65 学校を超えたネットワークコミュニケーションの試み その2
--- 授業を結んだオンラインディベート ---
高校2年生・家庭科
清泉女学院中学高等学校 上野 顕子
インターネット利用の意図
これまで,「家庭経営」や「保育」領域などで,将来の生き方に関わるいくつかのテーマ(女が得か男が得か,夫婦別姓,人工妊娠中絶,共働き夫婦に子どもができた場合,妻の仕事継続について等)でディベートの授業を展開してきた。しかし,清泉は私立の女子校であることから,多様な意見を見いだしにくい時もある。また,男子の意見や自分たちと異なる環境にいる人達の考えに対して興味が高い。実際,ディベートをやっていると,家族の問題は必ず女性,男性の両方に関わってくることに気付き,「男子の意見も聞いてみたい」という声があがる。そこで,3年前,同じテーマでディベートを行った他の学校の生徒と授業の様子を記録したテープやプリントを交換するということを試みた。この方法でも,考え方の多様性に気付くことはできたが,教師が媒体となる間接的な交流なので互いの存在に対するリアリティーに欠けるという問題があった。そこで,これを何とか生徒同士が直接意見を交換することができるようにしたいと考えた。これらの授業実践から生まれたニーズを基にインターネットを利用したコミュニケーション,オンラインディベート(以下オンDと略す。)を計画した。この企画は,昨年度から実施しているが,今年度は昨年度の反省を踏まえ,家庭科の授業同士を結びつけ,1ヵ月の期間でオンDを実施した。
1 単元・教材名
(1) ねらい
高校家庭一般の家庭経営領域に「生活設計」という単元がある。将来に通じる選択を行う青年期において,多様な意見に気付き,自分の生き方や性をめぐる自己の考えを深めることは重要な課題である。その課題を達成させる一つの有効な教育手段としてインターネットを利用し,異なる環境や地域に位置する学校と意見交換をすることをねらいとした。
(2) 指導目標
・青年期は自分自身を知り,これからの人生を設計する準備段階として大切な時期であることから,自分の意見を持ち,選択して生きていくことの重要性を理解させる。
・性や命をめぐる現代の問題に気付かせる。
・グループで活動することにより,それぞれが持つ知識,意見,そして収集した情報をまとめる能力を養わせる。
・異なる地域の学校や異性の生徒の持つ多様な考え方の存在を知らせる。
(3) 事前準備
参加校は,昨年度から協力していただいている東北学院高等学校に,岐阜県立海津北高校,金沢大学附属高校が加わった。
また本校は,神奈川県のインタネットの教育利用協議会(KICE)をとおして,慶應藤沢のWIDE プロジェクト関係者の支援を得た。
夏休みを利用し,著者が金沢大附属高校に行き,他校の担当者とは,その日,チャットを用いて打ち合わせをした。その後,メールで打ち合わせを重ねた。
オンDを行うための準備をする。
1.参加する生徒のグループごとにFDを配り,アカウントを切る。
2.担当教師用ML「ond-ml」により企画や技術上の問題を話し合う。
3.運用に関しての質問を受け付ける生徒用運用ML「ond-c」を用意する。
(4)利用環境
1.使用機種 Mac LC520 と iMac
2.利用ソフト Eudora-J
2 指導計画
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活動計画 |
留意点 |
7月
9月
10月
11月
1月
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生徒に教室ディベート,オンDの希望を聞く。
グループを決める。
立論作り
教室ディベートを開始する
オンDを始める。
生徒はオンD判定とオンDをやっての感想を書く。
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教室ディベート,オンDのどちらをやりたいか生徒に希望を募る。約半々に分かれる。
夏休み前の希望により,グループ分けをする。
教室ディベートは1グループ6人程度,オンDは1グループ3人程度。
授業時間を用い,教室ディベート,オンDそれぞれのグループに分かれ,インターネット,図書を用い立論を作る。
オンDと同じテーマを教室ディベートで行う。
論題は,以下に示すとおり。期間は,約1カ月
自分が扱わなかったテーマのオンDを分担し,生徒自身がオンDの判定をする。また,自分がオンDをやっての反省,感想を書く。
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*オンDの企画概要は以下を参照。
http://www.jhs.tohoku-gakuin.ac.jp/debate/ond/ond.html
http://izumi.seisen-jsh.kamakura.kanagawa.jp/student/ClassRoom/5onD/5ond.htm
3 利用場面
(1) 論題
以下の1)から5)のように,論題を設定した。
1)将来,結婚するとして,結婚後,夫婦同性,別姓どちらがよい?
