Center for Educational Computing

宮島理事長挨拶

名演奏の科学

─ 第32回理事会での挨拶から ─

(1) 弦楽器

  アインシュタインのバイオリンは有名で、藤岡由夫先生のセロはご自慢だった。“学者は音楽がお好き”という放送番組が始まってすぐやめになったのは残念だった。先生の還暦記念号に私は“セロの物理”という論文を献呈した。紹介の朝永振一郎先生が「次は誰でも名演奏ができる」という論文を書けと言われたのは弱った。

 さて、振動的でない力の作用で振動が発生し成長するのを自励振というが、多くの楽器はその良い例である。弦楽器のうち、弓でひく楽器では、弦の弓との接点は、弓にひかれて一緒に動きはじめ、やがて弦の復元力が静摩擦に勝って、弓の拘束から離れて戻って行く。その間に弦は全体にわたって振動をはじめ、接点は自由に運動するが、接点の速度が弓と同じになると再び弓に捉まる。こうして弦の振動は接点が弓と同じ速さで往復する振動モードに近づき、同時に同じモードを保ちながら振動が成長して行く。こうなると、たとえ弓が離れてもこのモードは自由振動を続けられる。このモードの音色が美しい弦楽器の音色である。(3倍音、5倍音…だけ混ざる)

 これが弦楽器の音の出る機構のあらましであるが、実際はこんなに簡単とは限らない。弓を弦にいくらか押しつけるから、弦の運動は弓に平行であるだけでなく、弓に垂直にもいくらか動く。垂直運動があれば押し合う力が変わるから摩擦力も変わり、従ってたとえ押しつけの力は同じでも拘束から離れる所も時も変わり、極めて複雑である。

  従って前述のモードを実現するには微妙の技術が必要のようで、軽く弦にふれて弓を引いて行き、ゆっくりと引く速さを増したり、ふれる力を増したりして、モードを崩さぬようにしながら、音を強めて行く。こうすると、このモードで接点は弓の速さを上限として動く。

  弓の位置が駒に近づくと、このモードの中にまじる高調波がつよくなり、いわゆる“鋸の目立て”の音になる。音色は駒からの弓の位置を変えて調節される。

  寺田物理学の継承者といわれた平田森三先生は、高速カメラで接点の運動を観測された。接点が弓と同じ速さで同じ振幅で往復する理想的な運動は上手な演奏家が上手に演奏する時に限り実現され、この時美しい音色が出るそうである。

  この理想的な接点の運動を時間グラフにすると、その形が鋸歯状になるのは、何ともほほえましい。

  実際には急に強い音を出すには、弓を強く押しつけて速くひく。こうすると一気に弦の振幅が大きくなって強い音がでるが、瞬間の音はむしろ打撃音であって、きれいではないが、割合すぐに余計な高調波はきえてくるそうである。

(2) 風のおこす波

  水面に風が吹きつけ木の葉が落ちる時、水面に波が起こる。そよ風のつくるさざ波、台風から発生する津波、どれも自励振の例である。

  さざ波は表面張力がきく短波、津波は重力が主力の長波である。短波の速さは毎秒数十センチ位、長波は数十米位である。波長が何キロメートルもある海の長波の速さは水深4000米くらいで毎秒200米位、一日に2万キロ程度を走る。チリ沖地震の津波が一日位で減衰なく三陸海岸に達して起こした災害は有名である。

  ところで風の起こす波も自励振で、波の速さの上限はやはり風速である。波より速い風は波を強め、遅い風は波を弱める。その機構はあらまし次のようである。

  一日水面に弱い波が生まれた所へ、波より速い風が追いぬいて行くとしよう。空気の流線は波の山で密に、波の谷で粗になるから、気圧は谷で高く、山で低くなり、波を成長させる役をする。また空気にも弱い粘性があるから、水は引きずられ、更に山の風下に渦ができれば圧力が下がり尚更強く引かれて波の速さが増し、波長も長くなる。こうして波の速さが風に追いつくまでになる。風速50キロの台風からは秒速50キロの津波が発生する。

  波が高くなると、波頭が不安定になり、泡が生じて崩れる。これが風がつよい時にみられる白波の現象である。こうして風がつよくても波の成長には限界がある。

(3) 管楽器

  リードのあるもの、ないもの管楽器は多く、その音の発生も自励振のもの、打撃によるもの色々ある。これらについては別の機会にしたい。



2001.3.27