3.4 中学校における生徒の新しい学力、実施体制と指導形態

3.4.1 生徒の新しい学力

3.4.1.1 新しい学力観と中学校教育の課題

 中学校教育を通して公民的資質の基礎を培うことが、教育の目標とされている。 情報化社会となりネットワーク社会の構築とともに、ネットワーク社会の中で生 きる力が必要となってきた。社会の変化は、公民的資質の基礎の内容の変化を伴 う。インターネットの普及が、典型的に情報化社会そのものである。ネットワー ク社会に生きる市民の必要条件を備えた人物をネチズンとするならば、公民的資 質の基礎を培うために、ネチズンとなるための教育が必要になってくるだろう。

 平成元年度、新しい学力観にもとづいて学習指導要領が改訂された。これまで の知識注入の指導から、興味関心に基づいた生徒の主体的な学習を中学校教育に できるだけ取り入れる指導へ方向性が転換しつつある。この学力観の転換が、イ ンターネットの利用と期を一にしているのは、見逃せない。

 新しい学力観によって、中学校での教科指導は、岐路に立たされている。「基 礎基本」とは、従来の学力観は基礎的基本的事項であった。数多くの知識獲得の 際、前提となる知識を基礎基本に考えていた。新しい学力観でも基礎基本の徹底 は重要なテーマである。しかし、新しい学力観では、基礎基本とは基本的事項だ けでなく、思考力や情報活用能力などの学力の基礎基本まで含めて考えられる。 中学校では、これまで特別活動や道徳といった領域で培われてきた諸能力が、教 科指導でも位置づけられた。コンピュータの導入によって、情報活用能力が強調 されている。これは、新しい学力観の提唱と無関係ではない。一般に情報活用能 力とは、下記の内容を示している。  情報活用能力の内容

  1. 情報の判断、選択、整理、処理能力及び新たな情報の創造、伝達能力
  2. 情報化社会の特質、情報化の社会や人間に対する影響の理解
  3. 情報の重要性の認識、情報に対する責任感
  4. 情報科学の基礎及び情報手段(特にコンピュータ)の特徴の理解、 基礎的な操作能力の習得
 情報活用能力の内容は、コンピュータの操作やリテラシーにとどまらず、コミ ュニケーション能力など社会技能が問われ、情報化社会を生きる学力を含んでい る。ネットワークに関わる諸能力を含めて情報活用能力と考えたい。

 中学校教育が、各教科で基礎基本を徹底させるとともに、個性の伸長とともに 多様な能力を引き出す段階である。情報教育の基礎基本は、すでに学習指導要領 の各教科で示されている。情報活用能力の育成が基礎基本の徹底であれば、表現 力と表現したいものを持つということは、個性の慎重であろう。ホームページを 通してまたはホームページそのものが、生徒の作品を発信し、紹介している。

 また、学力は個人のものではあるが、共同して学習する力が今後重視してよい のではないだろうか。これまでは、個人が地道な努力で積み上げていく学習が、 学力を高める学習であった。しかし、ネットワークへ参加し、学習を進める中で、 他者とどのように関わり合うのかが重要なテーマとなる。関わり合いの成立が、 関係からネットワークの諸事象を認識し、知識化することになる。  【ネットワークから開ける学力観の提案】

  1. ネチズンの資質は公民的資質の一部である。
  2. 情報活用能力の育成が情報化社会を生きる力である。
  3. 表現力を伴って自己を表現する内容を獲得が必要である。
  4. 共に学び合う力を育てる必要がある。

3.4.2 実施体制と指導形態

3.4.2.1 総合的な課題学習

 インターネットを支える情報機器が、学校現場にとって使いやすいとは限らな い。実現しやすい取り組み方として、学校内の前向きなグループをつくった実践 をしている学校が多く見受けられる。その取り組みは、たくさんの示唆の含まれ ている。その提案は、課題学習または総合学習といった方向性を持っている。技 術指導の面でも機器の整備状況や時間措置からも、選択教科や部活動、学校全体 で取り組む課外活動で取り組みやすかったこともいえよう。しかし、重要なこと は、インターネット導入とともに、学校が抱えている教育課題へ正面から取り組 めたことではないだろうか。

