地域の人材をネットワークで結んで、教科の学習に生かす

−映像表現に関する授業に生かす(音楽科、美術科)−

執筆者:山口大学教育学部附属山口中学校 美術科教諭 高下正明
ホームページ:www.ymg.ed.jp/~yamaguchi-j/
E-mailwtakashi@yamaguchi-j.ymg.ed.jp

キーワード:中学校、2年、美術科/映像表現、地域の人材、メディア・リテラシー



インターネット利用の意図

 本校での「映像表現に関する学習」は、音楽科と美術科が協力して、合科的な学習として行っているが、映像表現に関する学習指導方法についてはまだまだ研究不足の面が多く、生徒が出してくる様々な要望に十分応えきれない。
そこで私たちは、映像関係の仕事にたずさわっているプロの方を授業に招き、具体的なアドバイスをいただく機会を学習計画に組んできた。しかしこの支援も、実際に生徒が制作している場面で行わなくては、なかなか効果があがらない。
そこで、学習中に、映像表現の技法について疑問に思ったことをインターネットで調べたり、あるいは映像関係の団体の方に電子メールで問い合わせたりできれば、「知りたいときに、調べられる」学習が可能になるのではないかと考えた。
インターネットには映像表現に関する情報を提供しているサイトもある。今回は特にNHKの「しらべてまとめて伝えよう」のサイトや、地元山口市の市民グループ「YVEC」のサイトを利用して、映像表現の初心者である生徒たちの学習支援ができないかと考え、この企画を設定した。映像作品をつくるための様々な技法を紹介してくれるサイトを利用したり、地域の人材が立ち上げているサイトと結び付けたりして、教科の学習をより豊かなものにできるのではないかと思う。

1 「映像表現にチャレンジ」−メッセージ・ビデオの制作−

(1)ねらい
映画やテレビドラマをはじめゲームや報道などに使われる「映像」は、私たちの生活の中で、喜びや感動を与えてくれるものであり、同時に知識をやりとりし、コミュニケーションをとるための表現として重要な位置を占めるようになってきた。
映像は、その場面の設定で見る人に「いつ、どこで、誰が」という状況を伝え、画面の構成で心理状態を伝え、カットやシーンなどを時間的に構成することで筋道を論理的に説明することができる。映像は、作者が意図的に組み立てていくことによって、作品の中に様々なメッセージを埋め込むことができ、コミュニケーションの有力な手段として扱えるのである。そこで、今後映像を使った情報発信が増えるであろうことを考えれば、映像表現に関する技法や考え方を習得することはとても意味のあることだと考える。
また一方で、映像が影響力の強い表現手段であるだけに、インターネットにおける情報と同様、その内容に対する的確な判断力を育てることも重要な点である。具体的には次のようなことである。
映画やテレビドラマなどの映像は、制作するものの意図(脚色や演出)に従って、画面に登場するもののほとんどが設定されている。つまり見る人が不自然さを感じずその世界に没頭できるように、相応のリアリティをもって、つくられているのだ。まったくのフィクションであっても幼い心には現実のように感じられることもあるだろう。さてノンフィクションである事件報道の映像においても、映っているのはカメラマンの主観によって切り取られた現実であり、解説文や音楽によって制作者の「伝えたい」解釈に沿った事実に脚色されていると考えるべきである。報道されている映像が、事実のごく一部であったり、作為がなくても事実が曲解されていたりすることもあり得ることで、テレビやインターネットで流される情報を単純に鵜呑みにすることには注意を払わなくてはいけない。このような事柄に関する学習を、「メディア・リテラシーの学習」と言う。そして、メディア・リテラシー学習の先進国であるカナダなどでの実践によれば、具体的に映像作品を制作する体験を持つことがメディア・リテラシーを行う上で最も有効な方法であるとされている。
以上のことから、「映像に関する学習」を行う理由として、次の事柄が考えられる。
視点1 映像を使って自分の思いや主張を表現する手法を学ばせる。
視点2 制作に関わる機材の使い方や、取材や編集に関わる技術を習得させる。

