50 新しい学校教育の研究

愛媛県立新居浜工業高等学校 宇佐美 東男

50.1 はじめに

 時代が急速に進展し、インターネットをはじめ、多くのコミュニケーション・ツールが日常的に、いたるところで利用される社会となった。
 教育の世界にとっても、大きな変革の時代を迎えつつある。
 多彩なメディアの出現は、コミュニケーションの方法が変わるだけでなく、その量や質、情報の種類も拡大するなど、人類の文化にとって広範囲に影響が出始めている。
 この現象は、教育の世界に対して、新しい波が押し寄せてくる感じを受ける。新100校プロジェクトはまさしく、これを先取りする形で、ネットワーク通信の高度教育利用の実証に取り組んでいる。
 このプロジェクトに参加して、最近、教育に対する考え方が少し変わってきた。これまで教室においては、どちらかといえば、教師が中心となり、トップダウン形の教え込みを中心とした教育パターンが多く、学習活動として生徒の自発性を生かした場面は、比較的少なかったと思う。
 しかし、インターネットの教育利用を通して、意外な事実を発見することができた。
 インターネット利用は、生徒の学習活動にとって、以外にも学習意欲の喚起に対する強いインセンティブを与える教材として、機能することが分かった。
 このことは、日常の学習活動の中にうまく組み込むことで、特に、問題解決能力を育成する等の強力なツールになりうることを意味する。実感として、日常的な教育活動の色々な場面でインターネットを利用することで、生徒の学習活動に対する態度が、明らかに変容をして行く様を観察することができた。
 この経験を基に、これから更に進展する社会と、教育の在り方について考えてみたい。

50.2 社会の変遷と教育の在り方

 21世紀は目前に迫っている。来世紀初頭の先進工業国の姿は、情報通信産業が基幹産業となり、その関連産業への就業人口は、現在をはるかに凌ぐ大きさになっていると考えられる。
 その時、社会全般はどの様な姿になっているであろうか。未来予測のようではあるが、知見ある人々の大方の見方は、先進諸国でほぼ同じイメージを持っている。それはメディアの発達が社会構図を大胆に塗り変え、産業も生活も変わる。これに伴って人々の価値観も「物」万能から「文化」を重視する方向にゆるやかにシフトする時代と観ているようである。先進諸国の仲間である我国も、主要な社会インフラである情報通信インフラの整備が一段と進むことは間違いなく、各国と同じ潮流に乗っているのである。
 このような社会では、例えば、テレワークと呼ばれるネットワーク通信を利用したサテライトワークや、在宅勤務が普及する。また、家庭生活では、ショッピングやバンキング、エンターテイメント等も、現在のインターネットが既存のメディアを融合し発展した姿の、次世代ニューメディアを利用することが日常的になり、家庭生活や消費生活のイメージが、現在のそれとはかなり違ったものになると思われる。
 このような社会において、教育の世界はどのような姿に発展しているであろうか。
 当然、教育の在り方も、社会の変遷と共に、それに適合した方向へと変わらざるを得ない。当然、ネットワーク通信を利用した在宅学習や個別学習をはじめとする新しい教育方法が一般化していると考えられる。
 現在策定中の教育改革が進み、今よりも更に、学習者の個性を尊重した教育方法が重要視されると思われる。例えば、不登校児や学習遅進者には、ネッワーク通信を利用した教育システムが大きな役割を担うことになるかも知れない。
 また、学校が地域社会に開かれ、地域社会と学校が連携した教育システムを構築し、相互協力できるシステムが確立すると考えられる。このことは、ある意味での社会と学校のボーダレス化が進展するという側面もある。
 今後の学校教育のあり方の重要なキーワードは、地域社会と連携したユニークな学校教育の実現である。

50.3 新しい学校教育のイメージ

 これまでの学校教育のイメージは、生徒が学校に登校し、学習活動に参加することを基本として成立している。しかし、最近の学校教育の状況は、様々な深刻な問題がではじめている。
 
その一つは、不登校の問題である。生徒個人によって様々な原因があるが、他の生徒たちと共に学習活動に参加することができず、家庭や他の教育施設で時間を過ごす子供たちも多い。また、登校はしたものの他の生徒たちと共に学習することができず、校内の別室で学習するケースもある。また、学業が不振で、一斉授業では学力等を回復できない子供たちもいる。
 更に、この状況が進むと、学校に適応することができず、学校を去る者も多い。最近ではこの数が、全国の高校で11万人にも達するといわれる。
 このような困難な状況を、新しいコミュニケーション・システムであるインターネットやパソコン通信といったネットワーク通信の活用で、少しでも解決することができないか、特に、知識教育の分野で、この研究に取り組んできた。
 学校不適応の生徒たちにとって、登校しなくても済む方法によって学習活動に参加することができるならば、大きなメリットである。この場合、ネットワーク通信を利用して、指導者とのコミュニケーションや教材のやり取りができることで、ある程度の解決は図られると思う。もちろん学校教育の目的は知識教育だけではないので、これによって全てが解決されるものでないことはいうまでもない。
 また、社会人の利用も含め、各種資格検定取得を目的としたり、高度技術の基礎を学習することができる新しい教育システムを構築することで、地域社会に根ざした学校が実現できるのではないだろうか。

