5.28 『オンラインディベート』(Online Debate)

東北学院中学高等学校 名越幸生

5.28.1 概要

 『オンラインディベート』とは,ディベートのすべてのコンテンツをネットワーク上で展開するものである。ディベートは現在,学習指導要領への導入が検討されているが,今のところは各々の先生方の裁量で,国語・社会・英語を中心に、理科や道徳などの既存のカリキュラムを指導する際に用いられている。本企画は、特に国語でおこなれているような「ディベート“を”教える(ディベート技術の習得)」のではなく、「ディベート“で”教える(ディベートの活用)」ことに主眼をおく。

5.28.2 『オンラインディベート』におけるねらい

 日常社会やネットワーク上での「コミュニケーション」を省みると、互いに自分の意見を主張てもかみ合わず、建設的には意見が交換されなかったり、また、互いの意見を分かり合える比較的狭い範囲だけに人間関係を形成したりする。

 そこで、ネットワークにディベートを導入することによって、(1)より広い人間関係を形成しうる環境を整え、(2)様々な人達とより建設的なコミュニケーションをとる ということを同時に体験しながら学習できると考える。以下に説明を加える。

(1)より広い人間関係の形成〜ネットワークを用いながら〜

 まず、現在の学校制度では,健常児はハンディを持った生徒と明確に分離され,ハンディを持った生徒は健常児と共同で活動する経験がほとんど無い。更には,対等な交流をする機会が少ないのが現状である。そこで,リアルタイムの要素が少ないメール主体のディベートによって,ハンディーを持った子ども達の参加が可能になる。
 また,学校の枠、そして地域の垣根を越えて、距離を隔てた人達を結んでのディベートも可能である。ネットワークを活用し、互いに対等な交流を広げる実践が、「心の教育」を進める意味でも有効である。

(2)より建設的なコミュニケーションの学習〜ディベートを用いながら〜

 コミュニケーションの基本は、“発言すること”と“聞くこと”である。日常ではおざなりになりがちのこの二つに“責任の自覚を促す”ことが、ディベートを用いるねらいである。更に説明を加える。

 ●発言することへの責任〜言葉を発すること自体を省みる〜
発言がテキストとして残るので,発言者と発言との関係が明確な形として表われる。音声であれば,「言い放し」の言葉,相手を蔑視する言葉が聞き流される事もあるが,テキストでは相手に確実に届くため,コミュニケーションにおいて大きなデメリットが生じる場合もある。そこで,発言を発信する前に自らの発言を省み,推敲して,不適切な表現を自発的に用いないことを促す。
 ●聞くことへの責任〜相手の立場と発言の意図を読み取る努力をする〜
ディベートでは,相手の主張を十分に汲み取って自説を展開し,“かみ合った”議論が求められる。しかも、相手は完全に反対の立場からの主張であり、発言の意図を理解するためには、自分の立場からだけの一人よがりの解釈ではなく、きちんとした読解が必要である。ここで互いの発言がテキストであることが,聞き漏らしをなくし、じっくりと相手の主張を読み取ることに役立つ。

5.28.3 オンラインディベートの実施

 ●第1回オンラインディベート 7月8日(火)〜7月17日(木)(詳細は図1)

 3校が参加。学校対抗の形を避け,なおかつ同じ学校の生徒同士が敵味方に分かれることがないように,3ラウンドを同時展開させ,3校の三角対戦とした。(図2)
 論題は「茶髪・ピアス・ルーズソックス等のファッションは,高校生らしい。是か非か」で、メーリングリストを有効に活用した否定側が勝利した。

参加校 東北学院高校
    清泉女学院高等学校(代表 土屋 至先生、上野 顕子先生)
    宮城県立泉高等学校(代表 遠藤 和浩先生)


5.28−1 第1回オンラインディベート日程
 ●教員+技術者間オンラインディベート 11月11日(火)〜11月27日(木)

 生徒にオンラインディベートの楽しさやその“妙”を伝えるためには,先ずは企画する側が実際に体験しようという目的で行われた。
 論題は『日本の学校教育に,飛び級制度・飛び選抜制度(例えば高二→大学)を導入すべし』であった。5校の教員7名と技術者が1名参加した。

 ●第2回オンラインディベート 12月16日(月)〜2月5日(木)

  参加者・参加校
 東北学院高校  4グループ
 清泉女学院高校 8グループ (3校の代表は、第一回に同じ)
 宮城県立泉高校 3グループ
 福島盲学校   1グループ (代表 渡辺 雅彦先生)
 松山東雲高校  1グループ (代表 國原 幸一郎先生)
 個人参加    1名

 計18チームが肯定側・否定側に分かれ,9ラウンドを同時に展開させた。日程を短くするために,肯定側・否定側が同時に立論等の文章を世話役スタッフに提出してもらい,それを次の日に対戦相手へ転送する形を試行した。
 論題は,清泉女学院高校の家庭科の授業で扱った『中絶』に関するものにした。