視点3 メディア・リテラシーの立場から映像表現をとらえさせる。

そこで美術科での映像に関する学習を次のように考えた。
○ 生徒は、映像表現に強い意欲を持っており、映像で表現する力を確かなものにしたいと思っている。
映像を扱った学習に対する生徒の興味・関心はとても高い。生徒たちはビデオカメラを持った途端に自分の身辺の人やものを収録し、その映像を友だちとともに楽しんで観る。テレビ番組やゲームや映画などの真似事をしながら撮影し、面白い映像が撮れていれば大きな声で喜ぶ。その生徒なりにかっこいいと思う場面やおもしろい場面、ロマンチックな場面などのイメージを持っているようだ。しかし、制作を進めるうちに、行き詰まる生徒も増えてくる。最初はただ撮影するだけで面白かったが、作品を制作するということになると自分の表現する力に不安を覚えるようだ。自分の思うように画面を作ることができなかったり、自分の撮影した画面がつまらないものに思えたりするからだ。生徒は、撮影に慣れてくるとより説得力のある映像表現が欲しくなり、そのために自分の映像で表現する力を確かなものにしたいと思うようになる。
○ 自分の気持ちや考えに合う映像表現のし方を工夫し試行錯誤する活動が、映像で表現する力を育てる。
本単元では、「学級(仲間)」をテーマとして、日常の学校生活の中から一場面を画面として切り取り、それを組み合わせて短い映像作品「メッセージ・ビデオ」を制作させる。「メッセージ・ビデオ」としたのは、生徒が自分の気持ちや考えを表現する活動にしたいと考えたからだ。日ごろ見慣れている学校での生活の中でテーマに合う映像表現の題材を探し、自分の伝えたいイメージを考えながら映像としてビデオに納める。また、いくつかの映像を組み合わせ、編集していく作業では、自分の表したいイメージを試行錯誤の中から探し出すことになるだろう。そのような活動をとおして、生徒たちの映像で表現する力を育てることができる素材である。
○ 様々な作品の鑑賞と、制作過程での話し合いや試行錯誤をとおして、自分の表現を求めさせたい。
題材を選ぶ眼や、画面の切り取り方が様々にあることを理解させ、自分のイメージに合ったやりかたを、試行錯誤をとおして考えさせたい。具体的には次のような工夫をする。
    1. 作品は30秒までの短いものとする。映像には特別な演技や言葉による説明・テロップは添えない。

    2. 「メッセージ・ビデオ」の参考例(作家が制作した作品や過去の生徒の参考作品)を鑑賞させる。

    3. ビデオカメラの撮り方などがインターネット上の放送局主催ホームページでも公開されているので、参考にさせる。

    4. 映像表現に対する感性を鍛えさせるために、小グループで短い場面をいくつも撮影しながら、題材の選び方や画面の切り取り方について数多く話し合わせる。

    5. 撮影のし方について、市民グループ「YVEC」などにも質問したり、プロの方からアドバイスをいただいたりする。

    6. 撮影した作品を他のグループにも公開し、作品に込めた思いを発表させ、批評や意見などを求める機会を設ける。単元の最後には作品の鑑賞会を行う。
(2)指導目標
(3)利用場面

本単元では、映像表現に関わる考え方や機材の扱い方について、ネットワークやインターネットを利用して学ぶ機会を下のように設定した。

    1. 前年度の生徒が撮影したサンプル映像を、VODシステムを用いて鑑賞し、自分の制作の参考にする。(実際には転送速度の問題で、ファイルサーバを本校に持ち込んで実践することになった)

    2. 映像表現において、主題の設定のし方や取材の方向性の決め方など、撮影前の準備段階について、NHKが運営しているサイトを参照しながら、学習していく。

    3. 最初の撮影の後に、質問に思うことを、地元山口市の、映像を愛好する人たちの市民グループ「YVEC」のホームページにアクセスし、電子メールなどで質問する。

(4)利用環境
@ 使用機種 Apple iMac(MacOS) 16台
Apple PowerMacintosh 7500/100(MacOS)CPUはG3カード)4台
Apple PowerMacintoshG3(MacOS)(ファイルサーバ) 1台
A 周辺機器 Sony デジタルビデオカメラ 4台
Sony 8mmビデオカメラ  4台
Sony A/Dコンバーター   1台
Fuji デジタルカメラ 10台
Buffalo カードリーダー    1
B 稼働環境 情報資料室のiMacPowerMacintosh 7500/100PowerMacintosh G3は、全て100BASE-TXLANで結ばれ、AppleTalk及びTCP/IPでネットワーク接続されている。また、インターネットには、2Mbpsで接続されている。
C利用ソフト 
Apple QuickTime
Apple iMovie
Adobe Primere
*電子メールのアカウントは、「先進的教育用ネットワークモデル地域事業(通称「学校インターネット」)により、全生徒に付与されている。
2 指導計画

