オンラインディベートによる学校間交流

名越幸生 (東北学院中学高等学校)
nakoshi@jhs.tohoku-gakuin.ac.jp

 

1 「オンラインディベート」への発想
 ネットワークを用いたコミュニケーションについて考えてみると「成熟している」とは断言できないだろう。メーリングリスト(ML)、ネットニュース、商業用BBS等には、俗に『バトル』と呼ばれる感情的な激しい言葉のやりとりが存在する。バトルの経験を持つ方も少なくないだろう。
 本校では昨年度、100校プロジェクトの取り組みとして、ハンディを持った西多賀養護学校の生徒も参加した『通信ディベート』[1]を行なった。『通信ディベート』では、実際にディベートをする人(ディベーター)を、ネットワークを用いて支援する、という視点から、MLによるリサーチ活動、インターネットリレーチャット(IRC)によるディベーターへの助言等が行なわれた。しかしながら、実際のディベートそのものは、生徒達が会場に集まり、ネットワーク上ではなく口頭で行なわれた。また、西多賀養護学校の生徒がディベートそのものに、リアルタイムで参加するまでには至らなかった。
 この度行なわれた『オンラインディベート』は、『通信ディベート』実践を反省して前進させ、ディベートの全てのコンテンツをネットワーク上で展開しようとするものである。これはネットワーク上での『自由な討論→意見の相違→バトル』から脱却し、『ルール』という秩序を設けたコミュニケーションの展開を試みるものである。
 加えて、特に本実践では、『通信ディベート』で実現できなかった「障害を持った生徒たちと健常の生徒たちが、対等の立場で議論(ディベート)ができる企画」をめざし、ビジュアルなディベートではなく、敢えてメールを主体としたテキストベースのディベートに取り組んだ。

2 ディベートの定義と現状
 ディベートとは「ある一つの論題について、肯定側と否定側に分かれ、一定のルールに従って議論が行なわれ、最後に審判によって勝敗が下される」討論の形式である[2]。会議等の討論と異なり、ルールによって発言の制限があるが、発言の機会は双方に平等に与えられる。
 ディベートは現在、国語教育等で注目され、授業でも導入されつつある。ディベートを行なうメリットとして(1) 客観的分析力が身に付く (2) 論理的思考力が身に付く (3) 発表能力が身に付く (4) より良い聞き手になれる (5) 情報収集力が身に付くと言われる[3]。

3 オンラインディベートの特徴
 口頭で行なわれるディベートをネットワーク上で行なう意義について、大きく以下の2点を挙げる。
●発言がテキストに残る
  このことによって、発言者の責任が明確となる。自らの発言を発言する前に省み、「言い放し」の言葉、相手を蔑視する言葉を自発的に用いないような選択を促すことが可能となる。
 また、相手の発言もテキストであるので、聞き漏らしもない。更に、ディベートを進めていく上で、相手の意見を深く理解する作業が必然的に生じる。
 加えて、ディベートの検証作業や対外報告も容易である。ディベート内容のWEB化もスムーズに行なえ、ディベートの様子の公開が容易となる。
●ネットワークメディアが、ディベーターをサポートする道具としての力を発揮する。
 リアルタイムの要素が少ないので、ハンディーを持った子ども達や、積極的な発言が苦手な子ども達でも、自分の意見を十分にまとめ、テキストとして発言できる。
 また、時間的、人数的制約も少なく、距離を隔てた様々な人達を結んでのディベートが可能でる。

4 オンラインディベートの概要
オンラインディベートは、次の3ステージで行われる。
[1]:自己紹介・交流・テーマセッション
 メールやIRCを用いて、ネットワーク上でのコミュニケーションを体験してもらう。交流によって相手を知ることは相手への信頼を生み、これが、ディベートにおける自由で深い発言への下地となる。、教員側は、テーマに対するモチベーションを高める働きかけを行なう。
[2]:ディベートセッション
 生徒はディベーターとして、相手の意見を聞き、自分の意見をまとめ、相手に伝え理解してもらう。教員側は生徒のサポートであり、同時に生徒の相談役である。生徒は教員との対話の中で、自分の“思い”を整理し、“言葉”にする作業を行なう。
[3]:アフターディベートセッション
 ディベートを勝ち負けで終わらせず、内容の一層の理解とディベート技術の向上を図るため、肯定側・否定側の垣根を取り払った“アフターディベート”の機会を設ける。参加者全員と教員によって、真剣にディベートを終えた後だからこそできる本音を出し合った討論を行なう。

