3.まとめ                      赤堀侃司      東京工業大学

 主に本年度の実践を中心に、4つの重点企画の成果と課題を以下のようにまとめたい。本国際化重点企画は、これまでにも報告したように、2つの立場から実践してきた。1つは、日本側から企画し発信するプロジェクトであり、他方は世界規模のプロジェクトに参加するプロジェクトである。日本発信型として、インターネットクラスルームプロジェクト、アジア高校生インターネット交流プロジェクトがある。世界規模への参加プロジェクトとしては、Me and Mediaプロジェクトの展開、KIDLINKへの参加 プロジェクトがある。それぞれの実践内容については各章を参照していただき、本章では全体を総括的にまとめる。

(1)国際化企画の成果と知見
 国際化企画は、日本国内の学校と海外の学校との交流が中心である。この海外交流という特性が、成果や知見となると同時に課題にもなる。海外とは異文化と考えてよい。文化は、人間の価値観や社会の制度、習慣などを示すから、異文化であることは考え方の枠組みが異なっていることを意味している。いくつかの交流の難しさの1つは、この文化の違いから生ずることが多い。具体的には以下の項目で述べるが、国際化企画の趣旨は、異文化理解教育の実践にあるといえる。
 その異なる文化をどのように相互理解するかという実践であるが、それは容易なことではない。実践を通して育成された態度や考え方が重要な要素となる。この国際化企画とは、その異文化理解または国際理解教育に、インターネットを用いた交流がいかに関われるか、いかに寄与できるかを明らかにすることである。
 以下、具体的に述べる。

@交流時期が重要である。
 時期の問題は大きい。日本の学校は4月にスタートするが、海外では9月にスタートする学校も多い。この違いが交流に及ぼす影響は大きい。例えば、日本の学校の夏休みに海外から多くのメールが届くこともある一方で、日本からいくらメールを出しても返事が来ないこともある。その一因は、交流時期の設定にある。 
 そこで、これを回避するために、交流学校の学校暦(スクールカレンダー)を事前に知らせるという実践があった。このような配慮が必要になる。

A交流を活性化させるためは、特にテーマの設定が重要である。
 交流が活性化するためにはいくつかの要因があるが、その1つにテーマの設定がある。例えば、高校生が日本の景気浮上のために政府が施行している商品券をどう考えるかというテーマでは、意見が活発に交換されたという。この場合、このテーマは誰でも疑問を持ったり、意見を言える題材であり、活発な交流がなされたことは想像できる。また、身近な題材も良いし、クイズなどの質問と応答といった方法も、効果的である。

Bコーディネータとしての教師の役割が重要である。
 伝統的な授業では、いかに知識を伝え理解させるかという指導法が重要であるが、グローバルな協同学習においては、教師の役割はむしろ生徒を主役にする縁の下の役割か、コーディネータとかディレクターの役割である。この役割を果たすには、メーリングリストなどを用いた事前の打ち合わせや準備、計画の立て方などが重要になってくる。いくつかの実践では、いかに事前の準備や計画が重要であるかを、報告している。その役割についての教員の理解と同時に、実践的な経験が必要と思われる。

Cいくつかのメディアやツールの組み合わせが必要である。
 電子メールだけで交流がうまくいくとは限らない。同様に、電子掲示板だけでうまくいくとは限らない。電子メールは基本的に文字であるから、交流が進むと相手の顔や学校や授業風景を見たいという気持ちになる。人の自然な心理と言えよう。そこで、電子メールに写真を添付したり、ビデオメールを添付したり、場合によっては郵送などという方法もある。このようにいくつか組み合わせるほうが、有効である場合が多い。
 さらに電子掲示板は、書きこみも出来、全員の生徒が確認できるという長所をもつ反面、生徒自身がアクセスしなければ読めないという側面を持っている。これは当然のことであるが、実際の交流においては、このようなことでも交流を妨げる原因になる。例えば、電子掲示板に新しい書きこみが発生したときは、電子メールに転送するとか、逆に電子メールの内容を掲示板として記録するなどの工夫が必要とされる。このような方法は技術的に可能であるから、自動化するほうが良い。

D教員の協力体制や学校組織としての取り組みが重要である。
 インターネットを活用した教育交流は、知識伝達の授業ではなく、課題追求の授業に適している。この課題追求では、総合的な学習と同じように、多くの知識源が必要である。
 例えば海外交流では、英語の教員の協力があればメールの英文作成などはスムーズであり、課題内容によって社会科や理科の教員に質問することも生じてくる。もしこのインターネット利用の教育実践が学校組織として実施されているならば、その協力関係はやりやすいが、反対に個人の教員の実践であって他の教員との間に意識の温度差が大きいときは、このプロジェクトの推進が難しくなる。このような意味で、組織としての取り組みが重要になる。

