ネットdeがんすプロジェクト '98

-広島地区初等・中等教育ネットワーク接続提供プロジェクト-

安田女子大学 文学部児童教育学科

助教授  染岡慎一

はじめに

 1980年代後半より、広島地区のパソコン通信ホスト局などでは小・中高校の教員グループSIG(Special Interest Group)をベースとして電子メールを中心とした学校間交流、国際交流など様々なネットワーク利用教育実践を試みられた。1994年、広島市立鈴張小学校をインターネットに直接接続する研究プロジェクトが文部省科学研究費により展開され、以来、この地域でインターネットの教育利用に焦点をあてた実践的研究が始められた。

 1995年、鈴張小学校は通産省・文部省による「100校プロジェクト」接続対象校となりNOC(Network Operation Center:接続収容先)となった地域ネットワークプロジェクト、中国・四国インターネット協議会(以下CSIと略す)をベースとして「中国・四国インターネット教育利用研究会」(以下school@csiと省略す)が設立された。school@csiは、広島・島根・山口・高知の小・中高校を中心とする教員が集まって様々なインターネット教育利用に関する実践・研究を展開した。

 文部省は2003年までに全ての小・中・高校をインターネットに接続する政策を明らかにし、21世紀に対応した初等・中等教育の場での情報教育の姿を模索している。一方、求められる情報教育像とそれを実現するための施設・環境のギャップが大きいことや、インターネット社会そのものの未成熟、教育現場での経験不足等、問題の存在そのものを明らかにし、対処の具体的な対応手順も含めて解決しなければならない点も多い。

 ここでは、CSI 教育研究部会・NOC運用技術研究部会の共同企画、中国通信ネットワーク(CT-Net)等産業界の協力により実施された「広島地区初等・中等教育ネットワーク接続提供プロジェクト」(ネットdeがんすプロジェクト)をについて報告する。

100校プロジェクト・NTTこねっと・プラン

 100校プロジェクトは専用線による24時間IP接続環境とサーバ機1台、クライアント機1台が配布された。接続開始当時は、インターネット接続・維持に対応できる技術者が少なかったことなどもあり、接続校の担当者はインターネットについての基本的な問題で混乱させられることとなった。一方、このような問題を抱えていたため、接続先となった地域ネットワークプロジェクト等の支援もあり担当教員の技術力向上の契機ともなった。

 100校プロジェクトの形態は大学がインターネットに直接接続している形態と同じであり、多数の教員のパソコンや教室の数十台のパソコンをインターネットに同時接続し学校の全教員・児童・生徒が自分のアカウント(電子メールアドレス)を持ちインターネットの本格的な利用教育を展開することが可能であった。一方、100校プロジェクトでは、担当となったごく限られた一部の教員がのみ関わるだけというケースが少なくなく、実際に接続維持にかかわる負担も少なくなかった。「好きな先生が趣味でやっているインターネット」から脱却し、学校内の先生の利用を広げることがが大きな課題であることが明らかとなった。

 NTTこねっと・プランではダイアルアップ接続のための機器と複数のクライアント機が各学校に提供された。こねっと・プランでは各学校で適当なプロバイダを確保し、ダイアルアップ接続でインターネット接続を行うという形態である。ダイアルアップ接続は利用料金があらかじめ設定された予算を超えるとインターネット利用が不可能となり、学校によっては接続開始数ヶ月で予算を使い果たしてしまったケースも見られた。

 こねっと・プランでのインターネット接続は、家庭で商用プロバイダと契約しインターネットを利用する環境とほぼ同じであるため、学校独自にドメイン名を持ち、全教員・児童・生徒に電子メールアドレスの発給を行うことは困難である。こねっと・プランの形態は、本来、多数の教室PCをインターネットに接続することを前提としないため学校での管理作業は多くない。一方、子どもの電子メール利用等本来のコミュニケーションベースの教育利用への展開は困難であると言わざるを得ない。

広島地区初等・中等教育ネットワーク接続提供プロジェクト

 「100校プロジェクト」「NTTこねっと・プラン」により、パイロットプログラムとしての学校でのインターネット利用教育の実践研究はそれぞれに成果を上げた。さらに、100校プロジェクトが始まった1995年当時に比べると、インターネットが日本の社会に浸透したことにより、一部の教員が独自にインターネット利用環境を整えはじめ、日本の初等・中等教育機関においてもインターネットの教育利用は,実験段階を終え実用をにらんだ段階に移行しつつある。