指導計画

留意点

@参考となる映像作品を鑑賞する。
★ネットワークの活用(学習の展開事例)
・前年度の生徒の映像(作品にまとめる前の、素材としての映像)を、VODシステムを使って鑑賞し、その良さや問題点について考えさせる。同時に映像表現の特徴を考えさせる。また、自分が制作するときに注意したい事柄を考えさせる。
A基本的な撮影方法とビデオカメラの使用法を習得する


★インターネットの活用

NHKの、「しらべてまとめて伝えよう」のサイトを参考に基本的な撮影方法や準備について学習させ、わかったことを発表させる。
・ビデオカメラの使用法について参考ビデオをもとに学習させる。
B編成したグループで最初の撮影をする。 ・まず自分の思い通りに撮影させてみる。
Cフレーミングやカメラアングルなどの表現技術を研究する。


★インターネットの活用

・疑問に思った事柄を映像愛好団体「YVEC」に、電子メールで問い合わせる。
・アドバイスを受けて撮影を行う。
D作品を制作し中間発表を行う。


・パソコンと映像編集ソフトを使って作品をまとめる。
・音楽を添付する。
E作品を完成させ作品鑑賞会を行う。


★ネットワークの活用

・完成した作品をサーバに蓄積し、各々の作品を鑑賞しあい、良い点などを認め合う。

3 学習の展開(本時の学習指導)
 本時は本単元の最初にあたり、前年度の映像素材を鑑賞する授業を行った時のものである。
(1) 主眼 前年度の映像資料を鑑賞し、自分の制作の参考になる表現の方法を学び取る。
(2) 授業の過程

学 習 活 動

活動への働きかけ

備考

@ 先輩の作品素材を全員で数点鑑賞する。

A 本時の学習内容の確認
@ 先輩の作品素材を紹介し、それぞれのよさを簡潔に述べる。



A 本時の学習内容を説明する。

 

コンピュータに大型テレビを接続し、資料を提示する。

 
 
 
ネットワークの活用
先輩の作品を鑑賞し、自分の制作の参考になる表現方法を見つけよう
B 先輩のうつした作品素材を鑑賞し、それぞれのよいところをみつけ、参考になる事柄を学習プリントにまとめる。
<鑑賞のポイント>
○題材の選び方でうまいなと感じたこと。
○画面の切り取り方でうまいなと感じたこと。
○その他に工夫されたところ。

B 前年度に制作された作品の素材映像をコンピュータで鑑賞させる。

・鑑賞の際の観点を示した上で、作品を鑑賞してよいと思ったことや気づきを学習プリントに記入するように指示する。


教室内を見てまわり、生徒とともに鑑賞し、特に意見の少ない生徒に対しては映像の見方を指導し、必要に応じてコメントを加える。

C 今後自分の作品を考える上で工夫のしどころを考える。
・これからの制作で考えていきたいことを学習プリントにまとめる。
・質問点や疑問点があれば教師に問う。技法について参考にしたいことがあればインターネット等を使って調べる。

D 参考になった表現方法や今後自分の制作で気をつけたい事柄について発表する。

E 次時の学習内容の確認
C 学習プリントに記入させる。
  • 生徒からの質問があればそれに答える。

 
 
D 数名の生徒に指名し意見を発表させ、生徒の活動を評価する。



 
E 次時は本時の学習をもとに作品を手直しすることを伝える。


 
 
 
 
 
インターネットの活用

4 成果と課題

 今回の実践は、映像表現に関する美術科の学習で、撮影のための知識や技術や考え方を知りたいとき、関係のWEBページから自分にとって必要な情報を得たり、あるいは電子メールを利用して学校外の専門家の方に相談したり、インターネットを活用して個別に学習を進めていく方法を研究するものであった。
撮影や編集の経験がほとんどない生徒ではあるが普段からテレビや映画で洗練された映像表現を身に浴びているために、個性的な表現を求める生徒は多い。しかし、前年度まで行ってきた映像表現に関する学習では一斉指導が中心で、生徒個々の要望に応じた十分な個別指導ができていなかった。そこで、個々の要望に応じた学習を支援するために、インターネットの活用を思い立ったのだ。
本年度は、NHKのサイトを利用したり、地元の映像愛好団体「YVEC」のサイトを利用し相談を持ちかけたりすることで、生徒の表現意図に即した個性的な映像の制作がかなり可能になったと思う。以下にネットワークやインターネットを利用しての成果を述べる。
    1. 年度の映像資料を15点以上準備して、ネットワークを利用して鑑賞した授業では、生徒が自分の興味や関心に応じて自由に参考作品を鑑賞することができ、当初の目的を達成できた。一斉指導型の鑑賞では、自分の見たいものやことがどうしても制約を受け、しかも自分の好みに応じた鑑賞は難しい。ファイルサーバから資料をいくつも読み出し、自分の気に入ったものをじっくりと鑑賞できるこのやり方は、映像表現を扱った学習にはふさわしいやり方だと思う。この授業では、大学のVOD(ビデオ・オン・デマンド)システムを利用する予定であったが、試行の結果、20台が同時にVODサーバにアクセスして動画データ(1MB程度)をどんどん取り出す作業は無理だと思われたので、授業を実施した同じ教室内にファイルサーバを用意してそこから読み出した。室内は100BASE-TXLANが構築されているため、かなり快適に資料を鑑賞できた。