E自国や自分の価値観や考え方を、比較して考えることができる。
 異文化教育や国際理解教育の目標の1つである自国文化の理解が、特にこのような海外交流で促進される。現地で生活して異文化理解するわけではないので、相手の文化を理解するのはなかなか困難であるが、比較することはインターネットによって可能である。自分の考え方や、日本という国の文化について改めて考え直すという報告がされている。

F英語を覚える教科から、知るための道具としての教科への変化が見られる。
 この意味は解説の必要もないが、英単語を覚えるよりも自分の意見を表現し、相手の意図を理解するために、英語という言葉が必要だと意識するようになったという報告がある。このことは、学習することの本質的な意味を意識するようになったといえよう。コミュニケーションのために英語を学習するという考え方は、情報を活用するためにコンピュータを活用するという考え方に通じている。

 

(2)国際化企画の課題
 国際交流企画の実践は、独自の課題もあるが、他の協同企画と共通ないくつかの課題がある。以下、その課題についてまとめる。

@言葉の壁は大きい。
 英語の学習は、成果であると同時に課題でもある。内容に言及すれば、どうしても表現手段である英語の能力が必要とされる。しかし早急に英語能力を向上させることは、中学生、高校生にとって容易ではない。内容が深くなるにつれて、その比重は大きくなる。

A多くの授業時間が必要となる。
 このような課題追求型の授業を実施するには、教育課程で規定された授業時間数だけでは、消化しきれない。交流は初めに自己紹介から始まるが、ある課題を追求したり、成果を発表したりするには、多くの時間が必要である。そのための時間は、正規の時間数ではカバーしきれず、時間外の活動や調べるための時間が必要とされる。
 また、インターネットを利用するためのコンピュータ技術を習得するための時間も必要であり、時間が不足するという課題は大きい。

B技術的な支援や環境が必要となる。
 国際交流に限らないが、インターネットを用いる実践では、技術的な支援や情報環境が必要である。教科の専門である教員にとって、コンピュータやインターネットは情報活用のための道具であって、それ以上でもそれ以下でもない。この意味では、授業がコンピュータの操作だけで終わってしまうことは、その教員にとってこのような交流活動の教育的な意義について、疑問を持つようになる。そこで技術の支援や、情報の教員と教科の教員とのティームティーチングなどが求められる。

C個人情報の保護や情報倫理に十分注意する。
 文字情報だけでは交流が不充分の場合は、写真やビデオメールなどのマルチメディア通信技術の有効性を成果と知見で述べたが、それは同時に個人情報や情報倫理に注意する必要がある。電子掲示板などを利用する場合は、国際交流に限らないが、情報倫理の教育を実施しておく必要がある。

D事前打ち合わせの時間が不充分なことが多い。
 交際交流の協同企画は、いわばグローバルなティームティーチングとも言える。当然ながら事前の打ち合わせが必要となるが、そのための時間の確保が難しい。と同時に、そのための労力は膨大である。教員によってはこのような打ち合わせに不慣れなことが多いので、わずらわしさを感じるケースも多い。専門教科における個人の授業準備と異なり、協同による準備であり、経験も必要とされるからである。

E交流を継続させるノウハウが蓄積されていない。
 交流を持続させたり活性化するためには、テーマの設定が重要と成果の中で述べたが、その他に多くの要因がある。これらの実践的なノウハウがまだ蓄積されておらず、試行錯誤のケースが多い。国際交流はその労力が大きいだけに、実践的なノウハウの蓄積をする必要がある。例えば、メールアドレスを間違えていたために、数ヶ月も返事を待っていて交流の時期を逃したという報告もある。このように些細なことであるが、交流を持続させる重要な要因となっている。

Fカリキュラムの位置付けが明確でない。
 国際交流は、国際理解教育として位置付けられるが、しかし具体的なカリキュラム上ではその目標や教科の関連が明確でないので、実際はいくつかの教科の中で実施している。その授業形態はすでに述べたように、課題追求の授業スタイルと言える、テーマはメディア、環境、日常生活、文化などのように1つの教科に入るような狭い範囲でなく、総合的な学習に近い広範囲な題材を対象にすることが多い。総合的な学習がまだ試行段階である現在、カリキュラム上の位置付けが明確でないので、その実施が困難である。

 以上、国際化重点企画の成果や得られた知見と、いくつか課題について述べたが、総括的には、優れた実践が多かった。今後100校のみならず、一般のすべての学校にインターネットが接続される2001年に向けて、これらの知見や課題が活かされると思われる。インターネットを用いた交流活動では、まったく同じ内容や考え方を交流しても意味がない。異なることに意味がある。異文化とは、海外だけではない。年齢、男女、地域、宗教、職業などすべて異なるところに、異文化が存在する、その異なる世界で共生することが現在求められている教育課題である。したがって、ネットワークという情報環境を使って、異文化をいかに結ぶかというテーマは、現在の教育課題でもあり、他の重点企画と共通する研究実践といえよう。

 

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