発信する児童をめざして
大津市立平野小学校 石原 一彦
ishihara@hirano-es.otsu.shiga.jp
 
T インターネットの利用と総合的学習の結合で拓く「21世紀の授業」
 
1、「新しい学び」の創造
 従来、小学校における情報教育は既存教科の目標を効果的に達成するためのものとして位置づけられ、「コンピュータに慣れ親しむ」ことが小学校段階での目標とされてきた。つまり従来の情報教育は既存の教科に隷属したものとして考えられてきたのである。しかし一方で、インターネットの活用を追求し、とりわけ「発信型」の授業を構想した時、既存の教科や従来の学習でとらえることができない「新しい学び」、従来の授業の枠を越えた未来型の授業をデザインすることができそうな予感がある。
 我々は、双方向メディアとしてのインターネットと総合的な学習を結びつけたときに初めてデザイン可能な「新しい学び」を「21世紀の授業」と名付け、インターネットを利用する教育がめざす方向にこのような新しい学習がありうることを示してみたいと考えている。
 
2、「知識蓄積型の授業」と「21世紀の授業」
 上記で述べた「21世紀の授業」と知識の蓄積を主な目的にしてきた従来型の授業とを5つの観点に沿って対比したのが下の図である。
授業の観点 知識蓄積型の授業 21世紀の授業
@学習課程 学際的領域からの縦割り教科
教える側の論理
教科別学習
児童自身の生活や興味から構成する
学ぶ側の論理
総合学習、クロスカリキュラム
A学習活動 知識蓄積型の学習活動 発信型の学習活動
B教師の役割 知識や技能の伝達(内容知) 情報活用能力の育成(方法知)
C教師と教室 教師は孤立し、教室は閉じられる
学級王国、閉鎖型社会
教師は連帯し、教室は開け放たれる
外部からの風、教師・専門家・保護者・児童の協同組合的社会
D学習集団と評価 教師を頂点にした階層構造
一つの基準をもとに等級付けをおこなう
児童それぞの良さを認める並立構造
「自分見つけの旅」にいざなう共感的評価
 
 
3、6年総合学習「課題研究」
 上記で述べた「21世紀の授業」を、実際の授業としてどのように構想できるのか、というテーマで取り組んだのが6年総合学習「課題研究」である。
 この授業は、96年度の6年生が週1時間(年間35時間)の計画で取り組んだもので、それぞれの児童が課題を設定し、1年間をかけてその課題に取り組み、研究した結果を自分のホームページから発信していくという学習である。
 
(1)年間指導計画(全35時間)
時数 学習内容 メディアリテラシー

1〜 5

HTMLの基礎

・テキストエディターによる文字入力
・フロッピィーディスクへの保存
・HTMLファイルの作成
・基本的なタグの理解
・FTPの使い方
・スキャナーを利用した画像入力
・フォトレタッチソフトによる画像処理
・タグによるページの装飾
・デジタルカメラの使い方
・CGの作成
・リンク集の作成  

6〜12

「平和への提言」作成

13〜16

課題研究のまとめ

17〜19

発信内容の検討

20〜24

HTMLファイルの作成

25〜35  

交流、反省  
(2)子どもたちの作品より
 子どもたちは様々な課題を設定し、それぞれの計画にしたがって課題研究の学習を進めることができた。この学習で子どもたちの手元には1冊のノートと1枚のフロッピィーディスクが残された。そしてそれだけではなく、本校のサーバーに保存され、子どもたち一人一人のホームページから発信されてゆくのである。
 子どもたちの課題は千差万別でそれぞれ思い思いに設定されているが、研究のまとめ方もそれぞれの持ち味が表されている。
 A君は大津市内の遺跡発掘調査に参加し、そこでの発掘の様子や、出土した土器の破片を丹念に組み合わせて復元している様子などを撮影し、コメントを書き加えて自分のホームページから発信している。写真などはスキャナーで読み込み、発信している。

 B子さんのテーマは「作曲」である。彼女は作曲した曲を楽譜にまとめて、自分の描いた楽譜をスキャナーで読みとり、画像として発信している。また、曲のデータをMIDIというデジタル情報に書き換え、MIDIプラグというソフトを使えば、音源がなくてもその曲を実際に聴くことができるようになっている。

 C君は、スポーツと絵が好きである。彼はアトランタオリンピックの結果をまとめ、またオリンピックの競技の様子を版画や水彩画に描いて発信している。作品は大きな画用紙に描かれているため、この作品を一度写真に撮ってからその写真をスキャナーで読み込んで発信している。

 D子さんの家はパン屋さんである。毎日お父さんがパン作りに励んでいるのを見ながら育ってきた。彼女の選んだテーマは「おいしいパン作り」である。彼女は絵や写真でパン作りの様子を何枚かの紙にまとめ、その紙をスキャナーで読み込んで画像として発信している。

