オンラインディベートとネットワークコミュニケーション

東北学院中学高等学校
教諭  名越 幸生

nakoshi@jhs.tohoku-gakuin.ac.jp

1.はじめに
 『オンラインディベート』とは,ディベートのすべてのコンテンツをネットワーク上で行うものである。
 ディベートとは「ある一つの論題について、肯定側と否定側に分かれ、一定のルールに従って議論が行なわれ、最後に審判によって勝敗が下される」討論の形式で、一種のゲ―ムである。ディベートには、(1) 客観的分析力が身に付く (2) 論理的思考力が身に付く (3) 発表能力が身に付く (4) より良い聞き手になれる (5) 情報収集力が身に付く等の教育効果が期待されている。学校におけるディベートは、教科に関わらず様々な実践がある。一方でディベートには、ディベートをする人や審判が一同に介さなくてはディベートが出来なかったり、発言などに瞬時の判断力が求められるため、障害を持った生徒には参加が難しい等のデメリットがある。総じて、ディベートに長けた指導者がいる地方ではディベートが盛んだが、その他の生徒・教員には、ディベート自体、垣根が高い。そのような中、一昨年に行なわれた本校の『通信ディベート』実践によって、遠隔地を結んだディベート、また、障害を持った生徒のディベートへの参加の可能性が示された。この実践の良い部分を引き継ぎ、更に、パソコン通信やインターネットにおけるコミュニケーションの一つの形として、『オンラインディベート』に取り組んだ。

2.『オンラインディベート』の特徴とねらい
 『オンラインディベート』では、大きく次の2点のねらいを設ける。
(1)ネットワーク利用による広い人間関係の形成
 ネットワーク自体に、交流対象を広げる働きがある。また、リアルタイムの要素が少ないメール主体のディベートによって,ハンディーを持った子ども達の参加を可能とする。
(2) ディベートによる建設的なコミュニケーションの学習
 テキストとしての発言は、その発言者が特定できる。それは即ち、発言への責任が明確になるということである。相手を中傷・誹謗する言葉は、発信される前に自ら推敲して,自発的に削除されることが求められる。またディベートでは、聞くことにも責任が生じており、かみ合った議論が求められる。本企画は互いの発言がテキストであるので,繰り返し読める上に、聞き漏らしもない。よって、一人よがりの解釈から脱却し、相手の発言の意図を読み取ることを可能とする。

3.誰でも自由に参加が可能! 〜ハード構成と参加形態〜
 『オンラインディベート』への参加のために最小限必要なものは、WEBを閲覧可能なパソコンが1台と、メールアカウントだけである。後は工夫次第でどのような形態でも参加ができる。以下に幾つかの参加形態を紹介する。
3.1. 福島県立盲学校

 視覚障害を持った生徒であっても、MS−DOSと音声合成装置を活用して、送られてくるメールやWEB上にアップされた各ラウンドのディベートのやり取りを読み、他の生徒と比較して文章は短いながらも、視覚障害のハンディを見事に乗り越えた、十分な意見交換が成された。
3.2. 東北学院高校
 本校では、自分のメールアカウントを持っていない有志も、本企画に参加した。彼等に届いた相手側の意見は、私の空き時間にプリントアウトして、休み時間に渡した。彼等の意見は紙に書いてもらったり、時にはFAXで自宅に送付してもらい、それを代理でテキスト入力し、相手側にメールとして送った。
3.3. 宮城県立泉高校・松山東雲中学高等学校・岐阜県立海津北高校
 ネットワークを用いた、新たな他校との交流の場として企画に参加して頂いた。各校とも最初は、外部との新しい繋がりということもあり、教員のメールアカウントからの参加であったり、メールが教員にCCされていたりなどした。しかしながら次第に、直接生徒のメールアカウントから発信されたメールも見受けられるようになった。
3.4. 神奈川県私立清泉女学院高校
 オンラインディベートを授業の一貫として成立させるため、清泉女学院は計22チームの参加がある。生徒へ発行されたメールアカウントを十分に活用した実践が行なわれている。
3.5. 有志による個人参加
 WEBページで本企画に興味を抱いてくれた東京の高校生が、第2回のディベートに参加した。また、本校を卒業した生徒が、第3回のディベートに、大学で取得したアカウントで参加した。

