5.31 オンラインディベート
─学校を超えたネットワーク・コミュニケーションの試み─
清泉女学院中学高等学校 倫理科 土屋 至 家庭科 上野顕子
5.31.1 始めたきっかけ ねらい 趣旨
(1)「倫理」の授業から
本校ではコンピューター教室内のLANによる「共同学習支援システム」を使い、ネットワーク上で討論するという授業を何度か試みていた。
5月には「青年文化」についてという授業で高校2年生を対象に、「女子高生ファッションは創造的な高校生文化である」とか「プリントクラブ」「ポケベル・PHS・携帯電話の是非」などをめぐってクラス内、学年内で意見を交換してきた。
この授業をインタネットを利用して他校とリアルタイムで結んでディスカッションをできないものかという思いがつのってきた。
(2)家庭科の授業から
家庭科では、毎年高校2年の「保育」分野などで、ディベートの授業を展開してきた。そのテーマは次のようなものである。
─女が得か、男が得か
─結婚した男女ば別姓を名乗ることについて
─結婚後も仕事を続けてきたあなたが妊娠した。さて仕事を続けるべきかどうかクラスを「肯定側、否定側、判定者」の3つのグループに分け、それぞれの立場からディスカッションを行うという授業である。時には「共同学習支援システム」を使ってネットワーク上でディベートをすることもあるが、多くの場合は口頭で行った。
5.31.2 他校への呼びかけ 協力校の募集
いずれにしても本校が女子校であるという制約があり、生徒の間にも男子の高校生の意見や異なった立場からの考えを聞きたいという要望が高まり、これをインタネット上で展開できないかということで、「100校」のメーリングリストを使って呼びかけることにした。
「新100校」が開始するに際して東北学院中学高等学校からの応答があった。東北学院は「ディベート甲子園」にも出場するくらいディベートに積極的に取りくんでいる学校である。頻繁なメールのやりとりと、東北学院の担当者が上京したのを機にあって話し合ったりして、とにかくやってみようということでプロジェクトが開始された。
東北学院は東北地区のインタネットの教育利用の協議会を中心に何校かで実際にディベートをインタネットを使って実施した実績を持っていたので、仙台地区の高校に呼びかけたところ、宮城県立泉高校がこのプロジェクトに加わった。
また本校は神奈川県のインタネットの教育利用協議会(KICE)をとおして支援と参加校の募集を行ったところ、WIDEプロジェクトに関わっている慶應藤沢の大学院生の全面的な支援をえることができた。
また担当者と支援グループの間のメーリングリストが設けられ、日常的にはここをとおして情報交換が行われている。
5.31.3 交流の開始
先ず行ったことは本校の「倫理」の授業で行った「青年文化」についての生徒のアンケートやディスカッションを、東北学院でも実施してみることから始めた。アンケート結果やディスカッションの結果をメールで送り、それを東北学院の高校2年生のホームルームで扱い、その結果を送ってもらって比較してみた。
「倫理」だけでなく、「家庭科」でもディベートの授業が始まっていたので、この2つの教科の授業をとおして生徒たちに「インタネットを通じて仙台の男子校と交流してみよう」と呼びかけた。
先ず行ったのはIRC を使ったchat による交流である。月曜日と木曜日の放課後、4時から5時までを定例のchat の時間とした。chat には泉高校の生徒も加わり、お互いの自己紹介から、学校の紹介まで、にぎやかに交流が始まった。
またchat と並行してCU-SeeMe を使っての画像転送もこころみた。
5.31.4 第一回オンライン・ディベートの開始
chat による「たあいもないおしゃべり」が定着した頃を見はからって、「オンライン・ディベート」をしようということを生徒に提起した。
東北学院、泉高校、清泉女学院の各校より、それぞれ肯定側、否定側の2チームを選んで、3ゲームを同時に進行することにした。
論題:茶髪・ピアス・ルーズソックス等のファッションは、高校生らしい
A−ROUND 東北学院高校A 肯定 − 否定 清泉女学院高校
B−ROUND 清泉女学院高校 肯定 − 否定 宮城県立泉高校0
C−ROUND 宮城県立泉高校1 肯定 − 否定 東北学院高校B
・肯定側立論 :7月8日(火)中にメールで提出
・否定側立論+公開質問:7月9日(水)中に、両方を同時にメールで提出
・肯定側回答+公開質問:7月10日(木)中に、両方を同時にメールで提出
・否定側回答 :7月11日(金)中に、メールで提出。
・否定側反対尋問・肯定側反対尋問:7月14日(月)IRCによるchat
