5.27 電子メールおよびWWWを利用した遠隔授業

富山県立大門高等学校 近岡 宣吉

5.27.1 概要

 本校は生徒のほとんどが進学を希望している普通科高校です。しかし近年、その進学意欲が高いにもかかわらず、自分では何を勉強すれば良いのかわからずに教師の指示を待つ生徒たちが増加してきました。そこで本校では自ら学ぶ力を育むために課題研究を授業に取りいれています。この一環として、平成7年度から電子メールを活用した遠隔指導を校外の方に依頼して実施してきました。今年度は電子メールの他にWebページも活用した遠隔指導を富山大学教育学部の山西教授にしていただきました。

5.27.2 これまでの流れ

 (1)課題研究

 本は普通科の中に情報コースを設置しています。この情報コース選択者を対象に、本格的な課題研究を平成6年度から取り入れてきました。ここでは研究活動を通して「主体的に取り組む姿勢」「じっくりと論理的に思考する力」を育て、また研究発表を通して「自己を表現する力」を養うことを目的としています。本校で行っている課題研究は以下のものがあります。

・2年情報コース課題研究(平成6年度より実施)  初年度のみ、一学期は化学を、二学期は数学をテーマに毎週放課後2時間以上かけて研究し発表しました。平成7年度以降は年間を通しての研究テーマは各班毎に一つに絞って毎週1時間かけて研究し発表しています。

・3年情報コース課題研究(平成7年度より実施)
 毎週1時間かけて研究しています。平成9年度は日程の都合上、発表会を実施できませんでした。

・2年生情報コース工学部実習(平成7年度より実施)
 金沢工業大学にて夏季休業中に2日間かけて実習課題と研究発表を行ないます。毎回ユニークな課題を与えられ、例えば、今年度はピンポン玉を飛ばすカタパルトを作って飛距離と正確さを競うものでした。

 また、情報コースのみを対象としたものではありませんが、次の研究活動も行っています。

・国際高校生環境サミット(平成9年度より実施)
 2年に1度、六大陸から高校生が集まり、事前に環境問題について研究した内容を発表し、地球環境を維持する方策を討論を行なっています。本校はこの環境サミットに生徒20名を日本代表(兼アジア大陸代表)として派遣しています。

 (2)遠隔指導

 平成7年度に富山県の「きらめきエンジニア事業」で富山県立大学工学部の西田教授のご指導をあおぐことができることになりました。そこで電子メールを利用した遠隔指導をお願いし、研究テーマに数学パズルを選んだ2年生6名を対象に実施していただきました。当初は校内の教員では思いつかないような斬新なアイデアに触れる機会を生徒に与えることを目的でしたが、表現能力の向上にも効果がありました。生徒たちは、自分達の意見や疑問点が言葉で十分に表現できなくても、目の前にいる教員にそれを読み取ってもらうことに慣れています。ところが電子メールでは、どうしても言葉で明確に表現する必要が生じてきたのです。
 平成7年度の成果を受けて平成8年度も遠隔指導を依頼しました。電子メールだけでは図を含む説明はできないので、Webページをも併用した指導をしていただきました。またメールアドレスの間違いを防ぐ目的で、専用のメーリングリストを校内に設置するという工夫も取り入れました。

5.27.3 平成9年度の遠隔指導

 前年度に利用したWebページでは、インタラクティブ(対話的)に図を動かすことができませんでした。そこで、今年度はWebページ上にJavaアプレット(Webページ上で動くプログラム)をのせて動く黒板として説明に使おうという企画がでました。しかし、残念ながら事前に遠隔指導を引き受けて下さっていた方が急病のためこの企画は中断となりました。そこで、急遽、富山大学教育学部の山西教授に遠隔指導をお願いして2学期後半から引き受けていただきました。そして、1学期と2学期前半はコンピュータ言語BASICを用いたプログラムや電子メールの操作の練習などに努めることにしました。

 (1) 事前指導

 まず基本操作は簡単な課題などを通して1学期に習得し、2学期の前半は電子メールでの意見の述べ方や質問の仕方などのマナーを実習することにしました。そのための課題を与えて毎週のレポートをメールで提出させました。テーマは「平面上の4点A、B、C、Dの座標を入力したとき、線分ABとCDが交わるかどうかを判断するBASICプログラムを作る」というものです。問題を理解するための補助としてJavaアプレットを用意して、これを用いて問題を説明を行いました。
 生徒たちは予定の5週間で2直線ABとCDの交点の座標を求めて表示する段階まで到達しましたが、残念ながら最終的な解決には至りませんでした。

 ・第1週目の生徒レポート

  Date: Tue, 2 Sep 97 15:36:10 +0900
  Subject: [DaimonMath:00010]

 大門高校情報コース2年YTです。
 2学期最初の授業に与えられた課題は、「2本の線分の座標が与えられた時、その線分が交差しているかどうかの判定方法を考えなさい。」でした。
 4人で考えた末に、このような方法を見つけました。

   1.2直線の方程式を求める。(2点を通る直線方程式 他 より)
         ↓
   2.交点の座標を求める。(連立方程式より)
         ↓
   3.交点がもとの線分上にあるかどうか判断する。(   ?   )

 3については、よく分かりませんでしたが、直線の方程式でxとyのとりうる範囲をあらかじめ決めておいて、それを利用する方法はないだろうか考えてみたいと思います。アドバイス、よろしくお願いします。

