地学におけるインターネットの利用
高等学校1・3年生・地学
慶應義塾高等学校 地学科 松本 直記

インターネット利用の意図
 インターネットを利用することで,教室の幅は大きく広がったと考える。その特性を利用して,今まででは考えられなかったような授業実践が可能となった。本校で行われたインターネットを使った実践について紹介する。

 
1 はじめに
 
 インターネットが広く普及し始めて以来,広い意味で教材としての魅力を大いに増すようになった。そして,様々な有益な実践が行われている。インターネットの利点としては以下のようなものが挙げられるだろう。
 ア 膨大なコンテンツを利用できる
 イ 双方向コミュニケーションが容易に行える
 ウ 空間にとらわれない即時性
 エ 同じ状況を共有できる利便性
 オ インタラクティブ性
 カ コンピュータとの親和性
 本校では,インターネットの利用によって従来の既成概念を越える新しい教育が可能だと考え,上記の利点を活かし,多角的にインターネットの利用を試みた。以下にその実践例を挙げる。
 
2 お天気カメラの映像を利用した気象の授業
 
(1) お天気カメラの利用
  慶應高校地学教室では,1996年からダイヤルアップにてインターネットに接続しネット上のコンテンツ(世界の雲画像,ひまわり画像,各種天気図など)を教室前に掲示してきた。自然現象を可視化したものを身近な場所に常に提示することによって,自然科学に対する関心を高める効果があると考えるからである。この活動は慶應高校が専用線によって接続された現在も継続されている。
  インターネットによる画像は即時性があるので,生徒は掲示された図類から,自分が位置する場所の実際の天気と図上での表示を比較して両者の関係を把握し,また気象システムの東進を加味すれば,生徒自身で簡単な予報が可能となる。
  このように,現況と図類を比較しその関係を把握することは,気象の学習において非常に有益であるが,現況と図類の比較ができるのが,自分のいる場所一カ所でしかない。そこで,インターネットライブカメラ(インターネット上にある,コンピュータに接続されたカメラが設置場所からの光景を撮影し,数秒ないし数分毎に更新しているもの。以下,お天気カメラと表現する。)の映像を利用し,同時に複数の場所の天気を疑似体験することで,理解を深め実践を行った。この実践を行うにあたり作成したホームページを図1に示す。
 
図1お天気カメラのリンク集のページ
   図1お天気カメラのリンク集のページ
 
(2) 授業展開
  各地の実際の天気を見ながらの天気の学習は,様々な教育段階でそれぞれ効果的な利用が考えられるが,本校では,天気図類の読図法の修得を目的とした文系3年生対象の選択地学U(気象分野)における実践の展開例を以下に示す。
 @朝の新聞から天気図と衛星画像を持参させる。
 A各地の天気を天気図と衛星画像から推定し発表させる。(昨日の天気の読図)
  昨日から現在までの天気の変化の理由をまとめさせる。この段階では結果を知っているので適切な根拠とともに考察することができた。
 Bインターネットから取得した最新の天気図を提示する。
 C現在の各地の天気の予想をさせる。(現況の天気の読図)
  日本各地の天気の様子を特に雲の種類に留意させながら簡単にまとめさせた。ひまわり画像や地上天気図の特徴を把握していない者は適切な判断ができていなかった。生徒に予測させた結果を根拠とともに発表さる。
 Dインターネットで各地の天気を確認する。
  実際の様子をお天気カメラで確認した。何地点か繰り返すうちに多くの生徒は的確な読図ができるようになる。また,教室にいながら日本各地の様子を知りうるという状況設定は生徒の関心を強く引いた。
 
 このようにお天気カメラを授業に導入することにより,生徒は現況と天気図類の関係を実感できる場を複数箇所得ることができた。このことにより,従来に比較して天気図やひまわり画像の特徴の理解を容易に深めることができた。
 
3 遠隔会議システムを利用した天文学者との交流
 
 インターネットは,双方向のコミュニケーションを容易に実現することのできるコミュニケーションツールと捉えることができる。この特性を利用し,リアルサイエンティストとの交流を容易に実現できた。
 
