6. プロジェクト参加校の実践事例報告

6.1 実践事例−1 広島大学附属福山中・高等学校

総合的な学習としての酸性雨・NOx調査

広島大学附属福山中・高等学校

1.本企画に参加した意図

 広島大学附属福山中・高等学校(以下当校)では,新学習指導要領に向けて総合的な学習(当校での名称:LIFE)の実践研究に取り組んでいます。中学校2年生で実施しているLIFE「環境学習」では,生徒が「自然を体験し」,「現在の状況を知り」,「環境のために行動する」という3つの視点を重視してきました。1999年度も酸性雨を中心とした観測活動を基礎にして,生徒主体的な活動の場としての課題研究に取り組み,環境を生徒の視点でとらえさせ解決方法を考えさせる実践をおこなっています。酸性雨/窒素酸化物(NOx)調査プロジェクトは,この授業の1年間を通しての中心課題として活用しています。

2.プロジェクトの位置づけ

2−1 教育活動の中での位置づけ
(適当なものを選んで下さい)

(1)プロジェクトを実施した具体的な教育活動 
(2:総合的な学習)

1.理科の授業

2.理科以外の授業(教科     )

3.クラブ活動(クラブ名     )

4.ホームルーム活動

5.その他の活動(        )

(2)測定を行ったのは誰ですか (1)

1.生徒

2.教師 

3.生徒と教師の共同作業

(3)データの送信は誰が行いましたか。 (1)

1.生徒

2.教師

3.生徒と教師の共同作業

2−2 ブロジェクトを教育活動の中で実施するとき、ネットワークの具体的な利用場面。   (1,2,3,4)

1.データの送信    

2.他校のデータの収集

3.他校との交流 

4.他のホームページを使った資料の収集

5.その他(                )

2−3 プロジェクト実施にあたり利用出来たネットワーク環境。該当するものを全て選び、その他のものがある場合は具体的にお書き下さい。

 (1,2,3)

1.ホームページ    

2.電子メール

3.電子掲示板  

4.テレビ電話(CU−SeeMeなど)

5.チャット      

6.その他

3.当校における酸性雨調査の実際

<酸性雨の観測>

 当校における酸性雨の研究活動も,1999年度で5年目になりました。観測は毎年「環境学習」の授業を選択した生徒が3〜4名のグループを作って1週間交代でおこなっています。今年度の観測でも生徒は意欲的に観測に取り組みました。今年度は観測グループが7グループあり,7週間に一度しか観測のチャンスがないため,観測の当番の週が来るのを生徒手帳のカレンダーに赤丸を付けて楽しみに待っている生徒もいました。酸性雨は中学校における学習内容では理科の「気象」単元との関わりが深いので,観測する生徒に気象にも興味関心を持たせようと,百葉箱を使って気温を測ったり,降水量や雲の観測などを毎日の観測として行っています。そうした活動とともに,雨が降った翌日はレインゴーランドのところへ行って雨の観測を行っています。雨は毎日降るわけではないので,確実に酸性雨の観測をするためには,毎日の活動として何か生徒に課題を与えて観測グループを動かすことが必要だと考えています。

 各観測グループともはじめて観測する週は担当教員が一緒に観測を行い指導をしますが,次の担当週からは観測はすべて生徒にまかせています。その代わりに,データをコンピュータから入力する場面には立ち会って,その日の観測に関する生徒の疑問に答えたり,教員の側から疑問を投げかけたり,生徒とのコミュニケーションの確立につとめています。また機会をとらえてはインターネットの向こうにこのデータを見てくれている人がいること,同じ観測を続けている仲間がいることを意識させるように心がけました。生徒にはインターネットを通して自分たちの観測データが世界に公開されているということに対し,そして共同観測の仲間に対しての責任感が育っていると感じています。

 観測を停滞なく進めるためには,観測を担当する生徒と担当教員間のつながりを作り,それを一年間維持するための工夫が必要となります。当校でのやり方は,一年間生徒の興味関心を持続させ,また生徒に過重の負担をかけないというバランスから考えて,かなりうまく機能しているのではないかと評価しています。

<酸性雨に関する科学的な理解のための学習>

 LIFE「環境学習」では,酸性雨の観測を継続してきてホームページに蓄積されたデータを基にして,生徒に身の回りの環境を考察させています。ます酸性雨調査プロジェクトの全国の観測データを使って,日本の酸性雨の状況について考察させます。グラフ表示の機能も利用し,観測地点ごとの特徴を調べたり,地域ごとのpHや導電率の平均値を求めて比較をおこないます。地球環境の現状を,自分たちの測定データをもとに考察していくことで,より身近な問題として捉えることができると考えています。

