49 「新しい視聴覚教育の研究」

県立新居浜工業高等学校 宇佐美東男

49.1 はじめに

 アメリカにK12プロジェクトと呼ばれる国策的な教育プログラムがある。12年間の初等・中等教育と図書館等の教育機関を対象に、インターネット教育利用を推進するプログラムである。子供達に初等教育の時代から、メディア・リテラシーを育成し、来るべき21世紀社会の創造と対応を図ることが目的である。わが国でも実験的ではあるが、3年ほど前から100校プロジェクトに代表されるインターネット教育利用が始まっている。しかし、K12プロジェクトは、わが国よりも早く、約3年先を走っている。21世紀初頭は、高度情報化時代の成長期の始まりであり、目前に迫っている。世界的に先進工業国では、基幹となる産業が情報通信関連産業へと推移して行く時代と観られている。このようなことから、20世紀最後の段階で、学校現場において、教育メディアとしてインターネットを導入し、研究に取り組むことは、社会的ニーズを満たすものであると思う。私の学校では、これまで100校プロジェク・新100校プロジェクトに参加し、ネットワーク通信(インターネットやパソコン通信)の教育利用に取り組んできた。この取り組みは教科指導から特別活動、地域社会との連携、新しい教育システムの開発など幅広い分野に渡っている。ここでは、視聴覚教育と直接関係するメディアについて、歴史的流れやインターネット導入に関する諸問題について考えてみたい。

49.2 メディアの変遷とインターネットの教育利用

 政治、経済。教育、文化すべての分野において、人間社会はコミュニケーションによって成り立っているといって過言ではない。このコミュニケーションという観点から、歴史を振り返ってみよう。太古の昔は一過性である言葉を中心としたコミュニケーションが行われ、社会が維持されていた。時が流れ、15世紀になるとグーテンベルクによる活版印刷の発明によって、大量の文字メディアを利用することが可能になった。そこでは、文字という抽象化・符号化されたメディアを通して、印刷物が大量に出版され、教育をはじめあらゆる分野で大衆が利用した。この時代、文字を巧みに操ることができる人々が、リテラシーの高い人間として、社会の維持・発展に中心的な役割を果してきた。19世紀の後半からは、紙に印刷された文字メディア以外に写真も使われるようになった。更に20世紀に入り電気通信技術が発展し、電信や電話、ラジオ、テレビといったメディアが発明された。このころ視聴覚教育という言葉が生まれたのであろう。しかし、これらのメディアは、マンツーマンの電話を除いて、単純にいえば、情報を一方的に流すばかりの、いわば一方通行としてのコミニュケーション機能しかなかったのである。一方通行のコミニュケーションは、真の意味で、コミニュケーションとは言えないかも知れない。なぜなら、情報の受け手は、その情報に対する反応を即時に直接返すことができないからである。ところが20世紀の終わりが近づく頃、とてつもない文明(?)が出現した。これがインターネットである。インターネット出現の経緯は、東西冷戦時代の産物として説明されている。
 インターネットのメディアとしての最大の特徴は、リアルタイム(即時性)で双方向コミュニケーションができることである。これは人間本来の自然なコミュニケーションの姿に近い方法と捉えることもできる。しかも、時間・空間を超越した機能を発揮させることさえできる。更に、人類の英知を蓄積した膨大なデータベースを擁しており、これを利用できることも素晴らしい。これらの事実を正確に認識し、教育に活用することは、時代の流れに沿っており、しかも、必然性があると考えられる。

49.3 教育改革とインターネット利用

 現在、教育改革の論議が進んでいる。これから21世紀初頭にかけての学校教育の課題は、学校のオープン化、子供の個性に合った実践技能の育成、コンピュータやネットワーク通信をはじめとした高度教育システムの導入、総合的な学習の導入など多くの問題が山積している。また、様々な分野にグローバリゼーションの波が押し寄せている。このような状況の国際社会では、自らが学び「生きる力」を身に付けることが、大きな教育目標となる。これらの諸問題の中で、インターネットの教育利用は、この目標達成に大きな力となる。例えば、調べ学習という分野では、単に何かを調べるというだけではなく、場合よっては、即、専門家の意見を聞くこともできる。また、必要に応じて、自らが情報発信を行い、積極的な学習活動を実現することもできる。このような学習システムは、歴史上これまでになかった教育システムであり、学習者の態度をアクティブなものにし、自ら学ぶ態度を育成するための強力な教育システムとして機能する。また、いわゆるマルチメディアを利用した視聴覚的手法の教育活動にとって、もってこいの教材である。情報収集・情報発信・情報加工にも自在に利用できるのだから、教育活動にとって大変貴重な存在となってくる。