 総合学習によって教科の枠組みが否定されるのでなく、教科の存立基盤が問わ れることで、教科指導の発展が促されている。自然現象や社会現象を科学する、 その科学の部分が問い直されることで、硬直した従来の注入式の教科指導が改善 されるきっかけにしていかねばならない。総合学習が教科指導を活性化するイン パクトを与える機会と考えられる。総合学習と単独教科の学習とが複合的に実践 されることにより、多様な学習活動から、生徒の能力を多面的に引き出すものと 考えられる。前橋市立第4中学校の実践は、まさにそのような学習が多様に展開 された実践である。

総合的な課題学習:従来のカリキュラムを超える

【前橋市立第4中学校の発表資料を要約】

  従来の系統的学習による教育課程に合致しないと判断して総合的な課題解  決学習を選択教科などで展開した。総合的な課題解決学習とは、環境教育、  国際理解・異文化理解教育、情報教育、人間教育である。
(1)環境教育
選択理科で環境教育の学習をする。8つの班に分かれ、別々のテーマを 設定して学習している。情報収集、フィールドワークと実験の成果を情報 発信。グラフやマップの制作を通して表現力が高まる。
(2)国際理解・異文化理解教育
委員会活動や英語・技術のクロスカリキュラムで世界の学校と交流する。
(3)情報教育
選択技術でホームページ作成を通して、情報発信の意味を学習している。
(4)人間教育
プロジェクト参加により他校との話し合いを通して人権の学習を共同学   習した。
 坂出市立白峰中学校では、前橋市立第4中学校と同じように選択の授業などの 位置づけで、生徒の興味関心を前提に生徒がインターネットを利用した学習活動 を展開させている。また、メールや共同学習プロジェクトを利用することで、学 校外との共同学習へ発展させている。

【坂出市立白峰中学校の報告書から】

 利用の具体例
(1) 選択社会科  国際理解教育(英語科とのTT)
様々な試行錯誤があったが、2学期以降アメリカオハイオ州のセントジ ュリー校のコンピュータ選択学級との間でメール交換が恒常的に行えるよ うになり、国際理解教育を進めた。この取り組みは英語科とのTTを試験 的に実施した。
(2) 選択理科での利用  酸性雨プロジェクトへの参加
酸性雨プロジェクトへの参加を、選択理科で行った。ただ、日常活動を 行わなけれならない関係上、理科選択者のなかからさらに希望者を募って、 活動を継続した。
(3) 美術科での利用  他校作品の鑑賞授業と感想文の作成
他校のWWWの中から、生徒作品を公開しているものを選んで、鑑賞授 業の教材として生かした。生徒の中からは、作品の鑑賞を通しての他校と の交流を希望する声があがっているが、まだ実現はしていない。
 素材をできるだけ生かして教材化すると、授業のあり方を柔軟にしなければな らない。機器の特性、インターネットの特性をそのまま利用することで、授業は 課題解決をめざす総合学習となっていく。

3.4.2.2 カリキュラムへの工夫

 素材を教材に変えていくには、教科のねらいや授業の戦略がはっきりしていな くてはならない。インターネットなどの素材が、授業に取り込まれることは、授 業改革につながるのである。学校の中でも、単独の教科が独自で取り組んだ実践 は、多くみられた。前掲の白峰中学校でも、教科独自の取り組みがみられる。

【坂出市立白峰中学校の報告書から】

 利用の具体例
(1) 社会科での利用  日本の諸地域
地方自治体のサーバを中心として地域学習の導入に用いている。また関 西地方の学習にあたっては、学習のまとめとして大阪府への感想をメール で作成し大阪府知事とメール交換をするなどの活動も行った。
(2) 英語科での利用  英語メールの作成による文型練習
1年生での基本文型の学習の応用として、簡単な英文を作成し、ネイテ ィブの国民に読んでもらうという学習を行った。学習が進むとともに、自 分の表現の幅が広がっていくことが実感でき、有益な活動であったが、学 習の進度とメールの交換とが必ずしも一致するとは限らないので、限界も 感じさせられた。
 学校全体として取り組んだ実践例には、福島県葛尾中学校がある。