・否定側反駁 :7月15日(火)中に、メールで提出
・肯定側反駁 :7月16日(水)中に、メールで提出
・判定会議 :7月17日(木)中に寄せられた意見を参考に判断
以上のような次第でディベートが進行した。期末試験後と夏休み前の忙しい時期であっただけに、生徒たちは結構忙しく対応に追われていた。また討論に熱が入るあまり、時に感情的になったこともあった。
一番熱が入ったのは、IRC による討論であった。10分という短い時間に質問をして、応えるということをそれぞれ立場を変えて2回したのであるが、キーボードが思うように操作できずに、時間ばかりが過ぎていくというものであった。
立論や討論の結果はその日のうちにWEB 上に公開された。
また、学校を超えて「否定側」「肯定側」それぞれにメーリングリストが設けられ、それぞれ情報交換や作戦をたてる場が与えられた。
ディベートは夏休み前になんとか終わったが、その後のアフターディベートは休みに入ってしまい、十分にする時間がなかった。ただ、東北学院の生徒たちが「ディベート甲子園」のために上京したときに本校の生徒たちが応援に行くというオフラインの出会いがあった。
5.31.5 教員担当者ディベートの実施
生徒間ディベートの第2回目に入る前に、これに携わる教員や担当者の間で1回実施してみようではないかということになった。
メーリングリスト上でテーマの検討をした結果、そのテーマは「日本の教育に、飛び級制度・飛び級選抜制度(例えば高2→大学)を導入すべし」というテーマが採用され、東北学院、清泉女学院、松山東雲高校、慶應藤沢大学院、東北インタネット協議会の教員、担当者間で、11月11日から11月27日まで行われた。
主張の中で関連するWEBサイトとのリンクがはられていたり、あるいは新聞記事の引用がされていたり、技術的な工夫がみられ、またこの経験をもとにディベートのルールも一部手直しされた。
5.31.6 第二回生徒間ディベートの実施
第二回の生徒間ディベートは本校の家庭科の授業との連関でテーマが設定された。本校の家庭科では、いくつかのテーマを設定して教室ディベートを行ってきた。クラスを3つに分けて、そのうち2つは教室ディベート、他の1つはオンラインディベートを行うこととした。1学年が4クラスあるので、オンラインディベートを行うチームが肯定側否定側あわせて8チームが編成された。1チームは5〜8名で構成されている。チームの編成はそれぞれの生徒の希望に沿った形で行われた。
この間にこのディベートに参加する学校が増え、全部で9ラウンドのディベートが行われることとなった。ただ授業との関連でディベートをチームで行うのは本校だけであり、他校は1名、ないし2〜3名のチーム編成であった。
(1)テーマの設定
ディベートのテーマについていくつかの候補の中から、生徒の希望により次のようなテーマが選ばれた。
A子は「妊娠3カ月に入っていますね。」医者からそう告げられたとき目の前が真っ暗になった。自分に限って妊娠しないだろうとたかをくくっていたのが失敗だった。
A子は就職がすでに決まっている大学4年生、彼は大学院2年生、そのまま博士課程に進む予定である。つきあい始めてから1年になる。
A子はは妊娠を事実を真っ先に彼に伝えた。その時の気持ちは正直言って産もうとも、おろそうとも決めかねる、白紙の状態だった。ずるいようだが、彼の反応を見て考えようと思っていた。ところが彼は、「ええっ!・・・・・・でも、安易に産むわけにはいかないじゃないか・・・・・・これからのことを考えるとおろしたほうが・・・・・・」といった。彼の気持ちも分かる・・・・・・。しかし・・・・・・どうしよう・・・・・・。
彼を説得して産もうか・・・・・・それぞれの将来の夢を考えれば、今は子どもを産まないほうがよいのだろうか・・・・・・A子の気持ちは次第と支離滅裂に・・・・・・。
論題:この状況でA子は A(肯定側)産むほうがよい B(否定側)産まないほうがよい
このテーマは命の問題を扱うだけに、微妙で深刻なテーマであるだけに慎重さが必要であるとの懸念も寄せられたが、生徒の意志を尊重してあえてこのテーマを取りあげることとした。
(2)対戦チーム
A-ROUND 清泉B組肯定 - 東北学院否定
B-ROUND 東北学院肯定 - 泉高校否定
C-ROUND 泉高校肯定 - 清泉N組否定
D-ROUND 清泉N組肯定 - 松山東雲高校否定
E-ROUND 高校生同盟肯定 - 清泉J組否定
F-ROUND 清泉J組肯定 - 東北学院否定
G-ROUND 福島盲学校肯定 - 清泉P組否定
