37 Web上における共同学習の展開

--- CSILE型データベースの構築とその活用を通して ---

                             中学校第3学年・数学
                千葉県袖ケ浦市立長浦中学校 永井 正洋



インターネット利用の意図
 現在の学習観からは,知識は教え込むものではなく学習者が共に創りあげていくものだというという考えが一般的になっている。このことは受動的な学習から,積極的で主体的な学習への転換を意味している。昨年末にだされた学習指導要領においても,この視座は「自ら学び,自ら考える力を育成すること[1]」と強調されている。
 Web上では,種々の学習のためのホームページが作成され役立っているが,どちらかというと問題を解いたり,調べ学習をすることの利用が多い。したがって,ここでは生徒が共に知識を主体的に創りあげていく場として,Web上にデータベースを構築した。その際,先行研究としてカナダのトロント大学附属オンタリオ教育研究所で提供しているデータベースCSILE(Computer-Supported Intentional Learning Environment)をとりあげ,同様のシステムの構築と共同学習の展開を試みた。本研究は千葉大学教育学部数学教室越川研究室と合同でおこなっており,データベースは同研究室内のインターネットサーバに設置してある。

1 疑問点や分からないところをインターネット上で討論しよう
(1) ねらい
  生徒はこれまで数学の様々な領域の学習をしてきた。比較的よく与えられた課題などは解決することができるが,とかく数学はできあがっていて単にやり方を覚えて解ければよいものと考える傾向にある。したがって,本研究では色々な数学に関する疑問や未解決の課題について,インターネット上のデータベースで討論する中で,新しい知識を生徒同士が創りあげていく共同学習を考え,実践した。 
 
(2) 指導目標
  データベース上に疑問なところや分からないことを書いたり,他の生徒のコメントを見て自分なりの意見や考えを書き込んでいくことを通して,自ら学ぶことの楽しさや共に知ることの喜びを感得させる。また,知識とは他者と共に主体的に創りあげていくものだという視点を育てていく。
 
(3) 利用場面
  おおよその共同学習の流れは以下のようになる。
  @ 共同学習のページを見る。
  A 調べることが必要ならWeb等を利用する。
  B 自分の意見や質問があれば書き込む。
  C 1時間の授業を共同学習のページを見てふりかえる。
 したがって,@,B,Cの場面では必ずWeb上のデータベースにアクセスすることになるが,それ以外でも適宜,データベースを見て現在の共同学習の状況や全体像を把握するなどして,建設的な意見や課題解決に向かう合理的な考えが書けるようにする。また,Aにあるように何かについて調べたいときにはWeb等から情報を得る。
 
(4) 利用環境
 @インターネット接続  ISDN+ダイアルアップルータ(生徒用端末20台接続)
 A生徒用端末  NEC PC9821xn(OSはWindows3.1 ブラウザはNetscape3.0)
 Bデータベース 千葉大学教育学部数学教室越川研究室内インターネットサーバ「Topo」に簡易型データベースを設置した。フリーソフトの「WebNoteClip 3.5(フレンドリーラボ社製)」である。このデータベースはテキストの書き込みはもとより,図や写真などもアップロードできるWeb上で稼働する「掲示板」である。図1,2,3はデータベースの各画面である。


         
         図1 共同学習用データベース

         

         図2 書き込みの画面


          図3 画像の張り付け
 
2 指導計画

指導計画(2/2) 留 意 点
@データベースの使い方を知ると共に,数学で疑問な点や分からないところを問題にして書き込む。
 ★インターネットの利用
・データベースにはいくつかの機能があるが,その内,基本となる使い方を説明する。
・他の人に分かるように,簡潔で具体的な表現になるように留意させる。
A他の人の書き込みを見て,自分の意見や考えを書く。
 ★インターネットの利用
・既に書き込まれたコメントをよく読み,今,問題となっていることや討論の経緯を的確に捉えるようにさせる。
・他者の考えを知り,自分の考えと比較をする中で数学的な見方・考え方を伸ばす。 
3 学習の展開(本時1/2)
(1) 本時の目標
 ・共に調べたり考えたりすることによって,数学な知識を創っていくことに興味・関心をもって取り組むことができる。
 ・書き込みをする際に,数学的な見方・考え方に基づき適切な表現をすることができる。

学 習 活 動 支援上の留意点 備 考
・パソコンを立ち上げブラウザからインタネットに接続する。
・長浦中学校→数学科教材研究→Web数学科共同学習とホームページをたどっていく。
・ユーザIDとパスワードを入力する。
・共同学習のページでタイトル一覧表示を選択し,これまでの学習の進度などを確認する
・自分の関心のある話題について
 調べたり,考えたりする。
 ○「ひし形」の名の由来について調べる("ひし"とは何?)。
   ひし植物に関するWebページを探す。
   ひし餅の写真をWeb上で探す。
 ○数学の記号について考える。
   なぜ数学ではx,yなどの記号を使うのか。
・新しい疑問や意見があれば書き込む。 
 ○ひし形の"ひし"は植物からか
  雛祭りの餅からか?。
 ○数学でx,yなどの記号が無いと何が困るだろうか。
・授業を振り返る意味で,今一度
 タイトル一覧表示などで討論の
 様子を見る。


