1 コンピュータ教室のパソコン配置についての一考察

(中学校,高等学校)

2 はじめに

 近年コンピュータの導入率が極めて高くなり,特に高等学校での導入率は平成元年度で既に96%を超え※1,平成7年度には100%となったと報道されている※2。しかし現実には,職員室に2・3台,しかも先生方が公務や教材研究・作成に用いているという学校も含まれており,生徒自身の学習に活用可能な学校が100%となったわけではない。しかし近い将来,全ての高等学校においてテクノロジーの教育活用が実現できる日が来ることは明らかである。

 ところが,一人一台利用可能なコンピュータ教室が設置されたにも関わらず,実際の授業に活用されたことがほとんどなく,いわば「ほこりをかぶった状態」になっている学校があるということを耳にすることがある。これはどうしたことだろうか。よく言われているような,教員もしくは教員を取り巻く学校の保守的な壁に阻まれているのであろうか,それとも,コンピュータの学習利用がまだ研究段階にとどまり※3,※4,実質的な活用には至っていないということであろうか。これらの問題点については,筆者も改善に向けて努力しなくてはならないと考えている一人であるが,しかしそれだけでコンピュータの教育活用を阻むものがなくなるとは考えづらい。これらの他に筆者は,コンピュータ教室の配置の問題も重要な要素であると考える。本稿では,授業を行う上での機能的な配置とはどのようなものであるか,筆者がこれまで幾つかのコンピュータ教室で授業を行ってきた経験をもとにして,理想的な学習空間であるためには,どのような要件が満たされなくてはならないか,その要件を満たす教室ではどのような配置が為されるべきかについて論じる。

3 これまでのコンピュータ教室の現状


図1.LL型配置例


図2.島型配置

 現在のようなパソコンによって構成されたコンピュータ教室の歴史はそれほど長くはない。そもそも1980年頃までは16ビットパソコンは無く(IBM-PCが1981年,PC-9801が1982年発売),この当時のコンピュータ教室とは,中型機もしくは大型機をホストマシンとし,その容量に応じて端末機が10数台から40台程度ぶら下がっているのが一般的であり,生徒はそれぞれの端末に向かって操作した。当時は,普通高校ではごく一部の実験校に特殊なCAIシステムが設置された以外は(都立高校では1970年頃小山台高校に設置されていた),工業高校や商業高校にしかコンピュータは無く,そこではプログラミングを中心とした言語教育が行われていた。この時代のコンピュータ教室(というよりコンピュータ実習室)は端末が整然と並んでおり,多くは講義室が併設されているか,または講義用の教室が隣接した場所に設けられていた。授業としては,講義室でプログラミングの学習を行い,そこで予め作ったコードを実習室に移動し,コンピュータで実行するという形態が主であった。ホストマシンや端末を含めたシステムは大変高価であり,安易な気持ちでは触ることが戒められ,いわば学習成果の清書システムとして利用さていたと言えるかもしれない。教師も生徒も大変高価であったコンピュータに対して,最新の注意を払って利用していた。よって教室内のコンピュータ(即ち端末)の配置は,生徒がコンピュータを利用する状況を教師が把握しやすくければ良かったと思われる。一方明治以来学校の教室は,一人の教師が居る教卓に向かって,生徒の机が5列乃至7列縦隊で整然とLL型に配置されてきた(図1)。この形態は教師にとっても生徒にとっても学校の教室としては極めて自然な形式であり,初期のコンピュータ教室の配置も自然にこの形式に落ち着いたと思われる※5。

 さて1980年代も半ばを過ぎると,パソコンの性能が上がり単価も安くなった。同時に,全国各地で汎用的な学習利用が検討され,研究発表も活発に行われるようになってきて,プログラミングを中心とした言語教育から既存の教科学習へのコンピュータ利用が,一般的に話題にされるようになってきた。学習活動の中にコンピュータ利用を位置づけ,コンピュータを用いた活動や活動の結果を本来の学習に活かせしていくことが重要だと考えられ※6,教室内に教師や生徒の活動する空間と共存する配置が求められてきた。この結果誕生したのが島型の配置(図2)であるいえるだろう。丁度理科の実験教室がモデルになっていると考えられる。

 この時期,筆者の勤務校に初めてコンピュータ教室設置が持ち上がり,筆者は都内及び近県のコンピュータを活用した学習を実践している高校を普通科・職業科を問わず合計十数校を見学した。見学の結果,コンピュータの設置が比較的早期に行われた高校ではLL型の配列が取られ,既にLL型を経験し,その不具合を何とか改善したいという要望の強い学校では,島型を取っているということができる。この調査で,LL型,島型についての長所・短所が明らかになってきた。LL型の教室の特徴としては,以下の3点が指摘できる。