49.4 教師の役割変化

 従来の学校教育の姿は、教室で一斉授業という形が最もポピュラーな姿であった。しかし、情報通信テクノロジーの発達した社会では、マルチメディアという人間に最もフィットする形でのコミュニケーションが一般的になる。そこでは一斉授業はもちろんだが、学習者のレディネスに合った個別学習が可能となる。更に豊富な情報源を駆使して、学習者自らが自由に問題解決に挑戦できることを意味する。これは、これからの教育の課題である自己教育力の育成にとって大変有用なツールとなる。その時、教師の役割は、従来通りの「教え込み形」一辺倒でははじまらないと考えられる。少なくとも、学習者の情報リテラシー及び、メディア・リテラシーを育成できる技術と、学習活動に役立つ情報源の在処や活用方法、情報発信の方法とそのコンテンツ(内容)のあり方等について、幅広い知見が求められると思う。

49.5 インターネツト導入と教育現場の対応

 インターネットの教育利用には、学校教育、家庭教育、社会教育の各々の場面において、いくらかの準備が必要である。ここでは学校教育について触れてみよう。

・現職教育の問題
 学校教育では、なんといっても生徒を日常的に直接指導する教師の情報リテラシーが、教育効果を引き出す大きな要因となる。そのため、インターネット教育利用に関する一連の研修が必要である。この研修の中身は、現在行われている教師のための情報教育の延長線上にあると考えることができる。したがって現在の研修プログラムを発展させる形で対応することもできると思われる。

・情報モラル育成プログラムの策定
 インターネットやパソコン通信を利用して、情報収集・情報発信を行う場合、現行の社会規範である法律・規則等の適用を受けることは当然だが、これまでの社会規範に無かった新たな事象も加わっている。更に、国内だけでなく、世界中が対象である。ここでは海外の国々の法律・規則や国際法にも関係してくる。また、ネットワーク上でならのエチケットも存在している。このようなことを鑑み、学校教育において総合的な情報モラルに関する教育が必要である。従来あまり触れられなかった教育内容だが、これからの高度情報社会では、各々の個人にとって必須のモラルである。これに関する計画的な教育プログラムが必要と考えられる。

・利用規則の作成と運用
 インターネットに存在する情報は、実に多彩で玉石混交した世界である。このような情報源を校内で利用する場合は、生徒・職員共に利用規則に沿って利用することが求められる。利用規則は、社会通念に合致し、教育的配慮がなされた合理性を持つ必要がある。
・運用ガイドライン
 インターネット導入に伴って、情報収集や情報発信のあり方、及び、校内施設設備の運用など、教育利用全般に渡って、全職員によるコンセンサスが得られる指針が必要である。この指針は組織として守るべきもので、社会規範が基礎となることはいうまでもない。したがって、利用規則等もこの指針の下、作成されることになる。 因に愛媛県工業教育研究会では、インターネット導入に伴う「ガイドライン」のモデルを策定し、今後、教育利用が拡大するに当たり、各校でこのモデルの採用を検討することになった。ガイドラインの概要は、校内における総括責任者の下、運用責任者、情報責任者、技術責任者をグループもしくは単独で組織し、この組織は各々の責任者が相互協力し、インターネット教育利用を適切に推進するために、総合的な取り組みを担当することになっている。

・有害情報と排除対策
  学校教育においては、有害情報排除の仕組みを確立しておくことが、重要である。 現在考えられている方法は、インターネット上の情報源について、レイティング(等級を付ける)を行い、校種や学年によってレイティングのレベルを設定し、教育現場から情報源にアクセスできるか否かを区別する方法がある。現在、本校で実験を続けているが、ほぼ目的を達成しているようである。もう一つの方法は、ホワイトリスト方式と呼ばれるものがある。あらかじめアクセスを許可する情報源のアドレスを代理サーバ(利用者のパソコンに替わって情報源に接続するサーバ)に登録しておき、このサーバを経由してのみ、情報源に接続できる方式である。双方長短があるが、用途によって合理的な方式を選択することが重要である。その他にも方法はあるが、当面、この二つの方法で対策することができると思う。有害情報の排除は、今後のインターネットの普及を考えると、家庭教育にとってもなくてはならないものである。

