3.8 ネットワーク実践でのキーパーソンとその資質

3.8.1 はじめに

 本節では、ネットワークを利用した教育実践のうち共同学習を成立させている 人物、キーパーソンの組織の仕方、及び資質にして考察する。  一口にキーパーソンといっても、いろいろな役割がある。本章では、以下のよ うに分類する。 (1)企画者(シナリオライター兼ディレクター)

 当該のプロジェクトのリーダー。目的、想定した学習活動、タイムライン(ス ケジュール)などについて見通しをもち(必ずしもプロジェクト開始時点で明文 化されていなくても良いが、早い時期に明文化する方がのぞましい)、プロジェ クトの進行状態をモニタし、適切な判断を下し、必要な変更をする人。

(2)コーディネータ

 プロジェクトの核となる実践者、核となる協力者、支援者などと連絡をとり、 メーリングリストでも積極的に発言し、企画者を補佐する人。

(3)核となる実践者。

(4)核となる協力者、支援者。

 もちろん、以上の役割がそれぞれ異なった人によって担われていたプロジェク トもあれば、ほとんど1人の人物によって推進されていたものもある。ネットワ ークを使ったプロジェクトでは、(1)の企画者と(3)の核となる実践者が同 一人物である場合も多い。どちらかというと、(3)の核となる実践者が、自分 の学校と、他の良く知っている人たちと共同で学習できることをメーリングリス トなどで話し合っているうちに、(1)の企画者も兼ねるようになった、という ようなことが多いようである。

 100校プロジェクト以外も含め、これまでに報告された実践報告等によると、 上記の(1)(2)は同一人物が兼ねる場合も多いが、そういった場合キーパー ソンに仕事量が多くなりすぎることが多い。そういったときには、判断力がにぶっ たり、判断を誤る等の企画者の本来の仕事に支障のでる可能性がある。そこで、 メーリングリストなどで主に登場し、細かい連絡調整を綿密におこなうのはコー ディネータであり、コーディネータと企画者が継続的に連絡をとりあうか、理想 的には両者がとなりの部屋にいることがのぞましい。いま述べたことは、映画や、 ビデオ、TV番組等の制作のメタファー(比喩)で考えていただければ、了解さ れるであろう。

 あるプロジェクトでは、上記の(1)から(4)のそれぞれの役割の人たちが、 メーリングリストで頻繁に連絡を取り合い、必要に応じて、電話で相談したり、 郵便などで資料を送りあったりして、プロジェクトの運営を円滑にすすめていた。 また、その様子は、メーリングリスト上で、キーパーソン以外の人たちからも垣 間見ることができ、遠隔地にいながら、志を同じくする人同士で協力しながら仕 事をしていくのは、いいものだとか、いつかこういうことをしたい、という人を ふやすことにもつながっていった。一方、上記の(3)や(4)にあたる人を終 始欠いたまま、運営が行われたプロジェクトもあった。そのようなプロジェクト では、(1)と(2)にあたる人が同一人物であったり、プロジェクト連絡用メー リングリスト上でのそのような人の「孤軍奮闘」だけが見られたりした。

 このような、違いはどのような要因から生じるのであろうか。仮説ではあるが、 ネットワークを利用した共同学習などの実践を成功に導くために必要な要因を理 解あるいは体得し、実践できる(時間的な余裕のある)人が少なくとも3人、当 該のプロジェクトに関してはたらくことがもっとも重要な要因であるように思わ れる。この仮説が正しいとすればネットワークを使ったプロジェクトを学校教育 をはじめとする教育にひろく活用していくのであれば、そのようなキーパーソン を機動的に支援したり、キーパーソンの身近に活動していっしょにプロジェクト を運営することで、ネットワーク利用プロジェクトの実践のキーパーソンがさら に育っていくような人材育成のシステムを構築することが、緊急の課題といえよ う。

3.8.2 キーパーソンの行動、態度とプロジェクトの成否

 これまでの、種々の教育プロジェクトの報告書や、それらの運営のためのメー リングリストをモニタした結果、以下のような特徴が抽出された。

(1) 成功したプロジェクトにみるキーパーソンの行動、態度

(2) あまり成功したとは言えないプロジェクトにみるキーパーソンの行動、 態度

 以上抽出した特徴は、個人のパーソナリティーに起因するのではなく、主にメ ーリングリスト上でそのように見えるということである。複数のキーパーソンが、 特にメーリングリスト上での「プレゼンス」を継続して確保しつつも、閉鎖的に ならず、楽しい雰囲気を保ちながら、理想とする活動や目的などのビジョンの提 示、その目標に向けてのきめ細かい評価を、やさしい言葉で手短に、しかし頻度 多く投稿しているわけである。また、以上述べたような現象がおこるには、「一 人芝居」におちいってしまわないよう、複数のキーパーソンが活動できるように、 あらかじめキーパーソンのグループを作っておくことが重要である。ネットワー ク利用プロジェクトの推移の中で、今までまったく知らなかったキーパーソンが 登場することもあり、そのようなことがおこることはネットワークの魅力でもあ るのだが、プロジェクトのはじめから、そのような人の登場をあてにすることは できない。

3.8.3 キーパーソンおよびキーパーソンたちのグループの活動の在り方

 教育プロジェクトのキーパーソンは、他者が想像する以上に忙しく、また、あ るときには対応を非常に急かされる役割を負う。本業や忙しい教師の場合は、そ のような自覚と覚悟がなければ、キーパーソンの役割はつとまらない。また、通 常は、3人以上くらいの、互いに公私にわたって親密な人たちが緊密に連絡をと りあうことによって、キーパーソンの役割がそれぞれ分担されることが成功に導 くひとつの要因であるように思われる。もちろん、親密になるのはプロジェクト の最初の段階ではないかもしれないが、できるだけ早いうちに親密になれるよう にあらゆる手段をつくすのが、企画者、コーディネータの役割である。

