4.9.5.2 盲学校における実践


・東京都立八王子盲学校における実践「Lynx」の利用

(1)なぜ視覚障害教育でインターネットを利用するのか

平成8年度は、高等部普通科ではじめての情報処理の授業が行われた。養護・訓練の枠のなかに、VDM(視覚障害者用画面読み上げソフトのひとつ)によるDOSの操作などの内容の授業が入ったのである。生徒達は指導した私の予想以上の力をつけ、フリーソフトを駆使したり、DOSの操作がVDMからできるようになった。

VDMは音声で使用するようにデザインされているが、これで操作するアプリケーションソフトが晴眼者用である場合、「いま画面がどうなっていて、音声化ソフトがなにを読んでいるか」という情報を生徒に適切に伝えることがとても大切であることがよくわかった。これによって生徒は頭の中に画面情報を持つことができる。

ネットワーク利用企画「特殊教育」のなかで、WWWの世界も音声で覗けるようになり、授業で利用した。視覚障害リハメーリングリストでの討論などが元になり、A氏によって作られたLynx Mail Gatewayのことだ。これは、ネットワーク利用企画「特殊教育」の一環として福島県立盲学校に移植され公開されたのである。

このシステムによってインターネットへの音声を使用したアクセスは、後述するように「時間」というバリアが取り除かれた。低速通信環境でも気軽にWWWの情報空間に入ることができるようになり、授業でもWWWからとった新聞の記事を見たりした。

しかし、これは別のバリアとの出会いでもあった。そのバリアとは漢字の問題である。音声では漢字は正確には読み上げることはできない。同じことだが、機械的な点訳も学校のなかでそのまま使えるような正確な点字はでてこない。(これは、「墨字」にアクセスすれば常に生じる問題でインターネット固有のことではない1。)

さらに、もうひとつのバリアは上記のLynxで読めないWWWデータが多いということである2)frame構造をもったテレビ番組表などがその例である。(「クリッカマブルマップ」だけというのもアクセス不能である。)

点字と漢字といったわが国独自の問題や、Lynxで読めないWWWデータの存在という問題をかかえつつも、通信インフラが急激に変化しつつあるなかで、視覚障害関係者が積極的にその実態を知り、意見や提案を出していくことがインターネット情報空間でのバリアフリーを実現するために有効であると考えられる。

具体的には、公共的なサイトは、音声ユーザにもアクセス可能であるように要望していくことや、さらに、点字データも墨字といっしょに載せることの要望などである。(その意味で八王子盲学校のWWWは設置された。)

バリアがありつつも、いやあるからこそ、21世紀に活躍する盲学校などの視覚障害をもつ生徒たちにとって、インターネットという広大な情報空間があることを体験し知ることはとても大切な事柄であると思うのである。近未来の電子的情報空間のバリアを克服することは、私たちの生徒達の課題となっていくからである。

(2)生徒とインターネットとの出会い

平成8年度は、高等部普通科の生徒たちにとってインターネット元年であった。

まず、高等部1年C組が1学期に宿泊学習をするにあたり、東京大学附属総合図書館の対面朗読室にあるインターネット端末に触れたことと、同じく東京大学の総合博物館及び坂村研究室の見学があった。

前者では、案内をしてくださったK氏から夏休みにまたくることを勧められた。(K氏はDAISY−次世代視覚障害者用デジタル読書システム国際規格−開発のとても忙しい時に時間を割いてくださった。)

夏休みにこのクラスの生徒は高等部普通科3学年合同のホームルーム活動でテーマにしていた「ごみ問題」について調べるために、東京大学附属総合図書館の対面朗読室を再度訪問した。

北欧の湖の風景をリアルタイムで見たり、アメリカから身体の音声を聞いたりし、多様な世界を実感した。生徒達は、あまりにおかしくて、口を押さえて苦しんでいた。(この朗読室は、閲覧室の隅にあり、扉があるとはいえ大きな声は厳禁なのだ。)

最後に千葉大学教育学部附属中学校の「ごみ問題」のページを入手した。この資料を夏休みあけのホームルームで報告した。

一方で、前述した情報処理の授業では、2学期から一部に公開されていたLynx Mail Gatewayシステムを使用し、朝日新聞ホームページなどの記事をみた。以下にその授業メモを紹介する。