4.オンラインディベートの実施
昨年度と本年度と合わせて、4回のディベートが行われた。(※オンDは『オンラインディベート』の略称)

第1回オンD

3校で6チーム

97年7月8日(火)〜7月17日(木)

『茶髪・ピアス・ルーズソックス等のファッションは、高校生らしい。是か非か』

否定側勝利

教員+技術者間オンD

5校+技術者1名で8チーム

11月11日(火)〜11月27日(木)

『日本の学校教育に、飛び級制度・飛び選抜制度を導入すべし。是か非か』

未判定

第2回オンD

5校+個人参加1名で18チーム

12月16日(月)〜’98年2月5日(木)

中絶を扱ったテーマで産むことに対する是非

未判定

第3回オンD

4校+OBの参加2名+教員2名で10チーム

9月4日(金)〜10月15日(木)

『会ったことがない人同士でも、文字だけのコミュニケーションが成立する』

未判定

5. 生徒のネットワークコミュニケーションの様子
(1) メーリングリスト(ML)が生徒の考えを引き出した例
 第1回のオンラインディベート・C-ROUNDにおいて肯定側を勤めた泉高校の女生徒が反駁を作成できずにいたところ、同時展開で行なわれたB-ROUNDの肯定側反駁が清泉女学院の生徒よりMLに流された。その反駁をヒントに、泉高校の生徒は反駁を完成させることができた。3ラウンドの同時展開とMLが、生徒の行き詰まりを解消している。
(2) コミュニケーションエラーが起こった例
 第1回のオンラインディベート・A-ROUNDにおいて、茶髪を否定する根拠を社会に求めた清泉女学院高校・否定側に対して、東北学院高校・肯定側は「『社会が否定的に感じるなら…』と言いますが、社会にながされていいんですか?あなたには人間性のかけらもないんですか?」と反駁した。これに対して否定側は「私たちには人間性のかけらもないのか、という発言がありましたが、これは非常に失礼です。(中略)私たちの心はとても傷つきました。こういう発言は慎むべきだと思います。」というアピールを行なった。肯定側の表現では、発言内容に対してではなく、その内容を言った人=相手ディベーターに対して批判している形になっている。これは、実際に対面していない者同士のコミュニケーションエラーの典型と考える。その後生徒同士で、謝罪のメールの交換があった上に、夏休みに互いのディベーターが顔を合わせる機会があり、仲直りが出来たようである。オフラインによる生徒同士の交流は、ネットワーク上の交流においても重要である。
(3)WEBが、ディベーターの表現を補足するキャンバスになった例
 昨年行った教員+技術者によるオンラインディベートのB-ROUNDで、試験的に、立論のテキストから証拠資料にリンクを張る、ということを行った。すると、第2回のオンラインディベートでは、生徒が証拠資料をスキャナーで取り込んで、自らのWEBサイトにアップし、自分の反駁からリンクされた。文字によって意見の交換をするのに留まらず、文字で不足する情報に必要性があれば、インターネットはそれを自由に表現する場として機能する。

6. 第3回オンラインディベートより〜ネットワークコミュニケーションの1考察〜
        http://www.jhs.tohoku-gakuin.ac.jp/debate/ond/3rd-ond.html
 論題は、「会ったことのない人間同士であっても、文字だけのコミュニケーションで理解し合うことが可能である。是か非か」である。この論題の参考として付した文章は、98年度・滋賀医科大学看護学科・後期の小論文問題である。オンラインディベートが、小論文対策の一環となればという意図を持たせた。同時に、文字だけのコミュニケーションに焦点を当てたのは、本実践が、文字によるコミュニケーションを中心に据えているからであり、ネットワークを用いた交流活動について考えるきっかけとしたかったからである。4校+OBの参加2名+教員2名で10チーム5ラウンドが同時に展開された。その5ラウンドより、ディベートの展開の様子と、そこで垣間見られたネットワークコミュニケ―ションに関して考察を加える。

