『内側に眼を向けたネットワークの活用』

 

北海道旭川凌雲高等学校 奥村 稔
okumura@ryoun-hs.asahikawa.hokkaido.jp

 

1 はじめに
(1)環境としてのインターネット
 100校プロジェクトの参加校となって、2年と半年が過ぎた。今ではインターネットがなければ生活が成り立たないような状況になっている。学校の雰囲気も、情報の流れを意識した仕事を考えるようになったと感じる。インターネットを学校教育にどのように活用するかが大きなテーマとはなっているが、そのインターネットが空気のような環境となり始めた今日、「黒船」のようにインターネットを捉えるのではなく、肩肘張らずに「牛鍋」をつつく感覚でいるほうが遥かに心地良い。
 インターネットが学校という枠組みを取り払ったところに、新しい教育の構造を形成しようとしている。教師や生徒が互いに寄り添い、楽しく生きいきと学べることが何よりである。
(2)旭川凌雲高校の環境
 旭川凌雲高校のネットワークには、現在50台以上の端末が接続されている。教師用のコンピュータ室兼サーバ室には、インターネット関係のUNIXやMacintoshのサーバに加え、校内イントラネット用のWindows NT Serverがある。生徒用のコンピュータ教室はもちろん、校長室や事務室、保健室、そしてあちこちの教科や分掌の部屋に、好みでWindowsやMacintoshの端末が備えられている 。これらは強制されて配置したものではなく、自分の所も便利になりたいという個人の純粋な要求の結果である。インターネットの活用によって、そして校内のイントラネット化の進行によっても、その流れは加速されつつある。
 生徒用のコンピュータ教室では生徒たちが昼休みや放課後を自由に、インターネットを使ったり通常のコンピューティングを行ったりしている。学校内に用意したメーリングリストでは飽き足らず、各自が探し出した交流相手とメールの交換を楽しんでいるようである。
 教職員も、ちょっとしたことを校内のメーリングリストに流したり、調べものをWebの上で行ったり、自然と授業の中に取り込み始めている。興味があったにもかかわらず、なかなか手を出せないでいた教職員も、周囲に端末が増えるにしたがってインターネットに親しみ始めている。後に述べるイントラネットに対しても、その導入に対する理解を得やすい状況である。生活環境としてのインターネットは、すべてにではないにしろ、多くの教職員や生徒たちに確実に浸透しつつある。

2 インターネット教育利用の二面性
 インターネットの教育利用に関する実践事例を大きく二つに分けると、インターネットを教材・教具(Educational Appliance)として捉えるものと、教育環境(Educational Infrastructure)として捉えるものがあるように思う。
 前者は、教育活動の中で有効な活用場面を探り、従来のコンピュータを道具として活用しようとする延長にあるものである。教師の多様な価値観に基づいた、バリエーション豊かな活用例が期待される。
 だが、中には懸念もないわけではない。特にWebを使った授業展開の中には、何の脈絡もない無秩序な情報の海に入り込み、たまたま探り当てた情報に喜んでみたり、本当に信頼して良いものかの吟味さえない場合もある。本来は電子メールなどの交流から情報交換する中で、協同的な作業として情報探索がなされてきた。それでこそ、信頼に値する情報を手に入れられるのではないか。信頼に値する情報を利用者のコミュニティにおいて整理し、パッケージ化することは学習者にとって大変価値のあることだと言えるだろう。しかし果たしてそれは、学習者に対する本当の利益につながるのだろうか。統計資料やハンドブックとどのような違いがあるというのだろうか。
 このように、本当に信頼性のある情報を手に入れたり生きた情報を手に入れようとすれば、その根底にあるコミュニケーションを大切にしなければならない。教育環境としてインターネットを捉えることは、そこにおける様々な教育活動の基盤となるべき環境を整備することであある。そしてそれは、高度情報化社会に対応したこれからの教育活動の、構造を決定づけるものである。

