筑波大学附属盲学校

1本校状況とネットワークの活用

1.本校の状況

  筑波大学附属盲学校では、100校プロジェクトへの参加によって初めて学校からインターネットへのアクセス手段を手にする事ができた。そして、この利用可能になったインターネット環境を多くの教員・生徒に活用しやすい環境へと拡張するために、校内ネットワークの整備計画を進めている。昨年度末には、学校の5分の2に当たる部分に校内ランを整備し、30台程度のコンピュータから校内ネットワークの利用とインターネットの利用が可能になった。予算の関係で、今年度はほとんど校内ネットワークの拡張を進める事はできなかったが、これまでに構築してきたネットワーク環境の利用状況は飛躍的に広がりつつある。現在ネットワーク端末は、生徒用・教員用としてそれぞれ2教室ずつに配置されている。生徒用としては、

  (1)展示を使用する生徒がアクセスするための環境すなわち音声合成装置や点字ディスプレイをインタフェースとして、ネットワークへアクセスするDOSベースの環境を整備した物8台

  (2)弱視の生徒がアクセスするための環境すなわち21インチディスプレイを接続して拡大表示を可能にするソフトウェアを組み込んだWindows95ベースの環境を整備した物8台を授業に利用し、空き時間には生徒に開放している。

  また、教員用としても、コンピュータ室を中心に上記2種類の環境を整えている。今年度は、このような環境の元で、新100校プロジェクトへ参加し、ネットワークの活用とそのあり方について取り組み、実践してきた。特に、

  (1)授業での取り組み。視覚障害は三つの大きな障害を引き起こすといわれており、その一つが情報障害で  ある。この障害の一部をネットワークを利用する事によって解消する事が可能となる。その基本的な技術を生徒たちにどのように身につけさせるか、特に授業の中でどのような指導を行う必要があるかなど。

  (2)校内研修会の開催。一人でも多くの教員がネットワークを利用し、ネットワークの現状を理解するとともに、ネットワーク社会のあり方を考える機会を共有する。さらに、すべての人が共有できるネットワーク社会をつくるために、そこでの視覚障害者の役割について考える機会を共有する。

  (3)研究への活用。

  (4)ホームページの作成、研究会での発表、その他。など重点的に取り組んできた。

 その結果、

  (1)生徒間(校内及び他校)のメールの交換が頻繁になり、生徒同士の情報交換だけで無く、生徒会活動への利用も活発になってきた。また、アメリカの視覚障害者の進学状況について、wwwを使って調べ、メールのやりとりを通して得た結果を進学の参考としている生徒も見られる。

  (2)国内外の専門的なメーリングリストへ参加する教員も増えてきた。など生徒・教員個人によるネットワークの活用も進みつつある。

2.授業での取り組み

  盲学校におけるネットワーク活用の重要な役割の一つに、視覚障害を持つ者がネットワークを利用する事で、障害のどの部分を補う事が可能か、その技術をどのように習得し日常生活の中に取り込み・活かしていく事ができるか等の一連の過程を明確にする事である。そして、教育課程の中にそれらを取り込み、視覚障害者がネットワーク社会の中で活躍できる力を育てる事である。視覚障害者がネットワークを使う事の重要性とその効果については、色々な所で強調されている。その多くは、「視覚障害者がネットワークを使う事で・・・ができるようになった。」という事が中心である。しかし「・・・ができるようになった」という事はその始まりであり、「できるようになった」事を、視覚障害者が社会の一員として、どのように活かして行くかが大きな課題である。本校では、その基礎的な技術をどのように身につけさせるかについて、情報処理の授業の中で、以下の事に取り組んできた。

  (1)メールの活用及びメーラーを利用するためのエディタの習得

  (2)ホームページの閲覧及び必要な情報の収集

  これらを指導するために点字使用者・普通文字使用者に適したソフトウェアを選び、生徒の状況に合わせて指導してきた。生徒たちの利用状況については、今の所特別な調査をしていないが、メールを手紙感覚で利用したり、卒業生との情報交換に利用したりしている場面がよく見られる。今年度は、生徒の状況に合わせた指導内容を考え、長期的な目標を明確にできないまま取り組まざるをえなかったが、来年度は、これまでの状況を整理して、年間指導内容・指導計画・指導方法など検討しまとめる必要性を感じている。

3.校内研修会の開催

  昨年度は、校内研修会として、メールの利用やホームページの閲覧について行った。しかし、ネットワークへ関心を向ける教員が少なかったり時間的制約のために十分な成果を上げたとは言えない。今年度は、昨年度同様の研修会を開くとともに、より広い角度からネットワーク社会を考え、視覚障害者もネットワーク社会の中で活躍できる環境を考えるために、研究部と合同で外部の講師による研修会を2度行った。第1回は、「コンピュータの発達と社会の変化」(東京大学坂村教授)、第2回は、「教育におけるコンピュータ・ネットワークの活用」(東京工業大学赤堀教授)という題目で、ここ230年間のコンピュータを中心とした社会の動きと教育の変化についての研修会を行った。来年度は、今年度までの基本的な知識を元に、「コンピュータの発達と視覚障害者教育の変化」などについてのより専門的な研修会を行っていく予定である。

