---ネットワークコミュニケーションの指導---
高等学校・全般
宮城県東北学院中学高等学校 名越 幸生
インターネットの利用の意図
「ネットワークの向こう側の人間(学校・生徒・教員)とのコミュニケーションをいかに形成するか」ということは,根本的かつ大きな課題である。インターネットに携わる学校関係者は,一度はこの問題に直面する。
昨年度の実践で確立したオンラインディベートを通し,今年度は,ネットワーク上のコミュニケーションの本質について学習する企画となった。言うなれば,インターネットを利用した“コミュニケーション自体が教材”となっているのである。
1 「オンラインディベート」の教育利用
(1) はじめに
昨年度の実践により,「オンラインディベート」の実施方法は,ほぼ確立された。平成9年度の自主企画実践事例集に記された「2 指導計画」に則ると,本企画に参加している教員であれば,ネットワーク上のディベートを運営することができるまでに至っている。
(2) オンラインディベートの概要
ディベートとは「ある一つの論題について,肯定側と否定側に分かれ,一定のルールに従って議論が行われ,最後に審判によって勝敗が下される」討論の形式で,一種のゲームである。基本的に「立論」→「質疑」→「反駁」の流れで行われる。
『オンラインディベート』とは,ディベートの流れを,主としてメールによるテキストの交換などによって,全てをネットワーク上で行うものである。
(3) オンラインディベートの活用の可能性
『オンラインディベート』は対話の手段に過ぎない。よって,インターネットとディベートの両方を用いて様々な教育目的を達成し得ることが可能である。
私たちが『オンラインディベート』によって実現してきた教育目的を以下に記す。
このことにより,もし,何か別な教育目的があり,目的の達成の手段として『オンラインディベート』が有効と判断される方がいらっしゃったら,是非とも御連絡頂きたい。
(4) ネットワーク利用環境
『オンラインディベート』への参加のために最小限必要なものは,WEBを閲覧可能なパソコンが1台と,メールアカウントだけである。
福島盲学校からは,視覚障害を持った生徒が,MS−DOSと音声合成装置を活用して,テキストベースのディベートに何ら障害なく参加した。また本校では,メールアカウントを所有しない有志も,私のメールアドレスを用いて参加した。相手の文章はプリントアウトし,彼等の意見を私がメールに入力して送信することにより,ディベートが成立した。
そのほか,WEBページで本企画を知った東京の高校生が自宅から参加したり,本校を卒業した生徒が,大学のアカウントから参加した。
2 指導計画(今年度新たに確認された留意点)
※指導計画の各項目を行う意義に関しては,昨年度の実践事例集を参照
★全てインターネットを活用★ |
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3 利用場面
※昨年度の実施概要は,昨年度の実践事例集を参照
第3回オンD
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4校+OBの参加2名+教員2名で10チーム
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9月4日(金)〜10月15日(木)
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『会ったことがない人同士でも,文字だけのコミュニケーションが成立する』
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未判定
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第4回オンD
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4校で44チーム
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11月10日(火)〜12月1日(火)
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家庭科の論題5つ
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未判定
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第5回オンD(1日で実施予定)
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'99年2月13日(土)
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「地域振興券政策は日本の景気回復に有効である。是か非か?」
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@自己紹介での画像交換
第4回のオンDでは,対戦相手の存在を強く意識してもらうために,オンD参加者の画像を互いに交換するということを行った(図)。それに対して本校の生徒から「写真があると相手が見えてくるような気がして気持ちはやり易い」という意見をもらった。
図 自己紹介用画像
A立論のフォーマット
第3回のオンDから,立論の作成に関して,以下のフォーマットを用意した。
論題を肯定する理由は全部で○個です。 (1) ○○○○○ 〜〜〜〜〜〜〜 (2) ○○○○○○○ 〜〜〜〜〜〜〜 (以下略 トータルで制限文字数以内とする)
このように,定義について整理し,主張の項目をまとめてもらうことによって,かみ合った議論が期待できるのと同時に,発言者も自分の考えが整理できる。
公開質問,反駁の提出締切日近くに,それぞれのガイドラインについてメーリングリストに流し,より円滑なディベートの進行を促した。
皆さん,こんにちは。名越@東北学院中高です。 肯定側は今日,否定側は明日,公開質問状を提出してもらうことになります。 さて,公開質問状で何を相手に聞くか,の極々簡単なガイドラインを示します。 (1) 相手の文章を読んで,定義(今回は「互いに理解し合うこと」)がよく分からないものは,聞いた方が良い。 議論がかみ合わず,ディベートがつまらなくなる可能性があります。(以下略)