A 同姓がよい B 別姓がよい
2)離婚における破綻主義は認められる。
*破綻主義とは,事実上結婚生活が成り立っていない場合,その夫婦の法律上の結婚にも意味がないとする立場
A 離婚が認められる B 離婚が認められない
3)高齢者となった親と同居したほうがよいか。
A 同居する B 同居しない
4)大学生での妊娠,産むほうがよいか,産まないほうがよいか。
A 産むほうがよい B 産まないほうがよい
5)子供が産まれた!それまで夫婦ともフルタイムで働いてきた。この場合,妻は,
A フルタイムの仕事を続ける B フルタイムの仕事は辞める
(2) 展開
学習活動 |
活動への働きかけ |
教室ディベート,オンD開始に当たり,それぞれのグループに別れ,論題をいろいろな視点(倫理面,経済面,精神面,それぞれの将来,生活,命等)から考え立論を立てる。
対戦相手の決定
自己紹介メールのやりとり
オンDを始める。
立論,質問,回答,反駁の順に送る。
オンDの判定をする。
反省・感想を書く。
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インターネット,図書等の資料を用い,立論を立てる。
44チーム,22ラウンドの対戦表をメールを用いて発表する。
自己紹介の文章と写真を対戦相手の間で交
換する。
準備は授業で行うが,メールの送信は主に放課後,グループで協力 ,分担し行う。
字数は,立論・反駁は1600字以内,質問・回答は4つまでで1つにつき200字以内。ディベートの立論や質問などは担当教師がプールし,対戦相手に同時に送る。
授業でオンDの様子をプリントにし,他の学校の意見を分かち合うとともに,生徒同士で判定を行う。
*判定については以下を参照
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4 判定
各グループでうまく分担,協力ができているところ,できていないところがあったが,全体的には,生徒たちは熱心に取り組んでいた。新しいことを試みることの興味とテーマへの関心,他の学校と交流することの楽しみが,生徒たちの参加を促したのだろう。オンDに実際には参加していなかった生徒たちからも,普段の授業と違って新鮮な取り組みだったという声が聞かれた。
判定は以下の視点から,1〜5については,そうである,だいたいそうである,どちらともいえない,あまりそうではない,そうではないの5段階の選択肢で,6〜9は記述で,A側・B側それぞれについて答える。10は,A,Bどちらかを答える。
1 全体を通し,読みやすく,主張内容が理解しやすい文章であったか。
2 全体を通し,文章は,感情的でなく,理性的に書かれていたか。
3 立論,質問,回答,反駁がかみ合い,相手からの主張を受けた議論を試みていたか。
4 資料を用意し,議論に生していたか。
5 相手への非礼行為,字数オーバーなど反則あったか。
6 ディベートの最後まで残り,主張を支持する良い働きをした,説得力のある論点はありましたか?それは具体的にはどの論点ですか?
(立論に項目番号があれば,それも合わせて答えて下さい)
7 ディベートの途中で,相手側に否定されてしまい,主張しきれなかった論点があると思いますか?それは具体的にはどの論点ですか?
(立論に項目番号があれば,それも合わせて答えて下さい)
8 このラウンドから学べることは何か。
9 このラウンドを更に向上させるために,加えた方がいいと思われる論点や,学んだり参考にしたりした方が良いと思われることは何ですか?