 ・第2週目の生徒レポートに対する指導者の返事

Date: Mon, 15 Sep 97 14:53:59 +0900
Subject: [DaimonMath:00013] Re: 大門高校の研究課題
近岡です。毎週、御苦労様。
In message "[DaimonMath:00012] 大門高校の研究課題"
SS> 今回与えられた課題についてですが。この前もらったメールにあった図
SS>についてですが、はじめの図のようにAとBの間にPがあるときのY座標
SS>は考える必要は、線分ABが垂直の場合をのぞいて、yの値を考える必要は
SS>ありません。
SS> そして2番目の図の場合のようなときは、線分ABとPが交わらないよう
SS>なときは、x1とy1の座標の範囲の中にはPのx座標がこないときです。
SS> この考え方をもとにして次回からプログラムを作っていきたいと思いま
SS>す。
 さて、上は皆さんからもらったメールの一部引用ですが、この内容が分かりますか。多分、1週間もたつともう分からなくなっている部分が多いのではないでしょうか。
 1週間後の自分にすら意味が伝わらなければ、他人に意味を伝えることができません。どんなにすばらしいアイデアでも、他人にしめすことができるということが肝心です。最初から自分のアイデアをストレートに表現できる人はいません。今回の課題研究をひとつの機会として、練習を摘みましょう。
 で、皆さんからのメールがよく分からないので、以下は私なりの推測です。
[第1段落]
SS> 今回与えられた課題についてですが。この前もらったメールにあった図
SS>についてですが、はじめの図のようにAとBの間にPがあるときのY座標
SS>は考える必要は、線分ABが垂直の場合をのぞいて、yの値を考える必要は
SS>ありません。
 「直線AB上の点Pが2点AとBの間にあるかどうかを判定する時には、(直線ABがx軸に垂直でなければ、)各点のx座標のみを調べればよく、y座標を調べる必要はない。」(後略)

 (2) 遠隔指導開始

 2学期の後半から遠隔指導の本番が始まりました。2人1組に別れて研究に取り組みます。与えられた研究課題は「水の入った円柱形の容器の底に穴を空けたときの容器の中の水の体積の変化をシミュレーションする」というものです。第1週目は自己紹介を行いました。
 第2週目は、問題を簡単にするために「水の漏れる速さはいつも一定」という仮定を入れ、生徒たちは難無く問題を解決しました。第3週目は、遠隔指導者から実際に実験を行なうようアドバイスを受けました。各班とも紙コップなどの底に穴を空けて水を入れ、10秒毎にメスシリンダーでもれる水の量を測定して、水の漏れる速さは一定しないことを確認しました。
 第4週目から2学期末までの3週間で、「水の漏れる速さは水深に比例する」という仮定のもとで課題に挑みました。次は、生徒たちが得た結果の要約です。

 容器の断面積をとし、秒後の水の体積をとする。微小時間Δt秒間の流出量ΔVについて、水の漏れる速さが水深に比例するので、:比例定数)が成立する。従って、体積は、Δt秒後にとなり、Δt秒間に倍となる。以下同様に次の表5.27−1を得るので、nΔt秒後の体積はとなる。
表5.27−1 時刻と体積の関係(生徒発表用レジメより)

時刻

Δt秒後

Δt秒後

Δt秒後

nΔt秒後

体積

Vr

Vr

Vr

Vr

 (3) 課題研究発表会

 今年度の課題研究発表会は1月27日・28日に実施しました。今年度の新しい試みは、来年に課題研究に取り組む1年生の前で2回目の発表会を行なったことです。
 3学期に入ってから発表会までの準備期間が3週間しかなかったのですが、その期間にレジメやOHP資料を作成し、また直前の3日間は放課後6時半頃まで残って発表練習を繰り返しました。


図5.27−1 時刻と体積の関係(生徒発表用OHPより)

 発表会当日、遠隔指導を受けた班は、発表練習のときのアドバイスを活かして、説明をわかり易くするためになるべく数式に頼らず、具体的な場合(図5.27−1ではΔt=1、r=1/2の場合)に図を利用した説明を行うなどの工夫がみられました。得られた成果は、知識量の面では不十分かもしれませんが、研究姿勢や表現能力は向上したと評価できます。発表会後は残り3週間でHTML文章化してインターネット上で公開する予定です。

5.27.4 終わりに

 生徒たちは、夏季休業中に金沢工業大学で行われた工学部実習のときにも研究発表を行っていますので、今回の課題研究発表会は2回目の研究発表であります。今回の生徒たちのプレゼンテーション能力は、工学部実習のときと比較すれば、格段に向上しています。特に、今回2日目の発表では前日の発表と比較してもかなりの向上がみられました。発表会を1回経験するだけでこうも進歩するものかと驚かされます。
 また、自らの力で研究する能力も、毎週の研究を積み重ねるごとに向上しています。もちろん、表現能力にしても研究能力にしても、相対的に向上しただけでまだまだ不十分ではあります。しかし、この課題研究のような始めの一歩がなければ進歩はありえません。

 ペーパーテストの成績だけを目的とすれば、知識伝達型の教育に比べて課題研究型の教育はかなり効率の悪いものです。普通授業では数時間で終わる内容が、課題研究では1年かかることはめずらしくありません。本末転倒ではありますが、進学を希望する生徒たちにとってペーパーテストは無視できない以上、年々減りつつある授業日数の中では課題研究に時間を確保するのが難しくなっています。
 また、意欲はあるが指示を待つしか知らない生徒たちが、自ら研究する能力を修得するまでには、各研究班ごとに教員がつきっきりで研究方法の指導する必要もあります。
 これらの時間的な制約と人数的な制約のため、年々、実施が難しくなっていく課題研究ではありますが、可能な限り今後も実施して行く予定です。来年度は新たな試みとして、2年生の課題研究に数学科・理科の教員の他に国語科・社会科・英語科の教員も指導を行なうことを計画しています。まだまだ改良の余地のある課題研究ですが、今後も継続して、その一環として遠隔指導も継続していきたいと思います。