新100校プロジェクト成果発表会
高等学校部会

障害児教育におけるインターネットの活用
−在宅学習支援システムの効果と課題−

東京都立光明養護学校 伊藤 守 ・金森克浩
佐賀県立金立養護学校 小野 龍智・深町俊善
1.はじめに
 新100校プロジェクト重点企画・高度化教育企画の中に,「障害児童・生徒のネットワークへのアクセシビリティ改善」という企画がある。100校プロジェクト発足時から,障害児のネットワークへのアクセシビリティ改善の問題については,「edhand」というメーリングリストを運用する中で研究を進めてきた。今回の報告は,メーリングリスト「edhand」の様子と,「障害児童・生徒のネットワークへのアクセシビリティ改善」の中の,特に,肢体不自由児を対象とした在宅学習支援システムの効果と課題について報告する。

2.メーリングト「edhand」
 メーリングリスト「edhand」は,100校プロジェクト「特殊教育共同利用企画」推進のためのメーリングリストとして,95年12月14日に発足した。当初は,100校プロジェクト参加校のうちの特殊教育諸学校担当者に,アドバイザーグループなどが加わって,15名の参加者で発足した。以下,メーリングリスト開設の第一報から,その目的と内容について紹介する。
目的:100校プロジェクトの特殊教育諸学校8校における活用研究と実践が円滑に進むよう,各学校,先生方への支援と検討の場を提供する。また,子どもたちの積極的な企画が実現できるコミュニケーションの場として活用し,様々な試行を行いながら,障害児教育から様々な発信ができるよう,準備を整える。
内容
1.公開シンポジウム「障害児教育とネットワーク」
 議題その1 アクセシビリティのあり方(障害児に優しいネットワーク環境を求めて)
 議題その2 コミュニケーションとプライバシー(情報発信とプライバシーのはざまで)
 議題その3 校内体制と教育課程(学校にネットワークを位置づけるには)
 議題その4 こどもからの発信(こどもの自主性をどう引き出すか)
 議題その5 フリートーク(ネットワークに期待するものなど)
2.協同企画の試行:子どもたちが参加できる企画を試行的に実施していく。子どもたちの自主的な企画が出てきたら,順次それらを尊重し,移行していく。
 その後,いくつかの紆余曲折を経て,さらに,小・中・高等学校教員・教育委員会指導主事・障害児教育研究者・リハビリテーション工学研究者・システムエンジニア・技術ボランティア・地域の施設職員など,100校プロジェクト参加校以外からも参加を得て,98年2月現在で約100名の規模になっている。
 話題としては,障害児のネットワーク上のアクセシビリティのあり方/ネットワークの利用技術情報/技術論/障害児教育論/実践報告/教員の研修のあり方/研修会・セミナーの案内&報告/海外障害児教育視察報告等々,「障害児教育」と「インターネット」・・・これらに関するありとあらゆる話題について,活発に意見交換がなされており,実質的に,障害児教育に携わる人たちのインターネットを使った相互支援システムとして機能している。

