4.まとめ
4.1 地域展開の必要性と現状
 1年間の準備期間を経て1995年に100校プロジェクトの2年間の活動が始まった。そこでは、IPAによる計画と資金を基に、学術ネットワークや地域ネットワークによってインターネットの接続性の確保によって、このプロジェクトの各参加校にインターネット利用環境が提供され、インターネットの教育利用の実験が行われた。学校間での交流や協同学習の方式の試行の実験も行われたが、この時期の主な特徴は、個々の学校におけるインターネットの教育利用の可能性と効果を調べる実験の時期であった。この100校プロジェクトの接続環境を引き継ぐ形で1997年度に行われた新100校プロジェクトの地域展開の活動では、学校間のネットワークが地域に拡がってゆく場合に備えて、そのような場合のネットワークの教育利用に必要な事柄、すなわち可能性と効果、問題点や課題等を明らかにする活動が、いくつかのモデル地域について行われた。今や、新しい実験も行われるが、全体としては、地域の学校を接続する教育ネットワーク展開の時期が到来している。
 
4.1.1 地域展開の必要性
 日本国内の学校数等に関する統計情報は、文部省の学校基本調査として毎年5月1日現在で行なわれている(表4-1)。
 
表4-1 区分別学校数統計 (国・公・私立合計:1997年5月1日現在)
   [http://www.monbu.go.jp/r316/tk0100.gif]
小学校  24,482 幼稚園
  14,790
中学校  11,269 高等専門学校
    62
高等学校   5,496 短期大学
   598
盲学校    71 大学(大学院)
576(405)
聾学校    107 専修学校
  3,512
養護学校    797 各種学校
  2,714
 
  表4-1から、初等中等教育機関(小中高校と特殊教育諸学校)の合計は 42,222校に及ぶことが分かる。日本国内でJPドメイン名の割当を行なっているJPNICの統計によると1998年2月1日現在の割当ドメイン数の合計は 35,361に過ぎない。
この統計上の比較を行なうだけでも、初等中等教育機関のインターネットへの接続は非常に大規模なものであり、全体を一つとして取り扱うことは非常に困難であり、都道府県や市町村など比較的規模の小さな単位としてインターネットへの接続などの問題を考える必要があることが分かる。
 
 
4.1.2 初等中等教育機関のインターネット接続の変遷
 国内の初等中等教育機関における対外ネットワークの利用は、1990年に数校の高等学校がUUCP 接続により学術研究ネットワーク JUNET に接続されたものが最初であると言われている。IPを用いたインターネットへの接続が実験的に始まったのは1994年に一部の大学の附属学校がLANに接続されるようになったのが最初で、1995年に始まった100校プロジェクトによりインターネットに接続される学校数が増大し、多くの活用事例が報告されるようになった。また、1996年には、NTTをはじめとする企業・団体・個人からなる「こねっと・プラン推進協議会」により約1,000校の小・中・高・特殊教育諸学校が接続されている。これらの活動は、主にインターネットの教育利用の可能性と効果を調べ開拓する実験期に相当するものとして捉えることができる。
 これに対して、1997年から、文部省による「インターネット利用実践研究地域指定事業」が始まるなど、各地の、地域で学校を接続する教育ネットワークの展開が始まるようになってきている。2.の地域教育ネットワークの調査結果などからも、それぞれの地域における特色あるインターネット接続の事例が報告されている。
 