 酸性雨はデータを変化させる様々な因子が複雑に絡まった現象であるということも強く感じています。pHは,大気中の汚染物質の量や質,あるいはレインゴーランドのろうと部分に侵入する「ほこり」の量や質,また単に降水量ではなく時間あたりの降水量(雨の強さ)やさらに前の降雨からの経過時間,風の向きや強さ,日照の強さ・・・数え上げるときりがないほどの因子が考えられます。そのため例えば「pHの値がどのようなときに低くなるか」といった単純な相関関係を見つけることはきわめて困難になっています。

 そこで,当校では酸性雨のデータそのものを研究することは主目的とはせず,酸性雨の観測を動機付けにして,酸性雨のメカニズムや酸性雨問題を解決するための方策を考えさせることに主眼をおいた実践をおこなっています。

 インターネットには多くの酸性雨に関する情報が公開されており,これらを使って酸性雨についての情報を集めます。酸性雨の調査方法や観測データを掲示しているページや,大気汚染の観測を行う方法を紹介したページ,酸性雨つららなどの建築物などにおける酸性雨がもたらした被害を紹介したページなどをもとに,酸性雨についての科学的な考察や経済活動と関連させての考察,健康や生物に関連した考察など様々な視点から酸性雨を捉えさせています。

 電力事業会社のホームページや自動車会社のホームページの中には,大気汚染を防止するためにおこなっている努力が詳しく紹介されているものもあります。こうした情報は生徒にとって環境問題解決への方法を考え,地球環境の将来への展望を考えさせる上で重要でと考えます。酸性雨の問題は,学習を進めていくとその深刻な状況に戸惑うような生徒もいます。自分たちの努力だけではどうにもならないという悲観的な考えになる生徒もいるのではないかと感じています。大きな企業の中にも利益優先ではなくコストのかかる環境対策を行っているという情報,そして小さな努力が社会を動かすといった情報は,生徒達の今後の環境問題解決への行動に大きな影響を与えるものと考えています。

<酸性雨の身の回りへの影響を考える>

 酸性雨の身のまわりへの影響を考えるために,当校が1997〜1998年度に文部省より研究の指定を受けた環境データ観測・活用事業(EILNet)では,大理石の曝露実験をもとにして大気汚染物質のふるまいについての学習をおこなっています。大理石の曝露実験では大理石試験板を,屋外の雨の当たる環境と百葉箱内などの雨の当たらない環境に設置し,一定期間放置した後に回収して,大理石試験板の質量の変化などについて測定します。この実験を年間を通じておこない、雨量との関係や季節変化などを調査します。生徒はこの実験をおこなった後に校内のコンクリートの様子を見て,雨の当たるところとあたらないところで表面の様子に大きなちがいがあることに気づきました。また軒下には鉄筋がさびて露出しているところもあちらこちらに見られます。新幹線や高速道路の高架でコンクリート片が落下した事件は,単に施工上の問題や使用したコンクリートの質の問題も影響しているだろうが,大気汚染物質が溶け込んだ酸性雨がコンクリートを急激に劣化させていることが原因ではないかとも考えました。福山城の近くの建物には,いわゆる酸性雨つららと呼ばれるコンクリートのつららができています。また野外に設置してあるブロンズ彫刻の表面では,雨の伝わり落ちるところに黒いしみができているのも観察されました。これらすべてが酸性雨の影響であると結論づけることは難しいですが,そうした状況を生徒が自らの手で探し出し,酸性雨が影響した可能性について論議することができました。

<生徒の実験・観察を中心とした課題研究>

 毎年LIFE「環境学習」の授業では生徒自らが課題を見つけ,その課題を解決していくことを目指して,夏休みから2学期の時期に環境問題をテーマにした課題研究に取り組んでいます。授業では生徒が課題を見つけ実験を計画する前に,pHに関する実験を全員に行わせています。pHは中学校では未修ですが,水溶液を10倍に薄めていくと10倍うすめるごとにpHが1上がることを確認し,pHについて中学生に理解できる範囲でその意味を考えさせるようにしました。またこの実験を例に取り,生徒の研究においても自分たちの理解できる範囲で計画を立て,新たな疑問が生じたらその課題を解明していく方向で研究を進めるように指導しました。

 生徒の課題研究の成果は以前はレポートとして提出させていましたが,1998年度よりコンピュータを利用してまとめさせ,インターネットのホームページで公開できる形で保存しています。今のところ著作権の問題等もあり,学校外へは公開していませんが,課題研究の内容を生徒が考える際に,先輩たちの研究を参考にするためのデータベースとして利用しています。

 生徒達は素朴な疑問や個々の生徒の感性に基づいて,課題研究を展開しています。どのような実験や観察をしたら自分たちの疑問が解決できるのか,この点が生徒達が最も悩む点です。輪ゴムを利用した大気汚染の測定方法を調べ出して実施したグループがあります。輪ゴムは引き延ばした状態で空気中につるしておくともとの長さに戻らなくなります。それも空気の汚染がひどいほど引き延ばされたままの状態になりやすく,やがてぼろぼろに劣化して切れてしまうことを発見しました。この例のように,まず情報をもとに自分たちの手で何か実験なり調査なりをしてみて,その課程で出てきた新たな疑問や課題を解決するためにさらに実験をおこなったり,情報を集めて考察していく。そうした課題の解決方法が,生徒の中で伝統として伝えられ,毎年の研究に生かされるようになってきているのではないかと感じています。