50.4 新しい教育システムの構想

 新しい教育システムの中核になるものとして、学校内に教材データベースを構築する。このシステムは、校内からも家庭からも自由にアクセスができ、学習活動に役立てることができる。
 教材データベースは、分野別・教科科目別に分類された、CAI(Computer Assisted Instruction)システムやエキスパートシステムを中心に、各種教材データを蓄積し、学外からも、生徒や一般市民が、家庭に普及している情報端末(パソコンやワープロ等)で簡単に利用できるものにしなければならない。
 教材データベースの構築とメンテナンスは、教育関係者と地域社会の代表者によって、委員を構成し、学校教育も包含した地域社会全体のコンセンサスに基づいた教育システムとして機能することが重要である。
 また、このシステムは地域社会の、他の教育施設(他の学校や図書館・博物館等)とWANによって広域ネットワークが形成される。

5.52.5 教材データベースの構築

 本校では10数年前からCAIシステムの研究に取り組んできた。当初は、自らテキストベースのCAIソフトを開発し、授業等で利用していたが、パソコンの猛烈な進化に合わせて、グラフィックスや音声、更には動画を利用できるものまで開発に取り組んできた。数年前からは、教材データベースとして利用するためと、更にデータベースを充実させるため、CAIソフトの収集を全国に広げ、これを管理するために公共パソコン通信「えひめ教育NET」を開発した。このような経緯で、CAIソフトを中心とした教材データベースの構築・利用といった新しい形の教育活動に取り組んできた。
 現在、パソコン通信で管理しているCAI関連の教育ソフトは数100本に及んでいる。
 しかし、インターネットの時代となり、パソコンをはじめとするメディアの機能が大幅に向上したため、これまで蓄積してきたCAIソフトの再評価が必要となった。また、100校・新100校プロジェクトへの参加にあたって、再評価を経たCAI関連教育ソフトや、新たな収集や開発、更に、教材リンク集等の開発も並行して行い、インターネット・サーバに蓄積する作業を進めている。
 ザーバはFTPやHTTPを利用するが、現行設備の記憶容量、処理速度、回線速度等に問題があり、現在、設備の強化に努めている。
 ある程度の機能を確保できた時点で、インターネット上に公開したいと考えている。現在は、イントラネットとして実験を進めている。
 新しい教育システムは、教材データベースを中核として、生徒と指導者がCU−SeeMeやメールによるコミュニケーション機能を含むなど、ネットワーク通信をフルに活用した教育システムを構築したいと思っている。特にCU−SeeMeの利用は、イージーなマルチメディア教育利用を実現する方法として適している。これまでは公開外部リフレクターを利用していたが、途中回線のトラフィツクの問題や参加者が限定できないなどの問題もあり、校内サーバにリフレクターをたち上げる準備をしている。
 教材データベース・システムを中心とした、新しい教育システムは、従来の図書館と機能的に類似するところがある。そこで従来の図書館を、時代に整合した電子図書館ないしメディアセンターと位置づけ、教育利用のマルチメディア化を推進したいと考えている。

50.6 新しい教育システムの利用場面

 校内においては、教室等各所に情報コンセントを設け、情報端末からメディアセンターにアクセスすることで学習分野に応じた個別学習やグループ学習、クラス単位の学習に利用できることになる。
 家庭からは宅内電話回線やPHS、携帯電話を介してメディアセンターにアクセスでき、課題学習やリポート提出等の在宅学習も可能である。この際、設備を工夫(CU−SeeMe等を利用)することで、指導教師との映像情報を介した直接コミュニケーションも可能である。
 また、地域社会の方々もメディアセンターにアクセスすることで、資格検定等のカリキュラムを選択することもできるし、教育関係者や生徒たちとも交流をすることができる。 この様な教育システムを介して、学校と地域社会の相互補完といった新たな関係も生まれてくる。

50.7 教師の役割

 従来の一斉授業を中心とした活動に留まらず、生徒一人ひとりの個性に合った指導が望まれるようになる。
 教師は直接指導のみならず、教材データベースの構築やインターネット上に存在する、有益な学習情報の在処について、生徒たちに適切にアドバイスできることが大変重要となる。
 更に、地域社会と学校教育の関係を創る、いわばコーディネータとしての役割も大切な教育活動の一部となる。
 こうして見てみると、21世紀の教師像は現在のそれとはかなりの差異を感ぜずにはいられない。

50.8 おわりに

 社会の変化に対して柔軟に対応できる教育の在り方は、古い時代からの課題である。
 今日のように変化の激しい時代には、なおさら迅速な順応性が求められるはずである。
 
日々教育に携わる者として、常に意識しておく必要があるが、このプロジェクトに参加して、特にこの点について強く意識する結果となった。
 今後は、このきっかけを生かして、時代にマッチした新しい教育システムの開発に取り組んで行きたい。
 インターネットの教育利用は、教育現場に対して様々なインパクトを与えた。インターネットをはじめ、時代の最先端を行く科学技術を利用できることは、生徒たちに来るべき時代へのパスポートを与えると同じ意味を持つ。しかし、このパスポートによって今後何をなすべきか、何ができるかは、これからの生徒たち、また、我々の努力に係っているといってよい。
 教育は未来を創るものである。新しい時代には、新しい教育システムが求められる。