LL-1 通常の教室の授業と同じ配置を取るために,一斉に生徒に説明する場合も生徒の表情を把握することができる。しかし,説明の時間・作業の時間をはっきりさせて授業の構成を考えないと,教師が説明したい場合でも,生徒は自分のパソコンに注意を奪われ,学習が中途半端になってしまう。

LL-2 教師のコンソールには生徒のモニターをスキャニングするシステムがあるにも関わらず,一人一人見ていたのでは全体で非常に時間がかかって実用的ではなく,生徒が勝手な作業を始めても,それを管理しづらい(ある高校では,授業中に自分で持参したゲームソフトで遊んでいたという事例が報告された)。

LL-3 教師が机間巡視する空間が取りづらく,生徒がキーボードのキーを外してみたり,マウスのボールを取ってしまったという悪戯を防ぎづらい。(ある高校では,スペース・バーが無くなっていたり,マウスのボールが抜き取られたという事例が報告された。)

以上は,実際に筆者がある都立高校でLL型に配置された教室で授業を行った経験からも,思い当たる問題点であった。先生方対象の授業であったので機材の管理面についての心配は持たなくて済んだが,受講者の学習状況を把握しながら授業を行えないという問題点により,授業のしづらさを痛感した覚えがある。

 次に,調査結果及び筆者が他校で授業を行った経験から,島型の特徴を指摘する。

I-1 教室を机間巡視する空間が確保でき,質問のある生徒の場所にもすぐに移動して直接指導しやすい。しかし,指導する教師の数によっては,教師は教師用コンソールから離れることができず,机間巡視そのものが行えないことも考えられる。

I-2 理科の実験室のように座席としてグループ化されており,気分的に共同学習しやすく,お互いの交流も図りやすいといえる。

I-3 教師のコンソールの位置から,半数の生徒のモニターが監視でき,それぞれの班では今どのような活動中であるのかが把握できる。しかし,個人の情報については,半数の生徒のモニターが直接は確認できない。

I-4 全員一斉に説明したい場合,後ろ向きにならないと教師の方を向けない生徒が半数居り,ノートを取りながら聞くということが全体としてはしづらい。

I-5 直接画面を確認できない半数の生徒に対しては,LL-1〜LL-3の問題点が依然残る。

 これらのことから,LL型配置は生徒の学習状況を把握しながら授業を進めるには余り適当ではないということが結論できる。また島型の配置についても,机間巡視が可能で,共同学習させやすいという面からみると有効であるが,管理面であるとか,個々の生徒の学習状況の把握という視点からは,不十分な配置であるということができる。コンピュータ教室の配置を考える場合に,コンピュータ教室そのものの管理の問題,そして授業進行上必要な情報が入手しやすいかどうかという問題は,授業の構成や内容とは独立に考えなくてはならない重要な要因である。現在最も多い配置がこの島型ではないかと思えるが※7,※8,※9,※10,そこで授業をされる先生方が管理面で払わなくてはならない苦労は,筆者が調査した10年前と余り変わっていないのではないかという気がしてならない。

4 新たな発想の結果としての外向き型配置


図3.第1コンピュータ室の配置(1990年)
 教師は,一般的な教室での授業であってもコンピュータ等の機材を利用した授業であっても,学習の進展に対して,学習者がどのようにその展開を受け止め,どのように反応しているのかのデータを収集しながら,より学習効果が上がるように展開を再構築しながら授業を進めるものであると思う。このためには,教師の発した問いに対する学習者の反応や,授業中刻々と変化する学習者の様子を,逐一把握できなくてはならないと思う。この問題を解決した教室こそが,望ましいコンピュータ教室であるといえる。

 1989年の時点で,慶応大学の吉村啓先生は「生徒の顔,目の動き,手元は,生徒がコンピュータを扱っているときに見えなくても良い。(教師が)見たいのはディスプレーの画面である」という考え方に則ると,外向き型 の配置が考えられると提案した※5。この配置のメリットとして,外向きにすることで島型よりも更にスペースの共同利用が可能になりその共有されたスペースでグループ討議されたり,又は,共同作業が可能であり,またこの配置では教師はコンピュータ教室の中央に居り,教師が全員に対して説明を加えたり,注意したりする場合には,生徒の視線はコンピュータの画面から離れ,生徒の意識を集中することができると述べている。この配置であるならば,前章で指摘した問題点を克服できると考え,田柄高校の初代のコンピュータ教室を図3のような配置にした。実際の授業を行ってきて,この教室は当初のねらい通り,LL型で生ずる問題点も,島型で生ずる問題点も克服され,非常に授業がやり易かったといえる。現在までに改良された新教室も含めて丸8年間この配置で授業を行ってきたが,これ以外の配置は考えられないと思っている。ただこの初代の第1コンピュータ教室では,場所とコンピュータの設置台数の関係から(当時人クラスの定員が48名であった),一部教師用コンソール位置からは座ってコンピュータを操作しながらでは確認できない死角が生じてしまった。この教室の問題点はまさにこの一点につきるといえる。1991年当時,吉村啓先生に筆者の勤務校に御講演に来ていただいた折りに外向き型の教室について質問したら,「この形式は以前ヨーロッパの視察の結果知った配置であり,日本では小学校で約20台を好む記に配置した例を知っているが,高等学校では初めてだ」とおっしゃっておられた(これが縁で参考文献11に本校の紹介記事が掲載された)。