4.1.3 地域教育ネットワークの意義や展開方法
 地域で展開される教育ネットワークの意義は、各地域での個別の事情などにより構成するネットワークのトポロジーや通信機能などに変化を持たせることが可能となる点にあると考えられる。教育センターなどが物理的なネットワークの中心として機能するように構築する方法や学校では教育利用のための中心としてのみ位置付け、各学校の物理的接続とは独立して機能させる方法など、実際に様々な方法で展開が行なわれている。
 地域で展開されている学校間を接続するネットワークのトポロジーの特徴を見ると、前出の佐賀県の例(3.1.2)のような、県教育センターを接続中心とする「一点集中型のネットワーク」と、学校間を繋ぐネットワークが地域内の複数のネットワークに分散した「複数クラスタ型のネットワーク」に大別される。前出の山梨県(3.1.1)の場合は、現状では、県教育センターに接続するクラスタもあるが、非営利の地域ネットワークや商用のプロバイダ(ISP)のネットワークに接続したクラスタもあり、複数クラスタ型のネットワークに属する。
 都道府県自治体が全域に拡がる教育ネットワークを構想し、必要な予算を投じてトップダウン的に構築する場合は、「一点集中型のネットワーク」が実現するが、多くの都道府県の現状がそうであるように、市町村や学校の単位で教育ネットワークが計画され、構築される場合には、「複数クラスタ型のネットワーク」が自然発生的にできあがることになる。
 「一点集中型のネットワーク」は、安全性や有害情報の遮蔽措置やサーバー資源の集中化が比較的容易であること、各学校間がネットワーク上で比較的近距離にあることが可能であること、システム監視や障害対応の上でも利点があること等の優れた点があるが、地域内での学校の地理的分布によっては、回線経費の面で不利な場合があること、通信トラフィックが接続中心に集中し、広域網への出入口でフロー制御によるトラフィック渋滞の発生の可能性があること、接続中心のシステムが障害等により停止すると全学校のネットワーク利用が停止する等の不利な点がある。「複数クラスタ型のネットワーク」の場合は、ある程度、「一点集中型のネットワーク」の利点が不利に、また不利な点が利点にはなるが、複数クラスタ型ネットワーク間を近距離で接続することが可能になると、不利な点が大幅に少なくなる。現在、多くの地域ネットワークでは、地域内のネットワーク相互接続への追求が検討されているが、これは、単に教育利用だけでなく、多くの社会活動における利用の考慮の上に立つ判断から検討されている。前出の山梨県では、地域内のIX(Internet Exchange)が実現している。(図4-1 参照)
 地域内相互接続の方法は他の方法の運用についても、研究が行われている。
 
 
   図4-1 山梨県のおける地域内IX(RIX)を含むネットワークモデル図
 
 ネットワークの接続方式についても多種の方式が採用されている。100校プロジェクトでは、一部の学校はディジタル専用線(64kbps)、他はアナログ専用線(28.8kbpsのモデム採用)が採用された。こねっとプランでは、ISDN(INS64:ダイヤルアップ)が採用されている。その他では、電話公衆網(アナログ)やISDNが採用されている。現在、接続されている多くの学校では、1、2台のコンピュータがインターネットに接続している状況であり、そこでは電話公衆網(アナログ)による接続でも、リアルタイム伝送を必要としないネットワーク利用法では大きな不便は起こらない。しかし、今後、学校内の多くのコンピュータがLANを構成して、インターネットに接続する時期に移ってゆくと、より高速な伝送能力を必要とし、利用が増加するにつれて、専用線の必要度が増し、そのための通信経費も専用線の方が有利になってくる。対外接続の運用においても、専用線の方が障害の発生頻度が少なく、より手がかからない傾向がある。なお、100校プロジェクトの場合、参加校の中には校内LANをインターネットに接続した場合が、少なからず報告されているが、その多くの場合、単一のサーバーを介しての外部接続になっていて、本格的なLAN接続の実験については、あまり報告がない。新100校プロジェクトにおける地域展開の活動では、特に教育センター型の企画では、この型の接続方式が運用されているが、そこでは、上位網との接続の専用回線の帯域巾はやや大きく採られている。山梨県の場合、現在、192kbpsの回線が使用されているが、今後、接続校の増加とともに、レベルアップが当然必要になる。
 学校内でのインターネットの教育利用の方法とコンテンツの開発と運用と並んで、ネットワーク運用の技術的なサポートも大きな問題である。技術支援に関しては、その人材は地域内で集中的に配置されている方が分散して配置されいるより効果的である。この意味で、教育センターにこのような技術スタッフを配置することは望ましい。しかしながら、このことは、ネットワークトポロジーを「一点集中型」にすることを意味しない。
 教育センターの技術スタッフのほかにも地域内のネットワークボランティアによる支援の体制も大切である。 山梨県の場合でも、スクールネットワークにネットワークボランティアが参加しており、ネットワークを通じて必要な助言を与えている例がある。
 
4.2 今回の事業による到達点
 4.1でも述べたように、教育ネットワークの地域における展開・普及を図るために重要な基盤として「情報通信インフラの整備」と「情報通信インフラの運用と利用を支援する組織」があげられる。情報通信インフラの整備に関しては文部省及び各地方自治体における種々の施策による整備が徐々に進められるようになってきているが、前述したように、各地域によってその整備方法が異なっており、各地での教育ネットワークの整備状況、整備計画を広範囲に調査した報告が行われた例はない。また、情報通信インフラの運用と利用を支援する組織については、各地の教育センターを中心として展開するケース(トップダウン型に整備を行った事例)やインターネットの接続・利用経験のある学校を中心とした学校間交流により展開するケース、学校と地域のボランティアの交流により展開を行うケース(ボトムアップ型に整備を行った事例)等が現在実際に行われている。今回の事業では、既に教育ネットワークの運用、利用が進められている地域の構築方法、運用方法及びその活動等について調査、検討して提供することで、今後の教育ネットワークの整備を進める地域に対して参考となる資料の提供を主眼においているため、敢えて教育ネットワークの地域展開について、どの方法が最も良いかという結論を導くことはしていない。幅の広い事例を紹介することで各地域に好ましいと考える方法を検討してもらう事が重要であると考えている。
 
