69 知的障害児のための地域に根ざした学校間イントラネットの活用

養護学校 小学部,中学部・国語(言葉)
山口大学教育学部附属養護学校 舛谷 晃


インターネット利用の意図

 自分達が住んでいる近隣の地域の養護学校に通う児童生徒がイントラネットとしてプラーバシーを守りつつお互いの学校での学習や行事の様子を絵や写真や文章で紹介し合う事で,表現力を高めたりお互いの理解を深める事を目的とする。インターネットの専用線上にWEB対応イントラネットサーバ(電子掲示板)を立ちあげる。その電子掲示板に養護学校の児童生徒が日常生活や校外学習で体験した事を,文章や写真で記録し書き込み,それを学校間で閲覧し交流を図る。


1 企画の目的・意図

 本研究は,知的障害児の情報収集及び表現手段としてのネットワークの使い方を探る事を目的としている。具体的には,インターネットの専用線上WEB対応イントラネットサーバ(電子掲示板)を立ちあげる。その電子掲示板に養護学校や障害児学級の児童生徒が日常生活や校外学習で体験した事を,文章や写真で記録し書き込んでいく。このようにして電子掲示板に自分が経験した事を文章や写真で表現し掲載する,それを学校間で閲覧する事が可能となる。さらにその電子掲示板は,WEB対応であるため校外や生徒の自宅からでもノートパソコンとモデムカードを介して電子掲示板に接続する事ができる。知的障害児の中には,文字を完全に覚えていなくて文字が書けない場合や書字機能に問題がある場合がある。これらの場合にパーソナルコンピュータと50音表入力形式の代替キーボードを組み合わせると,50音表の文字にを触る事によってパソコンへの入力ができ,字を書く事の助けにしたいと考える。また,文字のみではなくビデオ動画や写真を文字に添付する事によってその表現力は拡大でき,閲覧した時にイメージが捉えやすい。この電子掲示板は,県内の養護学校や障害児学級にもインターネットを通じてアクセスできるため,お互いの地域や学校での様子を絵や写真や文字で伝え合う事によって交流を行う事が可能である。

 

2 実践の準備

(1)本校のインターネット環境について

 本校では,平成8年度に情報教育用パソコンが導入された。児童生徒用パソコン及びTV会議システム用(障害児教育におけるTV会議システムのコミュニケーションの道具的利用に関しては舛谷(1997)を参照)として10台(米アップル社PowerMacintosh),UNIX1台(米シリコングラフィックス社Indy)設置した。これらをLANで結んで校内LAN(10Base2を基幹線とし視聴覚室,教官室内では10Base T )を構築した。さらに校内LANを隣接する山口大学より光ケーブルでインターネットに接続している。これらの機材を使って wwwサーバ,電子メールサーバ,学校間イントラネットサーバ等を運用している。(「利用した URLなど」を参照)

 これらのネットワーク環境を活用して,本校ではインターネットによる学校間交流プロジェクトである「メディアキッズ」に参加している。大杉ら(1998)は,メディアキッズの参加校で障害のある児童生徒が参加するコンピュータネットワーク「チャレンジキッズ」を滋賀大学教育学部附属養護学校を中心に特殊教育諸学校や障害児学級27校・学級で構成しその実践を報告している。本校も「チャレンジキッズ」に参加しているが,ここでは参加校同士のプライバシーを守りつつ絵や写真,文章等でお互いの学校や地域の様子を伝えあう事で学校間交流を行っている。しかし,全国の養護学校を交流の相手にしているため,地域も遠く離れていて実際に会うことも難しく,相手を想像する事も難しい段階の児童生徒もいた。そこで,舛谷(1999)は,障害児教育におけるパーソナルコンピュータのネットワーク的利用について特に学校内イントラネットの利用に関する実践研究を行い,学校の中で相手が見える環境での電子掲示板システムを使った文章でのやり取りに関して実践及び考察を行った。その結果,相手が見える環境が知的障害のある児童生徒に必要な事を指摘した。この企画は,校内でのイントラネットを一歩進めて県内や近隣の養護学校・障害児学級間で情報の発信・共有を行った。

