9.まとめ



 小学校の教科教育に活用できる電子教材の要件調査を目的に、タブレット PC と手書き文字認識技術を活用した手書き電子教材のプロトタイプを開発し、一斉授業や家庭学習に適用して有効性を検証した。三木市立緑が丘東小学校の5年生の2学期の算数・国語の授業を想定して、 100 マス計算、算数教材(小数割り算、分数)、漢字ドリル、背景画面付き自由ノートの各種教材を試作し、児童ひとりが一台のタブレット PC を使用する環境で、学校での一斉授業と家庭への持ち帰り実験を実施した。実験の結果、今回試作した手書き電子教材の有効性が確認でき、タブレット PC と手書き電子教材を学校教育のなかで様々に活用する可能性を示すことができた。

 教育効果という観点では、ひとり一台のタブレット PC と自由ノート教材およびプロジェクタを使用して、児童が自身の考えを手書きした画面をプロジェクタに投影して説明するという、新しい授業スタイルが有効であった。この方法では、児童が書いた内容をそのまますぐに全員に提示できることができ、児童ひとり一人が自分の考え方を説明し他の児童の様々な考え方を知るという授業が効率的に可能であった。また、児童は手書きにより思考する場面が多く、手書きによる思考過程の補助が可能である点で、手書きによる解答入力は従来の選択肢入力の電子教材に比べて優れていることを確認した。手書きによる解答の自動採点機能により採点結果に応じたアニメーション表示や解答時間測定が可能となり、これらが児童の学習意欲を高める効果があることを確認した。書き順判定機能では、これまでは教師による指導が難しかった書き順指導が可能になり、漢字や筆順に対する児童の興味を高めるという評価結果を得た。

 一方、今回の実践で明らかになった課題は、第一に活用方法と教材の充実が挙げられる。今回の実践では、国語や算数など反復練習が必要な教科を対象としたが、社会や理科、図工や総合学習の時間でも活用可能と考えられ、今後、実践を通じた効果的な活用方法の抽出と教材の充実が望まれる。第二に、漢字や数字の認識・評価精度の向上が挙げられる。現状では最高水準の認識技術を使用しているが誤判定は避けられない。誤判定があることを前提にして活用方法を検討し指導を行えば十分に使えるレベルではあるが、児童の納得性を高めるには継続的な精度改善の努力が必要である。書き方評価においては、今回の試作では筆順判定は行っているが、トメやオサエのレベルの判定は行っていない。対象学年にもよるが、なにをもって正解とし、なにをもって誤りとするか、技術的実現性と教育的な観点の双方にたって基準の統一が必要であろう。また、今回の実験では、実験教室でのネットワーク環境での接続トラブルで授業開始時間が遅れるなどの問題もあった。手書き電子教材も実行中に反応が遅くなる等動作が不安定な症状も観測され、今後教材やシステムの完成度を高めるとともに現場での運用ノウハウの蓄積が重要である。

 どんな素晴らしい教材や技術であっても、最後は教師の活用スキルが鍵となる。タブレット PC や手書き教材の普及に合わせて、現場教師の活用スキルを高める努力も必要となろう。

 

おわりに(企業開発者の立場から)

12 月 2 日に三木市立緑が丘東小学校で実施された最初の公開授業に、本プロジェクトのメンバーや協力企業、学校教師等の教育関係者等と一緒に参加させていただいた。公開授業では、授業の最初にネットワークに繋がらない機器がでたり、発表の場面で児童が一生懸命書いた自由ノートが消えてしまったり、技術的な問題によるトラブルもあったが、参加した大半の児童がタブレット PC の教材を使いこなし集中して学習をしている姿に大きな感銘を受けた。
  公開授業の参加者の殆どが実感した事であるが、タブレット PC は、 PC でありながら、これまでの学校教育の現場でイメージされる PC ではなかった。児童は、ノートや教科書と同じように、授業の中で当たり前のようにタブレット PC と手書き教材を使いこなし、全く違和感を感じさせなかった。実践を担当した教師の適切な指導や児童の適応能力の高さも大きな要因と考えられるが、タブレット PC のような手書きデバイスの教具としての適合性の高さが実証されたように感じた。解決すべき課題は多いが、5年後か10年後にすべての児童が自分用のタブレット型専用端末をもって授業を受けている姿を参加者の多くがイメージしたように思う。

