モバイルGIS(地理情報システム)を用いた
フィールドワーク(野外調査)ツールの開発


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6.まとめ

      今回のプロジェクトでは,JACICが開発した学習用GIS「GISノート」をベースとして連携機能を持たせ,野外調査用にGPSを装備した電子フィールドノート「モバイルGIS」を開発した。これにより従来のフィールドワークの中で,2・3時間から1週間も掛かっていた教室での準備作業とデータ整理が,大幅に短縮されることになった。授業スケジュール等の都合により,各作業に掛かった時間を計測できなかったが,モバイルGISからGISノートへのデータインポートに関しては,スムーズに行うことが出来た。

      この一連のシステムは,学習者が独自のデータを入力できる自然環境GISデータベースが作成可能であり,一旦,入力されたデータはデジタルデータとして半永久的に保存が可能となり,また,データの格納,更新,出力の簡便性が明確化され,若い学生にも容易に使用できる環境を実現できると思われる。実証・実験では,操作性の問題,液晶を用いた表示が野外にはやや不適であること,GPSの利用効果が予想よりも低いことなどが確かめられた。今後の更なる改良が待たれるところである。

      実際の授業での実証実験という意味では,実験期間が短かった点,およびGISノートの実験利用から本プロジェクトでの実験までの時間的差異が少なく,同時進行的に学習の場への導入へ移行してきた点から,生徒たちへの教育的効果が明確になるためには,更なる継続的な実験期間が必要と思われる。

      少なくとも,今回,慶應義塾普通部生が実際に日吉の街に出て調査したデータは,土地利用や店舗立地のほか,自動販売機や公衆電話など今まで地図にされなかった物の分布,放射状に伸びる日吉の街路のバリアフリー状況,不法駐輪の自転車やバイク,順番待ちをするタクシーの停車位置,早朝ゴミをあさるカラスの多い地点など,中学生ならではの視点で収集したデータも多く含まれている。

      この調査を通じ,日頃通らない裏通りの顔を発見したり,迷惑駐車や駐輪がいかに街の美観や安全を損ねるかなど,日常とは異なる視点から日吉の観察ができた生徒も多く,この経験が次の調査におけるテーマ選定での活発な議論を生むことになろう。

      こうして足で集めた日吉の街のデータは,「街のGISデジタルデータ」として,今年,慶應義塾普通部に新しく完成する校舎内のIMC(授業教材センター)のファイルに蓄積される。今後,継続して取得・蓄積されたデジタルデータは,時系列での変化や分布関係の特性などの簡単な解析・分析に利用されることになろう。さらにデータを地図化し,放置自転車・不法駐車に悩む日吉町内会や港北警察署の交通課などにもそれらを提供し,より良い街づくりの為に役立ててもらうことも可能となる。

      このように,今回の様なプロジェクトは従来の教科の枠を越え,中学生自身がフィールドに出て調査し,そこで得られたデータを実際の街づくりなどに反映させる,という新しい総合的学習の活動の事例ともなろう。

      GISを初・中等教育においてどのように導入して行くかについては,「GIS」が学校において極めて新しい概念であり,また,教育指導要領等における位置付け,教科書等での扱い等が明確ではない点からも,今後,学校の情報化がさらに進む中で,既存の地理学習との関係,「総合的な学習」における利用可能性等,さまざまな場においての多くの議論が必要となろう。用いる用語,既存の紙学習との関連,コンテンツの著作権,学習者への影響等確実に解決すべき課題も数多く存在するが,世界に先駆けて学校で利用可能なGISを開発する意義は大きいと考えられる。

      特に早急にクリアすべきはその費用の点であろう。保存可能なデータは,技術の発達により小型化し,低廉化している。PCの低廉化に伴い,価格的にも充分に個人で所有できるものになった。唯一,GISの普及の障害はそのGISソフトの価格の高さである。PCベースで最も低価格と言われる汎用機のESRI社の「Arc View」の最新バージョンの価格は,一般向けにはまだ,50万円であり,アカデミック価格(研究・教育機関用割引)でもソフト本体は15万円である。これに加えて,幾つかの解析ソフト(ネットワーク解析,3D解析等)を加えると100万のオーダーに近づく。この価格では学校現場での導入は難しい。

       その点で,2000年秋からフリーソフトとして教育機関に配布されているGISノート,今回開発したモバイルGISの開発の意義は大きい。GISの概念の理解,簡単なシミュレーションの試みなど,従来の紙地図,地図帳では体験できなかったダイナミックな地理学習,環境学習がGISノートとモバイルGISの登場によって可能になる。これらによる一連の「身近な地域の調査」での学習は,物産羅列的な暗記中心の地理の授業という印象から,地理学習は環境科学の一種であり,経験とデータの収集・分析による結論の類推を行う興味深い空間科学であるという印象を生徒に与える。この点は,まさしくこれから中等教育に登場する「総合的な学習」の目指す方向性であり,加えて地理学習が学校教育の中でその存在意義を主張できる根拠となろう。

      教育現場では90年代以降,教育における情報教育の普及の中で急速にコンピュータが利用されてきたが,GISを用いた学習実践は皆無であった。GISノートと今回開発したモバイルGISは,地理教育における「身近な地域の学習」の単元における地図作成,環境教育における「野外における自然環境調査学習」の単元において,極めて高い教材としての視認性が見られる。従来の「紙地図」教材による学習とは大幅に異なる教育的効果を上げたと評価できる。今後,空間データの種類(レイヤー)数を増加し,さらに簡便な利用(データ入力・解析・出力)が可能な教育用GISの開発をめざす必要がある。

      今後は、地域コミュティ等との連携を考慮した地域教育・環境教育をも視野に入れ、単に汎用的なツールではなく、「どの学年に何をどの程度学習させるのか」という授業目的および授業設計の問題を明確にし、教師側のサポートも含めたシステム化を検討して行きたい。

      近く実施される新学習指導要領では,多くの学習の場で「自ら学び,自ら考える力を育成する学習」が求められている。地理の「身近な地域」学習でも地域を観察・調査することが重要になり,「地域の調査」では生徒自身が現場(フィールド)に出て,実際に調査を実施することが推奨される。

      本プロジェクトでの成果は中学校段階での環境教育(川の調査や森の調査など)や地理学習における「身近な地域の調査(街の環境地図,商店街の変化など)」などの他,2002年より導入される「総合的学習」で利用できる。成果は生態学会,環境教育学会,地理教育学会,地図学会等で発表し,広く教育の場での新しいIT技術を用いた学習と従来型の野外学習,観察学習等,教育での経験や知識,新しい情報環境を利用した新しい形の教育の提言に役立つと考えられる。



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