 その際、キーパーソンたちが、プロジェクト開始前あるいは開始直後に少なく とも1回、またプロジェクト途中でも数回フェイス・トゥ・フェイスのミーティ ングを行えるようにアレンジすることがのぞましい。前節の映画メタファーでい えば、プロデューサーが旅費を確保することが重要である。そのような旅費が出 せない場合ももちろんある。企画者としては、核となる実践者として、以前同一 の勤務校であった教師であるとか、大学において同一の教室、ゼミの出身者であ るとかで組織することもひとつの方法である。また、学会、研究会、展示会、セ ミナー等の日程の前後にそのような機会が組めないか、たえず、気を配ったり、 種々の財団等の補助金等の経済的な支援に積極的に応募していくことも重要であ る。

 とはいえ、キーパーソンが教師の場合、学校の行事や分掌などの仕事のため、 ネットワークを使ったプロジェクトに対応できないこともあるし、激務であると 言われる教師がさらに多忙化することにより、心身に不調をきたすなど健康を害 したり、[燃え尽き」てしまったりしては、元も子もない。キーパーソンには、 一時的にネットワーク上からいなくなって、別の活動や遊びなどでリフレッシュ するなどを実行することのできる、セルフマネージメントの知識と実行力をもつ 必要があるのかもしれない。

3.8.4 キーパーソンに対する支援

 こういうプロジェクトをやってみたら子どもたちが主体的に活動するだろうと いうビジョンをもっている人が企画者なのだが、実働部隊、本節第1項でいう核 となる支援者がいなければ、プロジェクトの進行とともに激増する仕事に、「押 し潰され」そうな圧力を感じることが多い。成功している実践において、少人数 で実施しているプロジェクトでは、キーパーソンは、そのような圧力に屈しない 強い心身を持ち、強靱な意志を貫き、膨大な時間と労力とを、当該のプロジェク トにかけてきたのである。このような高度な負担をかける活動が長続きできる保 証はない。

 そこで、キーパーソンに対する支援を組織的に行う必要性がある。支援には大 きく分けて技術的支援と、教育的支援がある。技術的支援は、他の分科会がまと める報告書の中にも盛り込まれることではあるが、企画者のビジョンを少しでも 容易に実現するためのソフトウェア等を開発、評価、普及していくことである。 たとえば、プロジェクト参加校の子どもたちだけに限定するが、静止画や音声等 の投稿できるWWWページについては、2年くらい前からすでに複数の企画者のニ ーズがあったにもかかわらず、その開発、普及は、早期には実現せず、1997年に 入ったごく最近、他の言語で書かれていたフリーソフトがperlで書きなおされ、 利用可能になった。ネットワーク利用プロジェクトを成功させてきた、すぐれた 企画者をはじめとするキーパーソンから、綿密にニーズ調査した上で、教育関係 のメーリングリストなどでいろいろな人の意見をきいたり、WWWページにアイデ ィアをのせたり、教育方法あるいは教育工学等の学会、研究会等で仕様案を出し てコメントを得るなどの手順をとれば、優先的に開発が必要とされているソフト ウェアやシステムの仕様がでてくるはずである。それは必ずしも技術的に「先進 的」なソフトウェアではなく、技術的にはローテクであることもある。

 教育的支援については、人的な支援を企画者等の個人的な努力だけではなく、 ある程度継続的にできる仕組みを作ることである。たとえば、以下のような試み がもっと試されるべきである。

(1)教員養成課程の必修科目として、教育プロジェクトへの支援活動をする。
 学生は、自分のやったこと、その結果おこったこと、自分自身の気づきなどを レポートに書く。そのような本物の実践に参加していくことで、子ども、教師、 学校などについての理解をすすめていくことが、学生にとっても重要な意義をも っており、特に教員養成課程学生には効果が高いことが予想される。その際、現 職教員の内地留学生、研修生、大学院生等が、学生の活動のメンター(学習相談 者)になることは、指導する大学院生にとっても意義深い活動である。

(2)各学校で、その学校ごとのネットワーク利用教育活動に対する支援組織を 作っておく。学区内の保護者、地域在住の方(主婦の方や、高齢者の方、取引の ある業者の方等)、同窓生、その他の支援者が、そのような組織に、得意分野や 興味、関心のある分野とともに登録しておいたり、連絡用メーリングリストを日 頃から運用しておき、企画者らの提示するプロジェクトに呼応して機動的に支援 できるようにしておく。

(3)これらの支援は、たとえば教育ボランティアという名称で扱うが、この人 たちの活動に対する謝金、旅費、消耗品、通信費用等の費用が確保できるよう、 財政的な制度を整えるべきである。

(4)専門職としての教育コーディネータの確立と、制度的な運用を図るべきで ある。たとえば、共同学習プロジェクトをおこなおうとしている教師たちに対し て、機器トラブルのサポートからプロジェクトの管理に関する業務を行う職種と して、教育コーディネータという職種を確立し、各県の情報教育センター、国立 の教育メディアセンター、各大学の教育実践研究機関等に配置し、ある一定の条 件をみたすプロジェクトに対して援助する仕組みを設けるべきである。あるいは 、民間の教育関係企業がビジネスとして、そのような教育コーディネートを請け 負い、その費用を負担する道も検討すべきであろう。


次(3.9 教育ネットの心理的、社会的問題)