3.11 総括

 3年間に渡る100校プロジェクトにおいて、その準備年度も含み、極めてチ ャレンジャブルな活動であったと言える。文部省、通産省の理解と支援の下で、 IPA/CECのスタッフ、関連協力企業のスタッフ、そして多くの学校関連の スタッフがこのプロジェクトの成功のために多大な責任感を感じ、そして質の高 い活動が展開された。まさに壮大な計画であった。何よりも我が国の教育の中に 、新しい息吹きを吹き込み、新しい教育文化を醸成させようといったこのような 活動自体に多大な意義を見出すことができる。

 ここに様々な努力の結晶が報告されているわけである。様々な問題点はあった にせよ、我々はネットワーク教育の可能性(将来の姿)を実感し、またその方法 論を学んだといってよい。これは大いなる財産である。この経験は今後のネット ワーク社会における学校制度、学校運営、教育形態・方法、カリキュラムの編成 のあり方を大きく変える強烈なトリガーになった。

 総括をしていく上で、21世紀の社会構造の変化を論じながら、この歴史的な 100校プロジェクトをレビューしたい。

3.11.1 社会構造の変化とネットワーク環境の意味

 社会構造の発展を社会学的に眺めてみると、融合型、分節型、そしてクロスオー バー型へとその構造の質的変化が見られる。これは情報技術とトランスポーテー ション技術がもたらす必然的結果である。すなわち、人、物、金、そして知恵 (情報や知識)の移動が、その実体を表象するエージェント(情報のアクティブ な機能的集合体)によって代替えが可能になろうとしているからである。いわゆ る国際化、グローバル化といった概念は、これらの技術によって、価値や文化を 時間的、空間的に共有できるようになったことから派生するものである。

 また、リカレント化、サービス化といった概念も、これらの技術によって、家 庭・地域、学校、企業とが相互に侵食しあい、それらの有する機能や役割を共有 し合うことが可能になったからであろう。逆に、古き良き時代は、未分化ながら、 極めてローカルな範囲でこのような共有化は存在していたと思われるが、上記の 技術によって、それらが地球的規模で展開されていくであろうことは間違いない。 21世紀はそのような超ボーダーレス社会に確実に向かっているのである。

 そのような社会における教育とはどのようなものであろうか。教科書的な知識 の記憶学習を中心としたものではなく、主体的な学習能力、積極的な社会適応力、 想像力(創造力)、構成力そして豊かな感性といった能力であろう。それゆえ、 再度、初等中等段階での基礎的学力(essential competecy)とは何かが問い直 されなければならない。我々は上記の学力を次のような言葉でも表現してきた。 すなわち知識形成、技能形成、応用力、問題解決力、問題発見、問題認識、創造、 制作、リーダシップ、積極性、寛容と協調、自己表現と伝達、計画、実施、分析 と合成といったものである。しかしながらそれらをどのような方法・手段で形成 させうるのかが、またどのような方法・手段で評価されなければならないのかが 問われなければならない。今回のプロジェクトはこのような教育の本質的側面を 議論し、熟考する貴重な機会をも提供した。さらに教育形態や教育内容を改善す るための知恵と技術を提供した。

 プロジェクトに参画された先生方も、“こんな教育、授業があったんだ”、 “こんな授業をしたかったんだ”という爽やかな疲れを感じ取っておられるので はないであろうか。そこには新しい授業を「見る眼」が存在した。すなわちこの ような環境での教師の役割は極めて重要である。教員養成においては、新しい学 力を育成するための教師自身の新しい資質・能力、すなわち「見る眼」を育成し なければならない。研修、教員養成、採用の各段階を通じて、そのための施策を 総合的に講じるとともに、常に教師の自己啓発を促す仕組みを考える必要がある。 今回の経験で教師の役割の重要性が指摘されている。それは知識伝達者としての 役割から、学習環境の設計者、カリキュラムのデザイナー、学習指導のコンサル タント・カウンセラー、学習のためのファシリテータ、そしてそれらの実践者と いう役割である。今後、CECがこのような発想で、多くの関係者の協力のもと に新しい、柔らかい、魅力的な情報技術手段で有益な教員研修のプログラムを策 定し、実施のための支援活動を展開されることを期待したい。またもちろん技術 的支援はいうまでもなく期待したい。

3.11.2 総合的な学習の環境設定

 前述のような学力の形成のためには、明確な教育目標のもとで、従来の教科の 枠を越えた総合的な学習を展開することも必要である。今回の実践でも、多くの 学校が特定の教科の枠に留まらずに、合科的また総合的視点から取り組まれてい た。そこでは問題発見、問題認識、問題解決のための計画立案、実施の手続き、 実施、分析、評価、発表・報告、議論、改善といった学習・作業活動が、各種の 情報・通信手段、表現手段を用いてネットワークという環境に凝縮されていたよ うに思われる。それゆえ、今後ますますこのような実践が効果的にできる環境を 整備することが必要である。