49.6 「視聴覚教育」における情報化

 時代が進展し、視聴覚教育のあり方も変わりつつある。教育の分野を問わず、視聴覚教育は、様々なメディテアを利用して、学習に対して興味・関心を高め、理解を促し、設定された学習目標を達成すことが目的である。
 昨今、このメディアが急速に発達し、これまで不可能であったことが可能となった。
 マルチメディアという言葉で表現されるように、文字・音声・動画はもちろんのこと、インターラクティブ(双方向性)な機能も持ち合わせている。更にバーチャル・リアリティー(仮想現実)といわれる、全く新しい次元の世界を表現することさえ可能となった。今、メディアの世界は、覇権の争奪戦に明け暮れている。これからも新技術の開発により、さらなる発展が期待できると思う。実際、私たちの職場でも、ここ数年で教育用メディアは飛躍的な変貌を遂げた。数年前までは、ビデオ、16mm映画、OHPなどが主役の座にあった。現在はパソコンが数十台単位で導入され、そのパソコンがパソコン通信やインターネットといった情報通信ネットワーク(LANやWANや通信網)で世界へとつながり、教育利用できるようになった。これは新しい視聴覚教育の始まりと捉えてもよく、まったく劇的な変化である。このような学校教育の環境変化を考えてみると、自分自身の教育活動が旧態然としていることに気付き愕然とする。いったい我々は日々の教育活動に、この変化をどう取り込み、どう生かせばいいのか、考えさせられる今日である。とにかく時代の変遷とともに、学校教育のあり方も変わらざるをえないのであるから、試行錯誤はあっても、なんとか改善に向かって積極的なアクションしか残されていないと思われる。
 こんな気持ちでインターネットの教育利用に取り組んできたが、最近、様々な利用分野があることに気付きはじめた。
 ここでは、学校教育で実現可能な新しい学習方法を紹介しょう。この方法は、パソコン・ネットワーク(LAN)とインターネット技術を利用することで、生徒自ら積極的に情報発信・情報収集・情報加工を行う形での授業展開が可能となる。この場合、授業形態にもよるが、基本的に生徒一人に1台のネットワークにつながったパソコンが必要である。現在各校に導入されている設備を少し改善するだけで、充分対応できると思われる。内容の詳細は割愛するが、概略、生徒は自分のホームページを持ち、それをノート替わりに利用することである。このノートは「電脳ノート」と呼ぶとよいかも知れない。教師とのやり取りは、このノートを通して行うこともできる。更に友人とのやり取りも可能だ。学習に必要な情報は、教師が予め用意する。これもインターネットなどを利用することで、以外と簡単である。生徒はその情報を必要に応じて加工するなど、学習活動の形態がこれまでとは多少変わってくる。新たに自分が調べたり、考えたりする部分は、インターネットを利用して、無数に存在する関連情報から、必要なものを収集し、活用する。また、電子メールやニュースを利用して他の者と意見交換をすることができる。
 このようなスタイルで学習活動が進んで行くが、場合によっては、生徒が家庭から学校のサーバにアクセスし、課題を提出したり、自分のホームページを整理したりすることも可能である。ホームページは、ワープロ感覚で作成できるので、特別な訓練などは必要としない。学校のインターネットへのアクセスは、専用線接続が理想だが、PHSや普通の電話回線によるダイアルアップ接続(PHSならモバイル・コンピューティングとなる)でも充分機能させることができる。経費もそれほど必要としない。一度、チャレンジする価値はあると思う。