 

(2)企画のスケジュール

@電子掲示板(WEBサーバ対応イントラネットサーバ)の構築(電子掲示板を校内ネットワークで公開)?<平成10年10月1日より10月31日まで>

A障害のある児童生徒が使いやすい電子掲示板の様式を検討(画像,文字の配置,操作ボタンの配置などユーザフレンドリーなデザインの検討)?<平成10年10月1日より10月31日まで>

B教師による電子掲示板への入力?<平成10年11月1日より11月30日まで>

C児童生徒による電子掲示板への入力,閲覧(50音表代替キーボードによる文字の入力の検討)?<平成10年11月1日より11月30日まで>

D山口県特殊教育諸学校視聴覚教育研究会理事会(県内11校が参加)にて,新100校プロジェクト平成10年度自主企画及び本企画の説明,参加協力校の要請?<平成10年12月4日>

E他の養護学校との電子掲示板の閲覧,入力による交流(インターネットでの電子掲示板の公開)?<平成10年12月1日より12月31日まで> 

Fまとめ(障害を持った児童生徒用電子掲示板の構築,イントラネットとしての活用方法,他の養護学校との情報の交換,交流)成果をwww上で発表,研究紀要(電子出版及び冊子)の作成??<平成11年1月1日より1月31日まで>

 

3 企画の実際

 電子掲示板(WEBサーバ対応イントラネットサーバ)には,カナダSoftArc社のFirstClass IntranetServerを使用し1台のパソコンを24時間 IP接続にて運用している。このサーバソフトの利点は,GUI(Graphical User Interface)に優れ視覚的に分かりやすい構造を持った書式を簡単にカスタマイズする事が可能である事。また,文字の大きさや色等を使用者が自由に設定できる事や絵や写真を簡単に電子掲示板のへの書き込みや電子メールに添付できる事である。また,専用のクライアントソフトがフリーウエアで無償で配布可能な点。しかも,専用のクライアントソフトがない場合でも,インターネットのホームページが閲覧できる環境であれば,Webブラウザーを使用する事でクライアントソフトの機能の主な部分を代用できる。この機能により誰でも,どのパソコンの機種でも手軽に使用が可能で,本格的に使用するには専用のクライアントソフト(Windows 用またはMacintosh用)をこのサーバよりダウンロードする事が可能である。

 さて,この電子掲示板は児童生徒用の「ちゃれんじやまぐち」と教師の連絡用の「チャレンジ山口teachers」の二つの電子掲示板を設定した。児童生徒用の掲示板は小学部高学年および中学部の国語(ことば)の時間に行った。障害がある学習者が文字入力を行う際,通常のキーボードを使用する事が困難な場合がある。そこで,障害のある学習者が使いやすいように様々な入カ装置を取り付けた。代替キーボード(キネックス)は,カタカナの50音表が書いてあるボードを押す事によって,その文字の音声が出ると共にコンピュータへの入力が可能となる。次に,校内電子掲示板の基本的な使い方を以下に説明する。

 まず,コンピュータの電源を入れる。校内電子掲示板用のソフトウエアのアイコンをマウスでクリックすると,ユーザ名の入力(この企画の趣旨を理解して下さる学校単位で参加校,参加教員にIDを発行し,不特定多数が掲示板を閲覧する事は制限している)を促す画面が出るので,ユーザ名を入力する。電子掲示板「ちゃれんじやまぐち」のアイコンをマウスで押す。(図−1)電子掲示板に掲載されている書き込みが時系列順に提示される。掲載者名,書き込みの題名,掲載日時等が1行毎に表示される。閲覧したい書き込みの行の所でマウスをクリックする事によって,その書き込みが画面に表示される。新たに書き込みを行いたい場合は,コンピュータ画面のメニュー表示の「新規メッセージ」の所でマウスのボタンを離すと画面に白紙の状態のフォーム(書式)が現れる。それに題名を記入し,書き込みたい内容を記載する。全て記載し終えると,「送信」というボタンの所でマウスをクリックすとサーバに送信し,校内電子掲示板に掲載できる。