5 第1回オンラインディベートの実施
 一学期の終了間際の7月8日(火)〜16日(水)に、「茶髪・ピアス・ルーズソックス等のファッションは、高校生らしい。是か非か?」を論題として行なわれた。9日間で、肯定側・否定側の立論・メールによる公開質問・インターネットリレーチャット(IRC)による反対尋問・反駁の全8ターンを行なった。結果を簡潔に説明すると、茶髪等のファッションについて、“高校生らしいかどうか”という論題に即して議論するようにと確認し合い、ディベートに使える資料の情報をMLで共有した否定派が、それぞれの主張をするに留まった肯定派に対して3勝した。その詳細は、ほぼリアルタイムでWEBページに公開された。[4]
第1回のオンラインディベートを行なうに当たって配慮した点について以下に述べる。
6 実践の評価
(1)アフターディベート〜生徒の感想〜より
 参加校の3校の生徒11名中5名から、アンケートの回答があった。
◇全体的な感想
◇困難を感じたこと
◇ディベート自体に関しての感想
 =>生徒の感想からは総じて、ネットワークの恩恵が生徒に還元されており、なおかつ、初心者には垣根の高いと思われがちなディベートの持つ教育的役割が実を結んでいる企画であったと評価する。

(2)実践の中から〜生徒のコミュニケーションの実態〜
 
今回の実践の中から、生徒同士のコミュニケーションの形として典型的であった点を2つ紹介する。
●MLが生徒の考えを引き出した例
 C-ROUNDで肯定側を勤めた泉高校の女生徒が、ディベートで最終弁論にあたる“反駁”を作成できず、肯定側のMLに「みなさんできましたか?わたしたちはいきづまってます。なにかいい考えありませんか?」という発信を行なった。するとしばらくして、清泉女学院の生徒が、同時展開で行なわれたB-ROUNDの肯定側反駁をMLに流した。その中の「又、流行は、文化を発展させるものだと思う。今はそれを高校生が創っているのではないでしょうか。」という部分をヒントに、泉高校の生徒は反駁を完成させ、同じ肯定側のMLに「いまおわった。(上記の部分を引用して)ここがとてもいいヒントになりました。ありがとう。がんばろうね。」という感謝のメールを流した。
 3ラウンドの同時展開とMLが、生徒行き詰まりを解消した例である。
●コミュニケーションエラーが起こった例
 ここで、A-ROUNDの試合内容の抜粋を紹介する。

◆ 否定側反駁 (清泉女学院高校) ◆
  • 三重大学大学院教育学研究科・織田 揮準先生の研究から、茶髪、ピアス、ルーズソックスは否定的な印象を持たれているというアンケート結果を提示
=>「社会が否定的に感じるならば、もうそれは高校生らしいとはいえない」


◇ 肯定側反駁 (東北学院高校) ◇
=>「『社会が否定的に感じるなら…』と言いますが、社会にながされていいんですか?あなたには人間性のかけらもないんですか?それこそ個性の喪失ではないですか。『客観的に私たちを見ている』から正当化されていいのですか。」


◆ 否定側試合後アピール (清泉女学院高校)◆
=>「私たちには人間性のかけらもないのか、という発言がありましたが、これは非常に失礼です。しかも、これは論題とは何の関係もないことです。私たちの心はとても傷つきました。こういう発言は慎むべきだと思います。」

 肯定側は、社会に判断基準を置くことに対して反駁したかったのだと、議論の流れから理解される。しかしこの表現では、発言“内容”に対して批判しているのではなく、“その内容を言った人=相手ディベーター”に対して批判している形になっている。更に、質問を過度に重ねた反駁である。これは、実際に対面していないユーザー同士で起こるコミュニケーションエラーの典型と考える。
 その後生徒には、謝罪のメールを出すように勧めた。アフターディベートでこの肯定側の生徒は「情けなかったのが、心理的影響を狙った事です。あれは大失敗でした」と告白している。また、否定側の清泉女学院の生徒からは、「相手が見えないための好ましくない発言は問題ありと共に、悔しかったことでもあります」という感想もあったが、夏休みに互いのディベーターが顔を合わせ、仲直りをしたようで、「東北学院の方々とはお会いすることもでき、やって良かったです。どんどん友達の輪が広がるといいですね。」という感想も頂いた。