4.研究への活用

  筑波大学学校教育部主催の附属学校間の研究の一つとして、「視覚障害を持つ生徒が一般高校で学習する場合の一般高校での配慮のあり方及び盲学校からの支援のあり方の研究」が4年間の計画で続けられており、今年度はその3年目に当たる。この研究は、以前なら盲学校へ進むしか選択の余地が無かった生徒が一般高校へ進むケースも多くなってきた現在、その教育方法の研究が少ない日本において重要な研究の一つと言える。また、文部省が全国の小中・高等学校にインターネットを引く計画を持っている状況を考え合わせると、この支援におけるネットワークの活用は重要な位置を占めると思われる。昨年度は、7月に1週間附属盲学校の生徒2名(点字使用)が附属高校で一緒に授業を受ける事を通して実践的研究を行った。その際不完全ではあったがインターネットの利用を試みていくつかの成果を上げる事ができた。今年度は、期間を1週間から2週間に伸ばし、点字使用の生徒1名・普通文字使用の生徒1名計2名の生徒が附属高校の授業に参加する事で研究を進めた。昨年に比べると、本校におけるネットワーク環境も大きく変わり、ネットワークを活用した多方面からの支援が考えられるが、今回は点訳ボランティアとの連絡・点訳データのやりとりに限って行った。協力を依頼した二つの点訳グループに対して、5月から6月にかけて、通信ソフトウェアのセットアップ・その使い方の講習会などを行い、ネットワークの利用方法を習得してもらった。この実践研究期間2週間を含む前後のボランティアとのやりとりは以下の通りである。

  (a)授業担当教員からの資料→(手渡し、fax)本校教員が点訳内容の検討→(手渡し、郵送、fax)点訳ボランティアが点訳→(ネットワーク)点訳データを本校へ電送→本校教員が点訳データを点字プリンタで印刷し生徒に渡す。

  (b)メールに利用して本校教員とボランティアとの連絡。

  さらに検討しなければ成らない点も多いが、ネットワークを利用する事によって、点訳データのやりとりに時間を必要としない事から、緊急の資料の点訳に有効であるばかりで無く、これまでに比べて点訳のための時間を有効に利用する事が可能になった。また、この研究を通して、ボランティア間・点訳依頼者とボランティア間のネットワーク利用が大幅に進んだ事も見逃せない事実である。このプロジェクト研究を支援するネットワークの役割については、他にも色々考えられ来年度へ向けて検討する必要がある。また、視覚障害者の学習環境や盲学校教育の一部を支えている点訳ボランティアによるネットワーク活用を支援していく事は、このプロジェクト研究を越えた一つの課題であり、本校の役割である。

5.研究会での発表

  毎年夏に開かれている「全国盲学校教育研究大会」で発表した。100校プロジェクトへ参加する事となった背景から、その後の経過・現状に至る過程について細かく報告した。(参考報告資料)さらに、その後の状況を加え、今年度の本校研究紀要へ投稿した。今後、各盲学校へもインターネットが設置される計画のある現状において、本校の持つ経験をどのように活かして行くか、その方法と実際について考えていく必要性を感じている。

2 新100校プロジェクトへ参加して

  100校プロジェクトの期間は、ネットワークの活用というよりは、校内におけるネットワークへのアクセス環境の整備及び学校全体におけるネットワークに対するコンセンサス作りに力を注がなければならない状況であった。新100校プロジェクトの1年間は、ある程度の環境も整い、その元でネットワークの活用実践に力を向ける事が可能となってきた。ネットワークの発達によって、活字を中心とした文化から電子データを中心とした文化へと変化しつつある。そしてこの変化は、視覚障害者にとって不可能と思われてきた多くの事を可能にしつつある。生徒たちの多くは、これまで読む事のできなかった新聞記事を新聞社のホームページを利用して読んでいる。これまで新聞という物の全体に触れた事の無い生徒たちにとって、またこれまで新聞が無いという世界に生きていた生徒たちにとって、この変化は重要な意味を持つ。単に新聞が読めるようになったという事実だけでは無く、活字文化の中に根付いている新聞の文化を初めて共有する事になるのである。これまで不可能とされていた事が可能となるという事は、単にそれができるようになるという事では無い。できるようになった結果その文化を共有するという事である。そして、その文化を視覚障害者全体に広げていくために果たさなければならない教育の役割は大きい。また、ハードウェア・ソフトウェアの進歩が早い今日、視覚に障害を持つ人たちに利用できるハードウェア・ソフトウェアの確保をどのようにしていくか、それらの指導をどのようにするか、さらに指導者をどのように育てていくかなど、視覚障害者がネットワーク社会に取り残されないように解決しなければならない問題もある。ネットワークの発達によって、人間社会の中に新しい文化が育ちつつある。すべての人がこの文化を共有し育てていく一員となるために、盲学校教育におけるネットワーク活用の重要性を再認識するとともに今後の教育活動の方向も見えてきた1年間であった。