【葛尾村立葛尾中学校の報告書要約】

 すべての教科がインターネットを使って授をする。研究授業の数も膨 大である。学校内を独自にネットワーク化し、情報化の環境が整った中で インターネットが日常の学校教育と共存することに成功している。研究授 業は、インターネット利用のための指導案書式を提案し、指導案を発表し ている。

 このように学校ぐるみの取り組むためには、多くの研究授業と公開授業による 研鑽が必要であった。

【葛尾中学校の研修:ホームページから】

【第一回研究授業】
校時 学級 教科単元・主題名 教室
3校時2年 社会北東部から日本を考える 視聴覚
4校時2年 音楽鑑賞「小フーガ ト短調」視聴覚
5校時3−1道徳心の触れ合い 3−1
【第二回研究授業】
校時 学級 教科単元・主題名 教室
3校時1年 国語おいのり 視聴覚
4校時2年 特活進路 視聴覚
5校時3−2理科生物界のつながり 視聴覚
【第三回研究授業】
校時 学級 教科単元・主題名 教室
5校時3−2保健けがの防止 視聴覚
【第四回研究授業】
校時 学級 教科単元・主題名 教室
5校時1年 社会アメリカの素顔にせまろう視聴覚
【公開授業】
公開 学級 教科単元・主題名 教室
授業12年 特活充実した学級生活 2学年
授業13−2保健病気の予防 視聴覚
授業21年 国語大人になれなかった弟たちに視聴覚
授業23−1道徳個性の尊重 体育館
 これらの研究授業は、研究協議により紆余曲折を経ながらも、確実に全ての教 師の間に、インターネットを教材化するヒントが蓄積された。

【葛尾中学校の研修から研究協議と指導助言】

研究協議
○第一回研究授業
インターネットを活用することによって生徒の意欲を高め、自主的に 学習する態度が見られるという点が話し出された。しかし、各場面での 学習形態が問題点として上がった。一斉で行われるべき場面と、個で行 われるべき場面との適切な判断をしていくことが今後の課題とされた。 インターネット活用ばかり主眼に置き過ぎ、本来それ以上の効果をもつ 教育機器等の利用にも着目していくべきである、との話し合いが持たれ た。
○第二回研究授業
各教師が研究授業によるインターネットの活用などで、自主的に研修 を重ねた成果が見られるが、インターネットをより高度なレベルでの活 用をしなければならない、という概念にとらわれているということが話 題となった。中学生としてのレベルを超越することなくより自然に近い 状態、つまり不特定の生徒が、楽しく利用していくことに注目する必要 があるのではないかという話し合いとなった。
○第三回研究授業
大型モニターの設置により一斉指導での課題が解決され、授業の流れ が円滑に運ばれた。指導形態に工夫が現れ、作業に応じた適切な形態で 生徒が活動していた。画像ファイルも利用するだけでなく、生徒の実体 験に基づいた資料であったため、生徒のけが防止の意識を高揚するのに  効果的であった、という感想があった。インターネットに使われている という意識から、利用しているという感覚が養われたという話し合いと なった。また、生徒から外部の方々へのメール発信で、道徳的な態度の 育成が必要であるというを結論を持った。
○第四回研究授業
アメリカの日本語学校の生徒との電子メールのやりとりから、課題を 解決していくという設定であったが、当日まで応答が間に合わず授業の 変更を余儀なくされた。相手があって成立する授業を設定する上での危 険性について意見が交わされた。予め、期間や期日を限定したメール交 換などがこれから必要とされるという話し合いとなった。また、コンピ ューターリテラシーに不十分さが見られる生徒への指導、援助で意見が 交わされた。
 指導・助言
○第一回研究授業 <浪江町立請戸小学校 寺岡 弘之教頭>
基本的な学習訓練を継続して指導する必要がある。コンピューターは あくまでも道具であり、授業のすべてではない。手段に凝り過ぎてしま っては目的が薄れてしまうので注意が必要である。また、実体験に勝る 疑似体験はないという意識も忘れてはいけないのではないか。
○第二回研究授業 <国立福島大学 早坂 明夫教授>
教育界で生まれたばかりの、インターネット活用授業を実践している ことに自身を持って恐れずに研修を積み重ねてほしい。教育は教師と生 徒が基本であり、教材はその手段である。基本をしっかりふまえた上で 教材をどう演出していくか、理論武装を確実なものに近づけていくこと が求められる。そのためにも教育目標をしっかりと設定することが、評  価にもつなり、重要なポイントとなる。
○第三回研究授業 <本校 島 義一教頭>
技術面での援助体制がしっかりと歯車がかみ合い、授業者との信頼関 係が生まれている。インターネットを使ったから意欲が高まった、とい う段階を越えた面が見られたことが大きい。これからは、興味本位に意 欲をもって取り組んでいた生徒たちに、本当の意欲づけをさせられるよ うな資料や活用法の工夫が重要になってくる。生徒たちはインターネッ トを使えば楽しむという段階では既にない、ということを再認識するべ きである。
○第四回研究授業 <本校 西槙 泰昌校長>
これからは板書計画やワークシートの研究などにも注目して、指導を 行ってほしい。基礎的・基本的学習事項の定着に役立つ、コンピュータ ーの活用法の研修を深めていく必要性がある。
 葛尾中学校の研修会の記録から、インターネットへの理解の深まりと、教員の 共通理解の下に実践が行われたことがうかがえる。それとともに、授業を改革し ていく姿勢が、すこしずつ鮮明になってきている。