3 外側へのコミュニケーションと内側へのコミュニケーション
(1)ネットワークが導く内面の世界
 私たちが電子メールを書くとき、自分以外の人間を対象にコミュニケートしているはずだったのに、いつしか意識は自分自身との対話を行い始めていることに気づくことがある。書くという行為そのものがこのような意味を持っていることは確かであるろう。しかし、こうしたいわゆる「内面へのコミュニケーション」は、ネットワークという空間(環境)に、アフォーダンス(affordance)としてもともと備わっている特性なのかもしれない。
(2)外側に向けた試み
 100校プロジェクトは、全国の学校が手を繋ぐところから始まった。共同企画においても、「高校生の自律的意見交換」の中で全国の8校の高校生が、電子メールを始めとしたインターネットのいろいろなサービスを用いながら自由な意見交換を行った。そこでは、インターネット上における自分たちの自由な行動の中にも、自律的なエチケットとはどのようなものであるべきか、といったオンライン討論会も開かれたりした。
 この企画においては、核になる生徒たちや、彼らをサポートするための教師集団、そしてそれぞれがコミュニケートするためのメーリングリストを運用するなど、意見交換するための構造の構築も行われた。しかし、自由な意見交換が期待以上のものに発展的に変貌を遂げていくところまでには至らず、「自律性の種まき」が必要であると指摘されたのである。この種は、将来において自発的な学習課題へと発展するものであり、これらの自律的学習コミュニティは、相互にリンクしたところで広域学習環境を形成する可能性を秘めている。
 中教審がいう「新しい学校」を実現するためにも、断片的な知識の堆積物であった、かっての「学校知」は根本的に見直される時が来ている。社会に開かれた学校において、自分が生きることへの実感や社会の一員としての手応えを感じつつ学ぶことができる、そのようなパラダイム(社会的分散認知)に基づいた学習環境とはどのようなものであろうか。
(3)外側から内側に向かって
 開かれたインターネットであるからこそ、「自律の種まき」の役割を一般の社会人に求めることはあるにしても、解決すべき諸問題も多い。そこで当然のことながら最初の第一歩は教師が担うべきであろう。しかしここでも、教師の「多忙」さや、インターネットへの理解の未成熟さから、具体的な展開への道は険しい。
 「高校生の自律的意見交換」のような試みなど、全国や海外の学校との交流、また学校の枠組みを越えたところとの交流は、いわば「外側へのコミュニケーション」であると言える。しかし、教育環境としてインターネットを捉え、その教育基盤を構築しなければならない、といった見地からすれば、求められているのは「内側へのコミュニケーション」なのである。
 ここでいう「内側」とは、地域の生徒や教師たちであり、自分の学校のことである。外側に眼を向けた場合にはどうしてもコミュニケーションの実感が希薄になり易い。実感が伴い地に足がついたコミュニケーション、内側に眼を向けたネットワークの活用とはどのようなものであるのか。
 次にその実例として、地域(北海道)における高等学校教職員によるメーリングリスト、そして本校におけるイントラネットの実状について述べる。

4 地域に根差したネットワーク
  1. インターネット
  2. 教育利用研究会北海道
 本研究会(以下、inetedu)は、1周年に行われたオフラインミーティング以外は、今のところメーリングリストでの意見交換を主体に運営されている 。現在会員数は40名を越え、1996年1月の発足以来1600通を越えるメールがやり取りされて来た。特に本年度になってからは活発で、ネットワーク関連から日常の教育の話題まで、多岐に渡るとともに非常に内容の濃いものとなっている。
 北海道には他にもhemlというメーリングリストがあるが、これには北海道という地域にこだわらず、教員や社会人を問わずオープンに参加できる。ineteduは、北海道の高等学校の教育関係者ということで運営している。これは、関係者だけの内輪話に終わってしまうという危惧もあるが、話題が拡散することを防ぎ、実際の学校現場に根差した深いところまで議論しようという意図である。バーチャルな職員室とも言えようか。
 ineteduのホームページは非公開となってはいるが、現在、公開できる部分についての検討も加えられている。北海道の教育委員会レベルでもインターネットの活用が考え始められており、「情報教育ネットワーク形成推進事業」がスタートしている。ineteduは非教育委員会組織ではあるが、蓄積された情報は互いに、協調的に公開されて行かなければならないと思う。
 ineteduの交流の中から教育実践に繋げていこうという試みが幾つかなされている。次に、そういった事例を挙げる。
(2)生徒会交流
 会員の所属する学校の、生徒会役員による交流を企画し、専用のメーリングリストを用意した。生徒は通常の生徒会活動が終わってからメールを書くので、投稿時間があまりにも遅い。そのため、夜間定時制の教員が驚きの声を上げたりした。
 生徒会役員は、例えば学校祭の準備一つをとっても、その話題には事欠かないはずである。ところが自分の学校での目の前の仕事に忙しく、他校との交流までには手が回らないようである。教師も生徒も忙しい。
(3)北海道高等学校通信
 メールでのやり取りの内容は、Webで過去に溯って閲覧できるが、まとまった形で残しておきたいと、2〜3週間分の内容をまとめて通信という形に残すことにした。その際に参加校のトピック的なことや、社会や教育一般の教育事情にまで踏み込んで、単なるログにとどまらず新規性を出すことに心がけている。
(4)生徒が編集する高校通信
 上に述べたような通信を、生徒が取材し、生徒が編集する企画である。参加校が持ち回りで編集局を担当し、各校が取材してきた内容を記事にしていくのである。編集会議はネットワーク上で、電子メールやビデオ会議という形でコラボレーションされる。
せっかくの成果が参加校だけに公開されるのではなく、Webでの公開と同時に、一般からの購読者を募り、電子メールで配布するということも予定されている。
 「通信を自分たちで作り、世の中に配布する」という行為が、「自律の種」になりはしないだろうか。