 また環境は、物理的なものだけではなく、学習パラダイムの要因も重要である。 前述したように適当な関連科目の寄せ集めではなく、実社会の状況的かつ知識構 成的な問題解決指向的な考え方が有効であろう。さらに教材のあり方も検討する 必要がある。ネットワーク社会は様々な教育情報を相互に共有化し、再利用でき る環境でもある。地域の特徴や学校の状況に応じて自己カリキュラムの開発や電 子教材の作成・共有がローカルなレベルで可能になるであろう。

 社会の情報化によって、学校は何を変えなければいけないのか、教育はどう変 わっていくのかについて述べた。これまで学校教育は、社会から独立して存在し ていたと言える。しかし、情報化によって産業構造や生活空間が変化し、これま での固い教育制度ではこの変化に追従していけなくなってきている。また、誰も が知識の供給者であり、共有者となりうるネットワーク環境では、絶対的な権威 というものは薄れ、人々の価値観も変わっていく。このような社会的変化のうえ で、新しい枠組み、形態、内容を構築していく必要があろう。今回の実践におい ても、多様な形態による情報交換、共同学習、ネットワーク会議があった。情報 の発信と伝達、それらのキャッチボールによる相互理解や知識・価値の共有、そ して新しい価値の発見と創作活動は、コミュニケーションの重要性を改めて実証 してくれたように思える。

 前述したように従来の分節的な社会構造からクロスオーバー型の社会構造へと 変換していくことが予測される。これは教育の多様化、弾力化へのニーズをより 一層喚起すると思われる。

 ところで、教育に求められる重要な機能は、過去の文化遺産を継承するととも に次世代を担う人材を育成することにある。この人材育成においては、将来を展 望し、先見性に裏打ちされた教育理念の下で教育内容と枠組みを構想することが 重要である。主体性、創造力、情報発信力、自己表現力といった新しい学力観や、 協調性、共感性、思いやり、責任感といった社会性が叫ばれているが、新しい環 境への積極的な適応と、さらなる創造は、将来の人材育成においては極めて重要 な国家的課題である。

 今後、コンピュータ、ネットワーク技術を伴った情報に関する教育においても、 従来のような技術者としての専門教育だけでなく、情報を自らの目的に即して的 確に判断し、処理し、伝達できる総合的な能力の育成(情報教育)が求められる。 既に文部省による先見的な認識に基づく多大な努力がなされてきたが、情報教育 を真に実効あるものとするには、その内容、方法、評価においても、従来の教科 の枠を越えた新しい枠組みのカリキュラムの実施が不可欠である。

 欧米諸国はもとより、シンガポール、マレーシア、韓国などのアジア諸国でも 情報教育カリキュラムの整備とそれを支えるインフラの充実が行われており、我 が国においても早急に体系的な情報教育を実施するための環境整備が必要であろ う。そのためにも初等中等教育の全体像を見通した整合性のあるカリキュラムの 整備とその制度的実施の枠組みを確立する必要がある。そういった社会的展開と ニーズに対応した今回の100校プロジェクトはまさに機を得たものである。

3.11.3 100校プロジェクトの全体的総括

 この思いもかけない歴史的プロジェクトにおいて、我が国の学校教育は好むと 好まざるにかかわらず、大きな変化を見た。小中高の学校総数が約4万5千校あ る中で、たかだか0.2%程度の導入率である。それにもかかわらず、これだけ 大きな反響と意義を得たことは極めて貴重な経験であったと言える。最後に、全 体的総括としてその要点を挙げておく。
[教育的効果]
a.新しい教育形態の創出
b.新しい授業方法の創出
c.新しい学力の鼓舞
d.国内、国際交流の経験
e.テクノロジーとの接触に伴う社会との連続性の実感と認識
f.テクノロジーの興味・関心とその社会的役割の理解
g.自己表現・創作活動の楽しさの再発見
h.総合的な物の見方、スキルの育成
i.カリキュラムの創造の重要性の再認識
j.評価の本質的理解とその方法の工夫
k.共同/協調の実感的理解とその態度の形成
l.様々な分野での知識の吸収
m.コンピュータソフトウエアの理解とスキル形成
n.問題発見と問題意識力の向上
o.その他
[教育的問題点]
a.情報倫理(プライバシー、知的所有権、著作権、情報マナー等)
b.純学術的な知識体系の習得の困難性
c.教師の授業準備の負担
d.教師の情報リテラシーの向上の必要性
e.伝統的授業形態とのバランスの難しさ
f.ネットワークシステムのトラブルによる授業の中断
g.情報技術の急速な変化に伴う、資源の陳腐化への対応
h.学校内での協力体制の問題
i.運営コスト
j.授業(学習)時間のむら、無駄、無理による授業のやりにくさ
k.意欲的な生徒/熟知している生徒と傍観的な生徒/初めての生徒との融 合化の必要性(授業運営・方法の確立)
l.教育評価の難しさ(結果のみならずプロセスを重視すべき)
m.その他
 これらは、技術的問題点と大いに関連するが、むしろ教育的な問題点として、 積極的に解決していくことによって、新しい仕組みや方法を探究していくべきで あろう。それがむしろ教育の本質的問題意識の高揚や理解につながるものである。 伝統的な授業の形態・方法や仕組みを前提にすべきではない。新しく創造するこ とが極めて重要な態度ではなかろうか。
次(第4章 教育におけるネットワーク活用の技術的側 面)