8.成果とその普及について




8.1 プロジェクトの成果について(教育用ITの要件・活用方法等)


8.1.1 教育用ITの用件

 これまで述べた調査結果により、タブレット PCは、小学校の算数等の教科教育の授業において、適切な電子教材と教師による適切な指導を行うことで、現状市販されている機種であっても、十分に有効に活用することができると考えられる。
  タブレット PCの活用においては、電子黒板との組み合わせにより各教室に一台の構成であっても活用できると思われる。特に電子黒板は,ペンで操作するように作られている為、タブレットPCとは大変相性が良い。しかし,高い教育効果を実現するためには児童生徒が各自ノート代わりに使用できる一人一台の構成が望ましい。
  今回の実験により、現状市販の構成でも十分に活用できることが分かったが、さらに有効活用するためにはハード面では以下のような課題が明らかになった。


(1) ネットワーク及び使用教室の課題

 また、これらの一人一台の環境を有機的に結合するために高速のネットワーク環境が必要である。今回の実証実験では、ネットワークとしてセキュリティ面を考慮して、有線による接続を行ったが、今後は活動の自由度からも無線 LANによる接続が運用上、より望ましい。最新のタブレットPCでは、最新のIEEE 802.11gを内蔵した機種も登場しており、認証に802.1XとRADIUS認証サーバを使用することでセキュリティ面の不安を小なくすることができる。また,今回は,理科室で活動を行ったが日常の学習活動から考えて今後,普通教室と無線LAN環境での活用検証を行っていく必要がある。


(2) 電源運用の課題

 電源面では、一括充電用のラックを使用して、内蔵バッテリィによる運用を実施したが、授業時間中に大きな問題は生じなかった。しかしながら授業終了後の充電の手間や、複数時間連続して授業活用させることを考えれば、今後バッテリィ動作時間の長時間化や、バッテリィ切れ一時間前(授業開始前)にアラーム表示を行うなど、改良も必要であろう。


(3) 起動時間

 一斉授業の実証実験で課題となったのが、教材の起動時間の問題である。今回の実験では、教室内のサーバに教材を蓄積し、ネットワーク接続で教材を起動する形態をとった。教材を起動する時間は短いが、サーバへのログイン時にネットワークに接続されないなどのトラブルが時々発生した。これらは一斉授業を始める場合に遅延の原因となり、今後の解決が望まれる。


(4) 書き味向上フィルム

 手書き関係では、タブレット PCの筆記感と、ペンの形状にも留意が必要である。市販のタブレットPCでは、プラスチックのペン先がガラス面で筆記するため、紙とエンピツ(ボールペン)と比べて硬くて滑りやすく、児童の筆記する文字等に影響を与える恐れがある。今回の実験では、タブレットの筆記感を向上させる手段として、株式会社日本油脂で開発された、書き味向上フィルムPenFITを活用した。このフィルムをタブレット面に貼り付けることにより、筆記感が柔らかく滑りにくくなる。今回のプロジェクトでは比較実験は行わなかったが、指導教師より、書き味向上フィルムにより児童の筆記が丁寧になったとの報告があった。


(5) ペンの形状とペン先の材質

 実証実験の参加者より、ペンの形状にも指摘があった。今回の実験では、ペンの持ち方についての指導は行わなかったが、実証実験では、ペンの持ち方に問題のある児童も見られた。現在の市販タブレット PCのペンはサイズ的にはエンピツとほぼ同じであるが、色エンピツ同様、形状が丸くすべり易い。学校教育への活用では、黒色エンピツと同じように6角形の形状をしたものが望ましいとの指摘があった。
  また、ペン先の材質も紙に書く質感に近づけることにより授業にはより使いやすくなる。これは、書き味向上フィルムとも関係してくる。


(6) タブレット PC上で使えるコンパスの開発

 児童は、タブレット PCをノートのように使用している。学習内容から考えるとタブレットPC上で使えるコンパスがあれば、さらに学習に使用しやすくなると考えられる。

 ソフトウェア面では、以下のような知見と課題が明らかになった。


(7) 児童の手書きに関するスキル

 今回の実践であきらかになったことのひとつに、手書き入力に対する児童のスキルの順応性が上げられる。実践を行った5年生の分析では、タブレット PCの入力に関しては、最初の簡単な文字入力の練習だけで、多くの児童は問題なく利用している。実践授業のアンケートで、児童はタブレットPCや教材を容易に操作していたと思うか、という質問に関して、4.58(5点満点)であった。
  自由ノートへの筆記では、多くの児童は、定規を利用して図の入力を行っており、タブレット PCの関係者を驚かせた。また、筆箱を利用してタブレットPCに傾斜をつけて見やすくするなどの工夫も観察され、大人の想像以上に使いこなしていることが確認できた。児童は、タブレットPCに対して大人が持つコンピュータという意識は持っていないように感じられた。


(8) 文字認識率の向上

 実践授業において大きな問題にはならなかったが、手書き文字の認識精度の問題も明らかになった。これまでの文字認識では、 PDAの手書き入力に代表されるように小々乱雑な入力であっても、それに近い文字を探して出力することが普通である。これに対し、教育用途では、文字を正しく書くことが大きな目的であるため、評価基準が異なる。すなわち、従来の手書き文字認識では、文字認識の性能は、

文字認識率 = 筆記者の意図した文字が出力された数 /記入した文字の数

であらわされるのに対して

正判定率=正しい判定した数 /筆記者が筆記をした数
FRR(誤棄却率)=分母中不正解と誤判定した数/筆記者が正しい筆記をした数
FAR(誤受理率)=分母中正解と誤判定した数/筆記者が誤った筆記をした数