・10月の情報処理の授業より

今日の情報処理の授業で、朝日新聞のホームページにアクセスしました。今回も、A氏のメールシステムを使わせて頂きました。日米野球の記事がおもしろそう、ということでそれを請求しました。授業時間にそれを(視覚障害者用音声ワープロシステム)AOKで読み、他では得られないリアルタイムの情報に生徒は感動していました。その後、点訳をしました。機械点訳をしたのです。

以前生徒は、「機械点訳は不完全であるだから使いものにならない」と言っていました。しかし、とりあえず、点字になり読めるので今回はその価値を認めていました。自分でも機械翻訳をしてみたい、といっていました。

また、打ち出した点字用紙は20ページくらいで分量がありました。これが、墨字の新聞の1頁にもみたいとものであることを教えると、驚いていました。

(3)音声でアクセスするときの<時間>というバリア

福島県立盲学校に移植されたLynx Mail Gatewayの成立経緯や趣旨を、公開時にNifty-ServePC-VANおよびPeopleなどへ掲載した資料 より引用してみる。

ここでは、音声を使ってWWWへアクセスするときの、「読み上げるための時間」というバリアの問題とそれを克服する有効策としてこのシステムが成立した経過が記載されている3)

(注意:福島県立盲学校のサーバの<Lynx Mail Gateway>は本利用企画実施の為、試験的に移植されたものである。)

※<Lynx Mail Gateway>趣旨と経過

パソコン通信をしている音声ユーザの方は、始めの頃、操作体系や画面イメージを理解するため音声読み上げをしながら通信をすることがあります。

読み上げながらの通信のため、とても時間がかかり苦労することがあると聞きます。

パソコン通信からテキストモードブラウザでWWWを見る音声ユーザの方は再び同じような苦労を体験することとなります。

ホームページは画面をみて操作するように設計されています。そのため、一度画面を音声で読んでリンク先の情報などをつかみ操作をすることになり、パソコン通信以上に操作に時間がかかることとなります。各ページごとにデザインがことなるのでさらに面倒であるということもあります。

しかし、このような面倒なものであっても視覚障害からくる情報アクセスの障害を乗り越えるためにインターネットは貴重なものです。

そこで、パソコン通信でWWWを見ようとしている音声ユーザの方の環境を補完・強化し、改善するために手立てはないかと「視覚障害リハメーリングリスト」と「FEDHAN視覚障害教育会議室」で討論していくと、前者のA氏によって以下の提案がなされました。(これは、平成8年の7月下旬のことです。)

A氏はLynxというUNIX上のシステムを使い、電子メールで欲しいWWWURLhttp://www.なんたらというもの)を送ると対応しているページをテキストにして返信してくるというものを作ってくださいました。さらに、御自身の仕事のマシンにそれを入れ、音声ユーザの方が実験をすることが出来るようになりました。

この実験に参加した音声を使用してパソ通をされている方から、とても好評でPC-VANなどのテキストモードブラウザを補完する働きもあることがわかりました。

そこで、さらに多くの音声ユーザの方に使用して頂き実験を継続発展させるために、100校プロジェクトのネットワーク利用企画「特殊教育」の中でA氏のシステムの「移植」を提案しました。この提案の趣旨にA氏も賛同していただきました。

コンピュータ教育開発センター(CEC)の担当者の方たちによって、先日上記の利用企画に参加している福島県立盲学校のサーバにA氏のシステムが移植されました。

ネットワーク利用企画「特殊教育」ではさらに大きな所への移植も検討されています。(また、私個人もある大学のシステムへの移植の検討を依頼しています。)