    2. NHKのサイト「しらべてまとめて伝えよう」(http://www.nhk.or.jp/mia/)の内容は、基本的には総合的な学習の時間などでの調べ学習の成果を、家庭用ビデオ等でまとめて発表することを前提としてつくられている。ここでは企画の立て方や撮影の準備を学習することができた。本単元のねらいとは方向性が違うために、生徒にとっては少しややこしい内容となってしまったが、生徒はこのようなサイトを利用して映像表現の知識を得ることができることがわかった。このサイトではデジタルカメラやビデオカメラの映像を、相手にわかりやすく撮影するにはどうしたらよいか教えてくれる。その他、このサイト本来の目的である、調査のし方や、調査結果のまとめ方、そしてプレゼンテーションのし方、そして情報モラルまで、自学できるようになっている。

    3. 特に生徒が主題を深める時に、映像愛好団体「YVECYamaguchi Visual Entertainment Creators)」(http://www.yvec.tv/)の方々とのやりとりが有効であった。「それで、君は何が撮りたいの?」「何を表現したいの」「だったらこのように考えたら?」といった意見によって、「撮る価値があるか、撮った映像が相手にどのように伝わるのか」を十分に考えることができた。「何を撮りたいのか、それをどう伝えたいのか」によって撮り方が決まってくることを学ぶことができた。これまでは、「面白い映像がとれたらそれでよい」とか「なんとなくこれでいいんじゃないのか」で済ませてきた表現を、一歩も二歩も深めることができたように思う。また、生徒も教師も中途半端な表現と思っていた映像が、先方から「こんな発想はプロでもなかなかできないよ」「この部分がすごいよ」といわれたことによって、撮影の技術以上に発想力が大切なことを教えられた。

 今後の課題として次の事柄を考えている。
  1. 現在、山口大学との間に光ファイバーの敷設を要望している。これが実現すれば10MBbpsでの接続が可能になるので、VODシステムを利用することも考えられるようになるだろう。

  2. 映像表現に関する情報を扱っているサイトは増えてきている。ビデオカメラの撮影のし方やノンリニア編集のし方など、参考になる情報を取得する機会を、学習中に増やしていく必要があるだろう。

  3. 「地域の人材をネットワークで結ぶ」というテーマからすれば、今回はまだまだ不十分なものであった。電子メールで質問を送付することはよかったが、実際の機材や映像を前にせずに語ることでは、具体的な事柄が伝わりにくく、また生徒もうまく言葉にあらわせないことは、おざなりになりがちであった。結局直接的にお話しを伺うことが最も有効であったことを考えると、オンラインでのやりとりと、オフラインでのやりとりをうまくミックスさせる必要がある。


ワンポイントアドバイス
  1. 本校では昨年度からコンピュータ教室に限らず、特別教室や普通教室にインターネット端末が設置されるようになった。また、電子メールアドレスも生徒全員に付与した。おかげで、生徒がインターネットを使いたいと思うときに利用でき、教科学習などでも比較的自由に情報検索や調べ学習がしやすくなった。今後一層、教科での利用を促していきたい。むしろ、教科の学習等で頻繁に利用しないと、不正な使い方が増えたり、壊れたまま放置されるパソコンが増えたりするように思う。

  2. 「地域の人材をネットワークで結ぶ」ということで、市民グループ「YVEC」の方とは、インターネットをとおしてやりとりすることを主にする予定だった。しかし実践してみると、電子メールで話を積み重ねることはできても、細部にわたってのアドバイスはなかなかうまくいかず、結局、教師が「YVEC」の方に直接お会いして、話し合って指導方法を考えることが多くなってしまった。援助をいただく方とは事前に綿密に打ち合わせをして、双方の思いをすりあわせておくことが大切だと感じた(一方的にお願いするだけではだめだ)。そして、オンラインとオフライン両方の活動を、うまく取り合わせて計画することの必要性を強く感じた