 この事例からも、研究授業を多くするなどで、教員によって授業改革の努力が 常になされることによって、インターネットを導入した成果が得られる。学校単 位の努力の中では、校内研修の一環として授業改革の提案を公開授業や研究授業 によって示していくことが望ましい。

3.4.2.3 共同学習と生涯学習

 共同学習のプロジェクトへ多くの学校が参加している。学校独自で共同学習の プロジェクトを企画した学校もあった。電子姉妹校という概念を用いたところも 散見された。武雄市立武雄北中学校は、下関市立長府中学校だけでなく、西陵商 業高校など校種を変えて、国境を越えて交流する努力をしている。学校内でも、 共同学習の枠組みが広がった。調べたり作品をつくり発表することや、観察記録 をとる。あらゆる場面で個人の学びではない取り組みがあった。取り組みによっ て個人が変容したとしても、共に学ぶ力を意識せざるを得ない。関わり合いやつ ながり合いの中に、自己学習力の一側面を具現化しているのではないだろうか。  自己教育力は、生涯学習への視座から語られる。葛尾中学校では、ホームペー ジに地域の生涯学習活動とのと関わりを掲載している。生涯学習の深まりを報告 した学校は見受けられなかったのであるが、生涯学習へ方向性をうかがえる学校 が多かった。

3.4.3 指導の評価について

 平成三年度から学習指導要録と通知表の評価の観点が変わった。従来「知識理 解・技能表現・思考判断・興味関心」の順序であったのが、「興味関心・思考判 断・技能表現・知識理解」となる。順序性の違いは、学力観の転換したことを教 師に警鐘を鳴らした。とりわけ中学校においては、知識注入の学力観に支配され 、進学指導が事実上評価の基準になっていた。どのような教育機器が利用され、 どのような素材が教材化されても、学力を評価が変わることはないだろう。しか し、現在の学校が生徒を新しい学力観で評価しているとは、言い難い。教科によ っては、暗記だけでは解けない出題をするテスト改革が進んでいる。このような 努力と、インターネットを利用した教育活動も同じ流れであろう。

 生徒が興味関心を持ってインターネットを利用することについて、現在的な事 象なのかどうか。現在インターネットが、日常接することがないという点で、好 奇心をもたれる部分があるだろう。将来は、インターネットが日常生活で身近に 接することのできる情報手段になるだろう。その時点においても、生徒に興味関 心がもたれるものであるか。その点で、インターネットを利用した学習活動にお いて興味関心とは、機器への興味関心でなく、インターネットを通して選られる 情報の豊かさからの興味関心である。

 インターネットを利用した授業の評価を利用度として考えると、接続回数で数 量化が可能であろう。接続回数を学校教育での評価に単純に置き換えられない難 しさがある。学校評価として、インターネットを取り上げるには、新しい授業へ の提案ができたかどうかが、その頻度よりも確かさがある。

 中学校は、個性の伸長と基礎基本の充実の必要性の両側面から、常に新しい提 案が必要となる。


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