 E君は「ペットボトルロケット」をテーマに選んだ。作るだけではなく、実際に飛ばしてみて、どのようにすれば遠くまで飛ぶのか様々な考察を交えながら発信している。

 D子さんのテーマは「小説」である。「心のペンダント」と名付けた小説をノートに書いて、それをスキャナーで読みとり画像として発信している。また、登場人物やこの小説を書き上げた感想などは、自分のHTMLファイルにテキスト文を書き込んで発信している。
 
(3)本実践で得られた成果
 この実践は、週1時間、合計35時間の計画で実施された。しかし実際のファイル作成などにかかる時間は実施された35時間の中で終えられるものではなかった。にもかかわらず、すべての子どもたちがホームページから発信できたのは、子どもたちが大変意欲的にこの学習に取り組んでくれたからである。毎朝、少し早く学校に来て、「メディアセンター」でファイル作成に取り組む子どもたちがいた。放課後、ランドセルを持って自分の写真をスキャナーで読み込んでいる子どもたちもいた。このように意欲的に取り組んだ子どもたちは、いわるゆる「よい子」「できる子」だけではなかった。むしろ、今までの「学習」に消極的だった子どもたちが、大変意欲的にこの学習に取り組んでくれたのである。今までの教員生活の中で、私はこれだけ子どもたちががんばった学習を経験したことがない。
 できた自分のページを満足げに見入る子どもたちや、友だちのページを見て「○○君すごいね」「△△さん、やるな」と友だちの知らない面を発見する子どもたちの姿があった。「私のホームページ、残しておいてね」卒業するときにこのように言い残した子どもたちの言葉を私は忘れられない。
 今後の学校教育が担う使命として、「子どもたちのモチベーションをいかに高めるか」、という課題がますます重視されるようになるだろう。今回の取り組みは、この課題に一つの答えを用意してくれるのではないかと考えられる。
 また、この取り組みは年間を通じて組織的に取り組まれた実践である。指導に際しては、指導に供する教材や教科書もなど何もないところから始めることになった。そのため、教材の作成や「課題研究ノート」と呼んでいる「教科書」も独自に作成することができた。
 今回のような実践が可能なのはTTの指導形態を取り入れているからである。この取り組みをおこなうために、公立学校という組織の中で職員の合意を形成し、年間の指導計画の中でこの学習を位置づけ、実施できたことを大切にしたいと考えている。
 
(4)残された課題と今後の方向
 本実践の反省点は数多くある。むしろ課題を洗い出すことが本実践の目的であったといってもよいぐらいである。
 一番大きな課題は「評価」である。本実践のコンセプトの中で「評価」は「自分見つけの旅にいざなう共感的評価」であるべきだと述べた。具体的な指導計画の中では、子どもたちの作品に対して担任や私が「その子らしさ」や「その子のよさ」を「共感的」に評価し、コメントを書き込むことを考えていた。しかし、子どもたちのファイル作成に追われてそのような作業にまで指導が及ばなかった。
 また、インターネットへの発信をおこなうのであるから、当然学校外部の方に見ていただいて、その評価や感想を得なければならないのである。しかし、そのような方策が具体的にとれなかったのも課題としてあげられる。
 子どもたちの作業についても、一部夏休み後に自分たちが調べた内容を、インターネットを使ってさらに補強したり、深めたりする子どもたちもいたが、多くの子どもたちは研究がまとまればそのまま発信する作業に取りかかっていた。インターネットの活用範囲を課題追求にまで広げてゆく必要があるように思う。
 この取り組みを終えて痛感しているのは、このような実践は単年度で終わるのではなく、継続しておこなうべきであるということである。幸い、97年度も6年生を対象に「課題研究」の授業が実施されている。
 子どもたちが発信しているそれぞれの研究は、子どもたちが卒業したあとも本校のサーバー内に保存され、次の学年の子どもたちに「教科書」として供給されてゆく。そしてそれらの発信内容が土台になって、新たな研究が取り組まれてゆくことになる。つまり、子どもたちの知的活動がネットワークによって結びつけられ、「学び合う共同体」が将来作られることになるのである。この共同体は子どもたちの知的活動をさらに再生産する仕組みを内在しているのである。
 同時に、これらの学びは、将来の自分に対するメッセージでもある。将来、本校のサーバーが幸運にも将来にわたって存続できれば、この学習をおこなった子どもたちが大人になった時に振り返ることができるのである。デジタルデータは時空を越えて子どもたちの成長を見守ってくれるからだ。
 