 
4.3 今後の課題
4.3.1 教育ネットワークの展開方法の利点と課題
 ここでは本報告書で紹介した教育ネットワークの展開方法のうち、いくつかについてそれぞれの利点と課題についてまとめる。
 教育ネットワークについて、通信インフラの展開を大別すると以下の2つに分類することができる。
  (1)教育センターなど、ある組織を学校間接続の中心に置き、学校間のハブとして接続を行う方法
  (2)各学校が独自にISP(インターネットサービスプロバイダ)に接続する方法をとり、教育ネットワークは仮想的な形態をとる方法
 
 前者の形態による展開方法では、学校間が物理的に接続されることになり以下の利点がある。いわゆる教育イントラネットとして、対外接続ネットワークと切り分けたセキュリティ対策を取ったり、教育組織向けに提供する情報のアクセス制限を集中的に実現できること、Cu-Seeme等に代表される実時間マルチメディアコミュニケーションツールを使った通信に対しても別の組織を経由することなくスムーズに利用できる可能性が高いことである。
 逆にハブとなる組織では対外接続の維持・管理のほかに、学校間の接続に関する運用管理を行う必要が生じることになり、いわゆるISPと同様な運用・管理が必要になる。このため、運用・管理のための人や物の手配が必要となる。
 しかし、現実には技術的知識を有する人の数はまだまだ少なく、運用・管理に必要となるコストは高い。
 後者の形態による展開方法の利点は、物理的な接続に関する運用コストについては運用がISPならびに学校側で行われることになるため教育センター等では学校などで必要となる教育利用のための対応に専念することがあげられる。
 問題となる事項は、前者とは逆で学校間での通信に対するセキュリティ対策や情報のアクセス制限等は個別に行うことが必要になるとともにマルチメディアコミュニケーションツールの組織間の接続性については、ISP間の接続性などにも大きく影響する場合があることであろう。
 
4.3.2 学校と家庭、学校と地域コミュニティの関係
 学校も社会の中で単独で存在する組織ではなく、家庭や地域コミュニティと共存して存在する組織である。
 最近のインターネットの普及の状況を見ると、企業や様々な社会組織や学校においてインターネットに接続するコンピュータが増加しているほか、徐々にであるが、家庭にもインターネットが広がりつつある。学校におけるインターネットの教育利用の開始は児童・生徒の親たちの関心も集めている。授業参観、家庭訪問,PTAの会合という形で行われてきた学校教員と児童・生徒の親達の間の情報交換のやり方にインターネット利用が加わる可能性は大きいと考えられる。特に、小・中学校の場合には学校と家庭の間で情報交換される情報の内容を豊富にし、交換の回数を増やす上で、有益な効果をもたらすと考えられる。
 これまでの学校と家庭の情報交換であるPTAの会合等は圧倒的に母親の参加が多いのに対し、現在、インターネットの利用者は男性の方が女性より多いことから、インターネットによる情報交換では父親の参加が増加するであろう。
 また、学校から送られてくる情報の内容には通知や意見等のテキストだけでなく、これまでは教室の壁に張り出されていた図画のようなマルチメディアの情報が加わる。学校と家庭の情報交換では児童・生徒個人に関する情報が多く含まれる。また、クラス担任教員と親との間の対話の情報も個人的な要素が多く含まれる。このことからインターネット利用の運用においてはこのような情報の保護と安全性への配慮が重要である。
インターネットの利用は学校と家庭の間だけではなく、学校と地域住民の間の情報交換にも役立つ。
 1995年10月 山梨地域インターネット協会の創立一周年記念行事に、既にインターネットの教育利用を始めていた山梨大学教育学部附属小学校の児童達が多くのお祝いの電子メールを送ったことがあった。上記協会のインターネット普及の働き手の中に、スポーツ少年団のコーチとして、小学校の子供達にサッカー教えている青年が含まれていたことも手伝って、児童達は連帯の喜びの挨拶を送ったものである。子供達の個々のメールは、まず担任の教員のもとに送られ、担任はこれらのメールをgopherファイルに編成して披露する手段が選ばれた。このお祝いメールはインターネットを利用している地域の大人達を大変喜ばせた。地域学習や地域の大人達との日常的な触れ合いは児童・生徒の心の育成から情操や社会性の教育にも役立つが、最近はその機会が著しく減っている。インターネットの利用がこの回復に役立つと考えられる。
上述の学校と家庭間及び学校と地域間のインターネット利用の開始は、学校の教育ネットワークの整備のほかに、地域のネットワークの普及が前提条件となる。この条件が整うのに先立って、この利用の具体的な形態、内容及び効果を確かめる実験が必要である。
 
