本 多 光 太 郎 (ほんだこうたろう) 本多光太郎


 本多光太郎は、明治3年(1870)愛知県に生まれました。
明治27年、東京帝国大学理科大学物理学科を卒業し、ドイツに留学、帰国後、東北帝国大学理科大学の開設とともに教授となりました。

モーター

 第一次世界大戦により、磁石鋼の輪入がストップし産業用のモーターや発電機のの生産が困難になったため、日本は、これを自給する必要に迫られました。彼は、強力な磁石鋼の開発に取り組み、従来と比べて3倍の抗磁力を持つKS鋼を発明し、特許権を得ました(特許第32234号、大正7年)。

 KS鋼の名は、この磁石が住友吉左衛門(すみともきちざえもん)の寄付によって完成されたのでその頭文字を採ったものです。この後も、当初のKS鋼の数倍の抗磁力をもつ世界一強力な永久磁石合金である新KS鋼(NKS鋼)を発明し、昭和29年に亡くなっています。


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