49.7 新しいプレゼンテーションの方法

 視聴覚教育において、教室や、野外等で情報収集や発信が必要な場合がある。このような時、ノートパソコンとPHSか携帯電話を用いると、簡単にインターネットへのアクセスが実現できる。しかし、この場合は一人1台のパソコン利用が基本である。一方、クラス単位で授業を行う場合、パソコンLANを整備した特別教室でもない限り、パソコン画面を拡大し、全員にプレゼンテーションをしなくてはならない。最近、そのための機材が市販されており、本校でも購入して活用を試みてきた。
 高解像度透過型の液晶ビジョンと呼ばれるもので、かなりの高輝度(600ルーメン程度)である。昼間の明るい教室でも、普通のカーテンで南側を遮光するだけで、ハイレゾリューションのパソコン画面を鮮明に投影することができる。数年前から液晶ビジョンは市販されており、いわゆるパソコンのノーマル画面しか投影できなかったが、この手の高解像度・高輝度のものは最近市販されるようになった。
 この液晶ビジョンとノートパソコンは、どの教室にも持ち込むことができ、インターネットから教材をリアルタイムに取り出し、鮮度のよい授業を実現できる。 また、この方法は、これまでの視聴覚教育とは違って、教材としての情報を視聴させるだけでなく、必要に応じて、情報発信を行うことができる。すなわちインタラクティブな利用が可能となる。これはまさしく、新しい視聴覚教育を示唆するものといえるのではないだろうか。
 プレゼンテーションの目的は、基本的には相手に分かりやすく表現することが中心であるが、単に表現する機能だけではなく、表現の受けてである相手(生徒)の要望に応じて、会話機能を持つものが理想である。そういう意味においても、インターネットは素晴らしい機能を実現できる。
 更に、インターネット・ブラウザは、HTMLで記述される情報を、簡単にプレゼンテーションすることができる。しかも、このアプリケーション・ソフトは無料で提供されており、大きな魅力である。
 最近では、生徒が行う研究発表会や教師の研究発表にとって、日常的的な方法となり、大きな力を発揮している。
 また、従来形のOHPやビデオ教材の作成方法も、インターネットを活用することで、大幅に改善することができる。
 OHPソフトの作成ならば、教材資料をネット上からダウンロードしたり、印刷資料をディジタルカメラで撮影、もしくはスキャナーを利用して、ディジテルデータに変換する。このデータを画像処理ソフトで必要な加工を行い、カラーOHPシートに印刷すれば完成である。更に、ビデオ情報のような動画教材は、動画のままキャプチャー(デジタル情報としてパソコンに取り込む)したり、静止画像としてキャプチャーし、教材として利用することもできる。
 このような方法で、様々な情報を教材化する場合に、特に注意しなければならないこととして、著作権処理問題がある。普段あまり意識されないことであるが、利用する情報の種類を問わず著作権処理は必須条件である。

49.8 教育利用の例と生徒の反応

 インターネットの世界には学習活動に役立つリンク集という便利なものがある。このリンク集は、インターネットに接続されている世界中のコンピュータの中に存在する学習情報を論理的にデータベース化したものと考えられる。あるいは各々のコンピュータに様々な分野の蓄積された学習情報を、分野別に分類し、論理的に関連付け、学習活動に役立つ形に構成したものが学習情報リンク集である。もちろんリンク集は学習情報だけではない。例えば、経済関係のもの、スポーツ関係、芸能関係、教育関係、医療関係といったありとあらゆるジャンルのものがリンク集として存在する。また、自分で気に入ったリンク集を作成することも簡単である。本校でも生徒の学習活動に役立ちそうなリンク集を作成し利用している。
 教育リンク集には校種別、教科・科目別に分類されたものがある。例えば、数学であれば小学校低学年用算数(分数)、中学校用(因数分解)、高等学校用(微分・積分)といったぐあいである。また、理科の分野などでは実験を伴ったものもある。もちろん実験はシュミュレーションや実験方法をCAI(Computer Assisted Instruction)手法を用いて説明したものも多い。英語ではネイディブによる発音付きのレッスンもある。
 このように教育利用が可能な教材は、世界中を探せば、無限という言葉がふさわしいくらい存在する。しかも、インターネットでは地球の裏側の教材も隣街の教材も全く同じ操作と安い料金で利用できるのが魅力である。
 このような教材を生徒たちが利用する様子を見ていると、生き生きとして、とても楽しそうに見える。これまでの学習形態と違って、自らが地球の裏側まで行って(インターネットではホームページ等で情報収集することを行くと呼ぶ)学習情報収集やグローバルなコミュニケーションを実に簡単に行っているのには、目を見張るものがある。

49.9 おわりに

 この研究に取り組んで、従来の視聴覚教育という言葉と概念に多少の懸念を感じはじめた。
 現在のようにメディアの複合化・融合化・インテリジェント化が速いテンポで進んでいるとき、視聴覚教育の概念も捉え方も柔軟にしなければならないと思う。従来の視聴覚教育では、利用されるメディアには、インタラクティブな機能はほとんどなかったし、ましてや知能化されたものは皆無であった。これがインターネット利用で実現可能となった。
 インターネットの教育利用は、実際の社会現象から少し遅れて、今始まったばかりだが、おそらく5年後くらいには、学校教育、家庭教育、社会教育などの広い分野において、日常的なものになっているであろう。このように言葉で表現すると実に簡単な出来事のように感じるが、情報通信ネットワークを利用したコミュニケーションの発達は、まさしく日進月歩で革命的な出来事である。これからも人類の文化の広い範囲に渡って、大きなインパクトを与えることは間違いない。特に、我々教育に携わる者にとって、この変革をうまく教育現場に取り込むことは、当面の重要課題である。