 
U 海外日本人学校プロジェクト「国際調査隊」
 文部省の国際子女教育課では昨年度より、海外の日本人学校をインターネットで結ぶ計画を進めている。世界各地の日本人学校がインターネットで結ばれたら、在外日本人学校だけでなく国内の学校にも新たな学習のチャンスをもたらしてくれるものとして大きな期待がもたれている。これは、海外の日本人学校で学ぶ子どもたちにとっては、日本の子どもたちや国内の様々な教育機関とを結ぶネットワークであるとともに、子どもたち自身が外国で生活することによって知ったことや調べたことはそのまま国内の子どもたちにとっては貴重な教材リソースとなるものである。
 今、国内でもインターネットの教育利用は緒についたばかりである。ダイアルアップで接続された1台のコンピュータがあればどの学校からでも参加できるように学習の場を設定した。これは、本校のサーバー内に「国際調査隊の会議室」を設定し、WEBに接続できれば自由に書き込みが行えるページである。このページを利用して、世界中のどこからでもこのページに書き込みを行って、一つのページで子どもたちの学びを共有化する試みをおこなおうと考えてる。
 具体的には、各国の日本人学校に「国際調査隊」を組織して、「共通テーマ」を国ごとに調べる活動を行う。「共通テーマ」とは、このプロジェクトに参加する日本人学校があらかじめ準備したテーマである。今のところ、「世界の物価」や「同じ日の南中高度」、「身近な動植物」、「食事」などを考えている。
 また、参加各校の子どもたちが自主的に発案したテーマを調べることも考えている。これを「課題テーマ」として、プロジェクト参加校の児童が自分たちの関心や興味に基づいた課題を共同で調べることができれば、と願っている。
 子どもたちが調べた結果は、本校に設置してある「国際調査隊の会議室」にアクセスして書き込んでゆく。このページは、世界中どこからでも書き込むことができ、またどこからでも見ることがでるので、インターネット上で1冊のノートを共有するのと同じイメージになる。
 
      
                                  
 また、会議室に書き込まれた内容は、平野小学校のホームページの中に「国際調査隊の調査報告」のページを設けて、そこにまとめることになる。調べた内容は文字だけでなく、画像なども見ることがきるようにすれば、より一層充実したものになると考えている。
 本プロジェクトの目的としては次の4点を掲げている。

・共通したテーマを各国ごとに調べることによって、様々な国の違いや共通することを見つけ、それぞれの国の良さを理解する。(他国理解)

・日本との諸外国との違いを意識することによって、日本の特徴や良さを理解する。(自国理解)

・海外日本人学校の子供たちと国内の子供たちが共通したテーマに沿って調べ学習をおこなうことによって、交流しあい、友情を育む。(国際交流)

・みんなで調べるテーマ(課題テーマ)を参加児童が考え出すことにより、学習活動に主体的に取り組む態度を育て、意欲的に学習に取り組む。(関心、意欲の向上)
 
 
V 上記以外で現在取り組んでいるプロジェクト
 
1、「全国ライブカメラMAP」
 CECの新100校プロジェクト重点企画に「定点観測データの共同利用研究」があるが、その一つの分野として今年度、本校がまとめ役となって取り組んでいる企画である。
 これは、全国各地の天気の様子をライブカメラを使って、ほぼリアルタイムに近い形でインターネット上に発信し、これらのライブカメラを全国に広めてマップを作成し、居ながらにして全国のリアルな空模様を提供しようと考えている。気象衛星「ひまわり」の雲の画像などと併せて、理科の気象の学習に役立てる基本的なリソースを提供できればと願っている。
 
2、「全国発芽マップ97」
 100校プロジェクトが始まった年から宮崎大学付属小学校が中心となって取り組まれている企画で、今年で3年目を迎える。今年は「ケナフ」を全国で育てている。ケナフは木材に代わってパルプを作ることができる1年草で、森林資源の保護という観点から環境教育の分野でも注目されている。11月にはケナフを収穫し、紙にすいてはがきを作り、参加校同士で年賀状を交換しようと計画している。
 
3、地球温暖化防止インターネットプロジェクト
 ハワイの小学校が中心になっておこなっている国際プロジェクトで、5カ国、7つの小学校が参加している。今年京都で開かれる地球温暖化防止国際会議にあわせて、ポスターの作成や各国ごとの地球温暖化の現象を見つける活動、温暖化を防止するアイデアの交流などを計画している。
 
4、地域貢献に関する2つのプロジェクト
 @滋賀県下の希望する小中高等学校のホームページを平野小学校のサーバー内に作成する。
 A平野小学校で稼働しているNTサーバーを利用して大津市内の希望する小中学校をリモートアクセスでインターネットに接続する。
 
 
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参考URL
 
平野小学校のホームページ :http://www.hirano-es.otsu.shiga.jp/
課題研究のページ :http://www.hirano-es.otsu.shiga.jp/kadaikenkyu.html
国際調査隊のページ :http://www.hirano-es.otsu.shiga.jp/kokusai/index.html
ライブカメラ「とれたて大津の空」 :http://202.249.180.4/live.html
全国発芽マップ97’ :http://www.hirano-es.otsu.shiga.jp/hatuga97/hatuga.html
平野小学校のシステム図 :http://www.hirano-es.otsu.shiga.jp/fukushima/system97.gif
地球温暖化防止インターネットプロジェクト :http://www.k12.hi.us/~elake/global/globalwarming.html