(1) 準備段階
  文系3年生を対象とした選択科目の選択地学Vは,天文学を題材として講義を展開している。受講している生徒は少なからず天文学に興味を持つものである。興味をより深めるためには,本物に触れることが重要であろう。天文学者と直接話し合う機会があれば少なからぬインパクトを生徒に与えることが期待される。
  しかし,実際に天文学者に来校して講義をしていただくには様々な問題が生じ容易には実現しない。そこでインターネットと遠隔会議システムを利用することによりリアルサイエンティストとの交流を実現しようと考えた。
  この実践に協力いただいたのは,群馬県立ぐんま天文台の研究員である浜根寿彦氏と中道晶香氏である。両者とも天文学の最前線で活躍され,また教育にも深い関心を持って尽力されている。
  インターネットを利用した遠隔会議システムには,コーネル大学が開発したCU-SeeMeや,Microsoft社が開発したNetMeetingが有名である。最近ではNetMeetingがビデオ画像をサポートし,さらに双方向から描き込めるホワイトボード,アプリケーションの共有などCU-SeeMeを越える機能を持ってきたので,本実践ではMicrosoft NetMeeting Version 2.1を使用した。
  遠隔会議システムを授業に利用するにあたり,あらかじめ3回の接続実験を行った。
  なお,慶應高校,ぐんま天文台ともインターネットへは常時専用線にて接続されている。その中で使用ソフトの選定や,両者間のネットワークの状況を鑑みながら遠隔授業の展開について打ち合わせをした。
  Microsoft NetMeetingにはホワイトボードという共有アプリケーションが用意されている。これは双方から線画や簡単な図形が描き込めるほか,画像も貼り付けることができ,かつネットワークへの負荷もさほど大きくない。説明の際にあらかじめ画像を用意しておけばホワイトボードに貼り付けることにより簡単に画像を提示できるので,本実践ではこの機能を使った。
  本実践における慶應高校側の機器環境を図3に示す。コンピュータは,ノートパソコンCanon INNOVA Note 4500DX(CPU: MMX Pentium 150MHz, RAM: 32MB),パラレルポートカメラはマクニカ社製のRucolaを使用した。パラレルポートカメラとはコンピュータのパラレルポートインターフェース(プリンタポート)に接続可能なカメラで,安価でかつ容易にカメラからの動画をコンピュータに取り込むことができる。
 
図2 NetMeetingの画面 図3 慶應高校の機器環境

図2  NetMeetingの画面

図3 慶應高校の機器環境

 
(2) 授業展開
  限られた時間を有効に利用するため,生徒には,予め浜根氏,中道氏の専門分野を紹介し,その上で質問したいことを用意させておいた。質問内容は,宇宙の大きさや起源など宇宙論に関わるものや,地球外生命体について,天文台の仕事について等,多岐に渡った。
  授業のスタイルは,生徒がそれぞれ用意した質問をし,中道氏,浜根氏がそれぞれの専門分野に近いものを回答することとした。当日の授業展開を表1に示す。
 
  表1 授業のタイムスケジュール
1998年10月9日 5限 選択地学V
13:00     授業開始 出席確認 松本から簡単な説明
13:05     インターネット接続 NetMeetingを立ち上げぐんま天文台を呼び出す
13:05〜15  中道氏・浜根氏の自己紹介(まず画像を流し,音声にて)
13:15〜35  生徒の質問(質問者の顔を流してから音声またはチャットで)
          及び,回答
13:40     接続終了
13:40〜50  授業の感想を記入
13:50     授業終了
  慶應高校側からぐんま天文台を呼び出すと,即座に反応があり交信可能な状態になった。そしてぐんま天文台からの動画が表示され音声が届くと,生徒の中から歓声が上がった。
  講師による自己紹介はホワイトボード上に文字を表示させながら行われ,音声も内容が聞き取れる程度,明瞭であった。そして順に生徒が用意したノートパソコンの前に座り,画像をしばらく送ったのち,簡単な挨拶をしてから質問をした(図4)。
  問題点として,今回の実践では音声の質が良くなく,長い説明をするには不適当だったことが挙げられる。お互いに専用線で繋がれているとはいえ,円滑なコミュニケーションを図るにはまだ力不足なのであろう。電話との併用や,音声を使用せずにチャットでの展開をすべきであったのかもしれない。
  授業後の生徒の感想によると,リアルサイエンティストとの交流は非常に興味深く受け取られたようである。自分の考えた質問を天文学者に直接解説してもらえる状況には 少なからずインパクトを受けたようである。そして,このような機会を今後も求める意見が多かった。中には,天文台へ実際に行ってみたい,専門家に実際に来てもらいたいといった直接の接触を望む生徒もいた。このような感想からこの実践の収穫は十分にあったと感じる。
 

