農薬は必要か必要でないか
− ネットワークを活用した共同学習を通して−

学校第5学年・総合
江東区立南砂東小学校 伊藤 秀一


インターネット利用の意図
 環境の学習をつきつめていくと,どうしても一方通行的な見方,考え方に陥ってしまい,偏った結論に達してしまうことが多い。インターネットやテレビ会議システムの活用は,環境や立場の異なった地域の人々との学習を可能にし,子どもたちの視野を広げるのに効果的である。このようなネットワークの活用によって,さまざまな見方,考え方に気づき,自分自身のあり方を見つめ直す環境の学習が期待できると考える。

1 農薬は必要か必要でないか
(1) 学習のねらい
 環境の学習のねらいは,人と地球環境とのよりよいあり方を考え,その改善に向けての実践力を養うことにある。そのためには,教師主導の教え込みの授業の中から成功は生まれない。ましてや,環境問題だけに終始した内容では,その後の子どもたちの前向きな行動は期待できない。やはり,身近な環境を子どもたちと生活とのかかわりの中で,自分の課題として見つめさせていく必要がある。けれども,よほど身近に必要感に迫られる課題がなければなかなか学習は深まらない。ましてや,同じ生活環境にある子どもたちどうしの追求活動では,どうしても,一方通行的に偏った結論に達してしまいがちである。そこで,環境や立場の異なった人々との共同学習の必要性が生じる。双方向のコミュニケーションが,一つの課題に対しても,立場によって考え方に違いがあることに気づかせてくれる。時には自分たちが正しいと確信したものでも否定される場面に出くわすかもしれない。そんな学習が,生きてはたらく学習ではないだろうか。本実践では,相手のある学習を通して,様々な見方,考え方の中から,地球環境のよりよいあり方を探り,それを行動に移していく態度を育てることを学習のねらいとした。
(2) 子どもに培わせたい資質・能力
 身近な人とのコミュニケーションは,ある程度曖昧な内容でも,同じ生活環境を土台として通じ合ってしまうことが多い。けれども,環境の異なる地域の人々とのコミュニケーションは,それでは成立しない。自分の伝えたいことを明確にする必要が生じる。ここで,はじめて相手を意識し,自分は何を伝えたいのか問い直すことになる。この自分自身の見つめ直しが,主体的な追求活動から実践へとつなげていく原動力にもなると考える。今回の学習を通して,様々な要因を比較し,自分はどうあるべきか適切に判断していく力を身につけさせたいと考える。

2.指導計画(12時間扱い)
   ※支援または留意点  □情報,環境,人とのかかわりの評価の観点

過程 主 な 活 動 と 内 容 支 援 と 評 価




わたしたちの食べ物は安全なの?

わたしたちの食べ物は安全なの?
○コンビニのおにぎりのラベルから,食べ物の安全性について疑問を持つ。
・発ガン性のある添加物が入っている。
・プラスタイムという防腐剤を入れて,ごはんを炊くこともあるそうだ。
・もっと安全なものが食べたいのに,どうしてないの?

※身近な,あたり前に疑問をもたせる。
※社会科,家庭科の学習と関連づけながら, 地球と人とのかかわりという観点で,お米 作りをとらえさせていくようにする。
情報,環境
本当に安全な食べ物とは何かを考える。





















無農薬米作りにチャレンジ!
○東小たんぼで無農薬のお米作りを実践する。
・口で言うのと,実際にやるのでは大違いだ。

図1 東小学校の田んぼ

農薬は必要か,必要でないか
○実際に農薬を使っている地域の人に,自分たちが感じた疑問についてTV会議で話し合う。
(必要ない)
・農薬は人間にとってもよくない。
・足なしカエルが出たじゃないか。
(必要だ)
・農薬を使わないと,虫とり,草とり,病気が出るなど手間がかかる。
・見た目のよいものじゃないと売れない。
・使わないと,そこで害虫が増え,まわりへ飛んでいくのでめいわくだ
<電子メールによる交流>
※実際にお米作りを体験することによって,作る立場の考えを理解する素地を養う。

図2 徳田小から生き物が届いた
お米作りの実際体験を共通のステージとして,他の地域の人とかかわりを持てたか。
<テレビ会議による交流>
※それぞれの立場によって,考え方に違いがあることに気づかせる。
※米作りの背景にある問題点に気づく。
情報,人
1つの物事にも立場によって,さまざまな見方や考え方があることに気づいたか

図3 この写真を怖いと見るか?あたり前と見るか?