 ボランティア・研究ベースでネットワークの整備が進んだ大学に比べ、小・中・高校では、はじめから業務ツールとしてインターネットが導入される。従来、学校でのインターネット接続に関する作業は「実験的接続で、好きな教員が好きでやっている」という認識であった。今後、全国で約4万校の小・中・高校をインターネットに接続することを考えた場合、学校の業務とインターネット接続の維持・管理の両方に精通した教員の確保は重要である。さらに、各学校で実際に管理業務を行う場合、プロバイダ・キャリア等の業者との業務の切り分けを行い、教員として学校内で果たすべき役割の業務としての明確化が不可欠である。

 以上のような現実をふまえて、教員によるインターネットの接続維持業務について実証的に明らかにするプロジェクトを企画した。本プロジェクトは、中国・四国インターネット協議会 (CSI)の教育研究部会、 NOC運用技術研究部会の共同プロジェクトとして企画された。広島地区のプロバイダ(CTNet)や関連企業の無償支援を受け実施されるものである。

広島地域における初等・中等教育インターネット利用研究プロジェクト

「ネットdeがんすプロジェクト」企画書(一部抜粋)

 主催 ネットdeがんすプロジェクト推進委員会/中国・四国インターネット協議会 (CSI)

○ 実施期間 平成10年4月より平成11年3月31日まで

○ 事業目的

 (1)インターネット教育利用の実践的研究の推進

 (2)インターネット導入に伴う問題点の掌握

 (3)利用者環境支援システムの開発

 (4)導入および使用に関する支援モデルの研究

○ 事業意義

 「100校プロジェクト」をはじめとするパイロットプログラムから始まった我が国の初等・中等教育機関(以下学校と称する)におけるインターネットの教育利用は,実験段階を終え実用をにらんだ段階に移行しつつある。文部省の調査によると,全国の約10パーセントの学校が何らかの方法でインターネットに接続されており(平成9年5月現在),その数は加速度的に増加することが予想されている。

 このような状況の下,授業でのインターネット活用による成果が報告されている一方,ネットワーク導入や授業での活用に伴った,教育的課題や技術的課題,運営的課題がはっきりとした形で現れはじめている。

 本事業では,学校にインターネット接続されたコンピュータを設置しインターネット利用環境を連続運用しながら教育利用の実践的研究を行う。その過程で発生することが予想される各種の問題を掌握し,それぞれについて適切な対処方法や外部組織からの支援のあり方についての検討を行う。

 文部省により,すべての学校をインターネットに接続することが具体的に計画されている現在,それにさきがけ種々の検討を行なう本事業の意義は大きいと考える。

○ 事業内容 推進方法

 広島県下の数校程度を選定し,インターネット接続を実施する。接続先は商用インターネット接続プロバイダとし,接続速度は専用線 128Kbpsとする。なお,プロジェクトとしては接続回線,ルータ等,およびインターネットに必須なサーバ (ネームサーバ,WWWサーバ,メールサーバ等) を提供するが,必要なクライアント機材は各参加組織にて準備する。

○ 支援方法

 CSI教育研究部会およびCSI NOC運用技術研究部会を中心にサポートグループを編成し,接続や利用に関する指導・助言にあたる。

 複数の学校と教育センターに参加を打診した結果、表1に示す、広島市教育センターと8学校が接続可能となり、新100校プロジェクトによりIP接続を継続中の広島市立鈴張小学校を加えて実際の研究課題に取り組むこととなった。

 

表1プロジェクト参加校一覧

学校・組織名

使用学校・組織名

備考

広島市教育センター

center-h

接続済

広島市立長束小学校

nagatuka-es

接続済

広島市立井口明神小学校

myoujin-es

接続済

広島市立吉島東小学校

yosijimahigasi-es

接続済

呉市立三坂地小学校

misakaji-es

接続済

広島市立牛田中学校

usita-jhs

接続済

広島市立古田中学校

furuta-jhs

接続済

広島市立基町高等学校

motomachi-hs

接続済

広島県立呉工業高等学校

kure-ths

接続済

広島市立鈴張小学校

suzuhari-es

新100校プロジェクト

 注 10月28日現在。使用学校名は、それぞれed.ctnet.ne.jpのサブドメインとして収容。鈴張小学校のドメイン名はsuzuhari-es.asakita.hiroshima.jp。