★ 肯定側立論 (C−ROUNDより編集)★
 「理解する」、ということはコミュニケーションしている送り手の事情、気持ち、送り手が意図していることの意味を、受け手がわかることである、と定義します。 論題を肯定する論点は3点あります。
(1)名前、社会的背景、年齢、コンプレックス等にとらわれない。
 文字によるコミュニケーションでは、その人のパーソナリティーのマイナス面をを隠すことによって、全ての人が平等になれます。つまり会話よりも文字の方が、どんな人が相手でも理解し合うことが可能です。
(2)言葉を時間をかけて丁寧に選べる。
 
会話では、相手に対して配慮が足りないために、相手を傷つけたり、誤解を招くことがあります。しかし文字で行った場合、会話をする時よりも、言葉を時間をかけて丁寧に選べるため、上記のような事が防げます。
(3)文字だけで「理解する」ことができている前例がある。
 ニフティサーブ、インターネットユーザーを対象に、ニフティサーブホームページ上でアンケートを実施。

 ネットワークで恋人・友達ができましたか? YES 43% NO 57%
=>文字によるコミュニケーションのメリットをよく捉えているのは、彼がネットワークのコミュニケーションに慣れているからだろう。メリットを指摘し、その証拠となるデータを示すこの立論には、説得力がある。

★ 否定側立論 (A−ROUND:岐阜県立海津北高校否定側より編集)★
論題を否定する理由は全部で4個です。
(1)文字だけというのはどうも都合が悪い
(2)誤解を招く可能性がある
(3)E−Mailも、相手に会わないで行うのと、会ってから行うのとでは感覚が違うでしょう。
(4)世界のすべての人々とつきあうためには(完全に理解のない状態の外国人とと出会ったときには)わけもわからないカタコトの英語を喋り、「私は怪しい者ではない」ということを伝えるために必死でジェスチャーをするでしょう。
=>はじめてとは思えない堂々とした立論である。100校プロジェクト校として、海外との交流実践の経験がある生徒たちは、ネットワークにおけるコミュニケーションの限界を体験として感じているのではないかと推測する

★ 質疑応答(B−ROUND:岐阜県立海津北高等学校 肯定側(質問)− 福島盲学校(回答)より編集)★

質問1 直接会って話をしても、感情が伝わらなかったらどうなるのか。
回答:
直接会って話をしたときには何らかの印象を持つはずです。何も伝わらないということはないと思います。

質問2 文字では自分の雰囲気などを表現することはできないのか。
回答:
文字では漠然としたものしか伝わらないと思います。やはり実際にあって話すことによりその人の雰囲気なども文字と比べてみるとはるかに伝わると思います。

質問3 文字は何回でも読み返すことができる。よって、より理解を深めることが可能になるのではないか。
回答:言葉も何回でも聞き返すこともできます。その方が文字で伝える方法よりも、相手のことをより良く理解することが出来ると思います。

=>互いに、自らのオンライン・オフラインのコミュニケーションの例を思い起こし、経験を基に発言している。福島盲学校の生徒の回答が、健常の生徒と何等変わりなく、対等のやり取りである事が感じられる。

★ チャットによる質疑応答(D−ROUND:肯定側の質疑)★

16:43 :Yama> 何故、会話しないと通じあえないのか教えてください。

16:44 :fumi> 文字だけでは、相手の表情がわかりません!

16:45 :Yama> 思いをつたえるもなら現在のメディアなら顔文字というのがあります。

16:45 :fumi> 表情は、文字にはない相手の直接の反応がわかります。

16:46 :fumi> 表情はなにも顔だけではなく体全体での反応も表わしています!