自分たちを見つめよう
○消費者アンケートから,消費者の意識を調査する。
・見た目がよくて,安全で,安い物がいい。
 →消費者はわがままだ。
お米作りは環境破壊か?
○土用干しは必要か?必要でないか? 
・お米をたくさん実らせるには,水をぬいた方がよいが,生き物が死んでしまう。
・お米作りはそこにいる生き物たちか らみるとよくないことだ。
・お米作りは環境破壊かもしれない。

図4 土用干しの田んぼ

環境はつながっている。
○石川,鳥取の田んぼと,東小の田んぼの,環境とのつながりの違いについて話し合う。
<石川,鳥取の田んぼ>
・用水路でつながっている。だから生き物は水ぬきをしても川に逃げられる。
・多くの生き物が行ったりきたりしている。
<東小田んぼ>
・まわりとつながって 
 いない。だから水をぬくと生き物は死んで しまう。
・水道水で給水し,下水へ排水している。
・水槽のような田んぼだ。

図5賀露小の周り

わたしたちの田んぼが教えてくれたこと
○生産者と消費者は,これからどうかかわって いくのがよいのか話あう。(本時)
<徳田小,賀露小との3校交流>
・消費者と生産者との信頼関係が必要だ。
・自分たちのあり方を見つめ直そう。
わたしたちとお米とのかかわり方
○収穫したお米に値段をつけてもらう。
・農薬を使った鳥取のお米より,私たちの無農薬米は,なぜ安いの?

図6 収穫したお米
※見た目を重視する今の世の中のあり方に,消費者の立場から疑問を持つ。
情報,人
理想が通用しない世の中の実状に気づく


※田んぼの生き物を地球環境ととらえ,お米作りをそれに対する人のかかわりとして当てはめてみる。
※環境と人とのかかわりは,どちらかを優先させると,もう一つがそこなわれることに気づかせる。
情報,環境
イネ(人)と生き物(地球)とのかかわりについて,よりよいあり方を考えることができたか。


<テレビ会議による交流>
※田んぼという一つのスポットに視点をあてるだけでなく,生き物を通してまわりの環境とのつながりに気づかせる。
※自然環境はそれぞれが相互にからみ合って成り立っていて,生き物はつながりの多いところほど多くいる。
情報,環境
状況を比較する中から,たんぼとまわりの環境との結びつきに気づいたか。



図7 生き物が住みやすい環境がつながっていない。

※東小田んぼが,なぜ簡単に無農薬でできたのかを考え,実際の世の中の流通システムとの違いを考える。
環境,情報,人
自分たちの今までの活動を見つめ直す


※見た目を重視する今の世の中のあり方に, 生産者の立場から疑問を持つ。
環境,人
人としてこれからどのように考え,行動していくべきか考えることができたか。

 

3 利用場面
(1) ねらい
  お米作りに対する考え方の違いに興味をもち,他校との意見交換を通して,人と環境とのよりよいあり方をさぐる。
(2) 展開(9/12)    ※支援または留意点□環境,情報,人とのかかわりの評価の観点

主 な 活 動 と 内 容 支 援 と 評 価
 

○それぞれの学校の「田んぼの今」報告をする。
 南:無農薬で収穫までいけそうです。
 徳:農薬田んぼの方が収穫が多そうです。
 賀:害虫駆除が大変で農薬をつかいました。

図8 鳥よけネットを全面にかけた南砂東小の田んぼ
わたしたちは,こう考える
わたしたちは,こう考える
○それぞれの学校から,農薬の是非についての結論と,その理由を発表する。
 南:私たちの田んぼは無農薬でお米ができる。
(理由)
  ・面積が小さい=手入れが楽
     →虫とり,草取りが楽
     →鳥よけも完璧
  ・虫や病気がこない→まわりはコンクリートでかこまれた町なので,もともと虫も病気   も少ない。
  ・売り物でない→形が悪くてもかまわない。
 徳:農薬の必要性もわかるが,危険性もわかる。
  ・農薬田の方が手間がかからず,たくさんお米ができた。
  ・農薬田の方が生き物が少ない。

 賀:農薬は使いたくないが,使わざるをえない。
  ・使わないとまわりに迷惑がかかる。
  ・害虫があまりに多くて使わざるをえない。
○理解できる点,矛盾を感じる点について討論を
 する。
 ・農薬を使わないとまわりに迷惑がかかるのも分かる。けれどもそれでは悪循環だ。みんなで減らしていけないのか。
 ・特定の害虫しか殺さない農薬と言うが,益虫にも死なないだけでダメージはあるはずだ。結局,人間だって安全とはいいきれない。
 ・消えてなくなる農薬というが,足なしカエルを見ると,農薬が土に残っていたことも考えられる。

図12 足のないカエル
東京の田んぼは,たしかに無農薬でできたかもしれないが,そんな量では売っても生活できない。
 ・無農薬では,少ししかできないし,手がかかるので,値段も高くなる。消費者は高くても買ってくれるのか?
これから,どうしていくべきか
○生産者と消費者の関係は,これから,どうしていくべきか話し合う。
 ・生産者と消費者の信頼関係が必要だ。
 ・かしこい消費者が増えると,生産者もみかけでなく,よい物を作るようになる。