4 実践の評価

 以下に,この実践での事例とその評価を示す。  

<事例1>(書き込みに写真を添付した例)

 電子掲示板への書き込みにデジタルカメラで撮影した写真を貼付すると,感情やその時の気持ちは自分では文字で表現する事が難しくても相手に伝える事ができる。また,この写真は書き込みを行う児童生徒が,その時の様子を思い出して作文するための手がかりとしても機能するものであった。そのため,言葉の学習で電子掲示板を使用する場合は,該当児童生徒に作文させたい場面の写真のみを張り付けた書き込みを用意し,学習者がその写真を見て作文する内容を想起する事で作文がスムーズに行う事ができた。(図-2)舛谷(1998)は,障害児を対象として写真を見ながら自分が経験した事を文章で表現させる過程で,実際に画像には現れていない情報までも想起して書く事ができた事例を報告した。また,初めてやり取りする先生よりの電子掲示板への書き込みの相手を,K児童は男か女かという質問を指導の教師にした。また,写真に写っていた児童の名前を知りたがった。初めて書く書き込みには,相手を想像できるように名前をフルネームで書くことや男か女かを書き添える事で,相手をイメージして返事が書きやすくなった。

<事例2>(共通の話題を見つける)

 相手が書いた文章に何か一つ共通する話題が見つかると,それを契機に話がつながりやすくなった。例えば,E先生よりギターを演奏しコンサートに出るとう書き込みがあった。T生徒は日頃から音楽セラピーでドラム等の演奏をコンサートという形で経験しているが,そこで,T生徒もコンサートに出た事,ドラムを叩いた事,その時演奏した曲目を書いた。E先生からの返事に演奏した曲についての書き込みが続いた。また,それぞれの学校で行われるであろう行事についての質問から共通する話題が成立した例があった。このように,学校間イントラネットにおいて教師は,児童生徒の案内役として,文字から受け取る内容をイメージできるように実際の児童生徒の生活と当てはめて書き込みを再構成して児童生徒と共に考える事が必要であった。

 

<事例3>(イメージスキャナーによる絵や作文,音声を添付する)

 代替キーボードの使用も十分行えない場合や,手書きの作文や絵を生かして校内電子掲示板に掲載したい場合もある。その場合は,手書きの作文用紙や絵をイメージスキャナーで読み取りそれを書き込みに添付する事にした。図-3は,生徒の観察ノートをそのままスキャナーによってスキャンしそれを添付した書き込みである。さらに,言葉の学習の時間には,その月の詩を決めて読み方の練習や登場する事物を絵で表現させている。その時の音声や絵を音声や絵を同時に表示する事が可能な電子掲示板のフォーム(書式)を使用し電子掲示板に公開した。自分達の音声や絵は,すぐに誰の物か分かり1文字ずつ文字をたどって読んで内容を理解する場合と違って直感的で理解しやすい様であった。これらの取り組みは,音声や絵のみの書き込みとして,コンピュータのキーボードの操作が困難な学習者がネットワークへ参加する可能性を示唆していると考える。

 

5 実践を終えて<考察及び今後の課題>

・知的障害のある児童生徒は,共通の話題がある相手を特定した方が書きやすいといった傾向があった。また,相手を特定する事によって,世間一般的な話題よりも,その相手との関係における話題を展開する事の方が容易に可能で,手紙として成立しやすかった。従ってこの企画では,まず研究協力校である養護学校の先生と本校の児童生徒のやり取りが中心であった。