3.肢体不自由生徒を対象とした在宅学習支援等の実践
(1)佐賀県立金立養護学校におけるチャレンジキッズを使った在宅学習支援
 <M君の状況>
 対象生徒は,高等部2年生の5月に病状の進行により気管切開を行い,退院後は在宅での生活を余儀なくされている。現在,ノート型マッキントッシュとその上で動作するキネックスという入力装置を購入し,佐賀県教育センターより本人のインターネットIDの発行を受け,使用している。 今年度は,週2回の家庭訪問の形で,火曜日は主要5教科,金曜日にコンピュータを使ったコミュニケーションという内容で在宅学習を行っている。以下,今年度のコンピュータ利用の学習状況をあげる。
 コンピュータ操作に慣れるために,ワープロによる入力練習から始めたが時間がかかること(スキャン方式),また,20分に1回の吸引が必要なため疲れやすく,あまり興味関心は示さなかった。(単元:文字を入力しよう)/雑誌等に掲載されているホームページを紹介してみたがあまり興味は示さなかったが,全国の同じ養護学校のホームページで生徒が紹介している作品や自己紹介には目を輝かせていた。(単元:ホームページをみよう)/複数の教師が訪問前にメールを送信しておき,本人に受信させてみた。はじめは楽しんでいた。しかし,訪問日以外に自分だけで受信したり,メールを送ってくれた人に返事を書くことは無かった。しかし,学校の同級生がワープロで打った文章を教師が代理で送信した時は今までになく嬉しそうだった。その時は自分から返事を書いて送ることが出来た。やはり教員より同年代の友達とのやり取りを望んでいることがはっきりと分かった。でもこのやり取りも教師を介してのやり取りのため長くは続かなかった。(単元:電子メールを使おう)
 <チャレンジキッズに参加して>
 コンピュータを使ったコミュニケーションを主に学習を進めてきたが,本人からの自発的な発信はあまり見られなかった。そこで,「チャレンジキッズ」(運営:滋賀大学教育学部附属養護学校)を一週間ほど自由につないで見せることにした。その後,97年10月3日に放送された「メディアと教育」でチャレンジキッズの内容が紹介されていたのでビデオを見てもらい,その上で「チャレンジキッズダイジェスト96」を読んでもらった。本人もチャレンジキッズの内容が少し理解できたらしく,頻繁に自ら接続するようになった。母親の話では,うまく繋がらない時でも,2時間もいろいろと操作していたという話を聞いた。そんな時に,「一度チャレンジキッズに自己紹介をしてみようか」との問いかけに,彼は次の訪問の時までに自己紹介のメールを作成するまでになった。
 チャレンジキッズの良いところは,すぐに返事が来るところで,その後,本人も「初めてのメールなのにこんなに返事が来た」と嬉しそうだった。
(2)東京都立光明養護学校におけるCU−SeeMeを使った実践
 光明養護学校は97年の秋,28.8kのアナログ回線から64kのデジタル回線に変更された。それを受けて,かねてから懸案であったCU-SeeMeを使った在宅学習支援の実験を行った。この時,学校側で実験に立ち会った教員からは,「**君と一緒の授業,みんなとても楽しんでました。なんかワクワクする時間でした!」といった評価を受けることが出来た。
 使用機材は以下の通りである。
  学校側:Apple Macintosh LC630/Enhanced CU-SeeMe・カラーQcam/64kデジタル専用回線
  生徒の自宅:PowerBook 5300cs/Enhanced CU-SeeMe・カラーQcam
                /パルディオ312S  32Kパルディオ・データカードDC-1S

4.まとめ:肢体不自由教育における在宅学習支援の現状と課題
・在宅学習支援をするにあたって一番重要なのは,在宅を余儀なくされた児童・生徒のコミュニケーション意欲を如何に引き出し育てるかにある。そのために,支援する側はどのような環境を整えればいいのか。金立養護の事例は,貴重な教訓を提示している。
・テレビ会議システムを使った在宅学習支援の試みにはいろんな方法が考えられる。電話回線を使った専用テレビ電話を使うケース・ISDN回線で双方のパソコンをつなぐケース・インターネット上で動作するテレビ会議システムを使うケース。ここで紹介した光明養護学校の事例は,インターネットを利用したケースであるが,この実験結果によれば,回線速度は最低でも32kくらいないと,実用にはならないということであった。ISDN回線が普及してきたとはいえ,一般家庭の中でISDNを利用している所はまだまだ少ない。
 全国各地で肢体不自由養護学校の高等部の訪問教育の試行が始まっていることをあわせて考えたとき,現段階では,ノートパソコン+PHSという環境が最も現実的と言える。今回,光明養護の実験では,PHSについては教員個人のものを利用してみたが,公費で購入できている学校は多くはないと思われる。早急な対応がのぞまれる。
 しかし,教育利用ということを考えたとき,それ以上に重要だと思われるのは,在宅学習支援=子どものコミュニケーション支援だということだと思う。それさえ忘れなければ,最低限の環境でも大きな教育効果をあげられる。光明養護の実験はそんな事を示唆しているようにも思われる。