そうすれば,農薬は少なくてすむ

○これからの取り組みについて発表しあう。
 南:稲刈りをしたら空き缶でごはんを炊くよ。
 徳:来週には,稲刈りをするよ。
 賀:もちつき大会をやるよ。
 ・ホームページやメールで報告していこう。
 ・話し合いたいことがでたらTV会議をしよう

図13 1学期に試した,空き缶で炊いてみるね

※現在の田んぼの状況の共通理解を図り,今日の話し合いの土台にさせる。

図9 他校との意見交換の様子

環境,情報,人
自分たちと,他校の子どもたちの田んぼとのかかわり方の違いを知ることができたか。
※結論を先に示し,その理由づけを明確に行い,主張とその根拠をはっきりと伝える。
※言葉の説明は同時に消えていくので,図など
 資料を提示して,相手がこちらの主張を再確認できるよう工夫させる。


図10               図11
ホームページのまとめを共通の掲示板として発表する

情報
相手に伝えることを意識して,自らの思いを的確に伝えることができたか。
※お金(経済)にかかわる問題点が背景にあることに気づかせ,世の中の流通のしくみに対する関心を喚起し,その矛盾点を考える。
※やや難しい問題なので,教師の連携のもと,話し合いを支援してあげる。(必要に応じて作戦タイムをとる。)
※相手の主張を十分に尊重させる。

図14 話し合いの様子

環境,人
お米作りに対する考え方,姿勢の違いに気づき,自分たちのかかわり方を再認識できたか。
※これからのあり方を,お互いの立場を認めあいながら考える。

図15 意見発表の様子

※よりよい方向を明らかにするのが目的で,無理に結論に結びつけないようにする。
環境,情報,人
多様な見方・考え方に立ち,自分がこれからどう考え行動していくべきかを,見つめることができたか。

※次の取り組みの方向性を示し合い,さらにお互いを高めあう学習の発展をうながす。

4 実践を終えて

(1) ネットワークの効果的な活用 → 相手のいる学習の創造
  環境教育のように一方通行的な問題解決に陥ってしまいがちな活動では,学習相手の存在がとても大きい。大きな壁にぶつかればぶつかるほど,お互いの意識が深まり,主体的な追求活動が促進されていく。インターネットやテレビ会議は,全く異なった環境や立場の人たちとの学習を可能にする有効な手だてであった。いつの間にか子どもたちはコミュニケーションを通して,双方向の見方,考え方を身につけていった。このように異なる立場からの意見に触れたことが,他の課題に対しても通り一遍の考え方ではなく,様々な要因を考え合わせ,よりよい方法を見つけだしていこうとする姿勢につなが っていった。

(2) 学校を離れ,世の中の厳しさを感じる学習

お米の値段
南砂東小:2等級下(1kg=250円)
 徳田小:2等級(1kg=300円)
 賀露小:1等級(1kg=450円)

 学校での学習は,たいてい『がんばれ』ば誉めてもらえ,評価される。けれども,実際の世の中は,そうはいかない。自分たちの作った無農薬米に値段を付けてもらうと,なんと最低のランクだった。しかも,農薬を最も使った鳥取のお米に一番高い値段が付くという世の中の現実 を突き付けられた。わずか2.5sの収穫しかない本校の子どもたち一人あたりの分け 前はたった30円にも満たないという結果に愕然とした。「草取りや虫取りも頑張ったのに」「無農薬米ということも考えて高くしてほしい」「あれっ!消費者は安い無農薬米がほしかったんだっけ!」生産者と消費者の両面から学習を進めた来たことが,現実 を見つめる手だてになっていった。

(3) 生きてはたらく環境学習へ

 環境の学習のねらいは,人と地球環境とのよりよいあり方を考え,その改善に向けての実践力を養うことにある。そのためには,身近な環境を子どもたちと生活とのかかわりの中で,自分の課題として見つめさせていく必要がある。子どもたちにとって,今すぐどうこうできるものは少ないかもしれないが,将来にわたって生きてはたらいていくのが環境の学習のあり方だと考える。


ワンポイントアドバイス
 インターネットやテレビ会議システムなどのネットワークの活用は,これまでの教 育の活動範囲を格段に広げ今まで以上の成果が期待できる。けれども,それらを有効 に活用して学習を進めていくためには,人として基本となるコミュニケーション能力 の育成が重要となってくる。まず,普段から伝える相手を意識した学習を展開し,だれとでも上手にコミュニケーションできる力を育てていくことが必要である。

 ・江東区立南砂東小学校(http://www4.justnet.ne.jp/`higashi_syo2/)