10 ゲームとしてどちら側が勝ちだと思うか。
5 反省・感想
(1) 自分の対戦相手は何を教えてくれたか。
「何事も賛否両論。でもそれがまたおもしろい!賛成する人もいれば反対する人もいる。その理由を見てみることで,その人個人の考え方がわかり,自分とは全然違って新鮮でおもしろい。」
「社会の中には自分と同じ意見の人もそうでない人もたくさんいて,私が一つのことを主張するように,その人もその人が信じることを一生懸命に主張するということを,当たり前であるが,改めて気づかされた。」
「家族の多様さ,あり方についていろいろな方向から考えることができた。」
「お互いの意見を受け入れる大切さ。」
「自分にとって損であると思っていたことも,見方を変えることによって得にもなりうることが分かった。」
「自分が今まで持ってきた考え方が時に偏ったものになっていることを反省させられた。」
(2) オンDをやったことから私が学んだことは何か。
「自分の意見をしっかり相手に述べることの難しさ。」
「相手の意見をよく聞くこと。」
「相手から与えられた質問や主張を否定するだけではなく,それも認めた上で自分の意見を織りまぜ,より良いものを求めるためにお互いが話し合っているのだということ。」
「家族に関わる問題の難しさ,深刻さ。家族の問題は私的な問題に見えるが,社会を映し出していること。」
「反対意見を聞くことで,自分の意見を客観的に判断できる力になるということを知った。」
「一つの問題について,自分だけで考えるよりも,意見をぶつけ合うことによってより豊かな問題解決を見いだせるということ。」
(3) 教室ディベートと比べてオンDの良い点
「見知らぬ人と考えを交換できる。同じ学校にいると,どうしても考え方が似てしまうが,違う学校の人であれば,新鮮な考え方を教わることができる。」
「考える時間があるので,きちんと意見をまとめてから相手に伝えることができる。」
「記録に残る。」
「相手の顔が分からないので言いたいことを言えた。一方,お互いあまり知らないことがクッションとなり,まじめに取り組めたし,相手を傷つけることを書かないようにした。」
「感情が邪魔をしない。」
「全く異なった環境にいる相手と意見を交わすことができる。」
「教室では,しゃべり方やしゃべる人の普段のイメージが結果に影響するが,オンDでは論旨にだけ集中して判定できる。」
(4) 教室ディベート違ってオンDで問題となる点
「理解できなかったことについて,細かくその場で聞けず,聞くのも面倒である。」
「質問と回答がかみ合いにくい。」
「口では簡単に言えることが,文字にすると堅苦しくなってしまい,思うように気持ちを伝えられない。」
「声を聞かないから,どこを強調したいのか,微妙なニュアンスが伝わりにくい。」
「相手が目の前にいないため,歩み寄りが見られず,自分の意見を主張して終わっている。」
(5) 他の学校の人や男子の意見を聞けたことに関して
「相手が男子であったことで,異性と考え方が違うことを指摘し合え,固執した考え方を持ちすぎないことの大切さを知った。」
「異なった視点からつつかれることで,それについて考えるようになる。それにより,考える幅が広がって柔軟に物事を考えられるようになる。」
「普通,知らない相手と平気で自分の思いをぶつけることができないけれど,画面を通して,本当の話し合いができたと思う。」
ワンポイントアドバイス
1つは,22チームと多い対戦だったので,以前までは公開質問として反駁の前にやっていたIRCによるチャットができなかった。それにより,リアルタイム性に欠けたのが残念だった。
2つ目は,今回のテーマは,自分の将来に起こるかもしれないことと捉えさせたが,これを,高校生同士という枠を越え,実際にこれらのテーマに似た問題に直面している人の実態を聞くことができればよりよかっただろう。インターネットから,それらの資料を見つけられたグループもあったが,どのグループもそれができたわけではなかった。
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参考文献:「人間と家族を学ぶ 家庭科ワークブック」,牧野カツコ編著,国土社