        図4 質問をする生徒
 
4 コンピュータを使った作図実習での利用
 
 地学では,自然からのデータをもとに作図し,その結果から考察を深めることが多い。これらの図は,生徒自らの手で作図した方がより教育効果が上がると考えられるが,時間的な制約によってなかなか実施が難しいのが現状であろう。
 本校では,1年次の生活一般(2単位)の授業において,通年の1/4期をコンピュータ操作の基礎に充てている。そのため,ワープロや表計算ソフトの簡単な使い方は習得しており,他科目でのコンピュータを使った実習の実施が容易である。
 コンピュータと表計算ソフトで作図することによる利点は,手作業より時間短縮の効果があること,また扱うデータが膨大であっても処理可能であり今まで生徒実習として実現不可能な作図も可能になることが挙げられる。膨大なデータの場合,データを手入力するのは難しいのでファイルとして配布することになるが,フロッピーなどで配布するのはなかなか煩雑である。
 そこで,インターネット(厳密にはイントラネット)を利用してデータファイルを配布することとした。配布するファイルをサーバ上に置き,生徒はウェブブラウザを利用してファイルをダウンロードする(図5)。
 1年必修地学や3年選択地学・選択コンピュータなどで,地球の内部構造の探求,地殻構造の解析,日本付近の震源分布の作図,惑星の視運動,クライモグラフの作図など多くの表計算ソフトを使った作図の実習を行ってきた。図6,図7に作図したものの例を示す。
 インターネットを介して作業用のファイルを配布することで,それらの実習を円滑に進めることが可能となった。また,このような作業を経験することで,生徒はインターネット上のデータを加工し可視化する訓練にもなるだろう。
 
図5 ウェブブラウザを用いてのファイル配付
図5 ウェブブラウザを用いてのファイル配付
図6 惑星運動の作図
図7 日本付近の震源分布
図6 惑星運動の作図
図7 日本付近の震源分布
 
5 おわりに
 
 以上紹介してきたように,インターネットを利用することによって,利便性が向上したり,従来不可能だったことが可能になった。また,それぞれの実践ともに生徒の反応が非常に良かった。新奇性によるものもあるのだろうが,基本的に生徒は楽しみながら理解や興味を深めることができたと考える。
 インターネットを使うことで,従来の教室や授業といった概念を変えうる可能性を感じた。今後もインターネットの特性を利用してさらなる利用を試みたい。
 
ワンポイント・アドバイス
 本校では実際の遠隔会議システムを運用する前に,あらかじめ3回の接続実験を行っている。このように,いきなり授業に利用するのではなく,回線の状態や使用ソフトの選定も含めて検証しておくことは大事であろう。
 しかし,事前の準備にも関わらず本番では音声の質がよくなかったため,長い説明には不向きであった。互いに専用線で接続されていても,円滑なコミュニケーションが難しかった今回の事例から考えると,チャットを併用するなどの工夫が必要であったかもしれない。遠隔会議システムを使って授業に活用する場合の参考にしてもらいたい。  
 
利用したURL
・慶應高校地学教室お天気カメラのリンク集
(http://www.cc.hc.keio.ac.jp/earth/livecam.html)
・Microsoft NetMeetingのダウンロードサイト
(http://www.microsoft.com/msdownload/iebuild/netmeet2/ja/netmeet2.htm)