学校接続用サーバ

 学校に限らず、自分の組織をインターネットにIP接続する場合、電子メールサーバ等の各種サーバを用意する必要がある。中でも、電子メールサーバやドメイン・ネームサーバは接続維持に必須であり、さらに、WWWをはじめ電子ニュース、ftpなどのサービスを組織内外にむけて提供している場合も少なくない。本プロジェクトは、学校に直接サーバを置いて、それを運用する実証研究であるが、サーバのプラットホームとしてFreeBSD(UNIX)を使用することとした。

 UNIXサーバで、電子メール、WWW、ドメインネームサービス等の設定・維持業務を行うにはUNIXのコマンドやviなどのエディタの操作が必須である。一方、UNIXの利用経験を持つ教員は少ないため、できるだけUNIXに直接触らないでも日常の管理業務ができるようなツールが必要である。本プロジェクトでは、参加校の各担当者はブラウザーを使用して各種設定・アカウントの発行等の管理を行うツール(ジェプロ社「BOX君」)をテスト版参加という形で使用した。尚、本プロジェクトでは各担当者にインストール作業そのものから始めていただいた。

ネットdeがんすプロジェクトの研究課題

a)初等・中等教育での情報教育像

 筆者は大学で情報基礎教育を担当している。現状では多くの学生が大学に入って始めてパソコンやインターネットなどの環境に触れることになり、技術的な側面から、一般的な情報倫理、個人情報の管理等の問題まで取り扱っている。第1の問題として、大学入学後の情報基礎教育の時間は限られているため、その中で全ての内容を取り扱うには限界がある。第2の問題として、大学入学前に既にインターネット等の利用経験のある学生も増えているが、情報倫理、個人情報の管理等の感覚を身につけないままにインターネット等を利用するのは、自分が情報被害者になるばかりでなく、加害者にもなり得る、などの理由からインターネット等を利用する前の教育が不可欠である。

 初等・中等教育の場で、ある程度の教育環境が整えられるとして、情報教育を具体的にどう行うか大学教育との切り分けも含めて実際に小・中・高校の実状と連携をふまえて何をどう教えるか検討する必要がある。

b) 有害情報の定義とフィルタリング

 教育委員会等との交渉や各学校長への接続依頼・説明を行った際、「有害情報」という用語をよく耳にした。学校に接続するインターネットは、あらかじめ有害情報をフィルタリングした上で子どもに触れさせるということが前提となっている。文部省の構想では教育センターが各学校の接続・利用を束ねた上で有害情報は教育センターがフィルタリングするとされている。

 フィルタリングそのものは技術的難しくないが、一方、「有害情報」というものは実に曖昧である。有害とは、何かが誰にどのような害を与えるのかがはっきりしなければそれを排除できないものである。有害情報のフィルタリングにはそれぞれの学齢や性別等の児童・生徒の属性に対応した有害情報の定義が必要である。

 インターネットの学校への導入は、これから数年の間、劇的に進むと考えられているが、一方で、導入から教育利用の段階までには様々な問題が存在する。1992年より大学のインターネット接続業務をボランティア的に担当しているが、インターネットの本格的教育利用は専用線接続が必要である。現実には、教育センター等をプロバイダとするダイアルアップ接続を想定していながら、一方で、専用線接続に必要なドメイン名の議論を進めるなど、インターネット導入に混乱が見られる。

 本プロジェクトは、小・中・高校を大学と同じ環境で接続し、実際の運用までにどのような問題が生ずるか実証的に検討を行うものである。同時に、接続担当能力のある教員の育成や接続された学校の教員間に利用経験を広げてもらうことも目的としている。1998年11月現在、全ての組織の接続が終わり、クライアント機を利用して職員室で電子メールの処理やネットサーフィンなでが日常的に行われるようになった学校も出てきている。さらに、サーバの設定が終了し、各種サービスの提供や具体的な教育利用も進められている。

 本プロジェクトの成果は http://www.csi.ad.jp/school/gansu/ で公開されています。