5 旭川凌雲高校におけるイントラネット
(1)イントラネットの仕組み
本校の実状についてはすでに述べたが、機材の整備とともに、教職員の意識もネットワークの利用に向き始めている。クライアントにはWindowsやMacintoshが混在しているので、インターネットのブラウザで操作でき、マルチプラットフォームで動作するイントラネットは業務の効率化に大きく貢献するのである。
ここではインターネットの仕組みを応用した情報活用の方法として、どのようにイントラネットを運用しているかについて述べる。
 校内ネットワークサーバにはWindows NT Serverを使い、IIS(Internet Information Server)、ASP(Active Server Pages)などが動いている。またデータベースにはSQL serverを使い、ODBCによってアクセスする。セキュリティに関しては、一般に端末のIPアドレスによる制御を行い、特に機密性を要求されるものにはパスワードを付与することによって行っている。
(2)凌雲いんとら・でぃれくとり
 イントラネットのイメージを広く知ってもらうために、「凌雲いんとら・でぃれくとり」を校内に公開している。まだ組織立ったものにはなっていないが、暫定的な運用を行っている。内容は大まかに次のようになっている。なお、<検索>と記されているものは、データベースと連携を取った仕組みを持ち、インターラクティヴな操作が可能となっている。
□掲示板
 ○研究会・セミナーのお知らせ
□便利箱
 ○旭川凌雲高校図書館蔵書<検索>
 ○旭川市内 電話帳
 ○YellowPageInteractive分類<検索>
□委員会
 ○ネットワーク委員会 会議録
□生徒名簿<検索>
□教職員名簿
□見学旅行の資料
(3)調査書データ管理システム
 このシステムが目指すところは、3学年の調査書データの入力と管理、そして調査書としての出力である。
 本校では、成績処理システムがスタンドアローンのコンピュータで運用されている。ここに入力されている各学年での評定をそのまま用いることができれば良かったのだが、データ管理の仕様の違い、また3年次の履修科目の複雑さなどから、今回は3年間分の評定を担任が入力した。
 イントラネットの仕組みにおいては、プリントアウトに弱点を抱える。そこで
□データの入力や更新=イントラネット
□プリントアウト=専用アプリケーション
という方針を立てた。
 入力更新用のアプリケーションが作成され実際の運用に入ったところで、データの更新処理に思わぬ時間がかかることが分かった。テストの段階ではそれ程の支障はなかったのであるが、数台のクライアントからアクセスされたりして、データベースがそれなりの排他処理を始めたためだろうか。数多くのフィールド更新処理は、データベースにも負担をかけるのだろう。ストアードプロシジャーを使うなどしてデータベースのチュ−ンナップを行なったり、その他の詳細について調べることはしていない。
 そこで、次の段階ではプリントアウトのための開発(Visual Basic)を予定していたこともあり、思い切って最初の部分から専用アプリケーションに切り替えた。このため、このシステムは、厳密に言うとイントラネットとは言えないものになってしまったし、マルチプラットフォームで動作するという最初の仕様をはずしてしまった。しかし、更新処理の速さは、瞬きほどの時間で済むようになった。
(4)本格的運用に向けて
 イントラネットのメリットやデメリットにはいろいろあるが、ここでは省略する。しかし実用的な運用に向けて、コンテンツの供給体制や、Webやデータベースの管理体制についてはどうしても指摘しておかなければならない。
 これらの業務は、機械化に伴って新たに発生してきたもので、学校のシステムが変わらなければその受け皿はどこにも存在しない。イントラネットは、分掌組織を取り込んだ学校の、そして教育機関すべての総合的な戦略として取り組まなければならないと思う。
 調査書データと成績処理との現在の不整合性についてはすでに触れたが、3年間あるいはそれ以上のスパンで業務を見通し、それにふさわしい業務の構造を構築していくことが重要であろう。

6 おわりに
 100校プロジェクトとして、共同利用企画などで1年が過ぎた頃、ふと後ろを振り向くと、それほど変わり映えのしない自分の勤務校があった。教職員の中にも、「100校プロジェクトでインターネットに接続された」というくらいの認識しかない。これでは本校における100校プロジェクトはつぶれる、と真剣に考えたものである。
 ネットワークの「教育利用」において大切にしなければならないのは、人と人とのつながりである。自分の学校の身近な生徒や教職員が、本当に便利であり有用であると感じてくれる、こうした人の内側に向いた意識こそ、真に実のある活用がなされていくための基盤になって行くのだと思う。