5.4 数学における多解問題について

慶應義塾普通部 荒川 昭

5.4.1 概要

慶應義塾普通部では、通産省の100校プロジェクトに参加して、インターネットを使用できる環境がサーバー1台、クライアント1台専用線で接続された。1年目は海外とのメールの交換を中心であったが、参加2,3年目はインターネットの教科利用で「数学における多解問題」として2年間実践した。

 (1)きっかけ

   インターネットでの教科の活用方法を思案中のある時、数学の図形の授業で次のような問題を解いてもらった。

問題 星形五角形の角の和が180゜となる証明を考えよ。

三角形ADIを見ると、外角は内対角の和に等しいということを使って、図1より

∠a+∠d=∠i

次に三角形BEGを同様にして、

∠b+∠e=∠g

∠a+∠b+∠c+∠d+∠eの和が

三角形CGIの内角の和と等しくなるので180゜となる。

 図1.証明1

  星形五角形を斜線の三角形をかさねあわせて作ってみる。

図2より三角形に、五角形の1つの内角アと三角形2つの内角A,Cが含まれることになる。

同様に五角形の内角について考えると

∠A+∠C+∠ア=180度

∠B+∠D+∠イ=180度

∠C+∠E+∠ウ=180度

∠D+∠A+∠エ=180度

E+∠B+∠オ=180度
 図2.証明2

左辺の和 

2(∠A+∠B+∠C+∠D+∠E)+∠ア+∠イ+∠ウ+∠エ+∠オ=900度

  2(求めたい角度の和)+(五角形の内角の和)=900度

より 星形五角形の角の和=(900−540)/2=180度

同じ問題をいろいろな角度から考え、解答を発見し喜んで取り組んでいる様子や、1つの解き方に触発されて何通りもの解法を発見する生徒の姿をみた。これこそが日頃の授業では不足しているところで,自分自身で考えることの素晴らしさや発表することの大切さを実感した。既知の学習内容はわずかであるが、同じ規則を使って深く考え込んでいく大切さを感じた。このような取り組みをいろいろな学校で1つの問題をもとに考え,解法を交流しインターネットのインタラクティブな面も生かして新しい教科の授業活用にしようというのが出発点である。

(2)多解問題とは

・数学における多解問題

数学の問題は解が1つと思っている生徒も多いが、まず解法がたくさんある問題に取り組み、学校を超えて交流しよう。「数学における多解問題」ときめた。インターネット上での初めての試みであるので、問題のタイプを絞りすぎないためである。またコンテスト形式は正解がわかってしまうと興味が失われやすい。できるだけ解(解法)が1つではない問題を考えてもらい解法等のプロセスを学校間で交換しあう。

・数学がわかるとはなにか。相手を納得させる説得術

1つの問題をいろいろなアプローチをして考えると、本来の数学の自分で考える楽しさや、自分で考える大切さを実感する。自分の言葉で、低学年の子どもにわかるように既習事項を説明する。この過程において、表面的な理解ではなく自分の言葉で、本当の意味での数学の理解を促し、知識の定着を図ることができる。

・生徒自身にやる気をおこすには

大学生や社会人となった卒業生にあうと「もっとまじめに中学の時に数学をやっておけばよかったです。今大切なのは数学ですよ。」と文科系の卒業生にいわれる。今、教えている生徒にきくと、算数の四則計算は必要だが、関数や方程式などは大切なの?と思っている生徒は少なくない。受験勉強に必要だからとかではなく、数学が本当に必要だという実感する必要がある。そのために社会人の方の経験談を集め学習の動機づけにする。以上のことをインターネット上でおこなう。

具体的にはまず、問題を選定しインターネットのホームページ上に立ちあげ問題を公開する。それによって各自の学校、または個人で取り組み解答を送る。またWeb上に公開して意見交換をする。したがって今回のインターネット上の意見交換で大切なのは、正解を登録することではなくて、意見交換のなかで自分の考えを検討し、成長していくことである。

5.4.2 実施

(1)流れ

多解問題の募集…解が何通りかある問題を募集する。多解問題の選定
・生徒の考えた解き方を募集 生徒に多解問題を考えてもらい集約する
・ホームページに立ち上げ公表する。集まった解き方を整理しコメントをいれたホームページに立ち上げる。このときに生徒の感想や別解などを後で追加できるようにする。アクセスカウンターをつける。
・ホームページの更新 定期的にホームページの更新を行い反応を公表する。

(2)問題選定

  教科書の問題とは少し違う雰囲気にして、いろいろな分野で考えてみた。  

ねらいとしては、表面的な理解では説明しにくい問題を考え、単に数学的な知識を問う問題をいれない。

(3)参加校 今年度このプロジェクトに参加した学校名と代表の先生方。

岡崎市立甲山中学校     稲垣 祐嗣先生
岐阜県立海津北高校     水野 隆生先生
群馬県小野上中学校     上原 永護先生
天草郡大矢野町立湯島中学校 金井 義明先生
愛知県豊田工業高等学校   藤井 健二先生 

