図4 児童に絵本を読んで聞かせる生徒
 
(4) 研究授業案 (第4次1時)
本時の
ねらい

 
○ インターネットのネットミーティングを利用して,附属小学校3年は組の児童36名に,特別天然記念物オオサンショウウオの絵本作りを紹介するオンライン交流を行い,絵本作りのために参考になった小学生の反応を例をあげて説明できる。
○ 小学生と協同で絵本作りをすることの意欲を高めることができる。
学習活動 指導上の留意点 備考
1.交流学習のあいさつを行う。




2.児童にオオサンショウウオを紹介するとともに,本時の交流学習の目的を確認し合う。

3.制作途中の絵本を1枚づつ紹介し,児童の質問に答えたり,感想をまとめる。

4.附属小学校の児童が学んだことや興味関心がわいたこと疑問,感想などの発表を聞き,訪問児童との別れのあいさつをする。

5.絵本作りのために参考になった小学生の反応を発表し合い,まとめを行う。
 
1.ネットミーティングでお互いにあいさつをし合う。
 ・ 授業前に交流会場のコンピュータや電話等の機器の準備を確認  しておく。
 ・ 授業前後の自分自身の変容に気づくために,授業  前に事前の気持ちをノートしておく。

2.岡山県庁文化課に保護飼育許可済みのオオサンショウウオを交流 の児童に紹介して,オオサンショウウオに対する興味関心を高める とともに,感想を簡単に聞いてリサーチする。
 ・ 制作途中のオオサンショウウオの絵本についての感想や改善点  を指摘するモニターとしての役割を附属小学校の児童に説明する。

3.あらかじめ本校のWebページの電子編集会議室に制作中の絵本を掲載しておき,互いに同じ電子編集会議室の絵本を閲覧しながら,ネットミーティングする。
 

4.小学校の担任教師の司会のもとに本時の学習で学んだことを発表させる。
 ・ 小学校の総合的な学習で取り組んでいる生き物の学習に関係し ていることを発表させ,絶滅の危機は野生生物共通の課題であるこ とに気づかせる。
 ・ 今後は協同で絵本作りをすることを提案した後,お別れのあいさつを生徒の司会進行で行う。

5.児童に,制作意図がどの程度伝わったか,また改善をどのようにしていくのか簡単に発表させる。
 ・ 生徒一人一人に絵本作りの今後の計画を簡単に紹介させる。
 ・ 授業後の気持ちをノートし,授業前後の自分自身の  変容を発表させ,今後の意欲を高める。
ネットミーティング可能なコンピュータ
電話
オオサンショウウオ
事前ポートフォリオ






Web上の編集会議室











事後ポートフォリオ


 

3 ネットミーティングでの児童・生徒の反応
(1)児童(小学3年生)の反応
@オオサンショウウオ保護について
「いままでずっとオオサンショウウオがそんなに困っているとは思っていませんでした。これからオオサンショウウオを守っていきたいと思っています。」「人間が自然にそんなに迷惑をかけていたなんて知りませんでした。」「ぼくもオオサンショウウオを守りたいです。」
A中学生との交流について
 「絵だけでもすごいと思いました。(中学生と)友達になってみたいと思うし,いっしょに遊んだり勉強したいと思います。」
(2)生徒(中学1年生)の反応
@インターネットを利用した交流での生徒が指摘した留意点
・ていねいに伝える。 ・的確に答える。 ・口々に伝えない。 ・親切にふるまう。
・大きな声ではっきりいう。 ・相手に伝わったかどうか確認する。 
A今後の絵本作りで参考になったと生徒が指摘した留意点
・絵本の絵は細かいところまで気をつかって描く。例えば前足,後足の指の数など。
・水の中であることがわかるように色使いも気をつけて描く。
・読めない漢字や実物ではない誇張表現の使い方に気をつける。 
 
4 成果と課題
 小学生は中学生と一緒にオオサンショウウオを守るために絵本作りをしたいという気持ちを高めるとともに,中学生は,「小学3年生でも意外にするどくポイントを指摘するのでびっくりした。オオサンショウウオのことをよくわかってもらうように一緒にがんばりたい。」と想像した以上に的確な指摘や感想を返してる児童に感嘆すると同時に絵本作りの意欲をいっそう喚起することができ,インターネットを利用した絵本作りの協同学習の手応えをつかむことができた。しかし,現環境では,ネットミーティングに必要な通信速度が得られないため,音声は電話回線を併用するなど環境整備の面で障害が多い。今後は,通信速度の改善をはかりつつ,誰でも手軽に利用できる編集会議室の構築にあたりたい。
   ワンポイントアドバイス
 オオサンショウウオは,体長1m,なかには1.5mにも達する世界最大の両生類である。生きた化石といわれ学術的にも貴重な生き物であるために,昭和2年に岡山県の北部が生息地として特別天然記念物に指定された。さらに,オオサンショウウオ自体も昭和26年に天然記念物,昭和27年には特別天然記念物に指定されており,飼育することも実際の河川で捕獲することも一般にはできない。本実践の電子編集会議室の設計理念を参考にしていただければ幸いである。