(4)利用企画Lynx Mail Gateway利用状況

富士通が福島県立盲学校へ移植された上記システムを管理しています。モニターしている状況を以下のように定期的に報告しているので、引用します。

Lynx によるメールゲートウェイの稼働状況報告です。

要求受付数 返信発送数 送信バイト数

Dec 01-07 45 73 253407

Dec 08-14 113 466 3935551

Dec 15-21 142 293 2818064

Dec 22-28 98 218 1127006

D.29-J.04 48 146 1873067

Jan 05-11 149 721 4619731

Jan 12-18 120 497 2442291

1週の利用者数は 73 個のURLリクエストを 13 人から

2週の利用者数は 466 個のURLリクエストを 24 人から

3週の利用者数は 293 個のURLリクエストを 26 人から

4週の利用者数は 218 個のURLリクエストを 19 人から

5週の利用者数は 146 個のURLリクエストを 15 人から

6週の利用者数は 841 個のURLリクエストを 40 人から

7週の利用者数は 498 個のURLリクエストを 22 人から

8週の利用者数は 236 個のURLリクエストを 17 人から

(5)電子的墨字情報のもつ漢字というバリア

本校には留学生がいるが、その生徒が「欧米では、点字の資料は点字のわからない人でもコンピュータを使いどんどん作っている。だから、点字の資料はたくさんあるんです。」と話してくれた。なるほど、アルファベット文化圏では、略字表現を考えなければ、点字と墨字の区別は「ない」といえる。

単純化していえば、アルファベット文化圏では「点字=墨字」であるが、漢字の読みがいろいろある日本語では、「点字<>墨字」なのだ。この意味で電子的な情報によって点字使用者が墨字にアクセスできるというのは、半分しか正しくないといえる。機械翻訳や、同じことだが音声での読みも不完全なものになってしまう。

この問題は日本語の複雑な漢字仮名交じりの構造に由来するので、機械翻訳などでは完全な点字変換は到底到達できない。また日本点字の分かち書き構造も機械翻訳では、完全なものはならない。

それゆえに、欧米と日本とでは視覚障害の学校教育にインターネットなどの電子墨字情報の扱い方が異なってくるのだ。盲学校の教育現場にこのような不完全な点字表示を持ちこむ事に抵抗があるのは当然といえる。

インターネットへのアクセスが可能であっても、この問題を解決しなければ視覚障害教育へのインターネット利用はうまくいかないと思う。なぜなら、多くの伝統的な視覚障害教育者は「正しい点字の読み書きができてからでないと、コンピュータによる(音声、機械翻訳による)点字情報は触れるべきではない」と考えているからだ。

この考えは主体的に大量の(電子的)墨字世界に接触することが教育の早期には不可能にする。

それでは、どのようにしたらいいのか。コンピュータの利用の前に墨字(漢字など)の指導を考える必要がある、ということだ。またそのことを踏まえて、墨字から変換されたの不完全な点字データ(あるいは墨字の音声読み上げ)を、充分に注意しながら教材として使用する、ということだ。

将来的には、校正用の音声読み上げを想定した「電子的ルビ」などをうまく活用することで、墨字と音声/点字との変換がよりうまくいく可能性があるのではないかと想像している。また、分かち書きやイントネーションのデータも含めれば音声/点字化はより完全なものになるだろう。「点字(化のための)データ=マルチメディア音声化データ」とならないだろうか。

また、電子情報には墨字の他に点字も入れてもらう、という方法もある。すでに、法務省のホームページには、点字のデータも掲載されている。こうした先駆的な例が広まって行くことを期待している。

(6)<情報源情報>と生徒とともに新たなバリアとの遭遇

Lynx Mail Gatewayを使用し、情報処理の授業をうけていない生徒たちにも点訳したものを手渡して感想を聞いてみた。ある生徒が、「僕が一番みたいのは、テレビ欄なのだけれど、それは入手できますか」といってきた。テレビガイドのサイトに行くと1週間分の各局のデータが掲載されていた。Internet Explorerなどでは見ることが当然できるが、Lynx Mail Gatewayではまったくだめであった。

その後、各テレビ局の番組表を見たが、(全部の局を見たのでは当然ないが)やはりLynx Mail Gatewayでは見ることができなかった。生徒とともにアクセスすることによって、潜んでいたバリアが我々の前に姿を現してきたのだ。