・はじめは長浦中学校のホームページにつながるので,それ以降間違いのないようにさせる。
・入力時に間違えないよう留意させる。
・ボタン操作でデータベースの前ページなどを閲覧できるが,操作について再度確認しておく。
・前時の学習内容を振り返る中で,
 何について討論するか決めるが,
 新しく問題を提起してもよい。
・調べ学習をおこなう場合があるが,正答を書いて終わりというようになりがちなので,自分な りの意見や考えも加えて表現するように指導する。
・討論の筋をよく把握してから意見等を投稿する。
・投稿者は名前を明記する。
・適切でない表現や誠意を欠く投稿があれば注意を促す。

・自分の考えや他の生徒の考えを評価する。
・他の生徒の意見や考えから学ぶ。
 
Netscape




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パスワード
データベース
(タイトル一覧表示)





ネット検索



データベース
(書き込みフォーム)


データベース
(タイトル一覧表示)
 
4 実践を終えて
 討論をする中で数学を創っていく。この考えは生徒が抱いている数学のイメージとは,多少,異なるかもしれない。授業では課題を与えられてそれを解くといったイメージが強いだろうし,数学自体は教科書に載っていて既にできあがっており確固たるものであるといった捉え方が大半であろう。実際,共同学習の授業実践をおこなった折りにも,最初は何を書いてよいのか戸惑う生徒の姿も見られた。しかしながら,他者の書き込みを見たり,教師の支援のもと興味をもって自分の意見や考えを書き込むことができるようになった。その中で,他の生徒の考えに学んだり,自分の考えを数理的にまとめ簡潔に表現することの重要性を学ぶことができた。そして,普段,人前で発表することが不得手な生徒も気兼ねなく書き込むことができ,データベース上での共同学習のポジティブな側面を示している。この共同学習では共に築いてきた学習の過程が正確に保存されるから,後に学習を振り返るときには大変役立つものとなるが,このこともコンピュータを活用する利点であると考える。また,CSILEを用いたカナダの共同学習の研究からは,問題解決能力と既習事項を想起することに関して向上が見られたこと[4]が報告されている。
 反面,これからの課題としては佐伯胖氏もその著『新・コンピュータと教育[5]』で述べているように,議論することが苦手な日本人に対してどのように内容のある討論を構成していくかということがある。また,CSILEでは付属した機能が充実しており,共同学習していく上で大変役立つが,今回の実験的なデータベースでは不備なところも多いから今後,改善していく必要がある。例えば,CSILEでは知識マップ[6]と呼ばれる,書き込んだコメントのリンクの状態を図示する機能があるが,これなどは是非取り入れたいものである。さて,Web上での共同学習をおこなったのは今回が初めてであり,不安な部分も多かったためセキュリティをかけたが,将来的には遠隔地と,そして異年齢,非同時下でおこなう学習がインターネットの持ち味をだすものと考えるから,オープンな学習の場にすることも視野に入れている。
 最後になるが,今後,インターネット接続される学校の数が増えると,それを利用した学習の形態も幅広くなることが予想される。インターネット上での学習者相互のコミュニケーションを通しての知識構築はその中でも重要な部分を占めるものと考えられるから,引き続き研究を進めていきたい。
 

ワンポイント・アドバイス
 今回の共同学習で用いたデータベースは前述したようにフリーソフト(WebNote Clip 3.5フレンドリーラボ社製)を用いている。CSILEのような高機能ではないが,簡単な討論なら十分にできるシステムである。これはWeb上の掲示板ソフトであるが,最近ではこの他にも,共同学習に使えそうな掲示板が多く作成されているから,色々と試してみることも良いだろう。しかしながら,知識マップの生成や他にも個々の学習内容に特化した機能が必要ならばC言語やJAVA言語を使ってデータベースを自作することになる。
 
引用・参考文献
[1]中学校学習指導要領(文部省告示第176号 平成10年12月14日)
[2]永井正洋,越川浩明『Web上における数学科共同学習の展開I
          −−−CSILE型データベースの構築とその活用を通して−−− 』
          第31回数学教育論文発表会論文集283-288,1998.11(日本数学教育学会)
[3]永井正洋,越川浩明『Web上における数学科共同学習の展開II
          −−−実験的CSILE型データベースでの一考察−−− 』
                    千葉大学教育実践研究 第6号,1999.3 掲載予定(千葉大学教育学部教育実践総合センター)
[4]Lamon, M., Chan, C.,Scardamalia, M., Burtis, P.J., and Brett, C.『Beliefs about learning and constructive processes in reading: Effects of a computersupported intentional learning environment.』(Paper presented at the annual meeting of the American Educational Research Association, Atlanta.1993, April)
[5]佐伯胖『新・コンピュータと教育』(岩波新書,1997)
[6]Hewitt, J., and Scardamalia, M.『 Design Principles for the Support of Distributed Processes.』(Paper presented in a Symposium: Distributed Cognition: Theoretical and Practical Contributions, at the Annual   meeting of the American Educational Research Association, New York City.1996, April)
利用したURLなど
 ○ オンタリオ教育研究所『CSILEホームページ』
  (http://csile.oise.on.ca/)
 ○ 千葉県袖ケ浦市立長浦中学校『数学科教材研究のページ』
  (http://www.cep.chiba-u.ac.jp/HAKKEN/NAGAURA/math_room/math.html)
    このページに関わる研究には,
   ・平成9年度千葉県教育研究奨励費                
   ・平成10年度文部省科学研究費補助金(奨励研究B,課題番号10913006)
   が交付されている。