5 外向き型配置の問題点とその克服に向けて

図4.新第1コンピュータ教室の平面図面

図5.新第1コンピュータ教室の全景
 筆者の勤務校では,プログラミングを通した問題解決学習,一太郎・ロータスの使い方を通して,プレゼンテーションを行わせる学習,そして,数学の学習としてコンピュータ教室を利用している。これら作業主体の授業では,これまで述べてきたように,この外向き型配置が,学習者の進行の様子を常に把握できる点において非常に優れている結論できる。ところでこの配置の教室には,若干の問題点が見つかった。

 それは,一斉授業を行うときに生ずる。この配置では教師はパソコンを操作しながら,同時に生徒の作業活動の様子を確認することができる。しかし,その個々の生徒の活動の様子は,彼らの活動経過の記録として,パソコン上のモニターから得られる。このことは授業を行っていく中で,ある生徒が躓いているのかどうかを彼の表情からではなく,彼の作業の結果をもって把握するしかない。授業を進行させる上で最も重要な情報である生徒の表情は確認できないのである。筆者の勤務校では,そのために生徒のパソコンの反対側にテーブルを用意し,教師が一斉に説明したい場合にそれぞれの生徒に中央を向かせたときも,ノートを取りながら授業できるように工夫した。このテーブルの設置で,ある程度の不都合は解消されたが,この一斉伝達の場では,コンピュータ上でシミュレーションしながら解説する場合に,生徒は解説を聞いたりノートを取ったりするために教師の方を向いたり,または,教師が示すシミュレーションを見るために後ろのコンピュータを向いたりと,なかなか忙しいのである。この問題は,第1コンピュータ教室でも第2コンピュータ教室でも生じた。これらの反省から,更新された新第1コンピュータ教室では,スクリーンと液晶プロジェクターを設置することになった。このプロジェクターの活用により一斉授業を行う場合,教師用のコンピュータの実行結果を大画面に投影し,生徒の反応を確認しながら授業を進められることができるようになった。以上のような経緯で,現在第1コンピュータ教室は,図4,図5のようになった。これまで感じた問題点を,現時点ではすべてクリアした教室であると自負している。既に半年以上授業を行ってきたが,これまでの第1コンピュータ教室,第2コンピュータ教室以上に授業がし易いと感じている。


図6.新第2コンピュータ教室
 

6 終わりに

(東京都立田柄高等学校 坂本 正彦)



参考文献
※1:文部省,情報教育に関する手引き,1990.
※2:日本教育工学振興会,'96年版教育用ニューメディア総覧,1996.4.
※3:日本数学教育学会誌の最近の号ではテクノロジーの活用についての論文が掲載されている。また,第29回数学教育論文発表会(1996.11,於筑波大学)においても,テクノロジー関連の論文発表は十数件あった。
※4:例えば日本教育工学会第12会大会(1996.11,金沢大学)講演論文集では,目次だけで18ページに及び,論文集そのものの総ページでは680ページに及ぶ(一件につき2ページの割り当て)。
※5:吉村啓,日本評論社,何を考えるべきか−−教科オーサリングの紹介,〜数学教育とコンピュータ,1989.7.
※6:中山和彦,東原義訓,筑波出版会,未来の教室,1986.5.
※7:日経BP出版センター,先生のパソコン活用教本,1994.6..
※8:ニュースクール・コンピュータ学習空間設計マニュアル編集委員会,ボイックス刊,コンピュータ学習空間設計マニュアル,1991.5.
※9:TSC.Co.,NEXT TOTAL CAI SYSTEM vol.2,1996.
※10:潟eィー・エス・ディー,コンピュータ教室設計図版集,1996.
※11:佐藤公作,日本評論社,《IBM関数ラボ》による高校数学,の補章に,吉村啓先生が田柄高校の初代のコンピュータ教室を紹介した記事を書いて下さっている。
[補足]
(1) 図版1,2は参考文献5より,3は参考文献11より原著者の許可を得て転載した。また4,6は筆者等の提案をもとに,それぞれライオン事務器梶C兜x士通エフ・アイ・ピーに作成してもらったものを,許可を得て掲載した。
(2) 図4,6の中で教師用のコンソールが移動型になっていると,中央に活動スペースが広く取れる。このような教室であれば,小学校においても有効であろう。

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