・障害のある子の親へ向けてのコンセンサスが必要である。2001年には全ての養護学校がインターネットに繋がるが,児童生徒のプライバシーを守りつつ学校間交流を進めるにはどのような情報を公開していくのかを学校間,教員間,保護者を交えて話し合う必要がある。また,このような学校間イントラネットに保護者も加わる事で,児童生徒の学校生活への理解も深まり,さらに他校の保護者間の交流も深まることも期待できる。

・今後コンピュータの道具的利用をより進めるならば,教育課程の中でのコンピュータ等の情報機器の利用の位置付けを検討する必要がある。本稿での取り組みは,言葉の学習の時間に行った。教育課程審議会では,知的障害養護学校の高等部にも「情報」を選択教科として新設する方針が示された。今後,より一層コンピュータのネットワーク的利用を進めるためには,教育課程の中でのコンピュータのネットワーク的利用を位置づける事が必要になってくると思われる。

・この電子掲示板での情報の交換による他の学校との交流は継続して行い,今後はテレビ会議による学校間交流などインターネットを活用した学校間交流もこのシステムで可能である。将来的には,県内の養護学校,障害児学級とのネットワークを利用した拠点として利用可能である。今後もこの電子掲示板を継続して使用し参加校を増やし,益々交流を深めていきたい。

・コンピュータを使ったネットワークの基本は人と人とのつながりと考える。伝えたい人がいて,伝えたい事物や体験がある事が,今も将来も一番大事な事だと考える。そこで,人に伝えたいと思う経験を多くする事。情報を分かりやすく伝える,または正しく受け取るという情報リテラシーが今まで以上に必要になってくる。近い将来,より急速にコンピュータ技術が進歩し様々なメディアを使ったコンピュータネットワークを活用する事で子ども達の世界がより広がる事を願っている。


ワンポイント・アドバイス

学校間イントラネットを作成し子ども達の学校間交流を試みた。まず,教師間のメーリングリストのような専用の連絡網の必要性があげられた。児童生徒の交流の前にはまず,担当の教員同士が交流し相手校の通信環境,学校でのパソコンの状況をつかんでおく必要があった。そのため,教師の連絡用の「チャレンジ山口teachers」を作成した。ここでは児童生徒の書き込みに対する打ち合わせる事もさることながら,音声や動画を電子掲示板上で公開するための技術的な話題やアニメーション実験等が行われた。これらの新しい技術が学校間イントラネットでどのような状況で有効に活用できるかという論議もなされた。


参考文献

 大杉成喜・太田容次・石部和人(1998):障害児教育におけるインターネット利用研究,日本教育工学研究会(国立特殊教育総合研究所).

 舛谷 晃(1997):パソコン利用の現場からI表現手段としてのパソコン-ネットワークを通じてのテレビ会議の活用-,月刊実践障害児教育.Vol.285.30-31.学習研究社.

 舛谷 晃(1998):パソコンを活用した授業のアイディア 集団で学習する道具にーゲームやデジタル絵日記を中心にー.障害児の授業研究.No,68,28-29.明治図書.

 舛谷 晃(1999):障害児教育におけるパーソナルコンピュータのネットワーク的利用.山口大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要第10号.

 

利用した URLなど

 この企画のホームページ:http://ro1.fuyou.yamaguchi-u.ac.jp/

 山口大学教育学部附属養護学校のホームページ:http://www.fuyou.yamaguchi-u.ac.jp/

 舛谷 晃の電子メール:masuya@po.cc.yamaguchi-u.ac.jp

 

協力関係者

 この企画では,亀田長治先生(山口県立下関養護学校 教諭),家本英明先生(山口県立防府養護学校 教諭),原田祐紀先生(山口県立豊浦養護学校 教諭)に研究協力を頂き,大変お世話になりました。ここにお礼申しあげると共に,ますますインターネットを活用した学校間交流が深まりますようにお願いいたします。