私は、このことをきっかけとして、<情報源情報>の大切さを学ぶことができた。<情報源情報>へのアクセスに困難がある例として、ビデオ屋さんに行ってもどんなビデオがならんでいるのかわからない、といったことがある(タイトルがすべて空欄になっている様子を思い浮かべてほしい)。点字使用の生徒でレンタルビデオ屋さんに行く者がいるが、「あらかじめ借りたいビデオを想定してしか行けない」と話していた。

そこで、テレビ番組表というもっとも大衆的な<情報源情報>へのアクセスを可能にするために提案を作ってみた4)

番組表は晴眼者であれば新聞で読むであろう。晴眼者が日常的に見ている新聞を点字使用の生徒は見ることができない。そこで、新聞の持つ情報に触れるためにインターネットを利用した。さらに筑波大学附属盲学校の高村氏および新聞社の提供によって、サンケイ新聞の電子新聞を授業などで見ることができた。新聞の電子データは高村氏のブラウザとVDMで快適に読むことができる。

生徒は新聞の全紙面をはじめて音声で検索し読むことができることに、強い興味をかきたてられていた。「古新聞」ではあるが、データベース的な利用を生徒達はしている。

先の電話での番組表検索に上記の新聞を実験的に含めることも検討している。高度情報化社会といいながら、新聞、テレビ、ラジオといったごく一般的な大衆的情報源が、視覚障害者にはアクセス困難である、ということを知っておいていただきたいと思う。

視覚障害者は高度情報化社会から取り残されている、といっても言過ぎではない。

(7)情報アクセスのバリアを越えるために

最後に、「進路指導」に関わることを取り上げてみる。ある高等部普通科の生徒が大学進学に興味をもちそうなので、大学の情報に関する点字資料を探すことになった。Nifty-Serveの障害児教育フォーラム視覚障害教育会議室や視覚障害リハメーリングリストなどのネットワークも使い問い合わせてみた結果、墨字の大学案内に相当する点字資料はないということがわかった。

WWWの各大学のホームページを覗いてみてはどうだろうか、という提案があった。大学とはどんなところであるか、見ることができるだろう。私の学校では、通信環境の事で、たくさん大学のホームページをみに行くには苦しい。そこで、どちらかにうかがって(リアルタイムで点字を表示する)ピンディスプレイや音声で生徒と調べてみることを考えている。

電子的墨字情報には上記の漢字の問題などがあるが、だからといって生徒が知りたい大学の情報は他の手段では入手できるとは思えないのだ。視覚障害とは情報アクセスの障害といわれる。必要な情報がないと主体的な行動ができない、というハンディが生じることがある。

進路指導でいえば、自分で進路を見定めることが困難になる。多くの問題を抱えつつも、インターネットがこの視覚障害教育における情報アクセスの障害を越える可能性をもつ手段であることは間違いないのである。生徒達の自立支援のためにバリアフリーなアクセス環境が望まれる。

参考資料

1) 三崎,「点字/漢字/コンピュータ」八盲の実践1996,八王子盲学校

2) 仁科,山本,湯浅,三崎,「電子社会にバリアフリーを視覚障害者によるWWWアクセスへの挑戦とHTMLなどへの提案」,TRONWARE 1996 VOL.39
パーソナルメディア社

3)BobRankinAccessing The Internet By E-Mail Doctor Bob's Guide to Offline Internet Access 6th Edition - August 1996

我々の視覚障害者のためのmail-gateway-systemと比較してみることができる。日本語の訳者が、日本の対応するサーバの紹介を付加している。

日本語訳文書の請求方法を以下に紹介する。以下にメールすると自動で返信がくる。

>>To: BobRankin@MHV.NET

>>Subject: send accmail.jp

本文は必要ない。但し、送られてくるメールはUUENCODEされている。環境によっては漢字コードの変換が必要になる。解凍するソフトも広く流通しているが、下のWWWからであれば、すぐに読めるものが入手できる。翻訳者のホームページは http://www.first.tsukuba.ac.jp/~komatsu

http://www.first.tsukuba.ac.jp/~komatsu/accmail.jp.600.txtというひとつ下の階層にDr.BobRankinのドキュメントがある。

4)三崎,「視覚障害を持つ人への番組欄サービスの提案電話による番組データベースの検索利用について」199612



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