最後に,反駁の作成のポイントです。 …相手の主張のポイントよりも自分の主張のポイントの方に真実性・重要性・正当性があるのだ,ということを,相手にも観客にも,分かってもらえるように反駁しましょう。 ですから例えば, 「あなたの論点1と3とを比較すると,私の主張した根拠の2の方が現状をよく表して おり,かつ重要なのです。」 (そして最後に)「よって論題は肯定(否定)されるのです」 と,互いの立論を加味した上で,論題に立ち返って主張を終えることが大切です。
(抜粋)Subject: [ond-c] 文化祭オンD後半戦へ向けて
ディベートにおいて,各々の主張には文字数の制限があるのだが,その文字数をカウントするのに,Microsoft-WORDの「ツール→文字カウント」を利用し,スペースを含めない文字数の値を,提出された文章の文字数とした。
以前は,制限文字数が超過した文章は,書き手の意見を尊重して書き直しさせていたが,時間のロスが大きかった。そこで,実際の口頭ディベートでも,時間超過分は判定に含めないことから,超過分は削除することにした。
本実践は,判定方法が確立していないことがディベートの実践としては致命的な欠点であったが,今後,アンケート形式で以下のような観点からディベートを評価し,その結果から,判定の責任者が勝敗を決定するシステムを準備しているところである。
1 全体を通し,読みやすく,主張内容が理解しやすい文章であったか。(5段階)
2 全体を通し,文章は,感情的でなく,理性的に書かれていたか。(5段階)
3 相手からの主張を受けて,かみ合った議論がされていたか。(5段階)
4 資料を用意し,議論に活かしていたか。(5段階)
5 相手への非礼行為,字数オーバーなど反則はなかったか。(5段階)
6 説得力を持って主張を支持し,最後まで残った論点があったか(自由記述)
7 ディベートの途中で,相手側に否定されてしまった論点があったか。(自由記述)
8 このラウンドから学べることは何か。(自由記述)
9 このラウンドを更に向上させるために,加えるべき論点や,学んだり参考にしたりした方が良いと思われることは何か?(自由記述)
4 実践を終えて
本企画はインターネットを用いたディベートであるが,それが口頭で行われているディベートとどう違うのか,という点に関する検証がなかった。そこで,'99年2月14日(土)に,清泉女学院にてオフラインミーティングを予定している。当日は口頭によるディベートのほか,1日という短い日程で行うオンDの実施も予定している。
オンDを終えた本校の生徒には,「対戦相手に会いたくない」という生徒もいた。インターネット上で,かつディベートという慣れないコミュニケーションは,負の影響を及ぼしやすいのかもしれない。しかし,その負の影響を「会う」ことによって解消させることが,教員の責務とも思う。実際に会ってのコミュニケーションでは,言葉や表情により一層の『配慮』が必要だからである。そのような経験によって,次のインターネット上での企画や交流で,相手に対して思いやりが持てるようになるという教育効果を期待する。
ここで,今年度のオンDに参加した生徒の感想文から,幾つかの意見を紹介する。オンラインディベートの教育効果が何かしらの形で,参加者にもたらされている。
A君:試合としてのオンDはおもしろいと思う。特に自分が想像していなかったことを言われたりした時には「こんな考え方もあるな」と思わされる。
B君:夫婦別姓の問題は,はっきり言って関係ないと思った。しかし興味がなかったわけではないのでそれなりに調べてみたら,この論題の問題が自分が思っていたより身近なことに気づいた。私個人としては別姓の方に賛成であるが,二つの資料を見て新たに考え直している。
C君:オンDをしてみて,言葉だけで相手に上手く説明することがとても難しいということが分かった。
ネットワーク上の主張は,時に自分の考えを「言いっぱなし」で終わる場合がある。また,日常の議論においての発言は「相手を説得する」ために行なわる場合が多い。
一方でディベートは,それぞれの立場を変えてはいけないので,相手の意見は変わらない。そのため,オンDに参加した生徒たちの話を聞くと,「一生懸命に言っているのに,相手がこちらの主張を認めてくれない」と思ってしまうようである。時にそれがエスカレートして,“バトル”と呼ばれる,ネットワーク上における険悪なやり取りが生じる。昨年度は第1回のオンDで,今年度は第4回のオンDでそれが生じた。
そこで,[ond-ml](企画用メーリングリスト)に寄せられた質問を元に,「オンD・FAQ」を用意した。引き続き,「立論」や「反駁」など,具体的なオンDの仕方についての解説を準備している。これによって,相手との建設的な対話を促したいと考えている。
オンラインディベート自体の充実を図りながら,新たな企画の方向性も考えている。
@オンDパックの開発
東北インターネット協議会の協力を得ながら,オンラインディベートの参加,もしくは運営を,半自動化して行うためのパッケージの開発を進めている。
Aオンライン・マイクロディベート(仮称)
日程が短く,作文の量も短く身近な論題で気軽にオンDに参加できるような「マイクロディベート(仮称)」を実現したいと考えている。
Bオンラインプレゼンテーション(仮称)
ディベートは必ず“肯定側”と“否定側”に分かれて討論が行われるが,論題によっては“肯定”“否定”と一義的に分けられない場合もある。
そこで,結論を用意せず,論題に対して自由に論じてもらい,その論証の確かさをコンクール的に評価する「オンラインプレゼンテーション(仮称)」という企画も考えている。これを,ディベートに至る前段階の企画として整備したい。
生徒は,自分の中で潜在的に「主張したい」と思っている。オンDは,それを引き出す好機となっている。その主張ができるのも,また,その自分の中にある主張を省みるきっかけを作ってくれるのも“対戦相手”である。そして,生徒がディベートを通して学び,成長していく傍らで,教員の支援も必要であると思われる。
昨年も書いたが結局は,生徒と教員が共に「やってみよう」と思う気持ちが最も重要である。そして,その「やる気」を支える人的ネットワークがあってこそ,企画が成功するものかもしれない。ここにネットワークの恩恵がある。
オンラインディベートというネットワークコミュニケーションの形態を必要とする人がいらっしゃいましたら,御連絡を頂いた上,本実践を是非とも活用して頂きたい。
利用したURL
オンラインディベートホームページ http://www.jhs.tohoku-gakuin.ac.jp/debate/ond/