(3) 企画運営側からの評価
 企画を運営した立場から、4点言及する。
●人的ネットワークの形成と企画MLの設置
 東北学院高校と清泉女学院高校で独自に暖めていた企画[5]が、新100校プロジェクト用のML『akinotano』によって繋がった。早いうちに企画の賛同者繋ぐMLが設置され、MLが設置されたその日のうちにCU-SeeMeの送受信実験をするに至った。
 インターネット上でありながらも有機的な人的ネットワークの形成が、企画の成功の原動力であったと言える。
●CU-SeeMe,IRCのリフレクター接続実験の結果
 渡邊孝之氏(東北インターネット協議会)と山根健氏(WIDE)の協力により、CU-SeeMeとインターネットリレーチャットのリフレクター接続の細かな設定が検討された。
 結論を言うと、CU-SeeMeは、回線の限界があり、ディベートを行なうために必要な情報量を処理することが出来なかった。しかしながら、各地の生徒や教員の静止画像の送受信だけでも、生徒には新鮮だったようである。
 またIRCのリフレクターも接続され、チャットによる反対尋問に用いられた。(それでも今回の反対尋問中に一度、接続が切れるアクシデントがあった)
●定例チャットによる交流
 IRC接続の目処が立ったところで、清泉女学院の方から定期的にチャットによる生徒間交流をすることが提案され、週に2度、月曜日と木曜日の15:30〜17:00の約1時間半の交流が行なわれた。3校の生徒と教員で、特に話題を絞らずに自由なチャットの交流が行なわれた。これは、キーボードへの慣れと、生徒間、それに関わる教員の関係を良いものとした。
●学校間交流のにおける日程調整の困難さ
 オンラインディベートは、最初の立論の提出から最後の反駁の提出に至まで、約10日間のフォーマットとなる。その日程を、各校の学校行事等を考慮しながら日程を設定することが、現在でも大きな課題である。

7 今後の予定
引き続き、以下のディベートを行なう予定でいる。
●教員+技術者間オンラインディベート
  現在のところ、東北学院高校、清泉女学院高校、福島盲学校の各校教諭と、前述の渡辺氏、山根氏を交えて、11月11日(火)〜27日(金)の日程でディベートを行なう。論題は『日本の学校教育に飛び級制度・飛び級選抜制度(例えば高二→大学)を導入すべし』である。
 第2回オンラインディベート(生徒間)
12月1日(月)〜4日(木)・12月15日(月)〜18日(木)で1つのディベートを行なう。これには、福島盲学校の生徒の参加が決まっている。そこで、チャットによる質疑を全て公開質問に代える予定である。

☆上記2つのディベートは、現在参加者を募集しております。生徒たちと共に企画を作り上げて下さる方々をお待ちしております。m(_ _)m

8 まとめ 〜今後に向けて〜
  1. ネットワークの利用としては…
  2. まずは、ネットワークを用いた交流の継続性を確立したい。生徒たちは、学校という枠の中では実現しない、広がりを持った交流を望んでいる。
    次回は福島盲学校の生徒の参加が予定され、テキストベースのディベートとして、オンラインディベートは更に精練される余地があると考えている。
    一方で、インターネットの最新技術を取り入れたディベートの方向性も模索したい。CU-SeeMe等で、発言者の表情という情報を送受信できればと考えている。また、グラフなどでビジュアル化した証拠資料の提示や、インターネット上にある証拠資料を、発言テキストからリンクさせるなど、プレゼンテーションの要素が付加されるディベートも一つの方向である。
  3. ディベートとして…
  4.  ディベートの質を向上させるのは、経験である。全く新しい企画のオンラインディベートは、経験では全く成熟しているとは言えない。
    しかし、日本語ディベートを見ると、ディベート甲子園をはじめ、教育現場以外にも参考・目標となる実践がある。少なくとも本企画は『討論』ではなく『ディベート』でありたいと考える
    また、積極的にディベートを公開し、観戦者に分かりやすいディベートを、更には観戦者にも、観点式客観判定などの参加の機会を用意するなどの工夫をして、垣根の低いディベートの方向性を模索したい。
  5. 教育として…
  6.  基本的スタンスは、「ディベートを教えるのではなく、ディベート“で”教える」ことである。
     技術のみの習得、向上ではなく、ディベートを通じた、若干真剣味の高いコミュニケーション、ネットワークの向こう側にも人間がいることを意識できるような実践を今後とも目指して行きたい。
     生徒と企画、そして私達も共に向上するような企画であることを願う。 (1997/11/7)

9 参考文献・WEBページ

[1]第22回全日本教育工学研究協議会全国大会
資料集 p211-221 webページ資料 
http://www. jhs.tohoku-gakuin.ac.jp/97_3_7/title.html

[2]ディベート・オープン・スペースWEBページ
http://www2f.meshnet.or.jp/~kurapy/debate.html

[3]松本道弘『やさしいディベート入門』(中経出版)P.31〜33

[4]『オンラインディベート』ホームページ
http://www.jhs.tohoku-gakuin.ac.jp/debate/ond/ond.html

[5]清泉女学院高校・新100校プロジェクト実践報告http://izumi.seisenjsh.kamakura.kanagawa.jp/
student/ClassRoom/OnlineDebate/OnD.html