(4)問題

○1998を使って数を作る問題。解答を登録できる。
○1997を使って数を作る問題。
○星形五角形の角の和が180度になる証明。
○座標を使って絵を描こう。
○三角形の外角の二等分線は、対辺をその外角に隣り合う内角をはさむ2辺の比に外分する。
○虫食い算 問題募集 ○不等号 「3≧2」は正しいか?
○平面上の4つの点
○数 各位の数を二乗して和をとり、これによってでできた数で、またこの操作を繰り返す。
○展開図 立方体を切り開いて、展開図をつくりこれを短くする。
○碁石並べ
○計算の説明 
○分数の割り算がなぜ分母と分子をひっくり返すか。
○アキレスと亀 足の速いアキレスは、前にいる亀を追い抜けない。 この話は本当か?
○体験談 算数・数学が役に立った例
     どういうきっかけで得意になったか。 大切だと思うか。

など、「数学における多解問題について」のページ http://www.kf.keio.ac.jp

図3.多解問題ページ

図4.解答登録画面

図5.解答表示画面


5.4.3 効果と課題

(1)効果

生徒の感想をみると多解問題を取り組んだ価値があったと答えた生徒が多い。またインターネットを通じて、各学校の先生方と知り合えたことも私にとっても意味があった。これからのインターネット活用で生徒は、教員1人から学ぶのではなく、いろいろな人との交流を通して、成長していくのである。
生徒A:普段の授業は、先生が、生徒を教えるという一方通行的な感じだったが、これは生徒自身が考えることなので楽しさが増す。数学は生きていく上でかなり重要だと思っている。それは、人類が進歩したのは科学つまり数学的思考によるものである。今後、あらゆる分野において数学を使うものと思うので、これからもがんばって身に付けていきたい。
生徒B:多解問題は取り組むと当然、解がたくさんあるので、今まで一つの方向からしか見ることのできなかったものが、いろいろな方向から見ることができるようになり、柔軟な発想を生み出せるので良いと思う。数学がただ知識を詰め込むだけのものなら、特定の職業に就かない限り大切ではないと思えるが、実際は数学を学ぶことによって柔軟な発想が身に付くのだから、どんな職業についても、未来で何があっても数学は大切であると思う。
生徒C:僕は数学は嫌いだ、いや大嫌いだが、考え方を学んでいくためには、必要だと思う。実際にこの形では社会で役に立たないが、どう処置すべきかなどは数学の知識が生きてくると思う。たまには、与えられた計算をやるだけではなく、多解問題のように答えが一つじゃなく、考え方によっていろいろあるような問題をやれば、もっとみんなも数学が楽しくなり、自分から学ぼうとする意識が向上してくると僕は思う。
生徒D:数学,特に図形分野の方はとても大切である。これらの問題を解くには,ひらめきが必要である。このひらめきはどの教科でも養えるものではない。社会などはこのひらめきや考え方はつかないのである。この学問は考え方を養う学問であるのではないかと思う。この学問は,他の学問にも十分応用できるし,頭が柔らかくなるので大切だと思う。
生徒E:この問題を解くとき,いろいろな記号を使い,一つ作るとする。するとそれを応用して違う答えが幾つか出てくる。このように,一つの分かったことから,幾つも別のことが分かるような力が付くと思う。数学の大切さについては,例えば,日頃使う計算にも必要だが,他にもものを切り分けるときなどに使う考え方が養われるんだと思う。
生徒F:授業では問題の解き方,その理由などを学び,それを実際に役立ててみるということはあまりしない。が,今回のプロジェクトでは自分の持っている知識を使ったという実感があった。これからもこのような企画をするべきだと思う。これから情報化社会がますます進んでいくので,いろいろな性能,機能を持ったパソコンなどを開発する必要がある。そのためにも,数学が必要だと思う。
生徒G:定理のような昔の人が考え出したことを覚えるという決められたルールを学ぶのとは違い,自分で答えを考えいくつもの答えが出るので,発想力も身につけられる。そして初めて自分が結果を作り出していく力を養えると思う。また,考えを養う学問ということで大切な科目である。
生徒H:普段の授業ではそうならなければおかしいけれど、多解問題は本当にそうなるのかワクワクしながらできる。数学は大切であるかというと大切だと思う。それは、証明の場合いろいろなことを考えなければいけないので考える力が身に付くからです。ほかにもコンピュータを扱うときは理数の力が必要だからです。
生徒I:普段の授業と違い、とまどったこともあったけれど、難しければ難しいほど出来たときの喜びは大きくなる。多解問題は、この答えはこれ、というように答えが決まっていないので、他の人が自分と違う答えをしたときに、それを考えるという楽しみもある。この二つから生活していて実際に使わなかったとしても、他の人が解けない問題が解けたときの喜びがとても大きい。

(2)課題

・インフラの整備 教育現場でのインターネット環境の整備が進んできているが、まだまだ生徒にインターネット環境を自由に解放できる学校は多くない。

・数学の記述の問題 インターネットで解法を交換して検討する際に問題となるのは、数学記号の記述と図表などの取り込む作業の煩雑さである。問題や解法の図をスキャナーで読み込みGIFファイルに変換するという作業をしなければならない。

・情報の集約、プロジェクトの周知 サーチエンジンなどでホームページを公開されている先生方の情報が検索できる。個人の数学のホームページはJAVAscript、JAVAなどを使いかなり質のよいものが登録されてきている。

今後に大いに期待したい。

参考文献

○ネットワーク利用環境提供事業(100校プロジェクト)

平成8年度共同利用企画 数学における多解問題

     −選択授業と星型五角形と内角の和−