<窒素酸化物の観測と研究>

 生徒達は前年度までの生徒がまとめた課題研究の報告レポートを参考にしながら,自分たちの研究の方針を立てています。先輩達の研究を基にさらに高度な目標を定めて研究を進めるグループもあります。例えば過去に自動車の排気ガスをペットボトルに入れた水に通してみる実験をおこなったグループがあります。ガソリンエンジンではpHは排気ガスの量を増やしていくと,ある値に達すると下がり方が鈍化するが,ディーゼルエンジンではpHが下がり続け,さらに実験を続けるとpH3.8程度まで下がり続けていきます。ガソリンエンジンの排気ガスは二酸化炭素が水に飽和した後は他の酸性物質が少ないためpHがあまり下がらないが,ディーゼルエンジンには強い酸性物質が含まれているのではないかと生徒達は考察しています。この実験を基に,後の学年のグループが自動車の排気ガスの成分は,どのようなものが含まれているのか,二酸化炭素と硫黄酸化物,窒素酸化物の3つの成分について気体検知管(ガステック)を使って調べました。確かにガソリンエンジンの排気ガスには二酸化炭素は多いが,酸性の強いSO,NOは検知できない量です。それに対してディーゼルの排気ガスには,SO,NOが含まれており,pHが下がり続けるのはこれらの物質が原因であろうと考察しました。

 今年度はこの研究をさらに発展させ,酸性雨/窒素酸化物調査プロジェクトの課題でもある,窒素酸化物に重点を当て,大気汚染の原因物質に関する考察を深めることを目的に観測を行いました。

 プロジェクトでは一週間おきに6回の観測を行うことになっていましたので,観測担当のグループが順に観測を行い,最後の2つのグループは窒素酸化物に関してだけはグループを一緒にして,観測することにしました。一回ごとに観測グループが違うため,すべての観測に教員がついて指導しました。教員の会議日の都合から,基本的に火曜日にカプセルを設置して水曜日に回収するように計画しましたが,実際には学校行事の関係などでやむを得ずずらすこともありました。

 測定結果については,1つのグループが課題研究の一環として担当し,当校の場合は交通量の多い場所が窒素酸化物の値が高くなると考察しています。また,他の学校の測定値を集め,町中の学校ほど窒素酸化物の値が高い傾向があるとまとめています。測定値がすべて0(変化しなかった)学校の生徒が,変化が出なくて残念だと掲示板に書いていましたが,その学校の酸性雨の様子はどうなのだろうかと,窒素酸化物と酸性雨を直接結びつけて考察していました。

4.実践を終えて

(1)反省と課題

 酸性雨/窒素酸化物調査ホームページには,1999年度より電子掲示板が設置され,参加校の情報交換に利用できるようになりました。まだ書き込みの件数は少なく活発な利用がされるまでには至っていませんが,インターネットを活用する上では重要な試みだと感じています。

 インターネットでのコミュニケーションでは,相手に自分の考えをいかに伝えるかに成否がかかっています。自分の考えを論理的に整理し相手に納得してもらうためには,まず自分がよく理解できていなければいけません。また文字を中心とした交流では,内容を簡潔に整理して伝える工夫も必要となります。こうした訓練は環境教育に限らず,これからの社会で必要とされる能力を育む上で重要であると考えています。2000年度は掲示板を有効に活用するための手法に重点を置いて考えていきたいと考えています。

(2)今後の実践にあたって

 21世紀に向けての中学校新学習指導要領では,生きる力としての「生徒の問題解決能力の育成」に重点が置かれました。中でも今回の改訂の柱とも言える「総合的な学習」では,教科学習で学んだ力を生かして未知の問題を見つけ,解決方法を追求する実践が求められています。問題解決能力とは,知識を得るための手法を訓練するだけのものであってはならないと感じています。

 当校の環境教育でもっとも強く意識していることは,生徒にいかに実践力を付けさせるかという点です。環境に対していかに豊富な知識を持ち,環境問題の重要性を理解していたといえども,実際に環境に対して行動ができなければ環境問題の解決はあり得なません。環境問題の解決には,知力と行動力の双方をあわせて育成することが求められるのではないでしょうか。

 こうした視点をもとに,当校の環境教育の実践は計画実施されていますが,その成果はなかなか目に見えるような形で現れていません。しかし生徒たちの今後の生き方の中で何らかの価値が見いだせるような実践になるように,研鑽を積んでいきたいと考えています。


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