16:47 :Yama> 顔に表われない人もいます

16:47 :fumi> だから、からだも、あるのです!!!!

=>清泉女学院の生徒たちは、このやり取りの後、興奮が収まらなかったと聞く。チャットというコミュニケーションは、そこに表現される文字のみならず、様々な感情が生じてしまうようだ。これが、面と向かった上で議論した場合、同じようなやり取りではなく、もっと違ったやり取りになるのではないかと思われる。

★ 否定側反駁(C−ROUNDより編集)★

○質問3に関してですが、「一部理解」=「友人」は成り立たないと考えます。例として、あなたがもしその人の悪い面のみを理解した場合、本当に友人となれるでしょうか?

○「ネット上で出来た友人」=「打ち明け話の友人」は、難しいと考えます。そのため、ネット上で友人が出来た>打ち明け話は友人に>打ち明け話をするのは理解したしるし>よってネット上(文字だけ)でも理解可能…ということは成り立たないと思います。

○質問1に関することですが、文字だけでは伝達できない情報も多数あります。表情とかは伝達の障害にはなりませんし、逆に相手の心情を読むために重要なキーワードともなります。
以上、回答の間違いと思われるところを指摘し、また文章のみの相互理解は不可能であるという結論を出します。


=>相手の立論を十分に汲み取り、短い文字制限の中、よくまとめてある。建設的な議論の好例である。

肯定側反駁(E−ROUND:土屋 至・清泉女学院中高教諭の反駁より編集)
 会わないと、誤解する可能性も多いし、また時間がかかる、無用な対立や争いを生み出すという否定側が示す論拠は、どれも程度問題であり可能性の問題であるわけです。「理解に時間がかかる」ということは言えても、決して「だから理解できない」という論拠にはなりません。
 人間には想像力というすばらしい能力があります。文字だけの少ない情報からでも相手を想像して理解しようとする営みにこそ、人間が文学を作り出し、時代や空間をを超えて理解できるつながりを作り出します。それが、インターネットを作り出し、メールを盛んにし、果ては社会を発展させてきた大きな力となったのです。

=>新100校プロジェクトを推進する教諭の反駁として、重みがある。どのようにお感じになるだろうか?

7.まとめ 〜現状の課題と、今後目指す方向性を模索する〜
 4回の実践を通して、ネットワーク上でのディベートが可能であることが示された。しかし、参加者にとって優しい企画とは言えず、担当者の間でもその解決の方向について話し合われている。現状の課題から考察する。
(1) 判定方法が確立されない。
 既存のディベートに於いては、その判定方法がある程度固まっており、判定方法についての講習もある。ところが本実践では、4回のディベートのうちの3回が未判定である。この問題の解決が急がれる。
 次回は、観客へのアンケートを立論の後と反駁の後で2回行い、肯定側・否定側の両主張によって、観客の意見がどのくらい動かされたかによって判定することを試験的に行なう。

(2) ディベート1試合の期間が長い
 1試合を終了させるのに時間がかかることは、参加者に大きく負担をかける。更に、企画への新規参入がしにくく、学校間のスケジュール調整も難しくなるという面も生じる。
 そこで、軽いテーマで小さなディベートを数多くこなせる「マイクロディベート」や、ディベートに至る前段階として、自らの主張をネットワーク上に行なう「オンラインプレゼンテーション(仮称)」という企画も考えている。

(3) WEB上の充実が求められる
 企画のWEBページを充実させるほか、他のインターネット上のディベート実践をリンクで結んだり、情報交換が出来ればと考えている。また、議論がテキストとして残っているので、そのテキストを授業やホームルーム等で利用してもらう事が出来ないかと考えている。

 以上、本実践も、現状に留まらず、改善を進めながら更なる発展を模索している。
 この報告により、企画に共感してアドバイスを下さる方、共にディベートをして下さる方からの連絡を切望する。