5.26.4 成果と課題

 オンラインディベートでは、ネットワークをソフト的にもハード的にも利用することによって、生徒の側に何かしらの成果をもたらすことを目標にしている。そこには、参加する生徒とそれを支援する教員が有機的に関わっている。そこで今回は「STMH(生徒=Student−教員=Teacher・メディア=Media−人=Human)図」という図を作成した。この図によって、生徒と教員の双方に対し、ネットワークメディアがどのような役割を担い、企画が何をもたらしたのかを整理して表現する。
 Sの側には生徒が、Tの側には教員が、それぞれ主体的であった内容を記す。Mの側には、利用したソフトやハード、その他に準備されたイベントを記す(Media)。Hの側には、生徒の感想や主体的な動きのほか、教員側の『考え』が強いものが記される(Human)。例えばSM象限には、メールやWEB閲覧など、生徒が主体的に利用したネットワークメディアが入る。
 Hの側に書かれている項目のうち、生徒の感想からサンプリングした項目には○、実線の中に見られた、生徒や教員の行動には◇のマークを付けた。○◇は生徒からの感想も聞かれて、その行動も認められたものである。
矢印は、“影響を及ぼした関係”を示していて、原因から結果の方を向いている。この矢印が横軸を越える場合は、教員と生徒の間で“働きかけ”が生じている様子を示し、縦軸を越える場合には、メディア的にも人間的にも何かしらの成果が生じている様子を示す。その成果が好ましいと判断した場合は矢印を実線に、問題点を含む場合には矢印を点線にした。

 (1)成果

  『オンラインディベート』は、(1)ネットワークを用いた(2)テキストベースのディベートであり、その企画の意図が生徒の感想に表現されている。

図5.28−4 参加者の感想より

 オンラインディベートのフォーマットのうち、リアルタイムな要素が面白みを生む質疑応答の場面に、IRC(インターネット・リレー・チャット)を導入した。
 ここで、キーボードに慣れない生徒を配慮し、まずは、定期的にチャットを行なう機会を6〜7月の月曜日と木曜日に設けた。
 なお、IRCの使用においては、独自のリフレクター網を構築した。その際に、TiAの渡邊孝之氏とWIDEの山根 健氏に多大なる協力を頂いた。ここに感謝する。

図5.26−5 チャットの導入

 次は、ネットワークを用いて、生徒が自主的に問題を解決した例である。

図5.28−6 問題解決のためのネットワーク利用

 第1回のオンラインディベートでは、MLで流れてきたほかのラウンドの反駁を見て自分の反駁を完成させた宮城県立泉高校の生徒が、「いまおわった。(反駁の一部を引用して)ここがとてもいいヒントになりました。ありがとう。がんばろうね。」という感謝のメールを流した。また、第2回のオンラインディベートに、清泉女学院高校から参加した生徒の感想の中にも、「同時進行で何ラウンドも行われるので他のラウンドが参考にできる」というものがある。
 また、コンピュータの利用方法に関しては、『通信ディベート』以来、発展し続けている。

図5.28−7 ネットワーク利用の変化

 『通信ディベート』におけるディベートは、口頭で行われるリアルタイムなものだったので、不足した証拠資料をWEBに検索し利用することができなかった。しかし、そこからヒントを得て、『オンラインディベート』では、まず、立論のテキストから証拠資料へリンクを張ることを試みた。更に第2回オンラインディベートでは、生徒が新聞や本から集めた資料をスキャナーで画像データに変換し、それを自らWEBに掲載する、というネットワーク利用へと変化した。

(2) 課題

『オンラインディベート』ならではの課題を報告する。

図5.28−8 オンラインコミュニケーションで発生する問題

 テキストに頼るネットワークを用いたコミュニケーションは、「生の声が聞こえない分、討論独特の雰囲気が伝わらない」「文面だけで相手の意見を見るので微妙な雰囲気が伝わりにくい」(共に清泉女学院高校の生徒の感想より)となってしまう。特に第1回オンラインディベートでは、本校の生徒と、清泉女学院高校の生徒の間で、意見のすれ違いが起きてしまった。
 そこで、誤解を調整する形のメールを清泉女学院高校の生徒側に送り、本校の生徒には、意見がすれ違ってしまうような表現について指摘した。また幸いにも、本校の生徒が第2回のディベート甲子園に参加するという機会を得て、オフラインで生徒たちに会ってもらう機会を設けた。その後、清泉女学院の生徒からは、図中のような感想を頂き、その生徒には第2回のオンラインディベートにも参加してもらった。

 オンラインで企画を行う以上、上記の問題は避けては通れない。自己紹介に加えて、参加者の画像データを交換したり、CU-SeeMeなど、新しい技術の導入も検討したい。

 また、現在の『オンラインディベート』は、個人戦を組み合わせた団体戦を行っているが、この仕様が、MLで相談しあうなど、参加者同士の横の繋がりが薄くてもディベートが成立する形を生み出している。複数の学校を組み合わせた団体戦を行うなど、より交流の機会が意図的に多く設けられ、参加者同士の“心の壁”を取り除く工夫が今後必要であると考える。

5.28.5 参考WEBページ

清泉女学院高校・新100校プロジェクト実践報告(図1を引用)
 http://izumi.seisenjsh.kamakura.kanagawa.jp/student/ClassRoom/OnlineDebate/OnD.html
『オンラインディベート』ホームページ
 http://www.jhs.tohoku-gakuin.ac.jp/debate/ond/ond.html