4.3.3 学校教育ネットワークと生涯学習ネットワークについて
 生涯学習の環境整備の必要性が指摘されている昨今、生涯学習のための情報ネットワークの構築が進められている。都道府県自治体では、文部省の助成事業として、このための「まなびネットワーク」の計画が進められてきた。1996年以前は、このネットワークは、いわゆるパソコン通信として実現されていたが、1997年以後は、インターネットに接続するTCP/IPプロトコルを運用するネットワークとして構築されるようになっている。例えば、山梨県では、1997年に運用を開始した「山梨まなびネットワーク」は、インターネットに接続するだけでなく、1998年からは、CATV、防災無線及び衛星通信をも、その伝送メディアとして利用する実験を始めようとしている。
 学校教育ネットワークと生涯学習ネットワークは、共有できる情報サーバーをもつ。例えば地域内の図書館、博物館、美術館等の文化施設の情報サーバーは勿論、自治体の構築する各種の統計情報のサーバー、そして、多くの地域学習の教材ベースは、この共有できる情報サーバーである。双方のネットワークの相互接続や上記の共有できる情報サーバーのコンテンツの分担作成と共同利用は、双方にとって、有益な協力の内容となる。
 
4.3.4 構築の技術的問題と維持管理、障害対応
 各学校でのインターネット利用環境構築の例では、多くの場合、最初に1台のクライアント、または、1台のサーバと1台のクライアントの予算措置がなされる。その後数年経って、校内に以前から設置されていた一教室分のPCが更新時期を迎えるとき、更新されたPCをつなぐ構内LANが構築される。最初の場合については、教育委員会や教育センター等で統一した導入機器の仕様が定められる例が多く、導入後のネットワーク接続の作業内容はほぼ統一したものになっている。接続及びネットワーク運用の立上げの作業を納入業者が行う場合でも、学校側や支援者のグループが行う場合でも、機器の初期不良を除けば、長期にわたって解決できないような技術的困難はあまりない。構内での通信ケーブルの配線や校内LANの接続は、それぞれの学校内で行うことが多く、この場合には、教育センターや地域内のネットワークボランティアの助言や支援が必要になることが多い。
 初期導入後の通信システムの立上げに比べ、運用でのシステムの維持管理や障害対応の方は、より多くの技術的困難が伴うことが多い。これに対応するには、教育センター側の対応が必要である。教育センター内に、センターのスタッフとしてこれまでネットワークシステムの技術的運用の経験者が配属される必要があるとともに、障害に対応する助言や業者派遣の措置を必要とする。各自治体の教育センターでは、様々な技術上の障害や日常のシステム運用に役立つQ&A集等のオンラインドキュメントの提供や技術研修会の開催が必要である。学校教育ネットワークの技術的問題に対応するスタッフが必要なのは言うまでもないが、十分な人数を確保することは難しいと考えられることから、その配置に関しては、4.1.3で述べたように、地域内に分散して配置するより、教育センター等に集中して配置するほうが、問題の対処に対して効率的である。また、教育ネットワークは地域コミュニティの中ではぐくまれてゆくことが望ましいし、利用や障害回復の技術やノウハウは、地域内の他のネットワークと共通することを考えると、協力体制を組織し、多くの場合ネットワークを通じて、時には現場に出向いてもらい、支援や助言を受けることができるようにしたい。
 
4.4 おわりに
 この章では、この一年間の新100校プロジェクト地域展開の企画として行われた各種の実践と、地域展開ワーキンググループで行われた討論において明らかにされた事柄をまとめて記述した。地域におけるすべての種類の情報ネットワークが目的にかなった展開をし、活力を持ち続けることができるために最も必要なことは、それを支える人の力であり、人と人との協力関係である。情報ネットワークは、地理上の距離を克服し、人と人がじかに顔を合わせなくても情報をやりとりすることができる便利な手段であるが、そのネットワークを、数々の困難を克服しながら構築し、運用してゆく上で大切なのは人と人の間の信頼関係である。人を育て、信頼を生み出し維持してゆく上で、地域内で定期的な研究会を開き、そこではじかに顔を合わせて、話し合い、学び合ってゆくことが大切であることを指摘して、この章の結びとしたい。



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