といった尺度も必要となる。
  数字の 100マス計算などでは、筆記のスピードが要求されるため、乱雑な書き方や枠からはみ出した数字も認識しなければならない。この場合には、通常の認識率の評価が重要になる。一方、漢字の書き取りでは、認識率ではなく、誤棄却率や誤受理率が問題になる。下記は、実証実験でログ機能により収集した児童の筆記を目視で分析したものである。

表8-1. 数字認識率
  認識率 標準偏差 データ数
一桁数字 98.3% 2.4% 2420
複数桁数字 98.0% 2.4% 3174

表8-2. 漢字判定率
  正判定率 標準偏差 誤棄却率 誤受理率 データ数
漢字判定 95.5% 3.0% 4.0% 6.3% 3166


(9)  漢字書き方評価の基準

 上記漢字の書き方判定で、大きな問題となるのは、何をもって正解とし、何をもって不正解とするかにある。学校や教師、学年によって考え方が異なり、トメやハライまでを厳しく評価する場合と、そうでない場合など評価の基準が異なる。今回の実証実験では、文字の評価識別論理の実装上の都合から、形状と筆順判定のみとして、「トメ」や「ハライ」などは評価の対象にしなかった。画の相対的な長さや交差の判定などを含めて、完全な判定をコンピュータに期待するのは難しく、教師との役割分担を含めて、どのような基準を設けるのか、今後の検討が必要な課題である。


(10) 教材作成の容易化

 今回は、教材開発については、漢字分野及び計算分野で富士通研究所がテンプレートを作成し、それをもとに教師が文字や数字を変更することにより,教材の数を増やした。しかし、この場合も Flashを操作しなければならず手軽に出来るというわけではない。テキストファイルを流し込めば,漢字や数字を変更できるところまで簡易化できるともっと手軽に教材を増やすことができる。さらに、新しくテンプレートを作成することは、教師には難しく他の学年や教科で使用していく為には,簡易な教材テンプレート作成ツールの開発が望まれる。


8.1.2 活用方法等

 今回は、手書き文字認識機能を使用して漢字学習と計算学習に活用した。また,自由手書き機能を使用してデジタルノートである自由ノートとして活用した。漢字学習と計算学習については、各学年で活用できる。さらに1年生ではひらがな学習にも使用できる。自由ノートについては、まさにデジタルノートとして教科・教科外を問わず、色々な場面で使用できそうである。学習の記録や資料が一元的に整理できる為、児童にとって多くの情報を上手に組み合わせて活用していく力も育成されると思われる。紙のノートのようにページめくり機能等が追加されればより活用場面が増えると考えられる。


8.2 プロジェクトの成果の普及方法について

ここではプロジェクト成果の普及のための活動について述べる。(一部予定を含む)


8.2.1 プレスリリース等による普及実績

(1) 新聞掲載
  12 月 3 日 神戸新聞三木市版 「タブレット PC使い実験授業 緑が丘東小 」

http://www.kobe-np.co.jp/chiiki/miki/index.html

(2) 各種プレスリリース
  12 月 9 日  「 Windows XP Tablet PC Edition 2004 」マイクロソフトプレス向け発表会

http://www.microsoft.com/japan/presspass/detail.aspx?newsid=1789
http://www.itmedia.co.jp/products/0312/09/ms_tablet2004.html


8.2.2 学会/研究会による普及


(1) 日本教育工学会研究会「協調学習と e-Pedagogy 」 (1/24 :電通大 )

原克彦他、手書き入力電子教材による筆順や計算過程の指導と評価


(2) 情報処理学会・ヒューマンインタフェース研究会のインタラクション 2004(3/4-5 :東京一橋記念講堂 )

田村弘昭他、タブレット PC を活用した手書き電子教材の実践検証


(3) 三木市立教育センター 研究発表会  (2/15)


(4) 平成15年度兵庫教育大学 学校教育研究センタープロジェクト研究発表会・ラウンドテーブル  (3/20)


(5) D-project 春の公開研究会  (3/27)

http://2003.d-project.jp/main.html


8.2.3 WEBサイトによる普及

(1) プロジェクトホームページを11月より立ち上げ、公開授業など各種情報を掲載している。

http://www.miki.ed.jp/cec/


(2) 園田学園女子大学でも、下記により本プロジェクトの情報を公開、掲載。

http://www.sonoda-u.ac.jp/tpc/index.html


8.2.4 今後の予定

 タブレット PC と手書き電子教材の普及には、実践を通じた効果的な活用方法の充実と国語算数以外の他教科を含む多様な教材の充実が必要である。活用方法の充実を図るためには、実践適用を行う仲間を全国規模で増やし、相互感の情報共有を図ることが必要である。また、教材の充実を図るためには、教材テンプレートの拡充や完成度を高め現場での作成容易性を向上する努力と、教材ベンダーとの連携による教材充実を両輪として進める必要がある。しかしながら、当面は鶏と卵の問題(教材の充実を図るにはタブレット PC の普及が必要、タブレット PC の普及は教材の充実が必要)を解決する必要があり、一朝一夕に解決できる問題ではない。
  普及に向けての第一歩は、本教材の有効性を体験してもらうことであり、このために今回試作した教材をプロジェクトホームページにて無償でダウンロードして動作を体験して貰えるようにする。手書き部品は未だ完成度が低く直ちに一般公開して使用して貰える状態ではないが、ホームページにて特に提供希望の問い合わせのあった教育関係者や大学等研究者には、その目的に合わせて手書き部品を提供し、新しい利用方法や教材の充実を支援する予定である。
  上記公開に加えて、今後学会活動など様々な機会を通じて、タブレット PC と手書き電子教材の普及に向けて取り組んで行く計画である。



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