H-ROUND 清泉P組肯定 - 福島盲学校否定
I-ROUND 東北学院肯定 - 清泉B組否定
つまり5校と1グループの参加により、9ラウンドのディベートが並行して行われたのである。特に福島県立盲学校からの参加があったことが大きな特徴となっている。しかし、それぞれの学校でのインタネット環境の違いがあり、とくにIRCによるリアルタイムの chat によるディベートはすべてが実施できなかったのが残念であった。
(3)実施スケジュール
実施スケジュールは12月12日より、2月7日までの2ヶ月間にわたった。冬休みを挟んでしまったこと、大雪やインフルエンザの流行のためにスケジュールどおりにはなかなかすすまなかった。
結局、IRCによるリアルタイムの討論は3チームが実施しただけに終わった。
(4)対戦を終えての生徒による評価
各グループ7、8人という規模であったため、うまく分担、協力ができているところ、できていないところがあったが、全体的には、生徒たちは熱心に取り組んでいた。新しいことを試みることの興味とテーマへの関心、他の学校と交流することの楽しみが、生徒たちの参加を促したのだろう。オンDに実際には参加していなかった生徒たちからも、普段の授業と違って新鮮な取り組みだったという声が聞かれた。現在まだ進行中であるため、最終的な評価はできないが、この段階で集まった生徒の感想をもって、中間的な評価としたい。
●教室ディベートと比べてオンDの良い点
プリントではなく直接相手の意見を読めて生で会話しているような感覚を味わえた。」
「時間が限られないのでグループ内できちんとまとめられた。」
「文章なので、形として残る。相手の意見を見ながらじっくりと考えらる。」
「いつも会っている人達とではなく、別の学校の人達と意見交換ができる。」
「相手をよく知らない分、かなり正直に意見が言える。」
「文字にすることで自分たちの意見を再確認でき、相手の主張を聞き逃すことがない。」
「同時進行で何ラウンドも行われるので他のラウンドを参考にできる。」
●教室ディベート違って問題となる点
「生の声を聞かない分、討論独特の熱気が伝わってこない。」
「お互いの意見を見るまでに時間がかかるのでつい何を考えていたのか忘れてしまう。」
「文面だけで相手の意見を見るので微妙な雰囲気が伝わりにくい。」
「考えたことをその場ですぐにいえない。」
「相手を納得させるだけの文章力が必要となる。また読みとる力も必要」
「チャットの場合、文字入力速さが必要。」
●他の学校の人や男子の意見を聞けたことに関して
「同じ問題でも性別や教育環境の違いによって、異なる意見が出るのでおもしろい。」
「男子の意見も聞けて問題を双方の視点で考えられ、男子独特の意見もあるなと思う」
「他の学校から違う意見が出たり、似たような意見が出たりしたことがおもしろい。」
「清泉という狭い範囲でしか話せなかったことがネットを通じて他の人と話せた。」
5.31.7 終わりに
まだ最終的な見直しを行っていないので、十分に深められているわけではないが、ともかく、担当者間のディベートを含め、3回のオンラインディベートを5校1グループの間で実施できたことは、学校を越えたコミュニケーションを創出するという意味で、画期的であり、そしてもっともインターネットらしい実践であったということができよう。
あと4,5年後にはこういうことは珍しくなくなり、ごく普通の教育実践になるのではないか。個別の学校という枠にとらわれた狭い範囲の教育をいつの間に突き破ってしまっているのかもしれない。インターネットはそういう可能性を秘めている。
本校では家庭科や倫理の授業をベースにしてディベートを展開しようとした。残念ながら、授業中にクラス全体でオンラインディベートをするというところまではとうてい至らなかった。なかなか時間割をあわせて実施することには困難が伴うが、それでもいつかこういう形の授業を展開してみたいと思う。
情報教育は、これまでの講義形式のような、教えるものと教えられるものとがはっきり分かれているところで成立する旧来の教育のスタイルを突き破る可能性をもつ。
今回のオンラインディベートも互いに学びあうという新しいスタイルの実践として大きな意味を持っているといえよう。
5.31.8 関係するWEBサイト
清泉女学院中学高等学校
http://izumi.seisen-jsh.kamakura.kanagawa.jp/student/ClassRoom/OnlineDebate/OnD.html
東北学院中学高等学校
http://www.jhs.tohoku-gakuin.ac.jp/debate/ond/ond.html#2NDOND