 このプロジェクトは、手書き文字認識を専門とする企業の研究所の発案で始まった。タブレット PC の市場を拡大するという純粋に企業的動機で開発した最初のプロトタイプを 2003 年の 5 月中旬にある大学教授に紹介したことをきっかけとして、急遽、 E スクエア・アドバンスに応募することになった。 CEC 事務局に実践に協力していただけそうな教育関係者を紹介していただき、三木市立教育センターの梶本先生にお願いして快諾を得た時は既に 5 月 20 日で、本プロジェクトの公募締切りの 10 日前であった。 E スクエア・アドバンスの採択が内定しプロジェクトが実質的にスタートしたのが 7 月末で、それからは予算と開発期間の短さとの戦いであった。特に試作する教材内容が漸く FIX した 9 月下旬から授業実践が開始される 11 月上旬にかけては、他のプロジェクトを一時中断して要員を増強し休日返上で教材試作を実施した。機器手配においてもプロジェクト予算では実践に必要なタブレット PC の台数を確保できず、児童一人に一台の実践環境の実現のためギリギリの調整を行う必要があった。実践が開始された後も、教材の追加開発や不具合の修正、現場へのインストール等のため連日ギリギリの作業が続いた。
  このような過程を経て実施された 12 月 2 日の公開授業は、プロジェクト参加メンバーの努力が報いられたと感じられた瞬間であった。起動時間の短縮や安定動作、評価精度の向上など少なからぬ課題も明らかになったが、我々が仮説をたて、期待していたものが正しいことを確信させてくれるものであった。

 プロジェクトの実施にあたっては、プロジェクト参加メンバー以外にも CEC 事務局を始め多くの協力者の支援を受けた。日本油脂株式会社殿からはタブレットの書き味を向上されるフィルムを無償提供していただいき、マイクロソフト株式会社殿からは実践で不足しているタブレット PC の調達でご協力いただいた。園田学園女子大学の内橋美佳氏等には児童のモチベーションを向上させる楽しいアニメーションを多数作成していただいた。東京農工大学の中川正樹教授には正しい筆順で筆記された手本パターンを提供して頂いた。園田学園女子大学の原研究室の学生には最新の学習指導要綱に従い上記手本パターンの筆順チェックと誤り修正を実施していただいた。本プロジェクトの実施にあたっては、これら協力者の助力が欠く事のできないものであり、心から感謝いたします。

 このような数多くの協力者が得られたのも、また、プロジェクト参加メンバーがそれぞれの役割で連日の厳しい作業に耐えることができたのも、「我々が実践しようとしたものは子どもたちの教育にとって絶対に意味がある」という事を信じる事ができた為であると思う。今回の実践で試作した手書き教材が本当に普及するには、多くの解決すべき課題があり、特にビジネス面においては「鶏と卵の問題(タブレット PC が普及するにはよい教材が多数必要/よい教材の開発にはタブレット PC の普及が必要)」という難しい課題を解決する必要がある。しかしながら 12 月 2 日の公開授業で多くの参加者がイメージした「子どもたちが全員自分のタブレット型専用端末をもって学校や家庭で学習を行う姿」は、何年か後に必ず実現するものと確信している。今回のプロジェクトがそのための第一歩として寄与することになれば、プロジェクトの参加者の一人として最大の喜びである。

 12 月 2 日の公開授業の最後に、授業に参加した子どもたち全員が起立し歌を歌いながらプロジェクトメンバーに感謝の言葉を朗読していただいた。様々な不具合のあった教材を、不完全であることを承知のうえ授業に適用し適切な指導をしていただいた三木市立緑が丘東小学校の尾崎さとみ先生、藤本辰男先生、勝部浩子先生、石丸和馬先生にあらためて感謝するともに、実際に試作教材を使ってくれた緑が丘東小学校の5年生、たんぽぽ学級の子どもたちに深く感謝いたします。最後に、本プロジェクトの実践の機会を与えていただいた、Eスクエア・アドバンスの関係者に心より感謝いたします。



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